第12話「誰が、なぜ、どうやって」
八月に入ったばかりの午後。
外は蝉の鳴き声と強い日差し。けれど俺たちは、カーテンを閉めた薄暗い部屋に集まっていた。場所は俺の家。親はいない。
リビングのテーブルには、冷たい麦茶とスマホ、そして厚木凛のノートPCが広げられている。
「……もう一度、最初から確認させてくれ」
俺は冷静な口調で言った。
厚木がメインで使っていたSNSアカウントが乗っ取られた。投稿は全削除、フォロワーへの嫌がらせDM、そして送信者不明の“脅迫メッセージ”──。
相手は明らかに厚木を傷つける意図を持って行動している。
「このメッセージアプリの履歴を確認してもいいか?」
「う、うん……パスコード、これ」
厚木がそっとスマホを差し出した。俺は丁重に受け取って、手元で確認する。
メッセージアプリ内の履歴には、SNS上でやりとりしていたユーザーのアカウント名、投稿キャプチャ、過去のダイレクトメッセージのスクショがいくつか残っていた。
中でも気になったのは──ある人物とのログ。
アカウント名「Raven_Mask」
DMのやりとりは半年ほど続いていた。内容は主にアニメの感想、趣味の話、時々日常の愚痴。
言葉遣いは丁寧で、やや年上を思わせる文体。
ある時期から、厚木の投稿に執着するような返信が増えていた。
──「君の感想、いつも楽しみにしてる」
──「最近、俺の返信無視してるよね?」
──「なんで他の人には返信してるの?」
その後、やりとりは途絶え、アカウントはブロックされていた。
「これ……もしかして、例の“年上のネットの知り合い”ってやつか?」
小田原が口を挟む。
厚木は小さくうなずいた。
「……しつこくなってきて、怖くなって……ブロックした」
「そいつが犯人かもな」
「まだ決めつけるには早い」
俺は慎重に言葉を選んだ。
「確かに動機はありそうだ。ただ、“どうやって”厚木のパスワードを知ったのかが重要だ」
⸻
俺は、厚木のノートPCを操作し、ログイン履歴を確認した。
「SNSのセキュリティ画面に、過去のログイン情報が残ってる」
画面に表示されたのは、見慣れない端末名と、ログイン場所。
「……これ、見覚えある?」
厚木は首を振る。
「この端末、Macって書いてある……けど、私のはWindows」
つまり、誰か他人のデバイスからログインされていた。
「しかもこの位置情報、駅前のフリーWi-Fi……ってことは」
「喫茶店とか図書館……?」
鎌倉が言った。
「不特定多数が使う場所から、アクセスされたってことは、Wi-Fi経由でアカウント情報が抜かれた可能性がある」
「厚木、フリーWi-Fiでログインしたことあるか?」
「……ある。駅前のアニメショップの上にあるカフェで……」
「それだ」
俺は確信した。
「タイミング的に、Raven_Maskとの関係が悪化したあとに、それが起きたんだな?」
「……うん。夏休みに入るちょっと前」
⸻
事件は単純な乗っ取りではなかった。
ネット上で厚木と知り合い、信頼関係を築き、やがて依存と執着へ。
その過程で偶然に得た個人情報、あるいは悪意を持って盗み見た端末の情報をもとに、ログイン情報を奪った。
「でもさ、そいつ──顔も名前も分かんねえんだろ? どうやって見つけんだよ?」
小田原の疑問は当然だった。
「直接は無理でも、間接的に探れるかもしれない」
俺は厚木に向き直った。
「以前、そのアカウントと話してた時に、何か“個人的なこと”言ってなかった? 職場、住んでる場所、趣味の話でもいい」
厚木は目を閉じて、少し考えた。
「……一度だけ、“職場の近くのラーメン屋”の話になったことがある。赤い看板で、“平日昼は混むけど夜は空いてる”って」
「それ、どこ?」
「詳しい場所は言ってなかったけど、“駅から徒歩五分くらい”って言ってた。あと、“雨の日は店の前がすべりやすい”とも……」
「……情報少なっ!」
小田原が突っ込むが、俺はメモ帳を開いた。
「いや、むしろ十分だ。“赤い看板のラーメン屋”“平日昼は混む”“夜は空いてる”“駅徒歩五分”“雨の日に滑る”──この五要素で、候補はかなり絞れる」
「まさか、それを一つずつ……?」
「全部調べる」
俺の言葉に、三人は目を見開いた。
⸻
次の日から、俺たちは調査を始めた。
エリアは、厚木が通っていたアニメショップ周辺。駅から徒歩五分圏内にあるラーメン屋を数件ピックアップし、赤い看板、地面の材質、営業状況などを実際に見に行った。
「……これじゃね?」
小田原が指差したラーメン屋。
確かに赤い看板で、店前のタイルが雨に濡れると滑りそうだった。
そこに一人、MacBookを開いて店の隅に座っている男がいた。
「まさか……?」
俺たちはその場を離れ、駅前のベンチに戻った。
「仮にそいつがRaven_Maskだったとして、どうやって確認する?」
「直接訊くわけにはいかない。だが、“同じWi-Fiで不審なアクセスがあった”という話をカフェ側に聞いた、と仮定して、反応を見る」
「……そいつが動揺すれば、クロに近いってことか」
⸻
その日の夜。
厚木から、メッセージが届いた。
『また来た。“見てる”って……もう、怖い』
俺はすぐに、グループチャットで報告した。
「ターゲットは特定できた可能性がある。次は“どう動くか”を見極める」
鎌倉が続けて送る。
「厚木さん、もう一人じゃないからね。私たちがいる」
小田原も送った。
「次は俺らの番だな。正体暴いて、スカッとさせてやろうぜ」
厚木の返信は短かった。
『ありがとう』
けれど、その一言の裏には、震えた指と、少しだけ前を向いた気持ちが、確かに宿っていた。
⸻
逗子悠翔の分析は、犯人の足跡を確実にたどり始めていた。
この夏の事件は、もう誰か一人の問題ではない。
四人で挑む“戦い”の準備は、整いつつあった。
事件あり過ぎかな?と思案中