第13話「真実を暴く夏」
俺たちは再び、あのカフェに集まっていた。
ターゲットは、駅前のカフェでMacBookを開いていた男。厚木凛のSNSを乗っ取り、精神的に追い詰めた人物。
既に証拠は出揃っていた。だが、“最後の詰め”が必要だった。
「やるぞ、今日で決着をつける」
俺──逗子悠翔は、厚木、小田原、鎌倉の三人と共に、午後三時ちょうどに店内へ入った。
目的の男は、カウンター席の隅にいた。黒縁メガネ、短髪、地味なジャケット。何度も見た後ろ姿。
厚木は、遠目にその姿を見ただけで体を震わせた。
「……怖い。やっぱり、無理かも」
俺はそっと彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫。もう逃がさない。俺たちがやる」
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俺は彼の隣のテーブルに座った。ノートPCを開くフリをしながら、メッセージアプリを立ち上げ、事前に作っておいたアカウントからこう送る。
「“Raven_Mask”さんへ。あなたがこの店にいること、こちらは把握しています」
男の肩が、ピクリと動いた。
「ログイン履歴、Wi-Fiの接続記録、監視カメラ映像。全部、確認済みです」
彼は画面を見た直後、周囲をさりげなく見回した。焦りを隠そうとしている。
だが指先が震えていた。
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数分後、彼は席を立ち、外へ出た。
俺たちは追った。
「ちょっと、お話ししませんか」
俺が声をかけると、男は無言で足を速めた。
「防犯カメラの映像は、既にコピーを取ってます。厚木さんのアカウントが使われた時間、あなたが同じ店にいたこと。SNSに送った嫌がらせの文面も完全一致です」
「……は? なんの話だか分かりませんが」
男は口を開いた。低い声。明らかに動揺しているが、口調は平静を装っている。
「自意識過剰じゃない? 君たちが勝手に疑ってるだけだろう。ネットのトラブルなんて、よくある話さ」
「たまたま“同じ時間に同じ場所で同じWi-Fiに接続した”赤の他人が、厚木さんのアカウントを乗っ取った? 偶然にしては出来すぎてると思いませんか」
「……証拠があるなら、警察にでも持っていけば?」
「すでに提出してます。あなたの端末名、IP、店のWi-Fi利用記録──」
「それが“俺だ”って証明にはならないだろ。Wi-Fiなんて誰でも使える。アカウント名? そんなの偽装できる」
「じゃあ訊きます。赤い看板のラーメン屋、雨の日に滑りやすいと厚木さんに送ったメッセージ、覚えてますよね」
「……」
男の口元が引きつった。
「あなたは彼女がカギをかけていたSNSに、長期間接触していた。“趣味が合う”“いつも見てる”──そして、拒絶された瞬間から暴走を始めた。DMによる嫌がらせ、アカウント破壊、精神的圧迫。すべてあなたの仕業です」
「証拠がないって言ってるだろうが!」
男が声を荒げた。だが、その顔にはもはや余裕の色はない。
「証拠はあります。これも」
俺はスマホを差し出した。そこには、厚木が新たに投稿した“釣りアカウント”への返信ログ。
匿名を装って送られた“もう戻ってくるな”という文面が映っている。
「このメッセージ、厚木さん本人だと思って送ったんでしょう? でも、あなたが嫌がらせしたのはダミーです。だからこそ、反応が取れた。自分のミス、分かってますよね」
「ふざけるな……俺が何をしたって言うんだよ……!」
「あなたは“見てる”という言葉を盾に、弱者に対する優位性を楽しんでいた。“ネットの中だけなら大丈夫”と、思い込んでいた」
「違う……違う……! 俺はただ、仲良くなりたかっただけだ! あいつが……凛ちゃんが、俺を無視するから……」
その瞬間、背後で小さな吐息が聞こえた。
厚木だった。震えながら、それでも立ち上がり、言葉を発した。
「私……あなたのこと、信じてた。趣味が合う人と、話せるのが嬉しかった。でも……怖かったよ。何度も……逃げたくなった」
「凛ちゃん……! 違うんだ……! あのとき、返信が来なくなって、俺は……!」
「それで人の人生を壊していいの!?」
鎌倉の鋭い声が飛んだ。
「気持ちを踏みにじられたと思った? でも、それは“あなたの思い通りにならなかった”ってだけ。勝手な期待で人を傷つけるな!」
「俺は……そんなつもりじゃ……!」
言い訳の言葉が、かすれた声に溶けていった。
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その日の夕方、俺たちは警察に同行し、証拠一式を提出した。
男は“任意の事情聴取”を受けた。既にSNS企業からログが押さえられており、犯行の裏づけは十分に揃っていた。
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「逗子くん、ありがとう。あなたがいなかったら、きっと私は……」
厚木が、小さく頭を下げた。
「……礼はいい。それより、ちゃんと休め。お前は何も悪くない」
「……うん」
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俺たちは、夏の事件を終えた。
この手で、ネットの匿名性の仮面をはがし、卑劣な犯行を暴いた。
犯人は、必ず“裁き”を受ける。
それだけは、確信していた。
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