第28話「その嘘の理由」
跳び箱の紛失、体育倉庫のロープ切断――それが偶然に起きたことではないと、僕たちはすでに感じ取っていた。
そして、その疑いの矛先に立たされるのは、またしても秦野遼。
だけど、あいつはやっていない。少なくとも僕はそう確信していた。
いや、確信したいと思っていた。
人を疑うより、信じる方が楽なんだ。でも、推理は楽をしちゃいけない。
月曜日、昼休み。
僕たちは人目を避けて図書室裏のベンチに集まった。
厚木凛は既にA4のメモ用紙を2枚取り出し、推理ボード代わりに書き込みをしていた。
「とりあえず、事件の整理からね。順を追うと――」
「1件目が、跳び箱の紛失。発見されたのは倉庫裏。2件目が、ロープの切断。いずれも体育祭準備に直接関係がある」
「どちらも、誰かが“妨害”する意図で動いたと考えられるってわけだな」
茅ヶ崎が腕を組んでうなずく。
鎌倉ほのかは小さくうなずいたが、少し不安そうだった。
「秦野くん……疑われるのが怖くて、また引きこもったりしないかな」
「それはさせない。僕たちが事実を明らかにする」
僕は答えた。
と、厚木が書き込みながらぽつりと言った。
「……もし犯人が、“秦野くんを疑わせようとしてる”なら、動機は私怨か、もしくは――」
「クラスの空気をもっと悪くしたい人」
茅ヶ崎が続けた。
「つまり、“団結”を本気で壊したい人間が、いるってことだよね」
僕たちは沈黙した。
文化祭のゴタゴタから、うちのクラスには“諦め”が蔓延している。
表面上は平和でも、心の奥には火種が残っている。
その火種に火をつけた者が、まだここにいるかもしれない。
⸻
その日、僕は放課後を使って職員室へ向かった。
用件は、体育倉庫の鍵の管理記録を確認するためだ。
「……逗子くん、どうしてそんなことを?」
学年主任の先生が首をかしげた。
「ちょっと、道具が紛失してた件で……。もし鍵の貸出に不備があったら、先生方が責められちゃうかもと思って」
そう言ったら、意外にもあっさり記録を見せてくれた。
――そこに、奇妙なことが書かれていた。
ロープが切断された前日の放課後に、**“厚木凛”**の名前で鍵が借りられていた。
「え……?」
僕はしばらくその行を書いた手書きの名簿を見つめた。
筆跡は見覚えのあるものじゃなかった。
厚木が……? いや、違う。
誰かが、厚木凛の名前を“騙って”鍵を借りたのだ。
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翌朝、僕は厚木にそれを見せた。
「私、借りてない」
彼女は即答した。
「っていうか、私の名前を借りる人間なんて……あ。あいつかも」
「“あいつ”って?」
「私が中学のときに所属してた部活、知ってる?」
「文芸部でしょ?」
「うん。その時、よく名前を騙って原稿提出されたりした。締切守らない奴が、私の名前を使ってた」
「それ、かなり悪質だよ」
「そう。で……たぶん、それと同じことをしてる人間が、今回もやってる」
「でも、厚木が文芸部って、秦野くんも同じ部だったんじゃなかった?」
「……うん。そう」
彼女は小さくため息をついた。
「でもね、秦野くんじゃないと思う。あの子、字がすごく綺麗だった。筆跡も違う。おまけに当時も、私と組まされて一番真面目だったし」
「じゃあ、共通して知っている誰かがいる……?」
「うん。しかも、文芸部の中で“私と秦野を妬んでた”奴がいた」
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一方その頃、茅ヶ崎は独自に聞き込みをしていた。
彼女は体育倉庫の周辺で「ロープの破損を見た」子たちに話を聞き、ある証言を拾っていた。
「ねえ逗子くん。昨日、倉庫の裏で誰かが“刃物みたいなの”持ってウロウロしてたって子がいた」
「誰?」
「名前は……教えてくれなかった。けど、『男子で、文化祭のときにも揉めてた』って」
「文化祭で揉めてた……?」
僕の脳裏に、ある男子生徒の顔が浮かんだ。
文化祭実行委員のリーダー格だったが、途中で投げ出し、周囲から批判されていた――平塚 翼。
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その日の放課後。
僕は図書室でひとり、厚木から受け取った文芸部時代の名簿と、体育祭のメンバーリストを照合していた。
そのときだった。机の上に、誰かが封筒を置いた。
「……え?」
顔を上げたときには、すでにその人物はいなかった。
封筒の中には、プリントされた1枚の写真と、手書きのメモが入っていた。
写真は、倉庫裏の金網にぶら下げられていた、破かれたロープの端。
その下には、誰かが落とした鍵のストラップが写っていた。
そして、メモにはこう書かれていた。
「この鍵、誰が落としたか知ってる?
文化祭のとき、“目立てなかった誰か”が、今も目立ちたくて動いてるだけだよ。」
僕の中で、点と点が線になっていく。
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そして、夜。
僕はメッセージグループで4人に告げた。
「……犯人、たぶん分かった」
「えっ」
「ほんと?」
「誰?」
「推理聞かせて」
「でもまだ、証拠が不十分。だから……体育祭本番の朝、動くよ。みんな、協力してくれる?」
「当然」
「やるっきゃないでしょ」
「決着、つけよう」
「……一緒に行くわ」
僕たちは画面越しにうなずき合った。
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まだ嘘がある。
まだ誰かが、真実を覆い隠している。
でも、それを暴く時はもうすぐだ。
体育祭本番――
僕たちは、クラスにとっての“最後の壁”を壊しにいく。




