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世界の終わりと始まり 第2部 覚醒編  作者: とみなが けい
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吊り橋効果?…真田は山口と一夜を共にした…ルシファーも見逃してくれそうだった…そしてジャンガリーとの再会。

フロアには、朴と平岡を始めとする何組かのカップルが曲に合わせて体を揺らしていた。


 私はぎこちなく山口の体に手をまわして踊った。

 桜田が私たちを見て満面の笑みを浮かべて頷きながら歌っていた。


「あんまり体を近づけない方が良いです。

 少し汗をかいています。

 オヤジ臭いから…」


 私が小声で言うと、山口は一層体を私に押し付けて来た。


「真田さん、全然臭くないです。

 良い匂いがします。」


 山口がそう言いながら私の胸に顔をうずめた。

 彼女の髪の匂いが香り、くらくらした。

 父と子、とまではゆかないが10歳以上年が離れているのだ。

 私はどうして良いか判らなくなった。

 誰かが私の肩をポンポンと叩いた。

 振り向くと朴が幸せそうに眼をつぶる平岡を抱いて踊りながら、親指を立ててウインクした。


「成り行きに任せろ」


 誰かの声が聞こえた。

 ルシファーか?

 それとも私自身の声か?


「成り行きに任せろ」


 声がもう一度聞こえて来た。

 私は静かに頷くと、山口の髪に顔をうずめ、体を押し付けた。

 山口の華奢な、細い、柔らかな体を感じ、私の胸の動悸が激しくなった。

 それからの事は良く覚えていない。

 気が付くとタクシーの後部座席で隣に座った山口と手を握り合い指を絡め会いながら、港区にある山口のマンションに向かっていた。

 

 山口のマンションに入り、山口が私を振り返った。


「ダイバー、私を抱きなさい。

 佐伯邸から帰ったご褒美です。

 不死身のダイバーさん、抱いて。」


 山口が冗談めかした口調で言いながら私の体を抱きしめた。


「いや、これは私に対するご褒美かもしれない。

 真田さん、抱いて下さい。」


 ここしばらくのセックスと違う衝動が私を襲った。

 私は優しく、ゆっくりと山口に口づけをしながらソファーに横たわり、山口の体を愛撫しながら、服をゆっくりと脱がして行った。


 山口は、白い透き通る肌をあらわにしながら、眉を悩ましげに寄せ、頭を振り、時折声を上げ、、荒い息を吐き、身をくねらせ、私の愛撫に応えた。

 そして彼女も手を伸ばし、私のシャツのボタンをはずし胸に舌を這わせながら私の服を脱がして行った。


 私は山口の小さい耳たぶに、白く細い首筋に、小さめで薄いピンクの乳首に、薄く肋骨が浮いたわき腹に、腰骨の頂点に、引き締まった小振りの尻に、舌を這わせ、山口の体中に指を這わせ、山口の感じる所を探りながらゆっくりと愛撫して行った。

 静かな時の中で、秘めやかでいて押し殺した荒い息使いを交わし、山口も私の愛撫に応えながら舌や手を私の体に這わせた。

 私の指と手は山口で濡れ、山口は口で私を濡らした。 

 私たちはリビングのソファーでそのまま交わった。

 ゆっくりと互いの感触を確かめるように私と山口は腰を振り擦りつけ合った。

 山口の包み込むような温かく濡れた感触に私の先端がきりきりと。固くなった

 山口は私の腰に足を絡めて絞めつけながら、私の耳元にピルを飲んでいるから、と囁いた。

 私は山口の髪を狂おしくかき毟り、山口と舌を絡め、山口の中に腰を押し込みながら山口と同時に果てた。


 山口は絶頂の余韻で体を小刻みに震わせながら手と足で私の体にしがみつき、何度もキスを求めた。

 私も山口のキスに応えながら、山口の中に入ったまま、山口を抱きしめ、その体をまさぐった。

 再び私が固くなって来た。

 山口が笑顔になって私を抱く腕に力を込めた。


「また?嬉しい。強いねダイバーさん」


 そしてまた私に口づけをしながら腰を動かし始めた。

 再び長い快感の時を過ごした私たちはシャワーを浴び、山口の寝室に入るとベッドの上で再び交わった。

 長い長い時間を掛けてお互いの体の隅々まで愛撫を重ね、様々な体位を楽しみ、目も眩むような快感に身を任せた。

 そしてお互いに何度目かの頂点に達し、互いの体を抱きしめたまま沈黙した。


 山口がゆっくりと私の体から身を起こすと枕元のラークに手を伸ばした。


 私に華奢な背中を向けてベッドに腰掛けて煙草の煙をはきながら、山口が長い黒髪を掻きあげた。


 山口が首を曲げて横目で私を窺いながら言った。


「真田さんを頂いちゃったから…私もルシファーに破滅させられるかしら?」


 私もベッドに座り、エコーに火を点けた。


「さぁ、どうだろう……ルシファーは私を堕落させると判断した物を滅ぼす様だから…」


 山口が私の口からエコーを抜き取り、口付けをした。


 長い口付けの後で山口が微笑みながら煙草を吸った。


「破滅させられるなら、輝ける暁の子のメガネに会わなかったら…それも運命ね」


「運命…信じる?」


 山口は眉を寄せて煙草の煙を吐き出しながら、煙草の灰を灰皿に落とした。


「判らない…でも…宿命なら信じるかも…ファーストダイバーの惟任敦は…私の兄なのよ」


「…え?」


 山口が煙草を灰皿に、力を込めて押し付けて消すと、私の胸に顔を埋めた。

 山口は微かに震える声で囁いた。


「私は…惟任教授の…実の娘なの。惟任小夜子が私のもともとの名前よ。

もっとも結婚して山口小夜子になったけど…ふふっ、モデルみたいな名前でしょ?

主人は一年前に事故で亡くなったけど…」


「………」


「もし真田さんがダイバーを引き受けてくれなかったら…私がサードダイバーとして佐伯邸にダイブする予定だったのよ……真田さんが引き受けてくれなかったら今頃は私は…佐伯邸に貪り食われて死んでいたかも…いえ、死ぬよりも酷い目に会っていたかもしれない」


 山口の話を聞いて私の脳裏では、悪魔の様な笑顔を浮かべた惟任がぐつぐつと煮えたぎる大がまに自分たちの子供を次々と放り込みながら怪しげな実験をしている映像がよぎり、戦慄が走った。

 山口が顔を上げて、私の質問を封じる様に、再び私に口付けを求めた。


 そして、口付けをしながら山口は私の手を取り、自らの小振りな乳房に押し当てた。


 私は手探りで灰皿を探しあて、エコーを灰皿に押し当てて消した。

 山口は口付けを続けながら私の手に胸を押し付けながら、私をまさぐった。

 私の息使いがまた荒くなり、山口の愛撫を受けて、熱く、硬くなった。

 山口の手がしごき始めた。

 私の手の中で山口の乳首が再び固くなった。


 口付けをしたままの山口が、足を広げて私に股がると手で私を掴んで、熱く濡れた中に導いた。



委員会報告及び申し送り事項



一部抜粋


2008年10月現在、レベル8以上の浸透及び融合状態を持続する地域を地球上に6箇所確認。


引き続き経過を観察中。


尚、突発的に浸透及び融合を確認せるも、持続せずに現象を消失せる場所を日本国内にも数ヵ所発見した。


この内、最も頻繁に現象が多発する広島県山中に恒常的観測拠点設置の必要を認め、拠点設置の為の調査を許可する。


機密保持の為、当該地域の隔離、閉鎖処置の必要あり。



委員会予測および申し送り事項



一部抜粋


2027年初頭までに全面的な浸透及び融合現象が発生する確率66.5パーセント。


2029年初頭までに全面的な浸透及び融合現象が発生する確率89.6パーセント。


現在の状態で全面的な浸透及び融合現象が発生した場合、人類の56.1パーセント以上の死亡、及び、人類文明の全面的崩壊が予想される。


予算の大幅な増額の上、至急に現象発生時対応方法の確立、及び実施体制の整備を進める必要ありと認める。


 



 私と山口が抱き合い、愛し合っている頃、委員会からのテレックスが惟任研究所に届いていた。


 後に惟任本人から広島県山中のある場所の調査参加の依頼をされた時に私はこの書類を見せられた。

全面的な浸透及び融合現象、これが何を意味する物なのか?

数年後に私はそれを知る事になった。


 今から思うと、私が色々と見た、いや、ルシファーによって見せつけられた、そして、これからも見せつけられる夢の数々は、全面的な浸透及び融合現象に人類が直面した場面の世界の姿だったのかも知れない。


 そんな事も知らずに、私はスヤスヤと眠る山口を抱きしめ、彼女の良い香りがする髪に顔を埋めて、心地よい疲労感を感じながら眠りにつこうとしていた。


 この晩はぐっすりと夢も見ずに寝た。


 何故か私は、ルシファーは山口に手を出さない事を確信していた。


 ルシファー…私の魂を喰らう者、私の魂を守る者、私を狂気に追い込む者、私を狂おしく求める者、私と一体になりたい者、私の……守護天使……なのか?



 ルシファー 



 私は目覚めた。

 夜が明けて、部屋の窓のカーテン越しに朝日が差し込んでいた。

 私の横にすやすやと眠る山口の顔があった。

 私は山口の顔を見つめ頬が緩んだ。

 山口の頬にそっとキスをした途端に声がした。


「くくくく、お楽しみだったようだな。」


 窓の近くの背もたれが高いソファーの様に座り心地が良い回転いすに誰かが窓の方を向いて座っていた。

 黒い長い髪の毛が裸の肩に掛かっていた。


「お前…ルシフ…」


「その可愛い女とお楽しみだったようだな。」


「彼女に手を出すな!」


「くくくく、中々面白い展開の様だからしばらく見守ることにする…飽きるまでな」


「……お前は一体、何が望みなんだ?

 俺の魂を食いたいならさっさと食えば良いだろう、悪魔め」


「言うに事欠いて悪魔とは…命の恩人の事を…元々お前が判りやすいようにルシファーと名乗ったのだ」


「じゃあ、お前の本当の名前は何だ?」


「お前たちが私に付けた名は無数にある…覚えきれないほどに、かつては崇めかつては怖れ、かつては愛しかつては憎んだ。

 お前たちの都合で色々な名前で呼ばれた…その小娘は『輝ける暁の子』と呼んでくれたがな…光栄な事だ」


「…やはり悪魔なのか?」


「くくくくく、神だの悪魔だの天使だの、我々にそんな概念は無いから何とも言えないな」


「鴉やアルタミラの女や黒猫やら、ずいぶん俺を驚かせてくれたじゃないか…」


「まて、黒猫は私の仕業では無い…」


「…じゃあ、あの佐伯邸の…」


「奴でもない…くくく、今に判る、もうお前の前に姿を現しているがお前は気が付いていないだろう」


「何故、今ここに現れたんだ…やはりお前は山口さんを…」


「くく、くくく…よほどその小娘を気に入ったようだな…お前の望みなら…」


 椅子がゆっくりと回転し、窓の明かりを背にしたルシファーのシルエットがこちらを向いた。


 全裸で椅子に座るルシファーの膝の上には硬く目を閉じた山口の生首が置いてあった。

 ルシファーは山口の血の気が失せた生首を、抱いた猫を愛撫する様に撫でた。


「貴様!」


 ルシファーはにやりと笑った。


「慌てるな、ほんのお遊びだ」


 山口の首が消え失せた。

 私は隣に寝ている山口を確かめた。

 彼女は何の異常も無く、すやすやと寝ていた。


「その女は気持ち良かったか?

 具合は良かったか?」


 私がルシファーを振り向くとそこには大阪トビタ新地で出会った女が座っていた。


「…お前よりもずっと気持良かったよ」


「…そうか…」


 大阪の女が少し傷ついた顔をした。


「彼女とのセックスは心があった。

 人間同士の心あるもの同士の、労わりと愛情が籠もったセックスだ」


「ふふふふ、判ったような事を…お前も知っているくせに…その女は生きる事にしがみついただけの事だ。

 自分が生き延びた事を自分の命がまだある事をお前を通して確認しただけの事だ」


「それがどうした!

 お前の様な歪んだ感情の持ち主には判らん!

 お前に人間に心の事なんか判るもんか!」


「何が歪んでいるだ!

 私の心はお前たち人間よりもずっと深く広いのだ!

 その、心があると言うお前たちの世界を見ろ!

 お前達の心が反映した世界を見ろ!

 心ある人間達の世界の醜い所を嫌になるほど見てきたくせに!」


 大阪の女の顔がルシファーのそれに変わり、血の涙を流した。

 ルシファーは目から真っ赤な血の涙を流しながら吠えた。


「人間どもよ!

 思い上がった人間どもよ!

 世界の真実も知らず、己たちの真実も知らず、これから先に待ち受ける事も知らず、せいぜい小賢しい遊びを続けるが良い!」


「まて!その真実とはなんだ!?」


「くくくく、そのうちに判る、何が正で何が邪か、何が真実で何が偽物か…そのうちに嫌と言うほどわかるよ…お前次第でな…」


「そんな下らない人間の魂が、俺なんかの魂が欲しい割にずいぶん手が込んだ事をするじゃないか?」


「……なぜならお前は…くくくく…いずれ判る…いずれ判るさ…佐伯玲子と会え。

 何かしらヒントをくれるだろうよ…これからが楽しみだ」


 ルシファーの姿が薄れ、やがて消え失せた。

 私はルシファーが消え失せた空間をじっと見つめた。

 山口が眠りながら手探りで私の手を掴み、握って来た。

 私は山口の手をしっかりと握り返した。

 指を絡めて力を込めて握り返した。

 すぐ間近にいる人間の温もり。

 私はその温もりにすがるように、山口の手を握りしめた。

 山口が薄く目を開けて私を見上げると微笑んだ。


「起きた?」


「うん。」


 私は山口の笑顔にそっとキスをして、抱きしめた。



ジャンガリー



 私と山口はまた、シャワーを浴びた。

 若者の様にくすくす笑い合いながら、ふざけ合いながらシャワーを浴びた。

 シャワーを上がって、私はリビングのソファーで寛ぎながら、バスローブ姿で山口が張り切って朝食を作るのを見つめていた。


 はるか昔の、別の女性との新婚時代を思い出した私は、幸せな気分で山口の後ろ姿を見つめた。


 先程寝室に現れたルシファーとの会話は遥か遠い昔、いや、明け方に見た夢じゃないかと思った。


 鼻歌交じりでベーコンエッグを焼いている山口が私に視線に気づいてこちらを向いた。


「真田さん、もう少し待っていて下さいね。

 いま、美味しいの作ってますから」


 やや上気している様なほんのり赤い顔をほころばせて山口が言った。


「いや、今日は仕事は午後からだからゆっくり出来るんですよ。

 山口さんこそ研究所は大丈夫なんですか?」


「桜田さんに頼んで有給届けを出してもらってます。」


「え?いつ?」


「昨日の夜のうちに」


 女はこの辺が抜かりが無いなぁと私は思った。


「今度、真田さんのバスローブ買っておきます。

 真田さんはパジャマの方が御好きですか?」


 山口がダイニングテーブルに料理の皿を並べながらパンツにTシャツ姿の私に言った。


「いや、そんな気を使わないでください。

 それに…」


「大丈夫ですよ、そんな高いものじゃないですから」


 笑顔で言う山口の顔を見つめながら、私は自分が心配しているのは違う所にあるんだと言いたくなった。


「あ、この事は惟任には内緒にして下さいね。

 もちろん研究所の人たちにも…」


「判っていますよ。

 惟任さんに知れたらとんでもない事に…」


「いいえ、惟任の、いえ、父の思い通りに事が運んでいると思われるのが嫌なんです」


「?」


「惟任は、父は…あなたの事を…いや、止めておきます。

 さっ食べましょう!」


 山口が言いかけた事が少し気になった、惟任の思い通りに事が…。


 私は佐伯邸調査に入る前に持っていた惟任研究所に対する不信感が再び頭を持ち上げた。


 山口は私のそんな気持ちも知らずに笑顔ではしゃぎながら食事を続けた。


 午前11時も回った頃に、私は山口のマンションを出た。

 朝食の後もなんとなくそういう気分になってまた寝室に戻ってしまったのだ。


 私は所属している派遣会社に電話をして、半ば強引に休みを取った。

 会社の者がシフトの余裕が無いと情けない事を言ったが、いつもは私が会社の都合で他の人間の急な休みの尻拭いなどしているから全然気にしなかった。


 ふと、再び山口のマンションに戻ろうとも思ったが、心のどこかで山口と深い関係を続ける事に警報が鳴っていた。


 私は地下鉄に乗り、とりあえず池袋に向かった。

 惟任研究所から昨日の分の日当も貰っていたので私の懐は暖かかった。


 久々に映画を見て、デパートの中をぶらつき、本屋で立ち読みをして、立ち読み代代わりに買った文庫本を持ち、喫茶店でコーヒー一杯で粘りながら本を読破した。


 夕方になり、江古田に行き、居酒屋で焼き魚定食を食べながら日本酒を少し飲み、ほろ酔い気分の私は普段入らない飲み屋に入った。

「アルタミラ」のあの「女」といつか行こうと話していた、渋い外見のショットバーだった。


 カウンターが店の奥まで並んでいる店内は平日の早い時間と言う事もあって、私以外の客は二人連れのOLがひそひそと話をしながらカクテルを飲んでいるだけだった。

 スタンダードジャズが流れる中、私はターキーのハイボールとつまみにミックスナッツを頼んでエコーに火を付けた。


 出されたハイボールを一口飲み、ナッツを一つ真実口に運んでぼりぼりと噛砕きながら、再びハイボールを一口飲んだ。


(このハイボールは合格だな)


 携帯が震えて手に取るとメールが一つ入っていた。

 山口からだった。


<病院での夜間勤務お疲れ様です。ガウンとパジャマと下着をいくつか買っておきました。変に気を使わないで、いつでも遊びに来て下さいね。今度、鍵とマンションの暗証番号を渡しておきます。  小夜子>


 私はメールの内容を見て複雑な思いがした。

 おそらく今日、彼女はウキウキする想いで私のパジャマやら、バスローブやらおそらくその他色々の私が山口の部屋で使うであろうものを物を買って歩いたのだろう。


(いそいそと男と暮らす準備をするのが、男が使う物を買い集めるのが女の幸せなのよ)


 かつて一番目の妻が言った言葉を思い出した。

 無邪気にメールを送って来た山口の事を思い、惟任の事を思い、ルシファーの事を思った。

 その思いが顔に出たのであろう。


「彼女からですか?

 喧嘩でもしたんですか?」


 グラスを拭いていたマスターが尋ねた。


「いや、仕事の上司からのメールだよ。マスター、ハイボールお代わり」


 新しく出されたハイボールを一口飲み、吸い掛けの煙草を手に取ろうとして灰皿を見ると、いた。


 身長7センチほどの緑色の小さなインド象が灰皿の横に座り込み、両方の前足で煙草を挟んで吸いながら盛大に煙を吐いていた。


「……ジャンガリー…か?」


 緑色のインド象が私に目を向けて鼻を振った。


「久しぶりだなぁ~!真田ちゃん!」


 ジャンガリーが昔と変わらない、馴れ馴れしい言葉を吐いた。

 カウンターを見ると、マスターはOL2人組と何やら笑いながら話していた。

 私はエコーをもう一本取り出して火を点けた。


「会いたかったぜお前と」


「おいらもそう思ってたんだ、バナナチップがあれば頼んでくれよ」


 ジャンガリーが盛大に煙草の煙を吐き出しながら、目を細めた。





 



続く

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