第18話「解決」
初の密室系でした。
午前八時。別荘のリビングには張り詰めた空気が漂っていた。
逗子悠翔は静かに席に着くと、手帳を机の上に置いた。
対面には小田原、厚木、そして鎌倉が座る。誰も口を開かない。
逗子は一呼吸おき、淡々と語り始めた。
「昨日、俺は書斎とこの家全体を改めて調べた。そして結論にたどり着いた。
──この事件は、最初から“密室ではなかった”。」
全員の目が動く。厚木の手がピクリと反応した。
「まず、書斎のドアは“内側から施錠された”ように見えた。けど、鍵の構造は旧式で、外側から鍵をかけた後でも、細工をすれば“内側に鍵がかかったように見せかける”ことが可能だった」
逗子は立ち上がり、持参した図解メモを開いて見せる。
「このタイプの鍵は、内側に金属製のツマミがある。これを外から棒状の金属で引っ掛け、特定の角度で押せば“かかったような状態”を作れる。もちろん本来の鍵で開ければ何の違和感もない。……これが、密室の正体」
「でも……」と小田原が口を開いた。「鍵は俺が持ってたはず……」
「問題はそこ。合鍵がもう一本ある。君の祖母が“誰かに預けた”と言っていた三本目の鍵だ」
逗子の視線が、厚木に向けられた。
「厚木凛さん。君は、その鍵を持っていたね?」
厚木の顔色が変わる。「……証拠は?」
「昨日、君が書斎のドアを“覗き込んだ”場面を俺は見た。鍵穴に顔を寄せて、中の状態を確認していた。何かを気にしていたね? 自分が使ったトリックが“保たれているかどうか”を」
厚木は視線を外す。
だが逗子は間を与えず、次の一手を突きつけた。
「さらに言えば、君の指に貼られていた絆創膏。あれは“料理中に切った”というには位置が不自然だった。鍵をこじ開けるときに金具に擦った傷──違うか?」
「……偶然かもよ?」
「偶然にしては、出来すぎている。そして──夜中、君が廊下を歩いていたことは、鎌倉が証言している」
厚木の眉がわずかに動く。
だが逗子はそこに重ねるように、淡々と事実を積み上げていく。
「登記簿は、キャビネットの最下段に保管されていた。鍵のない引き出しだ。君はその中身を抜き取った。そして書斎の内装を一度“全て整え直し”、翌朝には密室を演出した」
鎌倉が思わず息を呑む音が聞こえた。
だが厚木は、静かに唇を開いた。
「──仮にそうだったとして、それが何? 私がやったっていうの? なんのために?」
「その理由を説明するには、“君の家族構成”に触れる必要がある」
逗子の声に、一瞬空気が重たくなる。
「君の父親は、かつて小田原家の不動産関係で働いていた。そして、登記手続きに一部関与していた記録がある」
「……」
「今回の相続問題で、もし“登記の正当性”が証明されなければ、小田原家は別荘の権利を失うかもしれない。そして、逆に“登記が無効だった”となれば──君の父の責任が問われる可能性があった」
厚木はゆっくりと顔を上げた。
その目は、静かに怒りと痛みを湛えていた。
「父はね……あの手続きのあと、会社を辞めた。精神的に参ってた。……私がこの家に来たのは、自分で確認したかった。登記簿があるのか、本当に正しかったのか」
「だから、君は盗んだ?」
「違う! ……私は、預かっただけよ。一時的に。でも……もしかしたら、誰かが後で“発見”するようにしようと思ってた」
「それでも、結果的に“盗んだ”ことにはなる。意図がどうであれ、“証拠隠滅”と取られても仕方ない行動だった」
逗子の声は、淡く、しかし重く響いた。
「……何も壊したくなかった。ただ……家族の誇りを守りたかった。それだけだったのに」
厚木の声が震えていた。
逗子は静かに、机の上に封筒を置いた。
「これが……登記簿のコピー。昨日、役所に問い合わせて確認したもの。記録は正しかった。君の父は、何も間違えていなかった」
「……えっ?」
「君があれを持ち去らなければ、問題なくそれが証明された。だからこそ、君の行為は“無駄だった”とは言いたくないけど──危うかった。ほんの一歩で全てが崩れていた」
沈黙。
厚木は肩を震わせていたが、やがて椅子の背にもたれ、ふっと力を抜いた。
「……負けた。全部、見透かされてたんだね」
「俺は君を責める気はない。ただ、もうこういうことはやめてほしい」
厚木はそっと眼鏡を外し、静かに頷いた。
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こうして、登記簿盗難事件は終わりを迎えた。
犯行は“密室に見せかけた巧妙な偽装”。
動機は“家族を守るための誤った正義”。
真実は暴かれた。だが、そこにあったのは単純な善悪ではなかった。
逗子の目には、沈黙の中で自分の弱さと向き合う厚木の背中が、どこか“少しだけ”誇らしげに映っていた。
密室系を書いてみたく初挑戦しましたがいかがだったでしょうか?
忖度抜きでご感想頂けたら幸いです。