重たい道具箱
それからも取り止めのない話をしていると、下校の時刻を知らせるチャイムが鳴り響いた。教室の外では先生たちの大きな声が聞こえる。きっと外で遊んでいた生徒たちを早く帰るよう促しているのだろう。
「私たちも帰るか。」
「そうだね、早く帰らないとピアノに遅刻しちゃう。」
そう言って私たちは足元に置いていたランドセルを背負い、下駄箱へと向かった。
その途中で職員室前を通る時、ちょうど誰かが出て、私とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ...ってなんだかいか。」
「なんだってなんだよ、って言うかこんな時間まで何してたんだよ。お前サッカーとか好きじゃなかっただろ?」
「放課後残ってる子がみんなサッカーしてると思ったら大間違いだぞ。私はただ優子と話してただけだ。」
「あぁ、お前ら仲良かったもんな。」
「当たり前だろ?優子は私の親友だ。」
「あっそ、女子の友情って俺にはよくわからんが、これからも仲良くしろよ。」
「いや何様目線でいってんだ?」
「幼馴染として心配してあげてるんですけど?」
「私はお前に心配されるほど落ちぶれちゃいないぞ。」
「いや、あおの中で俺は一体どんな立ち位置にいるんだ...まぁいいか。俺はまだ少し用があるから、じゃあな。」
「おう、またな。」
するとかいは足早にどこかに行ってしまった。もう下校の時刻だと言うのに一体何をするって言うのだろう。
「まぁ、私には関係ないか。」
私はそう呟いて後ろへ振り返った。
すると優子が私の背中に隠れるように大きな体を縮こませていた。
「もう行ったぞー、大丈夫かー?」
「へ?あ、うん。大丈夫だよ。」
優子はそう言って笑った、でもいつもの笑顔とは違って無理しているのが分かった。
「いや、今無理に笑わなくてもいいって。怖かったんだろう?」
「えっと...うん。」
「いきなりだしびっくりしたよな?」
「うん、やっぱり男の子に近づくと、どうしても体がこわばっちゃう。」
「そうか。ま、怖いもんは仕方ない。いつも言っているが、私が一緒にいてやるから安心しろ。」
「うん、ありがとう。」
私は優子の頭を撫でた。優子がいつも私にそうしているのは、自分も同じように優しくよしよしされたいことの裏返しなのだと私は知っていた。
「ありがとう。少し落ち着いた。」
優子はそう言って顔をあげ、また無邪気な笑顔を見せてくれた。
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それから私たちは学校を出て、2人手を繋いで帰り道をゆっくり歩いていた。
「重たいねー、荷物。」
「そうだな、夏休みは嬉しいが宿題が多かったり一々道具箱を持ち帰らないといけないのが本当にめんどくさいよな。」
「なんでいちいち持って帰らないといけないのかなぁ。」
「なんでって、そりゃ夏休みだから教室に誰も来なくなるし、持って帰った方がいいからじゃないか?」
「でもさ、わざわざ無人の学校に忍び込んで私たちの道具箱を盗む人なんていないし、置きっぱなしにしてもいいと思わない?」
「確かにそうだな。道具箱を盗んだところで金目のものが手に入るわけじゃないしな。」
「それに夏休み明けにはまた学校に持っていかなきゃいけないのも面倒くさいよね。」
「あと、なぜか忘れてきて授業どころじゃなくなるやつがクラスに一人はいるよな。」
「あーいるいるー。こんなに大きな物どうして忘れるんだろうね。」
「頭が空っぽなんだろ、そう言う奴に限ってたった十分しかない休み時間にドッヂボールしてるんだ。」
「そのくせ授業中はぐっすりだよね。」
「たった十分じゃあ消化不良もいいところだろうに、それでも奴らはチャイムを合図に運動場へかけ出すんだ。」
「ある意味すごい真面目だよね。」
「その真面目さを少しでも普段の授業や勉強に向けることができればいいんだけどな。」
「それができないから道具箱も忘れちゃうんじゃない?」
「て言うか、そう言う奴が出ないようにするためにも道具箱は持ち帰るべきではないのではないか?」
「じゃあなんでいちいち持って帰らないといけないのかなぁ。」
「なんでって、そりゃ夏休みだから教室に誰も来なくなるし、持って帰った方がいいからじゃないか?」
「ん?」
「え?」
なんて話していると、分かれ道が見えてきた。優子は右に、私は左に進めばすぐに家がある。
「じゃあ、お母さんにお泊まりしていいか聞いてみてからまた電話する。」
「分かった。夜の八時以降だったらいつでも電話出れるから。」
「了解した。ピアノ頑張れよ。」
「うん、ありがとう。」
優子はばいばいと手を振ってくれた。
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「ただいまー。」
私は家に到着するなり、重たい荷物を自分の部屋に放り投げた。想像以上に負担がかかっていたらしく、肩と首筋が痛くなっていた。
するとお母さんが部屋の扉から顔だけ出しておかえりーと言ってくれた。
「夏休み前は荷物が多くて大変ね、お疲れ様。」
「本当にそうだよ、なんでいちいち道具箱持って帰らなきゃいけないんだ。」
「確かにそうね、一応道具箱ごと持って帰らせることで先生方が忘れ物がないかかチェックするときに少しだけ楽になるかもしれないけれど。」
「そうなのか?」
「あくまで私の想像だけど、仮に夏休み前に生徒全員が下校した後先生方が机の中に忘れ物がないか確認していたとして、道具箱が入っていたらいちいちそれを出して中を確認しないといけないじゃない?でも道具箱がなければ机の中をちょっと覗き込めばいい。だから持って帰ってもらってるんじゃない?」
「でも。どうしてそこまでして私たち生徒が忘れ物していないか確認するんだ?」
「万が一宿題を忘れてしまった場合、夏休みの間はもう取りに行けないでしょ?」
私たちの学校は、夏休みになると校舎に入るのは禁止されていた。
「なるほど、さすがお母さんだな。」
「まぁ本当のところはどうなってるのかわかんないけどね。それよりも何か手紙とかもらった?」
「あぁ、そういえば3枚くらい配られてた気がするな。」
「そう、今もらってもいい?」
「分かった、あと今年の夏休みは優子の家に泊まろうって話が出ているんだが。」
「あら、いいわね。日にちは決まったの?」
「いや、まだだ。優子の家も忙しいからな。」
「分かった。あおは毎年暇なんだから、優子の予定に合わせなさいよ。」
「分かっている。」
私はお母さんに学校で配られた手紙を渡した。その中には宿題リストがあったらしく、お母さんはそれを見ながら今年も大量ねーと呑気なことを言っていた。
するとお母さんは、ある一枚の手紙を見て少し険しい顔をしていた。
「あら、不審者が出たの?」
「あぁ、らしいな。」
「らしいなって、あおも他人事じゃないでしょうに。それに今回は五年生の女の子が被害にあったみたいじゃない。」
「被害にあったって言っても、後ろから少し付けられた程度だろう。」
「それはそうかもしれないけど、もし攫われたらって思うとゾッとするわ。」
「まぁ、大丈夫だって。」
「それにあおって小さいし、危ない人たちからしたら格好の的なんじゃないかしら。」
「小さくない、成長期なんだからまだまだ大きくなる。」
「心配だわー、小さいあおが攫われたらそうしましょう。」
「もしかしなくても私のことからかってるよな?」
「あら、もうバレちゃった?」
「丸わかりだ、途中からお母さんニヤニヤしてたし。」
「ふふっ、ごめんなさいね。優子ちゃんにはちゃんと連絡しておくのよー」
お母さんはそう言ってキッチンに戻って行った。
「お父さんには聞かなくていいのか?」
「大丈夫よ、だって優子ちゃんが一緒なんだもの。」