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世界の終わりと始まり 第2部 覚醒編  作者: とみなが けい
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真田は前世での銃撃のショックで心停止する…無事蘇生するが…真田は徐々に覚醒し始めているようだ。

母親が胸をはだけて赤ん坊の私の口に乳房を含ませた。


 私は乳首に吸い付き、夢中で吸った。


 甘味が少ないヨーグルトの様な、濃い豆乳の様な母乳の味が口の中に広がった。

 私は乳首に吸い付きながら眠りについた。


 そしてまた、窮屈な暗闇から引きずり出され、泣き叫んだ。

 ゴツゴツした枯れ枝の様な手に抱かれ、ぬるま湯で身体を洗われた。


 ボーンボーンと振り子時計の時を告げる鐘の音が聞こえて来た。


 私は湿気の多い背の高い草野の中を用心しながら進んでいた。


 辺り一面霧に覆われ、直ぐ前を身を屈めて進む足軽頭の後ろ姿がおぼろ気に見えた。


 兜のヒサシから水滴が滴った。


 足軽頭が歩みを止めて私に振り返った。


 足軽頭が耳に手を当てた。


 霧の先から、微かに馬の嘶きが聞こえた。


 更に耳を澄ますと、圧し殺した囁きと、甲冑がカチャカチャなる音が聞こえて来た。


 じっと耳を澄ましていた古強者の足軽頭が、指を2本立てた。


 正面の敵は200人程いると言う意味だ。

 

 先鋒にしては中途半端な数だ、恐らく、大物見だろう。

 

 私は頷いた。


歯がガチガチと鳴り、手の震えが止まらない。


歳古りた足軽頭が私の腕を掴み、ニヤリとして押し殺した声で言った。


「恥では御座らん。

 天晴れ武者震い」


私はひきつっているで在ろう笑顔で頷くと足軽頭と今来た道を引き返した。


 暫く行くと、私の50人程の配下が草野に臥せていた。


 私は足軽頭に配下の指揮を任せて、月風と名付けた馬に股がった。


 暫く月風を走らせると、大物見の本隊に出会った。


 私は同僚の騎馬武者と慌ただしく馬上で打ち合わせをした。

 

 その間も霧が西、私の陣地の方から晴れてきた。


「あなたは誰だったの?」


 桜田の声がした。


「宇喜多勢明石掃部配下の者じゃ」


「そこはどこ?」


「美濃の国じゃ。これから大合戦、今、忙しい」


 物見から先鋒本隊に伝令が走り出した。


 私は月風の馬首を巡らせて、私の配下の所まで大物見の軍勢を誘導した。


 私は焦っていた。


 今度の戦で功名を挙げなければならないのだ。


 でなければ志乃との仲を認めてもらえない。


「志乃って誰?」


 また桜田の声が聞こえた。


「惚れた女」


 私は吐き捨てる様に答えると月風を走らせた。


 足軽頭が配下を横隊に広げて迎撃体制を整えて私を待っていた。


 晴れてきた霧の中におぼろげに敵の武者の指物が見えた。


「井伊の手の者でござる!」


 足軽頭が言った。


「相手に不足無し!

 者共、首を稼いで名を挙げよ!」


 すっかり震えが治まった私が叫ぶと足軽達が雄叫びを挙げた。


「者共!死ねやぁ!死ねやぁ!」


 私が槍を挙げると足軽達が前進を始めた。


 井伊の方からも声が挙がった。


 霧の向こうから更に大人数のどよめきが聞こえてくる。


 私は月風を煽らせた。


 足軽頭が単騎飛び出す私を必死に引き留める声が聞こえたが、私はその声を無視して、なおも月風を煽らせた。


 私は一番槍を挙げる事しか考えなかった。


 私は名乗りを挙げながら月風を突進させた。


 井伊の軍勢から白い煙が上がり鉄砲が撃たれた。


 耳元を弾丸が掠めた。


 私は少しだけ顔を上げて敵陣を見た。


 その瞬間、月風の右耳を吹き飛ばした弾丸が私の右胸を撃ち抜いた。


 勢いをつけた丸太が思いきりぶつけられた様な衝撃があった。


 どこからか場違いな電子音、何かの警告音が聞こえて来た。

 

 私は尚も槍を構えて月風を走らせた。


「真田さん!

 321で指を鳴らすとあなたは…」


 聞き慣れない女の声が耳元で聞こえた。


 私は血を吐いた。


 更に2発の弾丸が私の胸と腹を撃ち抜いた。


 耳元ではさっきから場違いな電子音と慌てた女の声が聞こえていた。


「真田さん!321で指を鳴らすとあなたは目が覚め…」


 私は月風から落馬した。


 しかし、何とか槍を杖にして立ち上がった。


 一番槍!一番槍!志乃!


 私は槍を構えたまま仰向けに倒れた。


 体が死ぬほど冷えていた。


「321!」


 指が鳴る音がした。


「真田さん!目を覚まして!」


 私の体を誰かが通り過ぎて行った。


 風景が目も開けられないほど眩しくなってから急に暗くなった。


 暗闇の中で志乃が私を見て泣いていた。

 

 切れ長の目から涙を溢れさせて泣いていた。


 真っ暗になった。


 気が付くと、顔に人工呼吸用のバルーンを当てられて、桜田が私の身体に跨がって一所懸命に胸を押していた。


 桜田の後ろを、廊下の天井の照明が通り過ぎて行った。


 私は顔に押し付けられたバルーンを手で払いのけた。


 桜田が胸を押すのを止めて、私の目を大きく開いてペンライトの光を当てた。


「セッションの…続き…ですか?」


「あああ!良かった!蘇生した!」


 桜田が叫んだ。


 私はストレッチャーに載せられて運ばれていたようだ。


 桜田が叫んだら、ストレッチャーの速度が遅くなった。


「良かった!

 あなた、セッションの途中で心停止したのよ!

 良かった!死ななくて!」


「桜田さん…」


「何?」


「重いんで…降りて貰えますか?」


 桜田が笑顔で私の頬をひっぱたいた。


 桜田の重い体が私の上からどいた。


 私が起き上がろうとすると桜田は私の胸に手を当てて押し止めた。


「おっと、まだ起きちゃ駄目よ。

 あなたは一度心臓が止まったんだからね。

 念のため、頭をCT撮るよ。

 胸部も撮るかも。

 まだストレッチャーに寝ている様に」


「はい、ママ」


 私はそのまま大学病院の救命センターに運ばれて、念のためにしては念入りな検査を受けた。


 そして、検査が終わり、解放されると思ったら、また、桜田と共に退行催眠実験をした部屋に戻らされた。


 桜田がICレコーダーをテーブルに置き、大学ノートを広げて、退行催眠中に私が思い出した事を一つ一つ確認していった。


 幼少期の頃の体験や前世での私の名前、勤めていた新聞社、その住所等々、前々世での名前、合戦で死ぬまでの経緯等々。


 不思議な事だが、私はかなり細かい所まで覚えていた。


 前世、前々世の記憶がすっかり蘇って私の記憶に組み込まれている。


 私はその事に戸惑いながらも、桜田の質問に答えて行った。


「ふぅ~、お疲れさま~」


 桜田がペンを置いてメガネを外すと、目頭を揉んだ。


「…どうなんですか?

 さっきのは、本当に私の前世なんですか?」


「それはまだ判らないわね~。

 あなたの話の裏付け調査をこれからしないと何とも言えないけど…私の所感で言わせてもらうと…かなりの確率で本当かもね」


「……」


「本来なら何かしらの精神的な問題を抱えている人の治療の為の情報収集を目的として行う物なんだけど…いゃあ~、今回は興味深かったわぁ~。

 真田さんが今までに色々な言葉にいささか過剰な反応を示した事や、ルシファー絡みの事、佐伯邸調査前後にあなたが目撃した事についても解明が進むと思うよ」


「桜田さん?」


「なあに?」


「桜田さんは…ルシファーの存在をしっかりと信じてると思ってましたけど、意外と懐疑的な所もあるんですね」


「ほほほ、だって私は医師であり、科学者なのよ。

 あらゆる存在や現象を鵜呑みにせずに様々な可能性を探るのが仕事なのよ」


「成る程」


「勿論娘の身に起きた事や、佐伯邸での事は夢や幻でない事は知っている」


 桜田が髪の毛を上げて私にうなじを見せた。


「佐伯邸では過去の調査で実際に私もある物からの攻撃で傷を負ったしねぇ~」


 桜田のうなじには、三本の深い傷跡があった。


 私には判った。


 それは下手をしたら致命傷になっていたかも知れない、深い深い傷跡だった。


「山口ちゃんから聞いてるでしょ?

 第1回目の調査の時に変わり果てたダイバーに首を捕まれた時に出来た傷よ。

 一歩間違えてたら私の首は…まぁ、運が良かった」


 桜田がタバコを出して火を点けた。


 そして、大声で、コーヒーを2つと灰皿頂戴!と言って微笑んだ。


 暫く経つと、スタッフがコーヒー2つと灰皿を持って来た。


「さぁ、実験は終了!

 カフェインとニコチンを召し上がれ」


 私はエコーに火を点けてコーヒーを飲んだ。


「コーヒーアンドシガレッツ」


 桜田が笑いながら言った。


「一回目の調査の時にダイバーが融合したと聞きました」


 桜田が思い出したくも無いと言うように顔をしかめた。


「あれは…ねぇ…」


「……」


「でも、あなたは大丈夫。

 退行催眠実験中にクルニコフ放射は認められなかったし、身体の中にも異常な変化は無かったわよ」


「……え?」


「山口ちゃんから報告を受けて、この前対策会議を開いたの」


「……」


「山口ちゃんを責めちゃ駄目よ。

 彼女、真剣にあなたの事を心配してるんだから……山口ちゃん!入って来て!」


 部屋のドアが開いて山口が入って来て、桜田が立ち上がった。


「モニターを切って!

 音声も映像も全部だよ!」


 桜田が大声で言うと、私と山口を交互に見て微笑んだ。


「真田さんが実験中に心停止を起こしたって連絡が来たら、山口ちゃんがすっ飛んで来たのよ」


 山口が私に歩み寄り、手を握り締めた。


「暫く二人切りにしてあげる。

 私はこれから大忙しだからね……ここでセックスしちゃ駄目よ」


 桜田が微笑みながら部屋を出て行った。


 山口が桜田が座っていた椅子に腰掛けた。


「孝正…大丈夫?」


 山口が目に涙をためていた。


 私は山口の手を握り返した。


「ああ、何とも無いよ。

 …心配掛けてゴメンね」


「ううん…でも…びっくりした…」


 山口がバッグから携帯電話を出した。


「孝正、今日からこれをずっと持っていて」


「携帯電話?」


「平岡ちゃんが新しく開発したセルゲイエフセンサーよ。

 目立たない様に見た目は携帯電話そっくりにしてあるわ。

 孝正からクルニコフ放射を感知したら、惟任研究所に通報がいって、GPSが作動するわ」


 私は新しいセルゲイエフセンサーを手にとった。


 見た目は普通の携帯電話だった。


 山口が、使い方を細かく教えてくれた。


 充電は私の携帯電話の物が使える様になっていた。


 私は山口と共に、桜田の実験室を後にした。


 その後、食事を取って山口の部屋に行き、念入りに私の体の隅々をチェックしながら洗う山口に閉口して、愛し合い、朝になって練馬に帰ってきた。


 翌週には朝霞に行って、朴の指導の元、麻酔銃の射撃訓練と、ケルベロスの訓練の続きをすることになっている。


 私はまた、元の病院勤務の日々に戻ったが、体のどこかから変なものが生えてくる事も、携帯電話型のセルゲイエフセンサーが鳴る事も無かった。


 明日は朝霞に行くという日の晩。


 私は久々に飲みに行った。


 その晩は気分を変えて荻窪に飲みに行った。


 居酒屋で1人、刺身をつまみに飲んでいると、カウンターの並びに座っていたOLらしき2人連れに、いまどきの学生らしき格好の3人連れがしつこく声を掛けていた。


 迷惑そうなOLの事などお構いなしに、3人連れの若い男たちは大きな声で下品な冗談を言いげらげらと笑いながら、OLの女性にしきりにカラオケボックスに行こうぜ!と誘っていた。


 若い男の一人の肩が私にぶつかった。


 私はじろりと男を見た。


「おおこええ!」


 酒が入っていささか自制心が薄れた男がからかうように言った。


「少し静かに酒飲めよ」


 私はぼそりと言うと、また視線を前に戻して静かに酒を飲み始めた。


 男は少しむっとした感じで私を睨んでいたが、再び仲間と女性にしつこく話しかけながら飲み始めた。


 私は気分を害したので店を変えようと勘定を頼んだ。


 3人の男に絡まれた女性の1人が訴えかけるような視線を私に送ったが、私はあまり係わり合いになりたくなかったのでそそくさと会計カウンターに行った。


 私は居酒屋を出て、近くのカラオケスナックに入り、しばらく楽しく飲んでから午後11時に店を出た。


 明日は朝9時から朝霞に行かなくてはならないので早めに切り上げようと思ったのだ。


 線路沿いの人気の無い通りを歩いていると、駐車場の暗がりで何かただならぬ、人が争う声が聞こえた。


 暗がりを覗き込むと、先ほどの2人連れの女性が3人の若い男たちに無理やりワンボックスカーに押し込まれそうになっていた。


「お前ら何をしてるんだ?」


 私が歩いてゆくと3人の男が私を見た。


「さっきのオヤジじゃねえかよ~、関係ねえから消えろよ」


 私と肩がぶつかった男が強がった口調で言いながら私に近づいてきた。


 男は不用心に間合いに入り、私の胸倉を掴んで来た。


 私は男の腕を上から巻き込むように振り払い、一歩前に足を突き出しながら腰を落とし両手で男を突き飛ばした。


 ほんの少し力を入れただけだったが、若い男は物凄い勢いで後ろに吹っ飛んで行き男たちの車にぶち当たり崩れ落ちた。


「てててててめぇ!」


 1人の男が腰のポケットからナイフを抜いた。


 私はあまり力を入れなかったのに派手に男が吹き飛んで行き、非常に驚いて自分の手を見た。


 ナイフを抜いた男が私に突進してきて、襲い掛かった。


 私は男の肘を受け止めて手首を握り、思い切りねじ上げた。


 男が悲鳴を上げた。


 私はかまわずに男のナイフを持った手を握り締めながら指をねじってナイフを奪った。


 男の指の何本かが不自然に曲がった。


 男はあさっての方向を向いた手を押さえてその場にうずくまった。


 私は奪ったナイフの刃を握ってひねるとバキン!と音がして、いとも簡単に刃が折れた。


 私は刃が折れたナイフを捨てた。


「ば、ばけもの!」


 残った男は仲間を捨てて夜の闇に走り去った。


 2人の女性はしばらく私を見つめていたが、おびえた顔をして走り去った。


 私は車に近づき、ボディを殴ってみた。


 私の拳がやすやすと車のボディを貫通した。


 まるでダンボールで作ったオモチャのような手ごたえだった。


 車にぶつかって崩れ落ちた男が恐怖で目を見開いて私を見上げていた。


 私はしばらく男を見つめた後で、また歩き始めた。


 ふと気がついてポケットの中のセルゲイエフセンサーを取り出してみた。


 (アンノウン放射が1200まで上がっていた。


 私がセンサーをしばらく見ていると徐々に放射は弱まり、やがてゼロになった。


 携帯電話が鳴り、出ると惟任研究所の女性職員からだった。


 私のセルゲイエフセンサーのクルニコフ放射が起きた時の事を根掘り葉掘り聞かれた。


 私は時間を掛けて細かく状況を説明してから電話を切った。


 私は携帯電話とセルゲイエフセンサーをポケットに入れてから、思い切り電柱をぶん殴ってみた。


 電柱が折れたわけでもなく、ひびが入ったわけでもなく、私の拳が非常に痛かっただけだった。


 私はジンジン痛む拳を抱えてうずくまった。


 中年の、酔いで顔を赤くした男がうんうんと頷きながら私を見ていた。


 私は練馬のアパートに帰り、拳を氷で冷やして寝た。





続く

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