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【04】順調だったはずなのに

 そうして数日後、である。


 私はぽかぽかと気持ちの良い窓の前で、再びマクマトさまを膝枕していた。

 トワルの春は短いけれど、日照時間は心地よく温度が上昇する。彼にとって、太陽が昇り切った時間は一番のお昼寝時間らしかった。


 問題だった枕も解決して、気持ちは晴れ晴れとしている。


 もっとも、解決には私の膝の高さと弾力を綿密に計測して、家具工房に注文するという恥ずかしい行為を耐えなければならなかったけれど、とにかくベッドまわりを改良する事に成功した。


(「そういう意味」で一緒に眠る事も、その、出来たわけだし……)


 思い出すと、ぐっと喉が詰まって、耳が熱くなった。


 そう、私達は本当の意味で夫婦になれた。想定していた乙女なりの初夜とは大きく違っていたけれど、とにかく一歩前進できた事は確かだ。


 彼の言う竜の愛し方は懸念の通りに情熱的で、足腰が立たなくなった私は翌日昼まで、ぐったりとしたベッドの住人になってしまった。

 圧倒されて恥ずかしくて、流されるままにされるばかりだった。

 熱烈な愛情表現にときめくどころか目を回すばかりだった。


『愛してるよ、俺のフレイア。かわいい嫁さん』


 薄闇の中で、湿った声で愛を囁かれた時の熱を未だに忘れらない。もう初めての夜から一週間も経過して、その間にも夜を共にしているのに。あの囁きだけは、毎回、どうにもならないほど魅了されてしまう――


(……はしたない! お昼間から私ったら……!)


 これ以上は思い出したくない。私は頭を振って、つとめて平静かつ穏やかな心持ちで、マクマトさまの寝顔を見つめた。

 よく眠っている。温かいと眠くなる、そもそも夜行性なのだという説明を、私は思い出していた。


『だが、婿入りしたからにはそっちに合わせたい。体質改善に付き合ってくれると助かる』


「……とか言ってた割に、お昼寝は絶対なんですね」


 いけません起きましょう体質改善致しましょう、と、肩を揺らすのが良い妻なのかもしれない。

 だけれどこんなにも穏やかに眠っている顔を見て、誰が起こすなど出来るだろうか。いいや、出来る訳がない。少なくとも私には無理だ。


(夜行性だというのなら、私が睡眠の時間をずらしたっていいのだわ。今度、侍従長に相談してみよう……)


 そうしたら、この昼寝を心から楽しむ事が出来るようになる。とってもいい考えのように思えた。


(……ほんとに、よく眠ってる)


 全く起きないのをいい事に、私はマクマトさまの寝顔をたっぷりと堪能した。


 睫毛は濃くて、髪の色と同じ真っ黒。目元にだけ赤いラインが入っていて綺麗だ。お化粧かと思ったら肌に直接色を染み込ませているのだという。

 角には飾り紐が結われていて、表面のおうとつは細かい。ひとつひとつ数えたら夜が明けそうなくらいで、それ自体が工芸品のように美しい。


 律儀な彼は服装もトワル公国に合わせて、襟の立った厚い生地の衣類に袖を通してくれているけれど、窮屈なのか、私といるときだけは首を大きく開く。

 寒いのと息苦しいのだったら後者を優先するといって、鎖骨が見えるくらいに開いた首には、火山地帯で鉱石を溶かして作るビーズを連ねた首飾りが二重になってかかっていた。


 とにかくどこを取っても綺麗な旦那様。を、見ていてふと思い出した。

 この前、マクマトさまに怒られた。私が彼の鱗を、こっそり拾って集めていたのがばれたから――


『フレイア、それ俺の鱗だよな!? 何でそんなもの集めるんだ!?』

『だって綺麗じゃないですか。お尻尾の鱗なのでしょう? 剥がしたんじゃないです、落ちていたから拾っただけです』

『だからそれが嫌なんだって! 君だって、自然と抜けた自分の髪の毛を集められていたら気持ち悪いだろう!? ああもう、そんな立派な箱に仕舞うもんじゃない、恥ずかしいから捨ててくれ!』


(綺麗だったのになあ、もったいないなあ)


 銀の鱗は光に透かすと甘く虹色に輝いて、まるで宝石のようだった。

 大層名残惜しかったのだが、珍しく語気を荒げて彼が言うので、渋々手放した。竜人族にとってそういうものなら仕方がない。髪と同じ、つまりは身体の代謝と共に抜け落ちる部分を集められるのは確かに不快だ。


(お尻尾以外にも鱗はあるのかしら。お身体を隅々まで見た事はないわ。ベッドは一緒になったけれど、ちゃんと見られるほど余裕はないし……)


 いけない、ついつい再び、はしたない事を思い出してしまった。

 頭の中の不埒な想像をかき消し、マクマトさまに視線を戻す。乱れた襟。これはやっぱりもうちょっと、ボタンひとつ分くらいは隠してもらった方がいいかもしれない。色々な意味で。

 私はそうっと、起こさないように襟元に触れた。

 布と布の隙間に赤い輝きをちらりと見つけたのは、その時だった。


「赤い…… 宝石? 首飾り?」


 最初はそう思ったが、違う。

 鎖骨の少し下。胸の真ん中に、親指の爪の大きさほどの深紅の石が埋め込まれていた。


(何かしら。きらきらして、なんて綺麗……)


 ひょっとして竜人族は、肌に石を埋め込む風習があるのだろうか。

 あったっておかしくない。身を飾る事が当たり前らしいのは彼を見ていてわかっている。これもきっとそういう装飾品の一種なのだろう。

 それにしたって美しかった。見つめていると、視界が赤でいっぱいになる。

 思わず手が、伸びてしまう――


「――ッ!!!」


 誘われるまま、ひた、と、指先で触れた瞬間。

 マクマトさまの全身が、比喩ではなく、激しくビクンと跳ね上がった。


「っ、マクマトさま!?」

「、るな」

「え……」



「逆鱗、に、触れるな……!!」



 その――声は。

 普段の彼からは想像もつかない、濁って、低い、唸り声交じりの濁音だった。


 硬直する私の目の前で、跳ね起き、四つん這いになったマクマトさまの姿が変異していく。

 ざわざわとまるで音がするみたいに、髪が逆立ち、頬が銀の鱗に覆われる。もともと大きかった手が錯覚じゃなく一回り巨大化し、爪が伸びて、尾が膨れ上がって、それはまるで、


「竜……!?」


 正しくは、半分、竜。


 分厚い服地を破って、突き出した翼がカーテンを引っかける。

 さっと差し込んだ陽光の中で、銀色の半竜が、金の瞳で私を睨みつけていた。

 耳元まで裂けそうな口が開いて、鋭い牙と赤い舌が、舌なめずりをする。


 ――君たちは、竜人を熱帯蜥蜴とか、割とひどい呼び方してるだろ?


 ついこの前、寝転びながらした会話を、私は思い出していた。


 ――ひどい事です。私は絶対にそんな呼び方、国の者にさせませんから。

 ――いいんだよ別に。あ、改善していくってのは確かにそうなんだけどさ。俺たちだってそちらさんに対して、良い呼び方はしてないぜ。

 ――何て呼ぶんです?

 ――そりゃあ、あれだ。牙も鱗も爪もない、そんなか弱い生き物なら、



「『軟肉やわにくたち』……」



 彼らは、私たちの事を、そうやって呼ぶ。

 柔くて軟弱な肉しか持たない、弱い生物。

 そんな私を見て、彼は今、舌なめずりをした。


最後までお付き合い下さったらとても嬉しいです。次話もぜひ読んでやって下さい。

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