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第14話「夏の招待状」

書いてみたかった密室系です

八月の風は、街の喧騒を振り払うように涼しく、どこか気品をまとっていた。

 避暑地・軽井沢。標高一千メートルを超えるこの地は、関東の熱気を忘れさせる特別な空気に包まれている。


「着いたな……でかいな、マジで」


 逗子悠翔は小田原の隣で、目の前の洋風建築に言葉を失っていた。

 木立の中に建つそれは、煉瓦と木をふんだんに使ったクラシックな造りで、どこか外国映画にでも出てきそうな佇まいだった。


「母方の祖父が建てた別荘でさ。最近まで空き家だったんだけど……今、相続でもめててさ」


 小田原が苦笑気味に言う。


「え、そうなの?」


 後ろから鎌倉ほのかが顔を覗かせる。


「軽井沢の土地って、昔から価値あるもんね。相続税も高いって聞くし……」


「ま、それでも俺が“持ち主”ってことにはなってる。だから今は問題ない。安心して泊まってくれ」


 逗子、鎌倉、厚木──そして小田原。

 夏休みも中盤に差しかかる中、クラスメイト四人の“合同避暑合宿”が静かに始まろうとしていた。



 重厚なドアを開けると、ひんやりとした空気が中から流れてくる。

 床は厚い無垢材で、年季の入った柱や梁が天井を走っていた。

 家具はすべて本物のアンティーク。手入れの行き届いた調度品に囲まれ、どこか美術館のような空気さえ漂っていた。


「……すごい。漫画とかアニメで見る“金持ちの別荘”って感じ……」


 厚木凛が感嘆の声を漏らす。

 ボブカットの髪が光を反射し、メガネ越しの瞳にきらきらとした好奇心が宿っていた。


「古そうだけど、エアコン効いてるし、Wi-Fiもあるし。意外と快適じゃん」


「一応、去年改修入れたんだ。俺の親父が強引にね。相続問題のためにも“価値を上げておきたい”ってさ」


「相続問題……」


 逗子はその言葉に少しだけ引っかかりを覚えたが、敢えて深入りはしなかった。



 午後は荷物の整理と部屋割りを済ませ、各自くつろぎの時間。

 別荘内には大小いくつかの個室があり、男子チームは二階の和室、女子チームは洋室に割り振られた。


「こっちは、書斎と倉庫と……あとは昔の応接間か」


 小田原が案内する通路には、無数の古い扉と鍵付きの棚が並んでいた。

 その中に一つ、ひときわ重厚な扉があった。


「ここは?」


「ああ、それが“祖父の書斎”だ。普段は鍵かけてあるんだけど、中には昔の登記書類とか、土地の権利証とかが保管されてるらしい。だから、勝手に開けないようにしてる」


「……それ、ちょっと危なくない?」


 逗子が言うと、小田原はうなずいた。


「だから鍵は俺が預かってる。実は……遺言とかも、ここに入ってるらしいんだ」


「じゃあ、もしかして……相続で揉めてるってのも?」


「親戚がね。“祖父が正式な遺言を残してない”とか、“土地の一部は自分に譲るって言ってた”とか、まあゴタゴタしてるわけよ」


 そこまで話すと、小田原はポケットから一本の小さな銀色の鍵を取り出した。


「今は俺と、あと母親しかこの鍵を持ってない。けど、母さんはもう東京だし、ここにあるのは俺の分だけ」


「……なるほどね。了解」


 逗子はさらりとその情報を頭に刻んだ。

 事件の匂いは、まだしない。

 だが、“何か”が起きる前の、特有の静けさを感じていた。



 夜は、4人で手分けして料理を作った。

 小田原は慣れた手つきでパスタを茹で、厚木は手作りのドレッシングを披露。

 鎌倉はサラダと盛り付け担当。逗子はひたすら皿を洗った。


「逗子くん、皿洗いめっちゃ静かにやるよね。なんかプロっぽい」


「うるさくする理由が分からん」


「ふふ、でもちょっと可愛いかも」


 からかうような声に、逗子は黙って水を止めた。


 食後、リビングでまったりしながら、厚木がアニメの話を振る。

 話題は自然と、お互いの趣味や家族のことへ。


「うちは母子家庭なんだけど、あんまり旅行とか行けなかったから、こういうのすごく新鮮で……」


 厚木の言葉に、誰もがそっと耳を傾けた。


 鎌倉もまた、静かに言った。


「私の家、両親仲悪くて……だから“外の世界”って、居心地いい」


 重くなりそうな空気を、小田原が明るく割った。


「じゃあさ、明日はみんなで川行こうぜ! 近くにきれいなとこあるんだ。BBQできる場所もあるし」


「いいねー! 行きたい!」


「虫とかいなきゃいいけど……」


 和やかな時間だった。

 けれどその夜、逗子は一人、書斎の扉の前で立ち止まっていた。


 鍵は確かに閉まっている。

 誰も触れていないはずの空間──なのに、ふとした違和感があった。


「……空気が、違う気がする」


 何かが始まる。

 逗子の勘が、静かに告げていた。



 翌朝、その“違和感”は確信へと変わった。

 書斎の扉の前で立ち尽くす小田原。顔色が明らかに変わっている。


「逗子……ちょっと来てくれ」


 促されて扉の中に入ると、書斎の本棚の一角──そこにあったはずの登記簿の保管ファイルが消えていた。


「鍵は? 閉まってたんじゃ……」


「ああ。俺の鍵はずっとポケットに入ってた。寝てる間もだ」


「じゃあ、密室だ。鍵を持ってるのは……」


「……俺と、東京にいる母さんだけ」


 風のない部屋で、時間が止まったように感じた。


「ここに来た時から、気配はしてた。これは、偶然じゃない。誰かが──意図的に、仕掛けた」


 “密室”という言葉が、現実になった。


導入はどうでしたでしょうか?密室なんで難しいですが頑張って書いていきます

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