未来が嫌い
肇が中学生になって、一週間がたった。
その間に、友達と呼ばれるであろう存在は一人出来た。
「おはよう、はー君」
「んー、おはよ」
肇が教室に入ると、のんびりとした声でそう言ってくる少年。
肇がヘルメットを棚に置いていると、その少年が名札を渡してきた。
「おー、ありがとう。そうだ哩、一時間目何?」
「えーっとね、ちょっと待って。······あー、数学や」
「うっわぁー、一時間目から地獄」
「でも、体育&美術あんで」
「えっ? ならいいじゃん!」
入学式の次の日は、三時間授業だった。
······授業でもないかもしれないが。
自己紹介に、配布物配りに、放送を聞くという、学活オンリーの一日だった。
自己紹介カードを書き、それをもとに自己紹介をする。
でも、そこで名前を覚えられるのは、よっぽど特徴的な奴だけ。
それか、もともと知っているかの二択。
肇は勿論、全員の名前なんぞ覚えていなかった。
ただ一人、入学式前に話しかけてきてくれた男子を覗いて。
名前は凸守哩。
好きな物とか、誕生日とかまでは覚えてはないが、名前だけは完璧に覚えていた。
「体育って何するんやろ」
「確かに。ってか、どこでするんだろ」
二人がそんなことを話していた時、話しかけてきた人がいた。
「体育館来いってさ。なんか、筆箱持って来いって」
「体育館? じゃあバスケとかするのかな」
「そこまでは知らん」
話しかけてきたのは、隣の席の真面目さんだった。
入学式の時と変わっているのは、黒マスクがないこと。
真面目さんは、マスクを外すと、想像していたよりも大人しそうな顔をしていなかった。
「なぁ凛〜! Y組行こ〜」
「ん、分かった! 早く行こ!」
真面目さんに近づいた少女が、ニコニコ笑って教室の外に引っ張り出した。
そこでふと、忘れてたと、真面目さんが言って、肇と哩に言い放った。
「さっきのこと、皆に言っといてや!」
面倒事を、また任された肇であった。
黒板に近づき、黒板の位置を少し低くして、肇は三時間目の体育のことを書いた。
指がチョークの粉で汚れ、それをぱっぱとズボンではたけば、そこだけが白色になって目立っていた。
「洗わへんの?」
「いや、めんどくさいし」
哩は洗いたい派なのか、洗わない肇を見て、不思議そうに聞いた。
キーンコーンカーンコーン。
まだ廊下にいた生徒達が、急いで教室に戻る音。
朝読書の始まりのチャイムが鳴り、二人は急いで席について本を開いた。
そこで、ドダダダン──ッと地響きが。
「おい、デコ。うっさい」
「あぁ、わるいわるい。あれ? モテモテテクニックベスト百どこいった?」
教室の端に置かれた本棚に走ってやってきたのは、肇がこのクラスで一番嫌いな男子だった。
名前の一部をとって、デコと呼んでいた。
──いや、呼ぶことはほとんど無い。
「そんなの読んでてもモテないって」
「はぁ? 何でそんなこと分かるんだよ」
「いや、だって見た目······」
デコはデブな男子だった。
それも、全員ムチムチタイプではなくて、エロそうなおっさん会社員みたいな太り方をしていた。
肇がデコを嫌いなのは、いろいろわけがある。
エロい話しかしないし、授業中の先生に対する(エロい)質問は多いし、塾自慢だの、不健康自慢だのうるさいし、わざとその人が怒るようなことを言って、追いかけられて。
多分もっとあるが、それを全部言おうとすると、このクラス全員が喋りまくることになる。
どこいった?──と、ずっと言いながら本を探すデコにうざさを感じた哩が、デコの動きを止めるために一言告げた。
「朔、あの本先生が持ってたよ?」
「ええぇ!? マジで!? 嘘だろー!?」
うるさい。
いちいちそんな事で騒ぐな。
早く本読め。
──全員が思っていた。多分。
肇は読んでいた本に興味がなくて、ペラペラとイラストの描かれたページを探して、そこだけを見ていた。
キーンコーンカーンコーン、と。
朝読書の終わりのチャイムが鳴る。
「きりーつ」
陽キャの言葉に、全員が席から立ち上がった。
「れい!」
「「「おはよーございます」」」
着席。
それだけは言われなかったが、みんな座る。
なんなら、挨拶を言いながら座ってる奴もいて。
さらに、先に座ってから挨拶してる奴もいた。
「んー、じゃあ服装整えーや」
スキンヘッド担任がそう言って、名札をまだつけていなかった奴らが、名札を取りに前に行く。
肇は哩から貰っていたため、今日は取りに行かなかった。
今日は、である。
いつもなら、肇は一番に名札を取りに行って、他の人の名札を配っているのだが、肇は別に優しくはない。
なんなら、自分のことは自分でやれという考えの持ち主なので、いつも配っていたのはただの気まぐれ。
「頼りきってるからこうなるんだよ」
「お前性格悪いん?」
名札を取りにきた、陰キャや頭ほわんほわんなゲーマー野郎を見て、肇はぶっきらぼうに呟いた。
それに反応した真面目さんは、若干引いた感じだった。
「お前優しくないんやな」
「ふん、自分のことは自分で。常識ですけど?」
「へー、そうなんだー」
棒読みで返事する真面目。
「お前もさ、棒読み大会優勝目指せると思うんだけど」
「そーですか」
「棒読み日本代表とか、多分お前エースなれそう」
スキンヘッド担任が二人を注意するまで、そんな会話は続いていた。
朝の会が終わると、教室はガヤガヤする。
一時間目はなんだっけ?──とか。
あー、体操服忘れちまった──とか。
他のクラスに借りてこーい──とか。
その、何十にも重なった声が、肇は嫌い。
「ねー、ライフちょうだい」
日記を集める係の女が、肇にそう声をかけてきた。
引き出しには沢山のプリントが溜まっていて、肇はお目当ての日記を見つけるのに時間がかかった。
──だが。
「あー、書いてなかったし、あとで渡すからいいや」
「そう? じゃ、がんば」
昨日なにあったっけ?──そう呟いても、昨日のことは思い出せない。
日記に書く話題が思いつかなくて、とりあえず、肇は日記に犬を描いた。
すると、さっきのライフ寄越せ女が肇のそのイラストを見て、「宇宙人?」と首を傾げた。
「犬だ!」
「え〜? いやちょっと無理あるやろ?」
「お前の目がおかしいんじゃ?」
ライフ寄越せ女は、下の方でまとめたポニーテールを前の方に持ってきて、「いや、犬ではないわ」と言った。
数学の先生がやって来て、そのライフ寄越せ女は自分の席に着いたが、肇はその女のことを見つめた。
話しやすかった。
もしかしたら、この学校初の女友達になるかもしれない、と。
一時間目終わり、教室の後ろにあるロッカーは、人で埋めつくされていた。
次の授業の用意をするライフ寄越せ女を見つけた肇は、声をかけた。
「なぁ、お前名前なんだったっけ?」
名札を見ても、難しすぎて分からない。
それに、自己紹介の時に覚えていなかったので、直接聞くしかなかった。
「ん〜? 私結乃やけど」
「ユノ? OK、覚えた」
二人で話すと、話が盛り上がった。
結乃はどちらかと言うと、女子の可愛さがよくわかんないという感じの奴で、男っぽいところがあった。
性格もサバサバしているというか、肇は話しやすかった。
「最近肇って結乃とよく話してんな」
「いやーね、話しやすいって言うかさ。話盛り上がるから」
肇がそう言うと、哩は少し声のトーンを落として言った。
「いや、アイツちょっとめんどくさいからやめときいや」
「え? なんで」
「いつか分かる」
肇にはまだ結乃ことなんて分からない。
まだ、苗字すら分かってないから。
肇は嫌いだった。
「んー、予言は怖いね」
未来のことを言われるのが。