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絶滅危惧種の苗字達  作者: 将募人間
5/7

歌も話すことも嫌い

肇にとって、いや、この一年生全員(ほとんど)が、待ちに待った部活の始まる日を楽しみにしていた。

五時間目。

その授業は、初めての技術だった。

「はいじゃあ席ついて。名前······出席とるからね」

肇はこの出席に期待していた。

期待というのはなんなのか。

それは──

「アレイ? ん、ちょっとごめん苗字教えて」

雲母(キララ)でーす」

「キララ? すっげえ苗字だな」

──そう、苗字教えて、と尋ねられること。

これまで全ての教科で期待していたが、一回も尋ねられることはなかったのだ。

チャンスはこの一回のみ。

果たして。

「えーっと、ケイトウイン?」

ダメだった。

「はい」

肇は諦めて、少し悲しく返事をした。

すると、嬉しいのか嬉しくないのか分からなくなる言葉をかけられた。

「いやー、お前の苗字見た時にね、分からなかったからネットで調べてたんよ。よかったわ」

「そうなんですか」

調べなくてよかったのに。

肇の頭の中では、この教師が『邪答院 読み方 苗字』で調べている様子がイメージされていた。

次の真面目は。

「ほうにっぽん? にほん?」

「いや、奉日本(タカモト)です」

「タカモト? 凄いな。珍し」

全ての教科の担任から、同じことを言われ続けていた。

苗字の珍しさなんて、違う意味で捉えれば、その人を傷つけることになるのに。

真面目の苗字が奉日本(タカモト)だと、肇は今知った。

これからは真面目じゃなくて、タカモト呼びにしようと、肇は思ったのだった。


肇の入部したバトミントン部は、体育館での練習と、外での練習がある。

はやく打ちたい、と肇はワクワクしながら体育館に入ったのだが、そのワクワクは吹き飛ぶことになる。

「じゃあまず一年は素振りからしよっか」

ふざけんじゃねぇぞ、少し声に出た。

体育館の端ですることじゃないだろ、と肇は言いたくなった。

毎日毎日素振りばっか。

そのためか、肇は部活が嫌になったのだ。


肇は、歌を歌うのが得意じゃなかった。

そんな中、やってきたのが合唱コンクール。

「哩歌うの好き?」

「ふふっ、肇クン。好きと得意は違うんやで?」

「······同じ考えで安心」

曲選びの時。

歌は、二つのクラスが合わさって歌うことになっている。

その選び方は、一から七までの候補曲を選んで、そのどれかになる──はず──というもの。

多すぎじゃね?──クラス全員、呟いた。

肇は取り敢えず、難易度が一番低いものを第一候補に選んだ。

あとは適当。

なんとなく好きなリズムだったりした曲を選んだ。

「え、これ自分らで手叩くん? おもしろっ!」

「これ第一候補にしよ」

「俺もそうするー!」

歌いながら皆で手拍子をする曲。

それを第一候補にするクラスメイトは多かった。

──肇は第三候補だったけど。


榮倉(エイクラ)センセー。曲まだ決まってないん?」

「んー、明後日には決まるし、それまで待っといて」

一日に二回はその会話を聞くようになった。

そして、とある日の朝の時間。

「えー、曲は──」

遂に、歌う曲が発表された。

残念だけど、手拍子の曲じゃない。

更に残念なことに、肇の候補の中になかった、激ムズ曲だった。

「えっ、俺喉潰れるって······」

「これ選んだやつまじヤバいやん」

それから始まる、地獄。

その歌は、メロディーを歌うソプラノと、ハモリのアルト、そして男声の三つのグループに分かれて歌うものだった。

肇はもちろん男声。

哩も。

ソプラノは簡単。喉潰れるけど。

アルトはまぁ、頑張れ。

男声は、頑張るしかない。

知っているメロディーとは全く違う音程。

しかも、ソプラノに負けないように歌わなければならなかった。

「すげぇ音つられる」

「ホンマに。どうやんねんマジで。絶対つられんねんけど」

ソプラノの声のCDを流しながら歌う。

苦痛だった。

音楽室は、高い声と低い声で埋め尽くされていた。

そして、伴奏を練習するキーボードの音。

その隣では、指揮者が式の練習をしていた。

パートリーダーが、もう一回練習しようと声をかけた。

流れるソプラノの声。

肇はもう、早くこの時間が終わればいいのにとヤケクソだった。

チャイムがなった──肇はいち早く歌うのをやめて、高速で帰る準備を整える。

「じゃあ、CD片付けたとこから帰ってねー」

即帰還。

肇と哩は、重たいドアを開けて、一目散に教室へと向かった。

「俺もう歌いたくねー」

「僕らいま変声期なのになー。拷問やん」

「いいやマジそれな。歌いたいやつだけ歌えばいいのにさ」

「榮倉の野郎が悪いわ。前のクラスが最優秀賞とったとか、そんなの知らんし」

「榮倉の野郎? っ、お前言ったな。聞こえてたら終わりだぞ」

「ふっ、ちゃんと周りは確認してるんやもんねー!」

だから大丈夫ー!

哩は自信満々にそう言った。

「──あっ、給食の用意なんでしてるんやろ」

そして、自分の謎行動に気がつく。

哩の机は給食の用意がセッティングされていた。

「うん、ずっと思ってた」

「じゃあ言えよ!」

「悪ぃ悪ぃ」

全然思ってない顔をイメージして、肇は哩を煽った。

哩は、肇がワザと煽っているのは分かっているだろうけど、ノリに乗って、怒る。

「絶対思ってないな!」

「まぁ、そーゆーこともある」

こういうしょーもないことで盛り上がるのが、肇と哩のコンビなのだ。

「あれ、凸守なんで給食の用意してんの?」

「まだ給食ちゃうでw」

「あー、今日の給食何ー?」

三陽キャが声を上げた。

そして、肇が一番会いたくなくて、一番嫌いな奴が、煽り運転でやってきた。

こうなってくると、クラスは騒がしくなる。

ねちっこいおじはん。

そう、クラス皆が嫌うデコがやってきた。

教室に入るなり、女子から嫌そうな目で見られるデコ。

給食の用意を片付ける哩を見て、ニヤッと笑った。

「あれぇー? 凸守もう給食食べる気? 馬鹿じゃねw」

「カデノ! オマエ食料の癖に生意気やぞ!」

「ホンマにやで。今日の給食にもお前の親戚出てくるのに」

「親戚? 今日の給食何?」

哩が三陽キャ達に尋ねた。

それにいち早く反応したのは、魚なら何匹でもおかわりするメガネ真面目チビ。

「なぁヒナタ、今日の給食何か知ってる?」

「ごはん、牛乳、豚キムチ、なんか野菜炒め、味噌汁」

全員が納得する。

その中には多分、デコも含まれてる。

「いや、なんで親戚?」

「分からんの!? 豚キムチやぞ?」

いい気味いい気味。

肇は多数につきたいタイプ。

だから、デコを陽キャたちと一緒に追い詰めていった。

今日は少し気分が良かった。

だからなのか、肇は部活も少し楽しめた。

部活で、友達ができたからだろうか。

肇のことを知った顧問が、三年や二年の上級組に肇を入れたからだろうか。

どちらでも構わない。

授業は面倒だ。

国語の先生なんか、肇は本当に苦手で。

「幸せと不幸せってさ、交互に来たらプラマイゼロでなんも感じないとか言ってるけど、ソイツ馬鹿だとおもう」

「なんで?」

「いや、一日の最初にいいこと起きても、最後に嫌な思い出出来たら嫌じゃん?」

「なーるほど。つまり、弁当のおかず食べる順的な?」

「そゆこと、? かな」

あんまり話を理解されなくて、肇は少しさみしくなった。

でも、仕方がないと割り切った。

漫画の主人公の名言なんて、作れっこないって。

笑いながら、友達とそんなことを話していたあの時を思い出した。

それから肇は、名言っぽいことを言うのをやめた。

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