第29話「真実をさらけ出す朝」
雲ひとつない、晴れ渡った朝だった。
けれど、僕の心は重く、じっとりと汗ばむ掌を何度も制服のポケットに拭っていた。
今日は体育祭本番。
そして――僕たちにとって、もうひとつの戦いの日でもある。
跳び箱の紛失、ロープの切断。
それらは偶発的ではなかった。誰かが意図的に“団結”を壊そうとしていた。
そしてその誰かの名前を、僕はすでに知っている。
「逗子くん、準備できた?」
朝の昇降口に、茅ヶ崎が現れる。
黒髪を結んだ彼女の目は、決意に満ちていた。
後ろには厚木、鎌倉、秦野も続いている。
仲間たちが揃った。
僕たちの“作戦”が、始まる。
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「さて、クラス対抗リレーの順番なんだけど、B組の補欠にひとり足りないみたいで……」
体育祭実行委員の女子が、グラウンド脇で名簿を確認していた。
その視線の先に、少し離れてひとりポツンと立っている男子――平塚 翼。
文化祭で実行委員を途中で投げ出し、冷ややかな目で見られていた元1軍。
だが今回、準備には関与していないはずなのに、彼はリレー補欠に入っていた。
「茅ヶ崎、合図を」
僕がつぶやくと、茅ヶ崎は小さくうなずき、スマホを操作した。
その瞬間、グラウンドの放送スピーカーが鳴った。
『全クラス代表者は至急、体育倉庫裏の点検に来てください。用具に異常が見つかりました。繰り返します――』
偽のアナウンス。それは厚木が事前に録音して用意したものだった。
そして、それを聞いた**“あの人物”が動くはずだった**。
姿を消した平塚を、僕たちは倉庫裏で待ち構える。
⸻
5分後。
僕たちが潜む倉庫裏に、音を立てずに現れた人影。
案の定――平塚 翼だった。
彼は手に細いワイヤーカッターを握り、ロープ棚へと向かう。
「おはよう、平塚くん」
「……っ!?」
動揺の色が走る。
僕が立ち上がり、彼の正面に出る。
その後ろから、茅ヶ崎、厚木、鎌倉、そして秦野も姿を見せる。
「何してるんだよ、お前ら……!」
「それ、ロープを切るために持ってきたんだよね」
僕はカッターを指さした。
「俺じゃない。俺は……これは、落ちてたのを拾っただけで」
「じゃあ聞かせてよ。どうして君の鍵ストラップが、前回ロープが切断された現場に落ちていたのか」
「……は?」
僕は例の封筒に入っていた写真を取り出し、彼に見せる。
「匿名で届いたものだけど、間違いなくこのストラップは君のものだ。文化祭のときも、同じのつけてたよね」
彼の目が泳ぐ。
「それに、体育倉庫の鍵。君が厚木の名前を使って借りた記録も残ってる。筆跡も照合済み。文芸部時代の原稿からね」
「……お前、どこまで」
「全部だよ」
僕は一歩踏み出す。
「跳び箱を裏に隠したのも、ロープを切ったのも、君だ。秦野くんを犯人に見せかけるようにして」
「……理由なんかねぇよ」
平塚は吐き捨てた。
「ただ、面白くなかっただけだ。文化祭も体育祭も、くだらない“団結”ごっこにうんざりしてた」
「だから壊した?」
「そうだよ。なんで“真面目にやるやつ”ばっかりが評価されて、途中で投げた俺は白い目で見られるんだよ? 最初は俺がやったって言われなかったのに、あの時と同じようにやってやった」
「自分の評価が気に入らないから、他人の足を引っ張った?」
「違ぇよ! “バカみたいな団結”を信じてるお前らがムカつくだけだ。みんな本音じゃどうでもいいって思ってんだよ。仲間とか、協力とか、くだらねぇ」
彼の言葉には憎しみというより、疲弊した諦めが混じっていた。
「平塚」
秦野が前に出る。
「それ、お前が文芸部で俺を裏で馬鹿にしてたときと同じだよな。“努力してるやつが気に入らねぇ”って、自分の感情で人の邪魔をするなよ」
「……うるせぇよ」
「もう終わりにしよう。僕たちが見てきたこと、全部を先生に報告する」
僕が告げた。
「やれるもんならやってみろよ。証拠なんて写真くらいだろ? 俺は“やってない”って言い張るさ」
「じゃあ、もうひとつの証拠を見せようか」
僕はスマホを取り出し、録音再生ボタンを押した。
『面白くなかっただけだ。文化祭も体育祭も、くだらない“団結”ごっこにうんざりしてた』
『最初は俺がやったって言われなかったのに、あの時と同じようにやってやった』
音声が、静かな倉庫裏に響く。
平塚の顔色が変わった。
「……録音、してたのかよ」
「君が素直に話すと思わなかったからね」
茅ヶ崎が言った。
「逗子くんが最初から、全部仕組んでたんだよ」
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その日、午後の競技前。
先生に連れられて平塚が校舎に戻るのを、何人かの生徒が見ていた。
詳しい事情は説明されないままだったが、体育祭の妨害が止まり、無事にイベントは続行された。
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「……やっぱ、すげぇな」
リレーの応援席。隣で秦野がつぶやいた。
「逗子、お前、ただの“神”じゃねぇよ。もはや……」
「凡人だよ。考えてるだけ」
「いや、そーは見えねぇって」
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体育祭の閉会式、夕焼けの中。
僕たち5人はグラウンドに並んでいた。
鎌倉は少し遠い席にいたけれど、こちらを見て、確かに笑った。
“壊そうとする誰か”から、“守ろうとする誰か”へ。
そんな役割の交代が、確かに起こっていた。




