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世界の終わりと始まり 第2部 覚醒編  作者: とみなが けい
6/26

真田と山口は江古田に行き、イスラエル料理を楽しみ、そして『アルタミラ』に寄ったが…。

「来週は朝霞の装備部で木曜日の午前10時で宜しいですか?」


「ええ、はい…何か用意する物は?

 犬のビスケットだとか?」


「ふふふ、そういう物が必要ならこちらで用意しておきます…所で、調査の後が良いか先が良いか、考えて置いて下さいね」


「え?何がですか?」


 山口が眉を寄せた。


「あら、惟任教授からお話聞いてないですか?」


「ええ、全然」


 山口が顔をしかめて頭を振りながら書類を封筒から出した。


「困ったわねぇ~!教授も最近忙しいから…それとも…ボケが来たりとか…」


「そんな事はないでしょ?」


 私が苦笑を浮かべて言った。


 惟任教授は世間一般の老人のイメージとは非常にかけ離れている。

 おそらく100歳になってもあの調子だろう。


「まだまだ、ボケは来ないでしょうね、あの人は」


 立花がくすくす笑いながらコーヒーをすすった。


「ふふ、そうね。

 所で…佐伯玲子…佐伯玲子が真田さんと面会を希望してるんです」


「佐伯…玲子がですか?」


「ええ、彼女は覚醒後、病院でリハビリを行っています。

 数十年筋肉を使っていないから、体力的にすっかり衰えていまだに車椅子なんですが、頭の方は凄く冴えわたっているようで…」


「…何故私に?」


「真田さんが佐伯邸で最後に描いた絵を彼女に見せた話はしました?」


「ええ…何となく」


「佐伯玲子は、覚醒する数時間前からあなたの存在を知っていたそうですよ」


「え?」


「佐伯玲子は…あの晩…佐伯邸での事を正確に知っています」


「…彼女の記憶は真田さんの報告書とも細かい所まで一致しています。

 そして、外部からの干渉、例のL放射、ルシファー放射を発生させる者と会話したそうです…」


「…ルシファーとですか?」


「ええ、非常に興味深い内容の会話をしたようです。

 あなたにとっても、我々、惟任研究所に取ってもね…」


「……」


「会いたいですか?」


「……ええ、是非とも会いたいですね。

 彼女の都合の良い日で構いません。

 都合を付けます」


「判りました」


 桜田が封筒をいくつも抱えて入って来た。


「あら、真田さん!」


「桜田さん、こんにちは。」


 この前最後に会った時、あの飲み会の時はまるで○田アキ子の様な迫力ある怖い姉ちゃんだったが、今は、知的でエレガントな彼女に戻っていた。


「ふう、お外はまだ少し暑いわね」


「桜田さんは暑がりなんですよ」


 立花が苦笑を浮かべて言った。


「あら、そう?

 えへへ、私は燃える女ですからね」


 桜田が封筒をどさりと大テーブルに置き、エアコンの所に歩いて行きながら答えた。

 

 エアコンの温度設定を下げた桜田が山口にコーヒーを頼んで、私の隣にどさりと座った。


 桜田は書類に目を戻した立花をちらりと見た後、私の耳に口を近づけて囁いた。


「聞いたわよ、山ちゃんから…」


「え?」


「山ちゃん、女子高生みたいに目をキラキラさせてたわよ」


(どうも、女のネットワークは凄いな…一体どこまで話したんだろうか?)


「全部聞いちゃったわよ、うふふふふ」 


 山口は私の心を読んだかのように言った。


「彼女大事にしてあげなよ…所で、いつします?」


「何を?…佐伯玲子との面会の件ですか?」


「違うわよぉ、退行催眠実験…この前に話したじゃない」


「ああ、すっかり忘れていました」


 山口がコーヒーを持ってきた。


 桜田がコーヒーカップを口に近づけてフーフー吹くと一口すすった。


「あら?退行催眠受けるんですか?

 真田さんも少し忙しくなってきましたね。

 佐伯玲子との面会のスケジュール立てておきますね」


 山口は私の前にもコーヒーカップを置いてほほ笑んだ。


 そう、少し私も忙しくなってきたようだ。


「真田さん、コーヒーはアメリカンでお砂糖をほんの少しとミルクを小さじ一杯でしたよね?」


 山口が確かめるように私に尋ねた。

 そう、私のコーヒーのスタイル。

 ドイツの老舗のカフェで歳老いたマスターから教わった飲み方。


「いいかい?

 君のような味覚の人には私たちのコーヒーは強すぎるな。

 アメリカ人の様な薄めのコーヒーに角砂糖一つの半分程度、それにちゃんとしたクリームを入れると、まぁ、コーヒーの風味をそれほど失わずに楽しめるよ。」


 年老いたマスターはそう言って私に微笑んだと山口に入った事が有る。

 それを覚えている事を少し自慢する様に山口が言った。


「ええ?山口さん、真田さんにはサービス良いですよね?

 俺なんか、砂糖とミルク横に添えるだけじゃないの」


 立花が書類から顔を上げて苦笑を浮かべて言った。


「真田さんは貴重なダイバーですからね。

 それに調査をする時はダイバーとコマンダーは一心同体、一蓮托生ですから、これ位は把握しておかないと駄目なんです」


「なるほど」


 立花が納得した様に頷いた。

 

 山口と桜田が密かに目くばせした。


 私はそれに気が付かない振りをしてコーヒーを飲んだ。


 コーヒーは旨かった。

 いつの間にかゆったりした気分でいる事に少なからず私は驚いた。

 そう、今まではここに来ると、色々ショッキングな事を聞かされて緊張していた私が。

 惟任研究所のメンバーが家族のように思えて来た。


 そう、私が命を預けるのだから、家族の様に思わなければ。

 私は煙草に火を点け一服吸うと、またコーヒーカップを口に運んだ。

 漂うコーヒーの湯気、煙草の煙と共に、午後のひと時は静かに流れた。


 仕事を一段落した山口、立花、桜田と共に世間話をしながらコーヒーを飲んで、煙草を吸い、のんびりとした気分になった。


「退行催眠実験、いつにしようか?」


 桜田がメモを取り出して言った。


「それって時間どれくらいかかるんですか?」


「う~ん、半日は見ておいて欲しいわ。

 大学で生理学的なデータを取るから。

 あ、実験の被験者としてやるから日当も出るわよ」


「嬉しいですね、ここに来てから懐具合がすっかり良くなりましたよ」


「ふふふ、その代り、ずいぶん危険な目にも遭うけど」


 桜田が笑いながら言った。


「でも、退行催眠実験は別に危険な事無いでしょ?」


「あら、世間で普通にやっている退行催眠とかと訳が違うわよ。

 ある意味で戻ってこれなくなる人もいるわ。

 もちろんそういう場合に備えて万全の予防策を練っているけどね。

 そんじょそこらの実験よりもうちのはハードよ」


「………」


「良く街中で退行催眠といってお金取ってやってるでしょ?

 あれはスピリチュアルの名を借りた詐欺ですからね。

 真田さんも気をつけなさいよ。

 特に前世が貴族だとか神官だとかどこかの王だとか…そんな事を言い出すのはほぼ100パーセントペテンよ。

 大体人の前世がそんなに都合よくポンポン出てくる訳でもないのよね。

 もっとも私たちも、本人から引き出した話が実際に前世の経験なんだか、その人の記憶が作り出した話だかはっきりと解明できていないのよ。

 だからその記憶の追跡調査のほうが凄く大変なんだけどね~」


「はぁ、そういうもんなんですか?」


「そうよ、大体、インチキの退行催眠は掛ける側から誘導が入るわよね。

 いかにも前世に行きます~みたいな。

 あんなのに引っかかっちゃだめよぉ~。

 テリー伊藤や矢追純一みたいになっちゃうわよ、ほほほ

 テレビなんて面白おかしくでたらめな事ばかり放送するんだから、あんなでたらめでも面白ければ売れちゃうのよねぇ~、おお、嫌だ」


 桜田が笑いながら言い、山口や立花もくすくす笑った。


「実際にどこで嗅ぎつけて来たか判らないけど。この前テレビ局の製作スタッフが来ましてね、取材させてくれって言ってたんですよ」


 立花がコーヒーを口に運びながら言った。


「惟任教授が現場で起きた事をすべてノーカットで何の編集も無しに流すなら考えても良いと言ってましたねぇ~」


「それで、どうなったんですか?」


「まぁ、そんな事テレビでやれるはず無いしね、後から教授のスポンサーの方から圧力掛けておきましたけど…佐伯邸の事なんかテレビでノーカットで流したら…パニックになりますよね。

 人類に今の状況を発表するには…もっと人類自体が成熟しないと」


 私はコーヒを飲みながら頷いた。


(まさにその通り、あんなの見せたら一体どういう事になるか…しかし、テレビを見ている人たちは良く出来たCGだとか思うんだろうな。仮にあれが本当に起きた事と証明して見せても、お偉い評論家や先生たちが寄ってたかってムキになって否定するだろう…今まで築きあげた自分のお偉い理屈が根本から崩壊してしまうから…そして真実だと判ると今の人類は何をしでかすか)


「さて…どうしようかな?

 真田さん来週の木曜日は…」


「朝霞で犬たちと面会です。」


 山口がすかさず言った。


「あらそう、…じゃあ、さ来週の木曜日でどうかしら?」


「私は予定空いてますよ、一日中ね。」


「じゃぁ、さ来週の木曜日午前9時にT大学の西ゲートで待ち合わせしましょう。

 ゲートの真正面にヴォルフって言うしゃれた喫茶店があるからそこに入ってモーニングでも食べててよ。

 当然そのお金も払いますからね。

 T大学判る?教養学部がある方ね」


「はい、判ります」


「それじゃ宜しくね…私、奥で書類整理しますからごゆっくり」


 桜田が立ち上がり私にウインクをして奥の部屋に消えた。


「私もこれから朝霞に行ってきます。

 真田さん、どうぞごゆっくりね。」


 立花も立ち上がり、私と山口に手を振って研究所を出て行った。


 私と山口が広間に2人きりになった。

 時計は午後4時を少し過ぎていた。


「真田さん…これから何かご予定あります?」


 山口が尋ねた。


「う~ん、夜にその…江古田のアルタミラに行ってみようと思っています」


「あの『女』の人のお店ですか?」


「はい、桜田さんから聞いたと思いますけど、あれ以来会っていないんですよ。

 連絡も取れないから少し心配なんです……あ!あくまであいつが心配なだけでそういう事をやりに行くと言う事では無いですから!

 別にそういう事をしに行くという訳じゃないんですよ。

 ただ…生きているのかどうかを…」


 私は私の言葉を聞いて山口が少し悲しげな表情を浮かべたのを見て慌てて弁解してしまった。


「そう……私も一緒に行って良いですか?

 真田さんに奢るという約束まだですよね!

 きょう、奢りますよ!

 残りの仕事片付けるから、少しここで待っていて頂けます?」


「…ええ、私は構いませんよ。

 山口さん構わないんですか?」


「江古田ってお食事できる所もあるんでしょ?

 何かそこで食べてからアルタミラ行きましょうよ。

 私も実は興味津々なんですよその『女』の人に会ってみたいんです…大丈夫ですよね?邪魔になりません?」


「ええ、大丈夫ですよ。

 じゃぁ、待ちます」


「よかった!すぐに仕事片付けます。

 五時前にここを出れると思いますから…コーヒーのお代わり持ってきますね!」


 笑顔になった山口がコーヒーカップを片付けていそいそと給湯室に行き、新しいコーヒーとビスケットと何冊かの雑誌を持って来てくれた。

 私は礼を言い、コーヒーを飲み、ビスケットを齧りながら雑誌を読んだ。


 瞼が重くなった。

 いつのまにか寝てしまったようだ。


 雑誌を膝の上に置いて寝ていた私を山口が揺り起こした。


「真田さん、準備できましたよ。

 行きましょうか?」


 山口は紺のビジネススーツから、洒落たカジュアルスーツに着替えていた。

 時計はもうすぐ5時になろうとしていた。

 私と山口は惟任研究所を出た。

 

 山口がバッグから携帯電話の様な物を出して私に見せた。


「なんですかそれ?携帯?」


「ふふふ、これは平ちゃんが作った超小型セルゲイエフセンサーです。

 まだ試作品なんですけど…これでクルニコフ放射を感知できるんですよ。

 一応念のために持ってゆこうと思ったんです」


 私は超小型セルゲイエフセンサーを手に取ってみた。


 見た目には少し厚みがある携帯電話みたいで、液晶画面にはクルニコフ放射の数値を示すインジケーターが表示されていた。


「お化け探知機みたいですね」


「ふふふ、そうですね。

 一般に販売すればかなり売れるかもしれませんね」


 山口は超小型セルゲイエフセンサーをバッグにしまうと私の腕に手を絡めてきた。



再会


 私と山口は地下鉄に乗り、新江古田で降りると、少し歩いて西武池袋線の江古田駅に来た。


「意外と学生さんが多いんですね」


 江古田の街並みを珍しげに見ながら山口は呟いた。


「ええ、ここは日大芸術学部とか武蔵野音大とか武蔵大学とかありますからね。

 少し毛色が変わった大学生もかなりいますよ」


「楽しそうな所ですね。

 個性的なお店も色々ありそうで…」


 山口は自分でカクテルを作れると書いてある江古田酒場の看板を見ながら言った。


「江古田の飲み屋さんは基本的に朝までやっているというような所が多いんですよ。

 やっぱり学生たちが多いので…さて、どこで食べましょうか?

 少し珍しい所とかでも良いですか?

 アルタミラは開店するのが夜遅いから…」


「そうですね、何処かお勧めの店ありますか?」


 私は少し考えてから江古田南口のゴミゴミした駅前広場を横切り、狭い通りに入った。


「この先に『シャマイム』と言う、イスラエル料理屋さんがあるんですよ。

 従業員もイスラエルの人たちで、イスラエル料理を本格的に作っています。

 もっともイスラエル料理なんて日本じゃここだけでしょうけどね。」


「面白そうですね!そこに行きましょう!」


 山口は笑顔になって私の腕に絡めた手に力をいれて体を押しつけながら言った。


  私達は狭い通りに入って、つきあたりを右に曲がって2階にあるシャマイムに入って行った。


 店は夕食を食べに来た数組の客がいて。私たちは壁際のテーブルに案内された。


「飲み物ですけど…ビール大丈夫ですよね?」


「ええ、はじめてのお店だからお任せします」


「それじゃ、まずは…マカビーを二つ下さい。

 これはイスラエルのビールなんですよ。

 あ、料理は少し考えさせてね」


 店員が去ってから私はメニューを見た。


「山口さん…苦手な食べ物あります?

 スパイシーなのはダメとか…」


「いいえ、大抵の物は大丈夫ですよ…あのう、真田さん?」


「なんですか?」


「…二人きりの時は…小夜子って呼んで下さい」


 山口が顔を赤らめ、俯くと小声で言った。


「…判りました」


「あの…真田さんの事…なんてお呼びすれば良いですか?」


「…え~と…困ったな…どうしようか…私の名前が孝正だから…」


 正直戸惑った。

 この年になるとこういう事がとても苦手になる。


「孝正さんで宜しいですか?」


「ええ…それで良いですよ山口さん…いいえ…小夜子さん」


「ふふ、はい、孝正さん」


 顔が火照ってしまい、私は顔を俯いてメニューに神経を集中させた。

 店員がマカビービールを二本持ってきた。

 私シシカバブとシシリックのセットをそれぞれ頼んだ。


 店員がセットのシシカバブとシシリックの本数を聞いて来た。

 ここでは1本のセットと2本のセットを選べるのだ。


「山…ゴホン!小夜子さんは食べれます?そこそこボリュームがあるから…」


「じゃあ、一本で」


「そうですね一本のセットを頼んで分けましょうか?」


「はい」


 私は店員にそれぞれ一本づつのセットを頼みその他にピクルスの付け合わせを頼んだ。


 店員が去り、私たちはマカビービールで乾杯した。


「コクがあって美味しいですね」


 山口が一口飲んでニッコリとした。


「ええ、ここのビールは料理に合うのばかりで美味しいですよ。

 それにイスラエルワインもなかなかおつです。

 ゴラン高原で作った物です。

 料理も豆や野菜がたっぷり入っていて体にも良いんですよピクルスも自家製でうまいです」


「お料理が来るの楽しみです。

 私どんどん食べちゃうかも」


 山口がビールを飲んで笑った。


 それから私たちはたっぷりと食べ、途中で飲みモノをワインに切り替え、色々な話で盛り上がった。

 子供の頃の話や学生の時の思い出話、意図してかそうでないか今でも良く判らないが、奈良での事や惟任研究所のメンバーの事を、2人ともさりげなく避けていた。

 

 おしゃべりに花を咲かせ、料理を食べワインを飲み、私と山口はほろ良い加減になった。

 時計を見ると午後8時を20分ほど過ぎていた。


「さて、どうしますか?

 アルタミラが開くまでもう少し時間があるんですけど…少し散歩でもしてどこかでコーヒでも飲みます?」


 私は酔った状態でアルタミラに行きたくなかった。

 何処かで少し酔いを覚ましたかった。

 山口もその辺りの事を察したのか、私の言葉に頷いた。


「そうですね散歩しましょうか?少しだけ夜風に当たりたいです。

 ここ、美味しかったですね。

 今度皆で来ましょう。

 それと・・・・・約束ですからここは私が払いますからね。

 アルタミラの分も…」


「アルタミラは割り勘にしましょう。

 それなら良いでしょう?」


「まぁ、じゃ、アルタミラは割り勘で」 


 山口の奢りで会計を済ませて私たちは店を出て江古田の商店街や駅の周りを散歩した。

 10月の乾いた涼しい風が心地良かった。


 私達は手をつないで江古田の街を歩いた。

 江古田斎場の前を歩いている時に山口はいたずらっぽい頬笑みを浮かべてバッグからセルゲイエフセンサーを取り出した。


「ちょっと調べてみます?」


「やってみて」


 山口がセンサーのスイッチを入れた。

 パイロットランプが付き、液晶画面が明るくなった。

 液晶画面の数字が8を指した。


「8って?どれ位なのかな?」


「大した事ありませんね。

 最大2000まで観測できますけど、8という数字は全然問題ありません。

 この辺りは大丈夫です」


 その時に一台の霊柩車が前を通り過ぎた。


 センサーの数字が16になり、19になった。


「おっ」


「これでも全然問題は無いですね、ただ…」


 山口が通りを歩いて行き、最上の入り口に立った。

 センサーの数字が23から26の間を行ったり来たりした。


「多少はこういう所って数字出るんだね…」


「ええ、でもこれ位なら問題ないですね」


「この、横に出てるUという表示は何ですか?」


「これは、アンノウンの意味です。

 佐伯邸ででたL放射…ルシファー放射の場合はここにLと言う表示が出ます」


「へぇ、じゃあこれでルシファーがそばにいれば判るんだ?」


「ええ、理論的には…」


 私達はセンサーをあちこちに向けて数値を測定しながら江古田の街をぶらぶらと歩いた。


 どこも大した数字は出なかった。

 江古田北口の神社の境内で私と山口はキスをした。

 境内の人気が無い暗がりで抱き合い、何度か唇を重ねた。


「さて、もう9時30分か…行きますか?」


「ええ、行きましょうか」


 私と山口はアルタミラがあるビルの前に立った。

 

「一応念のために…」


 山口がセンサーの電源を入れて手に持った。

 狭い階段を上がって3階にあるアルタミラに前に立った。

 センサーの数字は7だった。

 私と山口が店内に入った。

 開店直後の店内には他に客は無く、女がこちらに背を向けてカウンターで何やら作業をしていた。


「いらっしゃいませ」


 振り向いた女は『女』でなく、あどけない顔をした若い女だった。


「あれ、久しぶりに来たんだけど…ママは…ママと言うか…オカマなんだけど」


 女はくすくす笑いながら言った。


「ママ…ああ、オーナーの光さんでしょう?

 彼女は…深夜になると来ますよ」


 私達はカウンターに腰掛けた。


「僕はターキーのハイボールを、山口…小夜子さんは何にします?」


「私も同じものを」


 私達はハイボールで乾杯した。


 山口が珍しげに店内を見回した。


「ふ~ん、店内雰囲気ありますね」


「そうでしょう?

 彼女はなかなか洒落たセンスをしているから…」


「中々ボヘミアンな感じですね」


 私達はちびちびとハイボールを啜り、ミックスナッツを齧り、煙草を吸いながらひそひそと話した。


 その後2人連れのサラリーマンと、一人の中年の男が入って来て店内は少し賑やかになった。

 私と山口はセーブして飲みながらも少し酔いが回って、朗らかに話に興じた。

 私の目の隅でカウンターに置いたセルゲイエフセンサーの液晶画面が明るくなった。

 私が無言で山口に目くばせした。

 山口がセンサーを手に取った。

 センサーの数字は186になっていた。


「ルシファー?」


 私が小声で訊くと山口が顔を横に振った。


「いいえ、LじゃなくてUです。

 ルシファーじゃないですね」


 私達がセンサーを見ていると、数字が186からぐんぐんと上がり300を突破した。


 山口の顔から酔いが抜けた。

 私も一瞬で酔いが覚めた。

 センサーの数字は300を突破して600に差し掛かっていた。


「ここまでくると『ゆらぎ』が見えてもおかしくないですよ」


 山口が小声で言って店内を見回した。

 そして、黙って入り口の横の壁を指差した。

 壁の前の空間が、『ゆらいで』いた。

 センサーの数字が700を突破していた。

 

「ねぇ、君」


 私はカウンターで中年の男と話していた女に声を掛けた。


「なんですか?」


「あの壁の所…何か見える?」


 女は入り口横の壁を見た。

 『ゆらぎ』ははっきりとした形を取って、入り口横の壁の前にいた。


「別に何にも見えないですけど…もうそろそろオーナーが来ますよ」


 女は『ゆらぎ』を見ながら、無表情に言った。


 セルゲイエフセンサーの液晶画面は947を表示していた。



続く

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