第2話「恋の悩みと、喫茶店」
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湘陽高校の放課後の定番といえば、戸塚駅前だ。
駅の西口から歩いて2〜3分の一帯には、制服姿の高校生がちらほらたむろしている。
友達と喋ったり、軽食を食べたり、宿題をやったり――まるで“第2の教室”みたいな空気がある。
もちろん、俺がそこに溶け込めるわけもなく。
その日も俺は一人、小さな喫茶店の隅っこでアイスコーヒーを飲んでいた。
目の前には開いたノートと、読みかけの心理学の本。
そんなふうに静かな時間を過ごすのが、俺にとっては“落ち着く日常”だった。
「逗子くん、やっぱりいた」
ふいに声をかけられて顔を上げると、そこにいたのは鎌倉ほのかだった。
制服のまま、手には小さなレモネードのカップ。
俺の目の前に立ち、少し申し訳なさそうに言った。
「突然ごめん。ちょっと、相談したいことがあって」
「うちのクラスの子なんだけど、好きな人に告白するか悩んでて……でも、相手が誰を好きか全然わかんなくて」
ほのかはそう言って、スマホの画面を見せてきた。
SNSのDM画面。相談している子のスクショらしい。
「で、その相手って?」
「同じクラスの男子。よく隼人くんと一緒にいる金沢くん」
金沢――クラスの陽キャ筆頭。顔もいいし、運動神経もいい。いかにも“一軍”の象徴みたいな存在。
「あの子、自分じゃ全然気づいてないんだけど、けっこう周りの女子にチョッカイ出してるのね。で、うちの子はそれで悩んでるの」
「……それで、俺に?」
「うん。逗子くん、そういうの分かるんでしょ? “観察眼”ってやつ」
ちょっとからかうような笑顔だったけど、その奥にあるのは――本気の頼りだった。
俺はノートを閉じて、ほのかに言った。
「……じゃあ、明日ちょっと観察してみるよ。金沢くんが誰を見るか、どう話すか。
視線の動き、声のトーン、距離感、手の動き。それだけでも、ある程度は判断できる」
「うん、ありがとう」
ほのかは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、俺は少しだけ思った。
――なんだこれ。
俺、ちょっと、役に立ててる?
たぶんこのときの俺は、無意識のうちに“次の一歩”を踏み出していたんだと思う。
情報を読むこと、誰かのために使ってみること。
それが、こんなふうに人に感謝されるなんて、初めてだった。
戸塚の夕暮れは、少しだけ涼しくなっていて、
ビルの隙間から射す光が、ほのかの髪をふわりと照らしていた。
翌日、5時間目。
俺は静かに教室の後ろから、**金沢直人**を観察していた。
湘陽高校1年C組。
金沢は1年生ながらにサッカー部のエースで、明るくてノリも良く、クラスの中心にいる存在だ。
言ってしまえば、俺とは真逆のスペックを持っている。
でも――人間って、案外クセのかたまりだ。
観察するだけで“本音”がにじみ出ることがある。
今日の観察対象は、金沢と女子とのやり取り。
というのも、昨日鎌倉ほのかに言われたのだ。
「友達が金沢くんに片想いしてて……相手に気があるかどうか、見てみてほしいんだ」
だから俺は今、“依頼”を受けている状態なわけだ。
金沢は誰にでも話しかける。距離も近いし、軽い冗談も飛ばす。
でも――その中で、ある女子との会話だけ、妙に違和感があった。
座間みこと。
控えめで落ち着いた性格の子。特に目立つタイプじゃない。
けれど、金沢は彼女と話すときだけ、“距離”をとっていた。
他の女子には肩を軽く叩いたり、冗談まじりに距離を詰めたりするのに、
みことに対しては、半歩だけ遠い。
目線はしっかり合わせるけど、なぜか会話がぎこちない。
「これは……たぶん、意識してるな」
無意識の距離感、目線の長さ、声のトーン――
すべてが、「気になるけど、下手に近づけない」人間の行動そのものだった。
放課後。戸塚駅前の小さな喫茶店。
昨日と同じ窓際席に座っていると、ほのかがやってきた。
「どうだった?」
「金沢くん、たぶんだけど……座間みことさんに気があると思う」
「え、みことちゃん? ……意外」
「距離の取り方が不自然だった。他の女子には近づくのに、彼女だけ遠い。
けど目は合わせるし、声のトーンも柔らかい。……緊張してる」
「ふふ、逗子くんって、やっぱり面白いね。探偵か心理学者みたい」
ほのかはレモネードを飲みながら、にこっと笑った。
俺は、ちょっとだけ照れくさくなって目をそらした。
それから2日後――
放課後、教室の隅で荷物を片付けていると、
ふと、金沢が誰にも言わず教室を出ていくのが見えた。
その少し前、座間みことも一人で廊下に出ていった。
偶然か? いや、タイミングがあまりにも合いすぎている。
「……なるほどね」
声に出さずに呟いた。
“たぶんあの二人、放課後に話す約束をしたんだろう”。
もしくは、金沢がタイミングを見て追いかけていった。
俺の推理が、静かに当たっていた。
でもこのことを知ってるのは、俺と、ほのかだけ。
クラスでは誰も気づいていない。
金沢が誰を好きとか、誰がどう動いたとか、まだ何も噂になってはいない。
**でも、たった二人が知ってる“秘密”**というのは、
それだけでなんだか、ちょっと特別なことのように感じた。
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