男と話す女が嫌い
合唱コンクールが迫ってくる。
もう、明後日が本番だった。
今週の六時間目は全て学活になって、どこもかしこも合唱コンの曲を歌っていた。
教室では、伴奏と指揮者とソプラノが。
廊下ではアルトが。
扱いの酷い男声は、外の庭でCDと練習。
それが前半の練習だった。
後半は、全員が集まって合同練習。
そしてその動画を聴いて、改善点を見つけていく。
たまには他のチームの曲を聴きに行き、自分たちも曲を聴いてもらった。
そしてとりあえず、凄いとか、ハーモニーがどうとか、無理やり作った褒め言葉で会話をした。
「もう明後日かー」
「弁当のおかずどうしよっかな」
「日の丸弁当はどう?」
「なんでやねん!」
休み時間、二人はワゴンを運びながら話していた。
戻ってくると、二人は、数学の用意を置き去りしている机をいくつも見た。
そして、後ろの黒板を見てため息ひとつ。
「数学ぅ? あ゛ーー! やりたくねぇ!」
「しゃーない。もう諦めよ」
頭を両手で抱えて叫ぶ肇を、諦めた哩が慰めた。
おぇえ、と吐く真似をする肇に、誰かがぶつかってきた。
それは、横にデカイことで有名なデコだった。
謝りもしないデコにムッとした哩が、デコに向かって言い放った。
「朔邪魔。朔お前横デカイんやし、譲りィや」
「えぇ〜、そんなのハジメルンがどいたら良くね?」
「ハジメルンとか呼ぶなデコ」
「お前! お前も俺のことデコとか呼んでるだろ!」
そうしているうちに、チャイムが鳴る。
隣がデコのロッカーだから、肇とデコは互いに邪魔だと言い争いながら用意を取り出す。
数字のファイルと教科書。
ちなみに、まだ教科書は使ったことがない。
「おい朔、お前ファイルは?」
「多分家w」
キャハハと掠れた声で笑うデコ。
本当は、デコじゃなくて朔という名前なのだ。
肇くらいだ。
朔のことをあだ名呼びしているのは。
他のやつは、話しかけようともしないから。
「お前プリントないのにどうやって勉強するの」
「先生にもらうw」
「朔お前いっつも忘れてるもんな」
「あの引き出し見て」
「うっわ······汚ね」
窓際の一番端っこ。
テレビに一番近い席が、デコ──朔······どっちでもいいわ──のVIP席だ。
常にデコは、そこの席。
あまり変えないほうがいいと、席替えの時に言われているのだ。
席替えは、まずは班長から決められる。
その班長が、自分の手下となる班員を選んでいく。
デコが班長になったときは全員が絶句した。
デコはリーダー気取りばっかりするから。
ただ、デコは本物のリーダーを班員にしてしまったのだ。
それが。
「朔。ちょ、邪魔。周り見て動いて」
「げっ」
真面目さん──タカモトだった。
別にリーダー気取りをしているわけじゃないのに、何故かみんな彼女に従う。
「なんでウチの席の前、朔なんだよ······」
「どんまい。でも私隣だよ。一緒に頑張ろ?」
タカモトと仲がいい女が、タカモトを励ましている。
デコが班長の班に入ってから、肇は何回もその会話を聞いた。
肇はあまり、タカモトとは話していなかった。
席が近くないから、というのもあるけど。
話さない理由は、彼女がどうしても真面目で静かなやつに見えてしまうから。
真面目で、キレると静かに黙ったままデコを睨みつける──怒ると自分、クールな感じになるんだよねアピールをしてくる奴だと思って。
実際は違ったけど。
「凛ってなんか、イメージとちゃうかった」
「リン? それってタカモトのこと?」
「うん。そーいえば肇はあんま凛と話さへんよな」
「話すことないじゃん?」
「まー確かにね。僕は同じ班やし話すことあるけどさぁ、凛って意外とフレンドリーって感じなんやで」
「ふぅん」
音楽室に向かう途中、「あっ、筆箱忘れた! イブ、先行っといて〜!」と、タカモトが教室に戻っていくのを見た哩と肇。
そしてふと、哩が一番最初の言葉を言った。
「俺、真面目さんとは仲良くできないし」
「またまたぁ〜。決めつけはよくあきまへんで」
「いや、逆に話すこと何がある?」
「ん〜。時と場合による」
全然話にならんと肇は呆れる。
音楽室に入ると、少し冷たい風が入ってきた。
ガヤガヤしていて、騒がしい。
肇は陽キャに囲まれていて、うるさい声が鬱陶しかった。
「はい、じゃあまずはパートに別れて練習しよう。それから〜······そうやね、じゃあ十五分なったら合わせるね。パートリーダーさん、CD持ってって」
肇と哩にとっての、地獄が始まった。
歌って歌っての繰り返し。
どうせ知識なんてないくせに、偉そうにみんなを指図するパートリーダーが嫌いだった。
チラッとアルトを見れば、そこは葬式みたいに静かだった。
自己主張があまりない女の集まり。
肇はそういう認識だった。
その中には、タカモトの友達もいたけど、タカモトと隣にいる時の明るい笑顔はない。
みんなのちょっと後ろで、無表情でいる女だった。
ソプラノは、全員の顔が明るい。
パートリーダーは、肇の苦手とする女。
学級委員とかの、みんなを引っ張っていく立場ばかりする女だった。
真面目で、よく色んな人に声をかける。
気配りのできる優等生。
そんな奴だった。
肇の嫌いなタイプだ。
でもきっと、そいつがパートリーダーだからソプラノがあんなに明るいんじゃない。
アイツがいるから。
「凛ってホントに歌上手いよな〜!」
「さすが凛様!」
「なんだ凛様って······。変な宗教作らんといてw」
「いやでもさぁ、リアルに凛はいい子やし」
自然と。
空気みたいに。
そこにいるのが当たり前に感じてしまう。
きっと、タカモトがソプラノにいるから、あんなに空気が明るいんだろう。
ソプラノには、まだ声が高い男子も数名いる。
肇もそっちに行きたかった。
誰がただ歌ってばっかりのとこにいたいと思うんだろ。
「みんな、もう一回練習しよ」
ソプラノのリーダー女がみんなに指示しようとする。
あまり乗り気じゃないのか、ソプラノのたちの顔がくもった。
すると。
「はいはーい。了解。なぁ、何ページやったっけ?」
「ん?えーっとね」
「百八十六!」
「ありがとう!」
でも、タカモトが歌おうとすると、みんな歌う気になる。
彼女の周りには女子が集まって、ワイワイ話していた。
そして、ソプラノリーダーがCDにスイッチを入れた。
その途端、タカモトの顔が真面目に変わった。
音楽室に響く、綺麗な歌声。
それは、ソプラノの声じゃない。
タカモト一人。
彼女の声だけが、音楽室に響いていた。
ソプラノ全員が歌っているはずなのに、聴こえてくるのは彼女の声のみ。
それが他の女だったら、ソプラノたちは、その女のことを自己主張強すぎ女と苦手意識を持つのに。
でも何故か、タカモトはそうは思われない。
「いや、めちゃくちゃ綺麗な声やんな」
「どうやったらそんな声でんの!?」
──と、いった感じに。
ただ凄い女だと、思われるだけ。
凛様凛様うるさかった。
タカモトは、男声とたまに戦う。
男声につられないかどうかを、男声の数名と確かめているのだ。
「今度も私が勝つからね」
「やってみな!」
そして始まる、タカモトの自己主張。
なんなら男声数名がソプラノ一人につられていた。
「ウチの勝ちやな!」
「っクソ、コイツまじでつられへんよな」
「じゃあ次は全員対でやってやろうぜ」
「えっ、待て待て! 流石に無理やって!」
慌てるタカモトだったが、しゃーなしで歌うことにする。
結果は、タカモトの敗北。
「いや、流石に無理やって······」
悔しそうにする彼女の顔は、どこか安心したようだった。
タカモト・凛は、不思議で変な奴。
肇はそう思っていた。