表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/52

第33話「決断の時と小さな勇気」

期末テストが終わった翌週の月曜。

 学校はいつも通りに始まり、日常が戻ってきた。だが、教室の空気には、どこか「終わった安堵」と「成績の返却」という不安が入り混じっていた。


「……社会、やばいかも。記述、全部“戦国時代”で埋めた」


 茅ヶ崎の発言に、厚木が眉間をひそめる。


「その教科書、何ページぶん飛ばしたのよ」


「体感で80ページくらい?」


「……本当にやばいやつだな、君」


 笑い合うふたりのそばで、逗子は鎌倉の様子を気にしていた。


 彼女はこの数日、どこか考え込むような表情をしていた。期末テストを終えた解放感より、これから訪れる“話し合い”に神経を尖らせているように思えた。


 父親と話すこと——それは、彼女にとって人生で初めての大きな決断だった。



 放課後。

 帰り支度をしていた逗子のもとに、鎌倉がそっと歩み寄ってきた。


「今日ね……父と話すことにした」


 小さな声だったが、その中に決意があった。


「緊張する?」


「正直、怖い。でも、何もしないで後悔するよりマシかなって」


 逗子は頷いた。


「……僕たちも、君の味方だから」


「うん。……ありがとう」



 一方そのころ、厚木は職員室前に立っていた。

 鎌倉のことを、担任の大森先生にさりげなく話してみようと思っていたのだ。


「……別に特別扱いしてほしいってわけじゃないんです。ただ、彼女、最近すごく頑張ってるので……」


 厚木らしくない、やや拙い言葉。それでも、先生はうなずいた。


「そうか。そういうことなら、気を配っておくよ。ありがとう、厚木」


 誰も知らないところで、静かなサポートが動いていた。



 その日の夕方。


 鎌倉は、駅前の喫茶店で父親と向かい合っていた。

 テーブルには湯気の立つコーヒー、緊張から手をつけられずにいた。


「……久しぶりだな、ほのか」


「……うん」


 しばらく沈黙が続いた後、父が口を開いた。


「母さんから聞いてる。君は、あっちについて行くつもりなんだって」


「……違うよ」


 鎌倉は、ゆっくりと顔を上げた。目の奥には、揺れない光があった。


「私は、どっちにも“ついて行く”つもりはないの。自分で、残りたい場所を選びたいだけ」


 父の眉がわずかに動いた。


「……学校か?」


「そう。友達もできた。成績だって、努力してる。毎日が、ちゃんと“私の時間”になってるの。だから……お願い、ここで続けさせてほしい」


 彼女は震える声で、けれどまっすぐに言った。


 父はしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。


「……お前も、強くなったんだな」


「……え?」


「昔は何でも“ママがいい”だったのに。今は、自分の意思で話してる」


 彼はどこか寂しげに笑って続けた。


「わかった。俺から母さんに言ってみる。少し時間がかかるかもしれないが……話し合ってみよう」


「……ほんとに?」


「父親として、お前の言葉を聞かないわけにはいかないからな」


 その一言で、張り詰めていた何かがほどけた気がした。



 翌日。

 教室に入ってきた鎌倉の表情は、ほんの少しだけ穏やかになっていた。


 逗子が軽く手を振ると、彼女も小さく笑ってうなずく。

 その後ろから厚木がやってきて、耳元でささやいた。


「担任の先生、気にしてくれてるってさ。ちょっとだけ、君が“よく頑張ってる”って伝えておいたから」


「……ありがとう」


「まぁ、恩に着せるつもりはないけど。たまには素直に感謝していいわよ」


「うん、ありがと。厚木さん」


 その会話を横で聞いていた茅ヶ崎が、わざとらしく肩を落とす。


「私だけ何もしてない……!」


「いや、空気和ませてるから大丈夫だよ」


 逗子が笑って返す。



 昼休み。

 屋上で五人がそろって昼食を広げていた。


「期末終わったご褒美で、今日はプリン大サービスです」


 小田原が紙袋から人数分のプリンを取り出すと、茅ヶ崎が歓声を上げた。


「小田原〜! そういうとこマジ神」


「それは逗子のキャッチフレーズだろ」


「今日だけ譲ってあげる〜」


 わいわいと弁当の音、笑い声が風に乗って空へと消えていく。


 鎌倉は、その光景を見つめながら、ふと呟いた。


「私ね、ここで、こうしていられるのが当たり前だって思ってた。でも……違うんだね」


 逗子が聞き返す。


「違う?」


「こういうのって、ちゃんと“守ろう”って思って、努力して、それで初めて成り立つんだなって」


 彼女の目に、涙はなかった。代わりに、覚悟のような静かな光が宿っていた。



 期末テストは終わった。

 成績も、数日後には返ってくるだろう。


 でもこの日の彼女の言葉が、何よりの“結果”だった。


 誰かを想って動いたことが、確かに意味を持った。

 そう信じられる一日だった。


期末テストが終わり、答案用紙が返却される日がやってきた。

 教室にはざわめきとため息が交差し、誰もが紙一枚に一喜一憂していた。


「……うわ、社会……46点」


 逗子は自分の答案を見て、思わずため息をついた。

 ギリギリ平均点だが、数学との合計では赤点スレスレ。とはいえ、本人の中では“想定内の想定外”だった。


 横から、厚木がさらりと声をかけてくる。


「前回より上がってるでしょ。合格」


「なにその判定基準」


「私基準。ちなみに私は今回も安定の80オーバー」


「はいはい……」


 一方そのころ、斜め前の席では茅ヶ崎が答案用紙を眺めていた。

 いや、正確には眺めるフリをしていた。


「なぁ、誰か慰めてくんない?」


「理科で“水の三態変化”を“わくわく・とろとろ・しゅわしゅわ”って書く人は慰める対象に値しないと思うわ」


「そんなストレートに言わなくてもいいじゃん厚木ちゃん〜」


 そんな日常のやり取りの中、鎌倉が返却された答案を静かに机にしまった。

 逗子がこっそり尋ねると、彼女は小さく答えた。


「……前より少しだけ、上がった」


 その言葉に、逗子は何も言わず頷いた。

 “少しだけ”でも、それは大きな一歩だった。



 翌週、冬の冷たい空気が本格化する中、いつもの5人は昇降口で集合していた。


「マジさむ……見てこれ、靴下2重」


 茅ヶ崎がタイツの裾を少しめくって見せると、厚木があきれたように言う。


「何その“寒冷地仕様”。もう完全に冬眠前のクマよ」


「おい失礼な! ギャルは冬でも元気だって証明するために私はあえて——」


「それでそのマフラーぐるぐるなの?」


 小田原がクスクス笑いながら続ける。


「でも、もうすぐ冬休みだな。せっかくだし、どっか行くか?」


「……というよりさ」

 茅ヶ崎がふと真顔になった。


「クリスマス会やんない? 教室でさ」


 一瞬、その場の空気が止まった。


「クリスマス会?」


「そう。せっかくこの5人で仲良くなったんだし、ちょっとしたプレゼント交換とか、ケーキ食べたりして」


「確かに、こうして過ごす冬は初めてだもんな……」

 逗子は静かにそう答えた。


「なら、決まりね」


 厚木が腕を組みながら言った。


「私は飾り付け担当をやるわ。たまたま家に折り紙とかリボンの在庫あるし」


「じゃ、私プレゼント担当!」


「それは全員やるんだよ茅ヶ崎……」


「えーじゃあ私、司会!」


「それも全員でやるよ茅ヶ崎……」



 そして、12月24日放課後。


 教室の一角に集まった5人は、それぞれ準備を終え、簡素ながらもあたたかい空間を作り上げていた。


 折り紙のツリー、ペーパーフラワーのリース、机の上にはケーキとジュース。

 学校で許される範囲内の“パーティー”だが、十分だった。


「じゃあ……乾杯?」


「乾杯!」


 紙コップを軽くぶつけ合い、チーズ味のスナック菓子をつまみながら笑い合う。


「茅ヶ崎のプレゼント、なんだこれ。……しゃべるカピバラ?」


「でしょ? 癒し系って書いてあった」


 厚木のプレゼントはシャープペンの高級版、小田原はおしゃれなブックカバー。

 逗子は、シンプルな手帳を贈った。


 それを受け取ったのが——鎌倉だった。


「……これ、私?」


「うん。なんか、来年たくさん予定があるといいなって思って」


 鎌倉は少し頬を染めながら、静かに笑った。


「ありがとう。大事にするね」



 クリスマス会の終わりには、自然と時間が遅くなっていた。


 窓の外には、冬の夕焼けが沈もうとしている。

 皆が荷物を片付ける中、逗子はふと思った。


 こんなふうに、何も事件が起きずに過ぎる日。

 それがどれだけ貴重で、かけがえのないものなのか。


 厚木が最後に電気を消し、教室を出ようとしたとき——逗子は一歩だけ立ち止まった。


 机の上に置き忘れられていた紙コップを見て、ふと呟く。


「……この日常が、ずっと続きますように」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ