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2 初恋

 言ってしまった。

 俺は執務室に戻り、窮屈な服の襟元をくつろげた。

 我ながらびっくりするくらい昂奮しているせいか、体が熱い。

 今もはっきりと、俺の手の中の小さな、柔らかく繊細な手の感触をはっきりと感じていた。

 こんな状況ではとても執務に戻ることなどできない。

 秘めておくべき気持ちのはずだった。

 息子の妻になる子にあんなことを告げてしまうなんて。

 今ごろはきっと困惑させ、戸惑わせ、悩ませているに違いない。


(彼女のあんな顔を見るのは初めてだな)


 思考がおいついておらず、戸惑うことさえ出来ないような表情。

 腰に届くほどに艶やかな金髪。

 瞳は南の海を思わせる透明度の高い青。

 肌は夏の青空を彩る雲のように白く輝き、目鼻の造作の一つ一つが整い、その瞳にある理性の光はどうしようもなく俺の心を騒がしくさせる。

 ブランデーをグラスに注ぎ、一気に煽る。

 熱いものが喉から胃へと流れ、体を熱く燃やす。


(来たか)


 扉が大きく開かれた。


「シュヴァイク、あれはどういうつもりだ!」


 怒鳴り込んで来たのは、ミレイユの父、グスタフ。

 俺の右腕にして、最も頼むべき親友。

 この世に殺されてもしょうがないと思う人間がいるのだとしたら、それは俺にとってはグスタフだ。

 俺が死ななければならぬとグスタフが判断したのならば、黙って殺されるだろう。

 それくらい彼を信頼し、信用している。


「も、もっとあの場を繕う方法などごまんとあったはずだぞ!」


 普段は冷静沈着な男もさすがに動揺を隠せないようだった。

 それがおかしく、思わず口元を緩めてしまう。


「笑ってる場合か! あんな冗談を!」

「悪い。だが、あの場で冗談を言うほど俺は酔狂な人間でも、器用な人間でもない。分かっているだろ?」


 グスタフはこめかみを揉んだ。


「つまり、本気でプロポーズをしたのか? 数分前まで自分の息子――王太子の婚約者であった私の娘に?」

「そうだ。息子との結婚はまだなんだ。神に背いたわけじゃない」


 婚約の破棄は離婚に比べれば、容易だ。

 教会も王権には従順だ。長い時間をかけて作り替えた。


「……そんな話は初耳だぞ。一体いつから。まさか子どもの頃から、なんて言わないよな」


 グスタフが疑るようなまなざしを向けてくる。


「安心しろ。好きだと気付いたのは本当に、つい最近のことだ」


 グスタフは天を仰ぐ。


「明日からどうするつもりだ」

「どうもしない。普通に朝が来て、普通の一日がはじまる。それだけだ。ただ、明日からは俺は一人の女性を手に入れる、という目標のために手は抜かない」

「……その女性の父親を前にして、よくもそんな口を利けるな」


 グスタフは頭が痛そうだ。こんなことになってさすがに申し訳ないとは思う。

 親友を悩ませたくはない。だが矢は放たれ、放った俺にそれを撤回するつもりは毛頭ない。


「まさか、お前からはじめて聞かされる恋愛に関する話の相手が、娘とは」

「俺もだ。まさかこの年で初恋を経験することになるとはな」

「……まあ、そうだな」


 色恋などというものとは無縁な人生だった。

 俺の意思など関係なく、気づけば結婚相手が決まっていた。

 俺はただ種をまくだけの存在であり、跡継ぎを残す以上の期待はされてもいない。

 俺が子どもの頃の王家はそれほど立場的に弱く、王太子フェリックスの母親の実家であるユヒリフト公爵家に牛耳られていた。

 公爵家に睨まれぬようじっと息をひそめ、ただ従順なふりをする毎日。

 王妃を妻などと思ったことはない。

 監視役であり、決して本心を気取られてはいけない敵。


「酒でも一緒にどうだ?」

「……もらおう」


 俺は親友のためにグラスに酒を注いだ。

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