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世界の終わりと始まり 第2部 覚醒編  作者: とみなが けい
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真田がルシファーと魂の取引をした事実が残った…真田は山口が虐げられる夢を見て…山口と距離を置く事を決めた。

朝霞の装備部にランドローバーが到着した。

 深夜にもかかわらず、平岡と大倉山、そのほか数人の研究員が作業をしていた。

 私達がランドローバーから降りると何事かと平岡達が寄って来て、私と山口の姿に驚いて色々訊いて来た。


 私と山口は挨拶もそこそこに仮眠室横にあるシャワールームに駆け込んだ。

 ゴキブリだらけの服を脱ぎすてて、シャワーの水圧をいっぱいにあげて頭から丹念にゴキブリの破片を洗い流した。

 シャンプーやボディソープを大量に使い、体の表面の細かい所がもぎ取れそうなほど激しくスポンジで擦りまくった。

 排水溝の金具にゴキブリの足などが引っ掛かっていたので、私はおぞけを震いながらシャワーで全部流した。

 いくらボディソープで体を流してもゴキブリの匂いが取れない感じがした。


「真田さん…服なんですけど…どうします?」


 朴が声を掛けて来た。


「捨てて下さい、全部、出来れば焼き捨てて下さい!

 すみません…あと、何か着る物をいただけますか?」


「うふふ、そういうと思って保安チーム用の作業服持ってきましたよ」


「ありがとうございます」


 その後数十分かけて丹念にゴキブリを洗い流した私は、朴に貰った保安チーム用の作業服と短ブーツをはいて装備部に戻った。


「ゴキブリ…全部落ちました?」


 保安チームの面々と平岡、大倉山がテーブルを囲んで座っていた。

 コーヒーを飲んでいた朴がこわごわと聞いた。


「ああ、落ちたようです…山口さんはまだシャワーですか?」


「そのようですね」


「あの人、髪の毛が長いからな…時間掛かるだろうな…すいませんが煙草もらえます?」


 さっき車の中で吸おうとした、胸ポケットの煙草の箱には、半分に千切れたゴキブリが突き刺さっていたのでシャワーを浴びる時に捨ててしまったのだ。


 朴がラッキーストライクとライターを出してテーブルに置いた。


「好きなだけ吸って下さい。

 コーヒー淹れてきます」


 テーブルの端で大倉山と平岡がじっと私を見つめながらコーヒーを飲んでいた。

 今日の顛末を聞きたくてうずうずしているんだろう。

 私は煙草に火を付ける時にはじめて左手の切り傷に気が付いた。

 左手を見て顔をしかめた私を見て、平岡が立ち上がり、救急箱を持って来てくれた。


「大変だったようだね、真田ちゃん」


 平岡が手の傷を消毒して絆創膏を貼りながら呟き、私の顔をじっと見た。


「うん、朴さん達が来てくれなかったらどうなっていたか…」


 山口がタオルで髪の毛を拭きながら出て来た。

 彼女も保安チームの紺のジャンプスーツと短ブーツ姿だった。

 やはりあの時の服は着たくないのだろう。


「もう~臭いが中々取れない感じがする…」


「だよね…」


 朴がコーヒーを二つ持って来て私と山口の前に置いた。


「それで…何があったの?

 皆話してくれないんだよね…」


 平岡が口を尖らせて言った。


「…ルシファーを……目撃したんです」


 山口がコーヒーカップを手に取りながら言った。


「………えええええええ!ホントにぃいいい!」


「見たんですか!?」


 平岡と大倉山がテーブルを叩いて立ち上がった。


 朴がコーヒーを飲み、煙草に火を点けながら答えた。


「ああ、俺たち全員が見た…確かに見たよ、そして…会話もした」


「あんた達も見たの?」


 居並ぶ保安チームの面々も黙って頷いた。


「あああああ!私も見たかったよぉおおおお!」


 平岡が頭を抱えて身もだえた。


「それで、それでルシファーはどんなだったどんなだった?

 どんなだったんですか?」


 大倉山も平岡同様に叫んだ。

 

 平岡と大倉山は私達の体験した事を知らずに非常に羨ましがっていた。


「裸で車の上に立っていたんだよ…一糸纏わぬ姿で…俺達を見下ろしていた」


 朴が煙草の煙を吹き出しながら呟き、そして、遠い目をして続けた。


「綺麗だったな…あんなに綺麗な女…今まで見た事無い…」


「どっしゃああああああああ!」


「ぐぁああああああ!」


 テーブルに置いた麻酔銃を取り上げた平岡が、銃の台尻で思い切り朴の後頭部をぶん殴った。


「てめぇ!フィアンセの前で何ふざけたことぬかしてるんじゃぁああああ!

 他の女の裸見て綺麗だっただとぉおおおおおお!」


 朴が頭を抱えて蹲ったが、平岡がその襟首を掴んで振り回した。


 その場の皆が平岡の剣幕に固まった。


 私は違う意味で人間の女は怖いとしみじみと思った。


 山口だけが落ち着きはらってコーヒーを一口飲んだ。


「誰か、煙草もらえます?」


 私はラッキーストライクとライターを山口の方に滑らせた。


 平岡が頭を抱える朴を後ろから殴りまくっている姿を眺めながら山口が煙草に火を点けた。


「平ちゃん、その辺で勘弁してあげて」


「は~い」


 山口がそう言うと、平岡が渋々と朴を殴るのをやめた。


「皆座って頂戴」


 山口が煙草を吸いながらコーヒーを飲んだ。

 彼女は指揮官、コマンダーの顔になっていた。


 鼻血を出して左目の上を晴らした朴も保安チームの男の手を借りて椅子に座った、


「朴さんがああいうのも無理はないわ。

 ルシファーは確かに美しかった…とてもとても…女の私が見ても…息をのむほど美しかった……」


 保安チームの男達が無言で頷いた。


「今日の目撃した事について、皆さんそれぞれ報告書を提出して下さい。

 あの場にいた者は全員、見た物聞いた物を子細漏らさずに書いて提出すること…そして、今日起きた事については惟任研究所の標準秘匿守秘義務の同意書と別にもう一通、守秘義務の同意書を書いて頂きます。

 今日起きた事は絶対に他にもらさぬようにお願い致します。

 真田さんも同様に報告書と守秘義務の同意書を頂きますから宜しくお願い致します」


 保安チームの面々が黙って頷いた。

 山口が私を見たので私も頷いて同意の意を示した。


「大倉山さん、3号車の屋根を写真で撮って置いて下さい。

 あと、あの凹みはどれくらいの衝撃で起きたかも調べて置いてくれますか?」


「はい、判りました」


 大倉山が立ち上がると部屋を出て行った。


「さぁ、解散します。

 皆さんどうもお疲れ様でした」


 居並ぶ面々が立ち上がった。

 平岡はテーブルの上の救急箱を手元に引き寄せて朴の手当てを始めた。

 先程の剣幕もどこかに消え失せて、平岡が小声で謝りながら朴の手当てを始め、朴も小声で平岡に謝っていた。

 どうやら朴は完全無欠に平岡の尻に敷かれるだろう。

 山口がほほ笑みを浮かべて暫く2人を見ていたが、やがて立ち上がった。


「タクシー…いや、いいわ、外で拾います。

 真田さんも帰るでしょ?

 一緒に行きましょう」


 私と山口は駐屯地を出て、夜の街をしばらく歩き、タクシーを見るたびに手を上げたが、深夜の二人連れでおそろいのこんな作業服を不審に思ったのか、中々タクシーは止まらなかった。

 やっとの事で一台のタクシーが止まった。

 タクシーに乗り込むなり山口は彼女のマンションの住所を告げた。


「いいでしょ?」


 山口は微笑みながら小声で言った。

 先程のコマンダーの顔から、すっかり小夜子の顔に戻っていた。


「…俺といて…怖くないかい?

 こんな事…また起きるかも知れないし…」


「…どんな相手でも私は二度と大事な物を奪わせないと誓ったんです。

 たとえ相手がどんなに強大な物でも…私は絶対に渡しません…二度と奪われたくないんです」


 山口が手を伸ばし、しっかりと私の手を握った。

 私は返事をする代わりに、彼女の手を握り返した。

 山口の手の温もり。

 そのか弱く、温かい温もりにすがりつきたい思いがこみ上げて来た。


 マンションに着き、私達は山口の部屋に入った。


「今、コーヒーを入れます…ふふ、この格好は変ですね」


 山口は2人おそろいの保安チームの作業服を見て笑った。


「今、着替えを…真田さんに買ったバスローブあるんですよ。

 似あうかなぁ…」


 私は山口を抱き寄せた。


「小夜子…本当に良いのかい?

 …実は…この前君の家に泊まった時…朝方に…」


 いきなり山口が顔を寄せて私の唇を塞いだ。

 私たちは抱き合い長い口づけをした。

 やがて山口がゆっくりと顔を話し、私の胸に埋めた。


「知っています…私…あなたとルシファーが話しているのを聴きました…今この時も…ルシファーがどこかで私達を見てるかも知れない…でも、構いません!

 私達は彼女から見たら取るに足らない存在かもしれないけど…それでも人が人を愛する事を…この世界で人が愛し合いながら支え合いながら生きている事を…こんな世界でも人が人を愛し、支え合いながら必死に生きている事を…彼女に判って貰いたいんです」


 山口が再び私に口づけをした。


 私は口づけをしながら山口の作業服の下に手をすべり込ませた。

 山口の小振りな乳房に手を当て胸をまさぐった。


「ブラ…してないね…」 


「ふふふ、下着も全部捨ててきました…あら?

 孝正さんも…」


 山口がジッパーを下ろした私のズボンに手を差し入れて私をまさぐりながら微笑んだ。

 山口の言葉通り、もう一方、山口のズボンに入れた私の手が直接山口の秘所に触れていた。

 2人で息を弾ませながらソファーにもつれ、倒れ込んだ。


(そうだ、その通り、俺達は愛し合っている。ルシファーもどこかで見ているのか…構わないさ、指をくわえて見てるが良いさ)


 ソファーの上でお互いに愛撫をしながら、服を脱がせながら、私は思った。

 山口が喘ぎ声を上げて私にしがみついて来た。

 彼女は充分に濡れ、私も充分に固くなっていた。


「孝正さん…きて!そのままで!お願い!」


 山口が喘いだ声を上げ、中途半端に服を脱がしたまま私達は抱き合い、繋がった。


 今この時、ルシファーはどんな思いで私達を見ているのか…


 私と山口はソファーの上で同時に果てた。

 笑顔で見つめ合い口づけを交わし、互いの体にもたれてセックスの余韻に浸った。

 そして気だるく立ち上がると2人でシャワーを浴び、私は山口が買ってくれたバスローブを、山口はパジャマを着て、暫くリビングで寛いだ後、ベッドに行き、もう一度愛し合った。

 充分に満ち足りた後で、私は後ろから山口を抱きしめ、山口は私の手を握りながら眠りに着いた。


 そして私は恐ろしい恐ろしい夢を見た。


 私の目の前で山口が、「女」の様に縦に半分に引き裂かれ、まだ意識がある状態で、体の内部をしゃぶりつくされた。

 

 佐伯邸の魔物のようにピアノと共に見えない大きな手に握りつぶされた。

 

 あの屍鬼の様にぺしゃんこに潰され、鴉に生きたまま喰い尽された。

 

 山口は体を散々に破壊されながらも意識を保ち、悲鳴を上げ続けた。

 

 私はそれを見ながら何も出来ずに絶叫を上げていた。

 

 山口の遺骸を抱きしめて泣く事も許されなかった。


 なぜなら、山口が惨たらしくいじめ殺されている間、私はルシファーに犯され続けていたからだ。

 ルシファーの凶悪な猛禽類の爪で押さえつけられた私は上からのしかかられていた。

 私の心と裏腹に硬く勃起したペニスを下半身に飲み込み、腰を振りながら、ルシファーは涎を垂らし、歓喜に体を痙攣させながら、残忍な笑顔を浮かべていた。

 目の前で山口が無残な最期を遂げている間、私はルシファーに犯され続け、絶望と快感の叫びを上げ続けていた。


 私はひどい動悸と寝汗と共に目を覚ました。


 いつのまにか山口は私の方を向き、私の胸に顔をうずめて丸くなっていた。

 夜明け直前の薄暗がりの中で、私は山口のあどけない寝顔を見つめた。


 昨夜の朝霞装備部での決然とした指揮官の顔と違い、今は満ち足りた幸せな女の顔で寝ていた。


 私はいつまでもいつまでも、山口の寝顔を見ていたかった。

 しかし、私はこの安らかな寝顔を守らなければならない。

 この、罪の無い美しい寝顔を危険から遠ざけなければならない。

 私は、ルシファーから、このか弱く美しく、勇敢な女を遠ざけなければならないのだ。

 彼女を巻き添えには出来ない。

 私は山口を起こさないようにそっとおでこにキスをした。


 そして、静かに山口の頭の下から手を抜くと静かにベッドから出た。


 私はリビングに行き、バスローブを脱ぎ、きちんとたたんでソファーに置いた。

 保安チームの作業服を着た私は、リビングのサイドテーブルにあった便せんを取り、手紙を書いた。



  山口 小夜子様



 ルシファーとの一件が解決するまで、あなたと再びこうして愛し合う事を遠慮させて頂きます。

 

 あの、強大な力を持つルシファーと私の間にあなたが介入するという事はとても危険な事なのです。


 私は、愛するあなたが私が原因となる危険な事に巻き込まれるのはとても我慢が出来ません。


 あなたに何かあったら…あなたの身に何かが起きたら…私はとてもそれに耐えられないでしょう。


 あなたをこの身に変えても守りたいのですが、残念な事にルシファー相手ではとてもその自信がありません。


 ルシファーとの事が解決するまでは、コマンダーとダイバーの関係でいましょう。


 いつか、何の心配も無くあなたを抱きしめる日が来る事を、切に、切に願っています。


 いつまでも、あなたの平安と幸せを祈っています。


 部屋の鍵はポストに入れて置きます。


 それではまた研究所でお会いしましょう。


 この事は研究所の皆さんには内密に願います。


 こんな事を書いておいて何ですが…今でも、これからもずっと、あなたを深く愛しています。


 真実に、あなたを愛しています。


                     真田 孝正



 手紙を書き上げた私は、山口の買い置きの煙草を一本拝借して火を点けた。


「奴に関わるのは俺1人で充分だ…恐ろしい思いをするのは俺1人で…充分だ」


 私は小さく呟くと、煙草を灰皿に揉み消した。


 玄関で短ブーツをはき、静かにドアを空けて部屋を出た。


 鍵をポストに入れて私はマンションを出た。


 東の方が白々と明るくなり、紫の空を明るくして行った。


 私はコンビニに入り、エコーとライター、缶コーヒーを買った。


 コンビニ前の灰皿の横で煙草を吸い、コーヒーを飲んだ。


 寂しかった。


 私の眼から涙が溢れ、頬を伝って流れた。


 私は明け行く空を眺めながら、涙を流しながら、煙草を吸い、コーヒーを飲んだ。


 早朝の買い物客達が、私を不審そうに見て、顔をそむけて横を通った。


 私は自分を落ち着かせるために、肺に空気を貯める呼吸法をした。


 少し気分が落ち着いて来た。


 私はまだガラガラに空いている地下鉄に乗り、練馬のアパートに戻った。


 数日後、山口から電話が来た。


 朝霞装備部で犬達との面会の時間の確認電話だった。


 要件を言った後で山口は沈黙した。


 私も沈黙して山口の言葉を待った。


 山口が、か細く震える声で言った。


「…コマンダーとダイバーは一蓮托生です…それだけは…それだけは覚えておいて下さい」


 私が何と答えようか考えているうちに電話が切れた。






続く

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