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第10話「夏前、四人で歩く日常」

中間テストが終わった翌週、教室の空気は、どこか気が抜けていた。

 廊下を渡る風は、梅雨の湿り気を残しながらも、夏の匂いを含んでいる。


 試験が終わっても特に大きなイベントがあるわけじゃないこの時期は、生徒たちの間にも妙な“余白”が生まれる。

 だけどその余白は、むしろ心地よく感じられた。


 ──事件が解決したからだ。


 将棋部で起きた騒動。

 あのとき、偶然のように関わった小田原とは、その後よく話すようになった。


「逗子、また昼休み、ちょっと来てくれねえ?」


「何だよ、また詰将棋か?」


「いや、あれが意外と面白くてさ。お前とやってると、ただのゲームじゃなくなるんだよな」


「ほめてんのかけなしてんのか分かんねぇよ」


「ほめてんだよ、ちゃんと!」


 そんな軽口を交わせる相手が、いつの間にか隣にいる。それは、どこかくすぐったかった。



 ある日、放課後。


 校舎裏のベンチで、俺と小田原が将棋の冊子を広げて問題を解いていたときのことだった。


「……あっ、いたいた!」


 明るい声がして顔を上げると、鎌倉が厚木凛と一緒に歩いてきた。


「おお、鎌倉。……え、厚木?」


「やっ、たまたま図書室で会ってね。ちょっと手伝ってくれたんだよ」


「そっか……あの、ありがと」


 厚木は目元を軽くそらして、照れたように笑った。


「べ、別に……いいけど。鎌倉さんが“ファイル重い”って言ってたから、手伝っただけ」


「おま、優しいじゃん。あ、厚木ってアニメ好きなんだっけ?」


「……うん。“物語の構造”とか、興味ある」


「そういえば、この前逗子くん、アニメのトリック構成語ってたよね」


「……あれ、聞いてたの?」


 厚木は意外そうにこちらを見る。


「うん、図書室の隣の机で……。あれ、“動機と伏線”の話、面白かった」


「厚木って、論理的なところ好きだよね。将棋とかも、好き?」


「見るのは……ちょっと。けど、駒の動きって、確かに美しい」


 厚木の言葉に、小田原がふっと笑った。


「なんか、俺ら、意外と似てるかもな」


「えっ?」


「好きなもんにまっすぐってとことか。……なあ、逗子?」


「俺はよく分かんねぇけど。けど……悪くないかもな」



 その日から、4人で一緒に過ごす時間が少しずつ増えていった。


 昼休みには、購買のパンを分け合いながらちょっとした会話を楽しむ。

 放課後には、部室や中庭で他愛ない話をして、たまに将棋の駒を触ってみる。


「鎌倉さん、これ好き?」


「……あ、パイナップル味のガム。懐かしい」


「そうなの? じゃ、次も買っとく」


 厚木がさりげなくそう言うと、鎌倉はちょっとだけ、優しく微笑んだ。


「ありがと。……厚木さんって、気が利くんだね」


「えっ……そ、そう?」


「うん。私、誰かに“気づかれる”の、けっこう嬉しいんだ」


 その言葉に、厚木の頬がほのかに赤くなったのを、俺は見逃さなかった。



 別の日。

 俺と小田原は、将棋の問題集を前に話していた。


「逗子って、なんか“俺の代わりに言語化してくれる”感じあるよな」


「それ、誉め言葉でいいのか?」


「俺、言葉で説明すんの下手だからさ。けど、頭ん中でモヤモヤしてることをお前が言ってくれると、“あーそれそれ!”って思うんだよ」


「……お前も、たまに核心突いてくるな」


「んだよ、素直に言えって」


 気づけば、俺たちは友達以上の“信頼”を築きつつあった。



 帰り道、鎌倉と厚木が少し後ろを歩いていた。


「……今日、帰りに寄り道しない?」


「どこに?」


「戸塚のカフェ。ちょっとだけ、甘いもの食べたいなって」


「あっ……うん。……行こっか」


 背後から聞こえるそんなやりとりに、俺と小田原は目を見合わせた。


「……なんか、あいつらも仲良くなってきたな」


「ああ、そうだな」


 心なしか、小田原がほっとしたような声を出したのを、俺は聞き逃さなかった。



 梅雨の晴れ間、四人で校庭のベンチに座った日。


「なあ、夏休みって、なんか予定ある?」と、小田原が言った。


「実家帰るかも。長野のほう。空気うまいぞ」


「私は、読書とアニメ消化……あと、美術館とかも行きたい」


「私も……どっか、行けたらいいな。みんなで」


 鎌倉の“みんなで”という言葉に、ふいに空気が和らいだ。


「それ、いいな」


「じゃ、逗子ん家集合?」


「俺んちかよ……」


「いや、いいじゃん、落ち着いてて。本とか多そうだし」


「まあ……それなら」


 4人の間に、静かだけど確かな空気が流れた。



 その日の夜、ふと思い立って、グループチャットを作った。

 タイトルはシンプルに「4人の会」。


 誰もツッコミは入れなかったけれど、すぐにスタンプが飛んできた。


 ──“にゃんこがこっち見てる”やつ。

 たぶん、厚木。


 次に来たのは、小田原の「夏は一局、勝負な!」というメッセージ。

 そして、鎌倉からの一言。


『楽しみにしてる』


 俺は、それを見て、スマホをそっと置いた。


 ──夏休みのことは、まだ何も決まっていない。

 けれど、この4人なら。

 きっと、悪くない日々が待っている。


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