第25話「文化祭本番」
朝の校庭には、いつもと違うざわめきがあった。色とりどりのテント、にぎやかな音楽、歩くたびにすれ違う来場者。年に一度の文化祭――その開幕だ。
逗子たちのクラス1年D組は、ミステリーカフェ『幻影の午後』を出し物として用意していた。
「照明オッケー。配線も、もう一度チェックした。今回はもう誰も妨害できない」
厚木凛が言った。ショートカットの髪を耳にかけ、タブレットを操作している。
「椅子の配置も直した。張り紙も貼り直したし、装飾もばっちり」
鎌倉ほのかは、カウンターの花瓶の角度を整えながら確認する。
教室全体を使ったこの“ミステリーカフェ”は、客が配られた謎解きカードを読みながら、内装に仕込まれた手がかりを見つけて推理し、カフェの雰囲気を楽しむ趣向だ。
「……よし、開場するか」
逗子が小さく呟いた。
「って、おい!」
後ろから声が飛んできた。
「なに勝手に仕切ってんの。目立つキャラじゃなかったでしょ?」
茅ヶ崎リオだった。日焼けした肌に明るいメッシュ、でも制服はちゃんと着てる。転校してきたばかりとは思えないほどの馴染み方で、いつの間にかこのグループの一員になっていた。
「でもまあ……今回は頑張ったよね、あんた」
「うん、まあ……」
「謎解き、客が解けなかったら、あんたの出番だからね。“解説係”」
茅ヶ崎はくるりと踵を返す。
「……逗子くん」
鎌倉がそっと話しかけた。
「今日、上手くいくといいね」
「うん、ありがとう」
⸻
午前十時、開場と同時に『幻影の午後』にも最初の客がやってきた。
「こんにちは~。こちらメニューと謎解きカードになります!」
鎌倉が明るく案内し、厚木がカウンターで紅茶を用意する。
最初の客たちは、謎解きに戸惑いながらも、教室内をきょろきょろと見回していた。
「ほら、壁のあれヒントじゃね?」
「ってかこれ、ガチで難しくね?」
中には放送部のマイクを持った生徒が、教室内の様子を撮影していた。
逗子は、その様子を見ながら、心の中でそっと安堵した。妨害もなく、すべてが順調だった。
昼前には、すでに列ができはじめていた。
「このままだと、午後分の食材足りないかも……」
厚木が焦ったように言った。
「ちょっと他のクラスに借りに行ってくる!」
「いってらっしゃい。逗子くん、代わりに注文とって!」
「えっ……わ、わかった!」
注文票と謎解き解説カードを持って、逗子は初めて“接客”に立つ。
「……えっと、紅茶とスコーンで、お席はあちらです」
「これ解けたんですけど、正解ですか?」
「はい、それは……犯人は店の奥にいた、双子の弟、という設定でした」
「すげぇ! 全部自分で考えたんですか?」
「いえ、あの……」
「そいつ、一人で作ったようなもんです!」
客の後ろから声がして、茅ヶ崎がひょっこり現れた。
「なに隠してんの。みんなにもっと自慢しなよ。『逗子の謎』は凄いんだからさ」
「“逗子の謎”って……なんだよ、それ」
「いいネーミングでしょ?」
彼女は笑って、チラシの束を机の上に置いた。
「まだまだお客、連れてくるから。ちゃんと準備しとけよ」
そう言って、また外へ飛び出していった。
⸻
午後になると、外部の来場者も増えてきた。
そのなかに、ひときわ目立つ男子がひょっこり現れた。
「……よっ」
「小田原!」
逗子が声をあげる。
小田原は、別のクラスの出し物を終えたあと、応援に立ち寄ってくれたのだ。
「やっぱここが一番人多いな。お前ら、本気出しすぎじゃね?」
「ありがとな。来てくれて」
「てかお前、茅ヶ崎ちゃんと仲良くなったんだな」
「う……まぁ、なんとなく」
「なんとなくで“あれ”はないでしょー?」
小田原は笑いながら、入口の騒ぎを指さした。
「ねぇ、これってオチまでたどり着いたらなにかあるの?」
「オチ?」
鎌倉が聞き返す。
「茅ヶ崎リオが、お前のこと“気になる”って、みんなの前で言い始めたよ」
「え?」
⸻
「――だからさ!」
突然、教室内に通る声が響いた。
茅ヶ崎が、手にマイクのおもちゃを持って、カウンターの上に立っていた。
「一応、言っとこうと思って!」
騒然とする教室。
「今回、色々あったけどさ。逗子って、正直ぱっとしないと思ってた。でも、頭切れるし、逃げないし、頼れるし、意外とカッコいいし……」
「ちょ、ちょっと茅ヶ崎さん!」
鎌倉が慌てて止めようとしたが、止まらなかった。
「だからあたし……逗子のこと、ちょっと“気になってる”って言いたかっただけ!」
一瞬、時間が止まったようだった。
逗子は、呆然としながら、視線をどこにも向けられず立ち尽くしていた。
厚木が、ぽつりと。
「わあ、言っちゃった……」
教室に笑い声が広がる。
「わ、私……配膳戻るね!」
鎌倉は顔を伏せたまま、カウンターへと逃げた。
小田原が、逗子の肩を叩く。
「よかったな。告白じゃん、これ」
「ち、ちがうだろ、あれは……」
「いや、どう見ても、好意だって。はは、マジで青春してんな」
⸻
夕方、文化祭は閉幕を迎える。
教室の装飾も外され、ミステリーカフェ『幻影の午後』は片付け作業に入っていた。
「今日、来場者数すごかったよ。80人超えたって」
厚木が記録用紙を見て言った。
「すごいね……これ、表彰されるかも?」
鎌倉が少しよそよそしい声で返す。
逗子は彼女の横顔を見て、何か言いかけたが、言葉が見つからなかった。
「……逗子」
そのとき、茅ヶ崎が近づいてきた。
「さっきの、ちょっと目立ちすぎたよね。ごめん」
「いや……びっくりしたけど」
「でも、あたし嘘は言ってないよ」
茅ヶ崎は、そっとウィンクした。
「これからも“事件”あったら、呼ぶね。名探偵くん」
⸻
帰り道、校門を出たところで、夕日が街を朱に染めていた。
小田原が自転車にまたがりながら言った。
「で、どうすんの、あれ」
「な、なにが」
「どっちいくのか、ちゃんと考えた方がいいぞ。ヒロインが二人、ってのはミステリーじゃ成立しねえんだからな」
逗子は黙ったまま、背負ったリュックの紐を強く握った。
――だが、心の奥には小さな灯がともっていた。
これまでと違う世界の輪郭が、少しずつ、だが確実に形になっていた。




