佐伯邸調査打ち上げ…ルシファーについて熱く語る人達…果たして敵か味方か…。
山口小夜子
調査報告会が散会したようで、広間からの聞こえてくるざわめきが小さくなった。
私が部屋を出ると、研究所の主だった面々が寛いでいた。
「さあ、真田ちゃん!
打ち上げやるわよ!」
後ろにひっつめていた髪をほどいた桜田が煙草に火を点けながら言った。
「あの~、惟任さんは…」
「教授は場所を移してスポンサー達の質問責めの続きですよ」
ネクタイを緩めた立花がコーヒーを啜りながら答えた。
「まぁ、教授には大金を引っ張って来て貰わないと困りますから、ほほほ」
山口がやはりコーヒーを飲みながら笑った。
「とにかく、調査は大成功ですよ。
来ていた人達の顔を見てましたけど、かなりの衝撃を受けてましたからねぇ!」
朴が私の肩に手を回しながら、笑顔で言った。
「ダイバーも無事に生還した事だしねぇ~!
今日は朝までガンガン行きましょう!」
大倉山が煙草の煙を吐きながらニヤリとした。
「真田ちゃん、準備は良い?
ほら、皆、行くわよ!」
桜田が皆を急かせながら戸口に向かった。
皆がはしゃいでいる中で、普段なら先頭切ってハイテンションになるはずの平岡が、頭を垂れて無口でいた。
桜田が平岡の肩をドンと叩いた。
「平岡!何をグチョグチョしとるんかい!
佐伯邸はとんでもなく強力な所だったんだよ!」
平岡が頷くが表情は冴えないままだった。
肩を落とし、俯いた平岡が、桜田と朴に背中を押されながら部屋を出て行った。
「平岡ちゃん、あの時、シェルターが作動しなかった事と、特製フレームをグンニャリ曲げられちゃった事で落ち込んでいるんですよ」
私の隣に来た山口が、平岡の背中を苦笑を浮かべて見ながら言った。
「あの後、また落ち込んじゃったんですか?」
「ええ、真田さんや桜田さんが慰めて頂いて、一度元気出たんですけどねぇ
」
「 …乙女心は複雑で面倒くさいですからね~。」
私が言うと、山口がクスクスしながら言った。
「私も一応、乙女のつもりですよ。
多少トウが立っていますけど…」
「ああ!すいません!
そんなつもりじゃないんですけど!」
私が慌てて言うと、山口が私の腕に手を廻した。
「ふふふ、気にしませんよ。
さぁ、行きましょうか、不死身のダイバーさん」
部屋を出て行く時も、山口の手は私の腕に絡んだままだった。
ルシファー談義
惟任を除いた一行は赤坂の居酒屋に向かった。
ガヤガヤと話しながら私達が席に着き、とりあえず生ビールの大ジョッキとお通しが皆の前に並ぶと、桜田がジョッキをスプーンでチンチン叩きながら言った。
「さあさあ!打ち上げやるわよ!
諸君!今回の調査のコマンダーを無事に勤めた、我が惟任研究所の若きホープ、才色兼備の山口小夜子にお言葉を貰おうではないか!」
皆が声を上げて山口に注目した。
山口が頬を赤らめて桜田の腕を叩き、俯きながら立ちあがった。
「…え~、今回は皆さんの努力により、佐伯邸では一人の死者も出さず、貴重なデータを収集出来た事を嬉しく思います……また、私は実際には現場では何もできなかったのです。
全ては皆さんのおかげです。
………それと、一番大きいのは今回、無事に生還して頂いたダイバーのおかげかも知れません。
……あの…乾杯しましょう!」
山口がジョッキを手に持った。
皆がジョッキを手に持ち山口を見つめた。
「佐伯邸調査成功を祝して…乾杯!」
「乾杯!」
あちこちでジョッキがぶつけ合ってみなが一気に生ビールを飲んだ。
がやがやと騒がしくなる中で山口が顔を赤らめながら座った。
朴や大倉山や桜田が次々と料理を頼んだ。
「山口さん、報告会では堂々としているのに、こういう所では上がっちゃうんですね」
私が言うと山口はますます顔を赤くして頷いた。
「真田ちゃん、山ちゃんは元々かなりの上がり症なんだよ。
ね~山ちゃん?」
桜田がお通しの酢のものを口に頬ばりながら言った。
「私はもともと研究分析畑だから…」
山口が赤い顔でジョッキに口を付けた。
「そうねぇ~でも、名称を付けるセンスは良いわよね」
桜田が言うと、立花が箸でホッケの身を毟り取りながら言った。
「L放射、ルシファー放射ってなかなか奥が深いネーミングだよねぇ」
「そんな…あれは真田さんの見た夢から付けたんですよ」
「ルシファーか…」
桜田が呟いてまた、ビールを飲んだ。
「そんなに奥が深いんですか?
山口さんには失礼ですが…あれって悪魔の名前でしょ?
何か私は悪魔に助けられた…というか悪魔に見込まれたみたいでちょっと…」
私が言うと、桜田が笑いながら言った。
「真田さんは子供の頃カトリックだからそういう感じになるかもしれないわね」
「真田君、ルシファーにはもともといろいろな説があって一概に悪魔と言えないんだよ」
口に入れたホッケをビールで流し込んだ立花が言った。
「正統な、と言うか聖書の解釈次第だけど、ルシファー自体が元々最高位の天使ミカエルと双子だったと言われているのよ」
「輝ける暁の子とも言われているしね」
桜田と立花がルシファーについての歴史上の様々な解釈を話し始めた。
「…そもそも聖書自体が非常に矛盾をはらんだ内容なんだよな」
立花がまたホッケに取り掛かりながら言った。
「聖書は様々なお話の複合体だからね。その時その時の時代背景を暗号化して書きこまれているからね。
ヨハネの啓示、これは黙示録と言われているけど、そもそもは当時キリスト教を弾圧していたローマ帝国の滅亡を示唆している内容だもの」
桜田はそういうとジョッキを飲み干した。
「次は焼酎にしようかなぁ、誰か焼酎飲む人いる?」
何人かが手を上げたので桜田が店員を呼んだ。
桜田と数人でがやがやと相談しながら新しく酒を、新しくいくつかの料理を注文した。
私もジョッキを飲み干して、新しくウーロンハイを頼んだ。
「そんなにルシファーってあいまいな存在なんですか?
私はすっかりサタンと同義語、悪魔の親玉だと思っていました」
私が言うと山口が微笑みながら言った。
「そもそも天使と悪魔の認識が曖昧な所があるんですよ。
ルシファーが神に反抗して同調する天使達と反乱をおこして、ミカエル率いる神の側の天使達と戦い、それに敗北して地に落とされた。
そういう話を聞いていますよね?」
「ええ、ルシファーに関してはその話が一般的ですよね」
「ところが、彼女、ふふふ真田さんの所に現れた時は女性だったんですよね?」
「はい」
「天使や悪魔の性別を特定する事はあまり意味が無いかもしれませんね。
ルシファーに関しては本当に色々な説があるんですよ。
例えばアダムとイブが楽園を追われた顛末についてご存知ですよね」
「ええ、サタン、ルシファーの事かな?にそそのかされたイブが知恵の実であるりんごを食べてしかもそれをアダムにも食べさせたと……」
「それ!それなんだよねぇ!」
立花が話に割り込んできた。
「真田君、神は知恵の実を食べたからアダムたちを楽園から追い出したと思うかい?
そして怒った神がサタンもしくはルシファーから四肢を奪って地を這う物に変えてしまったと…」
「…ええ、そう聞いてますよ」
「ところが違うんだなぁ~!
「立花さんのご自慢の説が始まるわよぉ!」
桜田がロックの焼酎をもって口に運びながら言った。
「ちょ!桜田さん、姉御は少し黙って飲んでて下さいよ。
真田君は初めて聞くんだから」
「はいはい」
「ルシファーは神に代わって人間から崇拝を得ようとして知恵の実を与えた、人間の無垢だけど知恵を持たない存在のままを望んだ神は怒ってルシファーから四肢を奪った…あるいは地の底に落とされたルシファーは氷に閉じ込められて悲嘆の叫びを上げた。
これに似た話が他の神話にも登場するんだ。
何だと思う?」
「……あああ!ギリシャ神話のプロメテウス!」
「そうなんだよ!
さすが真田君だぁ!」
「えへへへ、褒められちゃった」
「ティターンの一員だったプロメテウスは人間に火を与えた。
そして、ゼウスの怒りを買い、カウカソス山に繋がれて毎日毎日禿鷹に肝臓をついばまれる。
不死だったプロメテウスは夜のうちに肝臓が再生し、また禿鷹についばまれる。
熟慮する者との意味を持つ名前を持つ者なのにね。
地下深くで氷の閉じ込められて悲嘆の声を上げるルシファーと似ていると思わないかい?」
「なるほどそういえば…一度傷つけられてまた再生して傷つけられる、仏教の地獄にも似た境遇ですね」
「そうそう、その通りなんだよ!」
立花がグイッと酒を煽って続けた。
「ルシファーは人間に知恵の実を与えてしまったから神がアダムたちを楽園から追放したと思うかい?」
「違うんですか?」
「聖書を良く読みなさい。
アダムたちが知恵の実を食べたから追い出されたんじゃないんだ。
知恵を身に付けたアダムたちがもっと大事なもの、真の永遠の命の実を食べてしまうんじゃないかと神が恐れたんだよ。
神はアダムたちを楽園から追放し、真の永遠の命の実をつけた木を、燃え盛る炎の剣で守らせたという記述がある、厳重だね。
つまり神はアダムたちがより完璧な存在になるのを恐れたとも取れるよね」
「そう考えたら、ルシファーはあながち人間の敵とも言えなくなりますね」
「そうだね、うんうんそうだよ」
立花が満足そうに頷いた。
「まぁ、ルシファーについては色々とあるんですよ。
それに悪魔と天使って時代で変わったりしますからね…」
山口がポーッとした顔で話し始めた。
「え?そうなんですか?」
「西暦745年、公会議でザカリアス教皇が何人もの天使達を聖人の名をかたるデーモンだと決めつけて悪魔だと認定しましたし、これは天使信仰が庶民の間で盛んになった事に危惧を抱いたからでしょうけど、この行い自体がまるで悪魔ですね、ふふふ、それにジャンヌ・ダルクの前に現れてフランスの救済を命じたガブリエルと言う天使、マリアに受胎告知した天使ですけど、これだってイングランドから見たら悪魔の所業ですもの…」
「そうなんだ……」
「だからルシファーと言う名前自体に大した意味は無いと考えた方がかえって良いかもしれないですね。
名前の意味にとらわれて判断を間違うことだってありますよ。
今はまだ、敵味方なんて考えるよりも佐伯邸で助けてくれた事に感謝だけしていれば…少なくとも真田さんにとっては良いと思いますよ」
「……」
意味が無いと思うだろうか?
私は彼女がルシファーと名乗った事を考えてみた。
確かに立花や桜田や山口が言った様に、ルシファーと言う名前の存在は色々な解釈が成り立つ。
一概に悪魔とも、天使とも言えず、神と人間との仲介者とも言える彼女。
一説によると人間に寄り添い、神が望んだ、無垢で無知な存在でいたはずの人間に知恵を与え、神の怒りをかい、地の底に堕とされた『輝ける暁の天使』ルシファーは果たして敵か味方か…
「真田さん、難しい顔してるぅ~!」
山口が赤い顔で甘い声を出してしなだれかかって来た。
「コマンダー、ずいぶん酔ってますよ」
山口は身体を起こし、生真面目な表情になった。
「ダイバー、オンステージ以外の時に私をコマンダーと呼ぶ事を禁止します」
「うわぁ~!山ちゃん出来上がるの、はや!」
桜田が笑いながら山口をからかった。
「今日は緊張したから…今日は特別なんですぅ~!
ね、不死身のダイバーさん~」
山口が私にしなだれかかって来て、私の腕に腕を絡めてきた。
山口の胸が私の腕に押し付けられ、普段見た事が無い上気した赤い顔が私の顔のすぐ近くに来た。
山口が私の耳に口を寄せて囁いた。
「あの時、佐伯邸で私達の事、愛してると言ってくれた事…」
「え?聞こえたんですか?」
「…ええ、それだけははっきりと、おそらく私だけだと思うんですけど、聞こえましたよ」
「……」
「私が真田さんを頂いちゃったら……ルシファーに破滅させられるかしら…」
「おじさんをからかわないでくださいよ」
私は冷や汗ものでいささか身を引きながら言ったが、山口がますます体を押し付けて来た。
桜田が微笑みながら私と山口を見ていた。
「ちょっとトイレ行ってきます」
私は立ち上がった。
山口が赤い酔顔を笑顔でほころばせながら私に手を振った。
トイレで用を済ませた私は桜田と鉢合わせした。
「真田…ちゃん、山口ちゃんは彼氏いないからね」
桜田が私に笑顔でウインクをしながら言った。
「ちょちょちょ!桜田さん何言ってるんですか。
こんなこ汚いおじさんを山口さんが相手する訳無いでしょうに。
年寄りからかっちゃいけませんよ」
「ほほほ、バカねぇ~!
外見とか下らない物で男を見る女じゃないわよあの子は」
「私なんか外見も内面も自信持てるものなんてないですよ」
「あなたはそう思っていてもあっちの方で好ましいと思っているんだから構わないんじゃない?」
「そんな…私なんてしがない病院の夜間受付で年収なんて200万円ちょっとだし、被曝して歯なんてぼろぼろだし、頭の毛も薄くなっているし、2回も離婚しているし、最近腹も出て来たし、住んでる所なんて6畳一間のアパートだし…」
「でも佐伯邸から生還した。
年収一億円の男でも、松潤でもキムタクでも出来ない事をやった」
「…それは…違うでしょ?
恋愛とかの相手の基準とかと…」
「あはははは!
遊びでも良いじゃないさ!
それが恋愛に発展しても良いし…あなた、自分の年収なんて気にしてちゃ駄目よ。
山口ちゃんの年収なんて3000万以上も貰ってるんだから、彼女に生活の面倒見てもらえば?」
「それじゃ、ヒモじゃないですか、嫌ですよそんなの…」
「まぁ、そんな先の事はどうでも良いじゃない。
私、山口ちゃんから相談受けてるのよ。
山口ちゃん、あなたのこと好きになったんだって」
「…はは、そうですか凄いですね………ひぃえええええええ!」
「何マスオサンみたいな悲鳴上げてるのよ」
「すみません」
「で…あなたの方はどう思ってるのよ」
桜田が煙草に火を点けて言った。
「…どうって…何がですか?」
「この、スカポンタン!
われらのコマンダーの山口ちゃんをどう思っているかって聞いてるのよ!」
「どうって……素敵な人だと思いますよ」
「女としてどうなのよ?
あんた…あれ?
男じゃないと駄目になっちゃったの?」
「とんでもない!
あいつは例外ですよ!
私は女性の方が好きに決まってます!」
「なら話が早いわね、あとで真田ちゃんも山口ちゃんのこと好きだって言っておくわ、ほほほほほ!」
「ちょっと待って下さいよ桜田さん!」
「おしっこもれちゃうから後でねぇ!おばさんはおしっこ近いのよぉ!おほ!おほほほほほ!」
桜田が卑猥にとれる笑いを残しながらトイレに入って行った。
私はトイレに消えた桜田の後ろ姿を見つめながら煙草に火を付けた。
山口 小夜子。
今まで夢にも思わなかった事を知らされて戸惑った。
ふと見ると、廊下に出てきた平岡と朴が抱き合いキスを交わしていた。
そういえば今日、シェルターが佐伯邸で作動しなかった事で悩んでいるのか、飲み会でも暗い平岡を朴がかなり真剣に慰めていた事を思い出した。
「惟任研究所は社内恋愛オッケーなのかな?」
私は煙草を一息吸いながら独り言を言った。
山口の赤い顔が頭に浮かんで胸が熱くなった。
そして、ルシファーの事を思い出し、恐ろしい思いにとらわれた。
ルシファーは山口を見逃してくれるのだろうか?
私は灰皿に煙草を押しつけて揉み消すと宴席に戻った。
宴席からおおおお!と声が上がった。
山口がビールジョッキになみなみと注いだ焼酎の水割りを腰に手を当てて一気飲みをしていた。
山口はジョッキを一気に飲み干すと私に赤い顔を向けてVサインをした。
「真田ちゃん、戻って来たな!
さぁ、隣に座りなさい!
今日はガンガンの飲むぞぇええええ!」
赤い顔の山口が叫んだ。
私はやれやれと思いながら、山口の隣に腰を下ろした。
座は大いに盛り上がり、大倉山と立花などは頭にネクタイを巻き!何やら話に盛りあがっていた。
その他の職員達もワイワイガヤガヤあれこれの話に夢中だった。
山口が赤い顔をして座を眺めていた。
「みんな、表面では感じないけど、以外にプレッシャー感じてたんだよねぇ~!
あら、ため口たたいちゃうけどごめんなさいね」
山口が赤い笑顔を私に向けて言った。
「いいえ、当然でしょうね。
私の今までの経験の中でも佐伯邸は一番危険な所だったと思いますよ。
どんな戦場よりも…」
「でも、真田ちゃんは生きて、しかも正気で帰って来た!
えらい!どんどん飲みなさいよぉ!」
山口が新しく来た焼酎のグラスを持ち上げた。
「ダイバーに乾杯!」
私もあわてて手元のグラスを手に取り、山口のグラスのカチンと合わせた。
「コマンダーに乾杯!」
山口がグイッとグラスを空けた。
桜田がトイレから戻ってきて山口の隣に座ると何やら山口に耳打ちをした。
真剣に聞いていた山口が潤んだ瞳を私に向けた。
私は山口と目を合わせるのが怖くて戸口に顔を向けたその時に、朴と平岡が腕を組んで入って来た。
「私達!結婚します!
ほら!あんたも何か言いなさいよ!」
平岡の叫び声に場内がしんとした。
視線が平岡と朴に集中した。
「え~と…平ちゃん、あ、平岡さんと結婚する約束をしました」
たちまち場内が歓声と嬌声と口笛で充ちた。
それからはもう大騒ぎで皆が寄ってたかって朴と平岡を祝福した。
私も立ち上がって朴に駆け寄り手荒い祝福をした。
その場はうまい具合に山口から逃げる口実が出来た。
やがて二次会に移り、もう帰ろうと思っていた私は朴や平岡にしつこく引き留められて、出席せざるを得ない状況になった。
惟任研究所の馴染みのカラオケスナックに皆で繰り出して、皆でしたたかに痛飲した。
私は山口から逃れるようにカラオケを歌い、朴達と大いに騒いだ。
山口が時々熱い視線を送っているのに気が付いたが、私はその都度視線をそらした。
私はどうしても彼女が重大な勘違いをしているとしか思えなかった。
良くある事なのだ。
大きなプロジェクトを乗り越えた時にお互いに強い絆を感じて、それが男女だった場合恋愛感情と勘違いをしてしまう。
(あんな良く出来た女が俺みたいな男を相手にする訳無いじゃないか)
私は朴と平岡の為にしんみりと来るバラードを歌った。
朴と平岡が抱き合い揺れながら踊っていた。
何人かの男女が手に手を取ってフロアに出てチークを踊っている。
山口がボックス席で俯いて座っていた。
少し胸が痛んだが、私は唄に集中し、最後まで歌いきった。
拍手の中で歌い終わった私はカウンターに行き、ターキーのハイボールを作ってもらい、飲んだ。
桜田がむっとした顔をして隣に座った。
「真田、何?山ちゃんにつれない素振りしてんじゃねえよ。
何をお高くとまってるんだよ!ゴルァ!」
桜田が座った目つきで押し殺した声で言った。
「ちょちょちょ!
ゴルァ!って言われても、私には荷が重いですよ」
私は慌てて小声で反論した。
桜田が私に顔を近づけて睨みつけた。
「そんなこたぁ関係ねえんだよ!
お前不死身のダイバーだろうが!
コマンダーが悲しんでいるぞ!
何とかしろよ!」
「釣り合い取れんでしょうが、こんなオヤジとあんな綺麗な人じゃ…」
「釣り合いなんて…山ちゃんが良いって言っていたら関係ねえんだよ。
お前、これから私がバラード入れるから山ちゃんと踊れ。
出ないと…私がお前の医療担当なんだぞ。
どうしてくれようか…けけけけけ」
私は桜田が酒癖が悪い事をすっかり忘れていた。
「判りました判りました判りました、判りましたから勘弁して下さい」
「いよし!良し良し!
ちょっと待ってろ!」
桜田がふらつく足で立ち上がると、ママ!歌いますよぉ!と言いながらボックス席で飲みモノを作っていたママの方に歩いて行った。
やがて「Smoke gets in your eyes」のイントロが流れて来た。
桜田がステージに立ち、イントロに体を揺らせながら悪鬼の様な目で私を睨みつけながらボックス席の山口に向かって顎をしゃくった。
私は立ち上がり山口の方に行き一緒に踊って下さいと言った。
少し悲しそうに顔を上げた山口が一瞬キョトンとした顔をして、一瞬泣きそうに顔を歪めて、そして、微笑んで立ちあがった。
私は山口の涙にうるんだ瞳と、純情な少女の様な仕草を見て、胸に遥か昔に感じたときめきが走った。
年甲斐もなく、心が躍ってしまった。
そして、一瞬耳を澄まして、あの声が聞こえてこないか確かめた。
何も聞こえない。
山口が立ち上がり、私が差し出した手を握った。
「私で良いですか?
私なんかと踊って下さる?」
それは私の方のセリフだ。
「私こそ…良いんですか?」
「ええ!もちろん!」
山口は子供の様な微笑みを浮かべて立ち上がった。
続く