両親が嫌い
この物語は、半分フィクション、ノンフィクション。
絶滅しかけの苗字達が送る、学校生活。
恋なんて結局。
絶滅危惧種にとっちゃ、捨てなきゃいけないもの。
『今日からクソド田舎で中学校生活するとかめんど』
少年はそうスマホに打ち込み、すぐそのメッセージを消去した。
送信したのは、メッセージアプリのメモ帳。
誰かに見て欲しくて打ち込んだワケではなく、一日の始まりの合図として打っただけであった。
ベッドの中でごろごろ寝転がるのもこのくらいにしようとしたのか、少年はスマホの電源を落としてベッドから起き上がった。
部屋は電気がついておらず、少年の弄るスマホの画面が部屋を照らしていた。
だから、スマホの電源を少年が落とした瞬間、部屋は真っ暗闇になった。
しかし、少年は部屋のどこに何があるかを理解しているのだろう。
電気をつけることなく、手探りで階段も降りて、一階のリビングの電気をつけた。
「······」
ふと背後の階段を見つめ、少年は誰もいないことを確認してから、小走りでソファーに座り込んだ。
少年はビビリなのである。
だから今日も、少年はチラチラと後ろを見ながら朝ごはんを一人で食べるのだ。
そんなに怖いのなら、家族が誰も起きていないこの時間に起きなければいいというのに。
食パンにバターを塗る少年。
だが、バターを塗るごとに食パンの表面がめくれていく。
「めくれるなよ······」
なんとか全体にバターを塗り、抹茶オレの粉をその上にかける少年の頭に思い浮かぶこと。
それは、そろそろチューブ系のバターが欲しいという願望だった。
抹茶オレパウダーをのせた食パンをトースターに入れ、焼き上がるまでの時間を、漫画を見ながら過ごす。
やがて食パンが焼き上がり、少年は読んでいた漫画をクッションの上に投げて、朝ごはんを食べ始めた。
入学式まではあと四時間もある。
そのため、のんびりと抹茶オレトーストを食べ進めていった。
「おはよう」
「おはよう、······はぁ、何時に起きてるのよ?」
「四時」
「早すぎよ。することないのに」
六時を過ぎると、両親が一緒にリビングに降りてくる。
降りてくるなりスマホを弄る母を見ながら、少年は洗濯物をたたんでいく。
「人のこと言えないじゃん」
母親には聞こえないように、小さな声でそう言った。
スマホを使い続ける少年に対して、「使いすぎはやめなさい! 目が悪くなる!」なんて言っていたが、どちらかと言えば、アンタの方が使いすぎ。
寝る前にスマホ、起きてスマホ見てから階段を降りてくる。
スマホ問題で、説得力のないババア。
いつもそう思っている少年なのであった。
洗濯機の中で乾いたものは手触りがいいが、部屋で干された洗濯物はカピカピと乾燥していて嫌いだった。
「お母さん、ちゃんと準備してる?」
「当たり前よ、してるわ」
たたんだタオルのめくれた所を直しながら、少年は尋ねる。
母親は、いつもギリギリに出発する。
少年は、そんな母親が好きでは無かった。
そんなことを思っているのも。
今日が入学式当日ということを除けば、これは日常生活なのであった。
「なんなのあのババア······。あー、寮が良かった」
少年は、両親が好きでは無かった。
少年の入学する中学校は、自転車で二十分の所にある。
都市からこの田舎にやってきたので、友達は一から作らなければいけない。
だから、一人で自転車に乗って学校まで向かった。
家族は後で車に乗って来るらしい。
ガタガタと、籠の中の水筒が揺れる。
犬の散歩をするおっさん。
まだ春休みなのか、小学生くらいの男子達が公園で集まって何やらしていた。
前まではそこに自分もいて、中学生を見てたのに。
時間の流れる速度は速いなと、少年はスマホに打ち込むことになる。
······勿論、中学校にスマホは持ってきてはダメなので、家に帰ってからだが。
中学校の門に近づくと、そこには人が沢山集まっていた。
同じ学ランを着ている男子と、灰色のジャケットとスカートを着ている女子。
パッと見は黒髪や茶髪。
普通な感じな人が多い。
でも中には、金髪だったり変わった髪型をしていたり、力士かと思うくらい大きな人もいた。
門の近くでは受付があり、そこで名前を言うと、クラスがどこか教えて貰えるらしい。
「名前を教えてね」
眼鏡をかけた女性に声をかけられ、少年は自分の名前を伝えた。
来ている服が自分と同じ、制服ということは、この女性は少年の先輩に当たる人なのだろう。
「邪答院肇です」
「ケイトウイン・ハジメ君ね、君のクラスはZ組よ」
「分かりました」
少年──いや、邪答院肇。
肇は自転車を駐輪場に置いて、下駄箱に靴を入れる。
試しに履いたあの時以来に履く上靴は少しキツく、紐を一回ほどかなくてはならなかった。
その為か、教室に着いたのはかなり遅く、席はほぼ全て埋まっていた。
リュックを自分の席に下ろし、黒板を見る。
そこにはとあるアニメのキャラが描かれていて、なかなか上手かった。
そしてそのイラストの隣に書かれた文字を読んだ。
『荷物は全て後ろのロッカーに。前に名札があるので左胸に着けてください』
書いてある通りに、リュックを自分のロッカーに詰め込む。
肩の部分がはみ出てなかなか閉められず、思いっきり封印を施したのは肇だけが知る秘密である。
前の教卓に並べられ──ていたであろう名札。
そこに残っていたのは、肇の名札ともう一人分の名札。
肇は自分の名札を手に取って、自分の席で名札をつけようとした。
安全ピンでとめる系の名札である。
「うぉっ、いって······」
案の定、肇は針を指に刺していた。
「絆創膏やろうか?」
「ん、いや大丈夫。ありがとう」
「いや、大丈夫なら良かったね」
肇に絆創膏を渡そうとしたのは、隣に座っていた黒めな茶髪の少女。
黒マスクをつけているため、目元しか見えていなかったが、胸まで伸びた髪と大人しそうな目元から、真面目子ちゃんなんだなと肇は苦手意識を思った。
肇はどちらかと言うと、明るい系の女子の方が接しやすかったのだ。
血が少し滲んだ指を咥えて、肇は担任が来るまで待っていた。
「じゃあ入学式行くし、静かに廊下出てや」
肇のクラスの担任は、スキンヘッド ──ツルピカ頭の男だった。
かなり関西弁の強い人のようで、肇が少し苦手とする人だった。
「ハゲ太郎センセだな」
「ぶっ、ww そんなん言ったらアカンて!」
「いやいや、なんだっけ? あのさ、織田信長が言ってた──」
「ハゲネズミ?」
「そうそれ! それでよくね?」
後ろから、そんな会話が聞こえてきた。
ぞろぞろと教室から出ていく生徒。
しかし、まだ教室に残っているのが二人いた。
皆が教室を出たというのに、まだ本を読んでいる少年と。
髪の毛を、チリチリなるまでくしでとぐ女子が。
「早く出てってくんないかなぁ」
肇の後ろにいた、のんびりしてそうなチビな少年がそう言った。
「いや、ホントそれ」
「やんな、あーゆう人らはさぁ、仲良くしにくいねん」
肇はどちらかと言うと身長が高い方だった。
だからか余計に、身長差が目立っていた。
いつの間にか廊下に全員が集まっていて、担任の合図で皆は体育館に向かって歩き出す。
前を歩く女子達は、所々にある鏡を横目で見ては歩きながら前髪を直していた。
肇の隣で歩いていたのは、あの茶髪のロン毛少女。
勿論その少女も、鏡をチラッと見て。
しかし、前髪を直すということはしていなくて、ただ見ていただけだった。
「入る時、静かにやで」
へーい ──と合図をする生徒達。
ハゲ担任が最初に体育館へと入っていく。
それに続いていく肇は、卒業式みたいだなと思った。
体育館に入ると、沢山の保護者がパイプ椅子に座ってスマホやカメラを構えていたからだ。
それがまるで、卒業式の時のようで。
床は、卒業式の時のように緑色のカーペットで敷き詰められていて、シワに足を取られて肇は躓きそうになった。
肇のクラスはステージから一番離れていて、逆に保護者席から一番近かった。
だからだろうか。
「あの子······スカート短すぎない?」
「確かにね。それを言ったらあそこの男子だって金髪じゃないかしら」
絶対今するべきではない保護者の会話が、ずっと聞こえてくるのは。
でも、肇にとってそれは暇つぶしになっていた。
校長の話。
生徒会長の話。
そういう長い話は、じっと聞いているだけでストレスが溜まってくるもの。
故に、何度も体を動かす生徒達。
肇は心を無にして ──など出来ないので、何度も何度もズボンを握りしめては、後ろの保護者のコソコソ話を聞いていた。
ようやく話が終わり、教室に戻ってきた肇達。
自席で腕に頭を埋めているのが肇で、もう既にグループを作っているのがいわゆる陽キャ達である。
「クラスナイン作らへん?」
「いいけど、それって全員?」
「スマホ持ってるやつだけでええやん」
「ふーん、いいんじゃね?」
陽キャ達は、勝手に話を進めてく。
「俺自分用もってないんだけど······」
肇には、家族共有のスマホとタブレットしか持っていなかった。
また、両親へのイラつきが高まっていく。
俺クラスナイン入れないな、と誰にも聞かれないように小さな声で呟いた。
耳を手で塞いで、自分しかその声が聞こえないくらい。
──その時だった。
ふぁさっと何かが、肇の後ろで落ちた音がしたのは。
落ちていたのは、花だった。