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世界の終わりと始まり 第2部 覚醒編  作者: とみなが けい
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ルシファーは契約のし直しを受け入れた…しかし…融合…真田の身体の異変に山口は取り乱した。

ルシファーの金色の瞳に睨み付けられた私の口が、固まって動かなくなってしまった。


 餓えた肉食獣の様に四つん這いになり、涎を垂らして山口の顔を覗き込むルシファーを前に、私は壁に磔になったまま黙って見つめるしか出来なかった。


 ルシファーは左手で、山口が胸の前に重ねている手の両手首を掴むと軽々と高く掲げた。


 山口の小振りな胸がルシファーの目の前に現れた。


「ククク…お前好みの身体をしているな…」


 ルシファーが山口の両手首を掴んだまま立ち上がり、山口は軽々と吊り上げられた。


「ホホホホ、なるほど。

 こういう身体が好みか…しかし、私に似ている…見れば見るほど…フフフ」


 確かにルシファーと山口は姉妹の、双子の姉妹の様に体つきが似ていた。


 私は体に力を込めて、見えない力の呪縛から逃れようともがいた。


「お前はそこでじっとしていろ」


 ルシファーが私を一睨みしたあと、山口の身体に視線を戻した。


 ルシファーが鋼鉄の爪で山口の身体をなぞり、下に降りて行き、山口の股間で止まった。


 山口はルシファーが与えた恥辱に耐えながら、身を捩る事も出来ず、涙をとめどもなく流しながら、ルシファーの目を気丈に見返していた。


(まだ魂は折れてない、小夜子、頑張れ!)


 私は壁に押し付けられたまま山口の目を見て、心の中で叫んだ。


「ククク…ここでアイツを垂らし込んだのか…首まで一気に引き裂いてハラワタを残らず見てやろうか…」


 ルシファーの爪が山口の股間にゆっくりと差し込まれて行った。


「ル…シ…ファー!」


 私は、必死の思いで叫び、何とか声が出た。


 そして、身体が壁からホンの少しだけ離れた。


「!」


 私は背中と壁の間に出来たほんの細やかな空間に勇気付けられて、尚も力を込めて壁から逃れ出ようとした。


 ルシファーが私を振り返り、一瞬意外そうな表情を浮かべ、そして、ニヤニヤしながら呟いた。


「真田…お前…フフフ、フハハハハハ!」


 ルシファーが高く笑いながら山口の股間から爪を引き抜いた。


「お前…ククク…」


 私はルシファーに構わずに壁から身体を引き剥がそうともがいた。


「ルシ…フ…ァー!

 小夜…子を…殺したら…俺…も…死ぬぞ!

 小夜子を殺し…たら…絶対に…俺の魂は渡さ…ない…」


 私の身体が壁から離れ、床に落ちた。


 全身に鉛の重りをつけられた様な身体を引きずって、私は床を這った。


「ククク…冗談だよ!

 真田、冗談だ」


 ルシファーの声を聞いた私は床に這いつくばったまま動けなかった。


 彼女の言葉に安堵したら、もう、指一本も動かせなかった。


「お前はそこから動くな。

 私はこの小娘と話に来たのだ…ついでにちょっと脅かしてやろうと思っただけさ。

 ほんの軽い洒落だ」


「洒落がキツすぎる…」


 私は顔をあげるのにも非常に疲れはて、床に顎を付き、目だけを上げてルシファーを見ていた。


「小娘…お前の小賢しい申し出を受けてやろう。

 真田ともども、お前達も私のありがたくも頼りになる翼の下に入れてやる」


「私達…惟任研究所の…全員を…」


 山口がかすれた声で言うと、ルシファーがニンマリとした。


 ルシファーの金色の瞳はいつの間にか鳶色に戻り、耳まで裂けた肉食獣の口も、あの、妖艶な女の顔に戻っていた。


「良し、お前の仲間達も私の世界の者の攻撃から守ってやる。

 お前らの1人でも死んだら真田の魂は諦めてやろう」


「契約は…」


「ククク…お前らと違い、我らは言葉に千金の重みを持つのだ…」


 ルシファーが長い舌を伸ばして山口の涙を舐めた。


「契約の証しはこれだ」


 ルシファーは吊り上げた山口の唇に己れの唇を寄せて、長い長い接吻をした。


 唇を離したルシファーが、山口の身体をそっとベッドに下ろした。


 山口の身体がベッドに崩れ落ちた。


「ルシフ…ァー…貴様…」


「安堵しろ、気を失っているだけだ」


 ベッドから降りたルシファーが私の方に歩み寄り、片膝をついて私の顔を覗き込んだ。


「何故…何故、そんなに俺の魂にこだわるんだ」


 ルシファーはじっと私の顔を見つめ、少しだけ悲しげな表情を浮かべながら、私の顔を優しく撫でた。


「……その内に…お前にも判るさ…嫌でもな…」


 ルシファーが私の顎を指であげると、顔を寄せて接吻をした。


 柔らかいルシファーの唇が私の唇に重なった。


 遠い過去に同じ事が起きたのだろうか?


 意外に思える圧倒的な懐かしい感触に私は目を閉じた。


 ルシファーは長い接吻を終わらせて立ち上がると、また、あの独特な冷笑を浮かべて私を見下ろした。


「お前とあの小娘の仲間達の事は私が守ってやる…それにしてもお前は…ククククク

 私が思うより早かった…クク…」


 ルシファーはベッドの山口を一瞥すると、再びベランダの窓を通り抜けた。


「ルシファー…」


 彼女は肩越しに振り返り、一瞬私の顔を見つめ、顔を戻すと闇に溶け込んでいった。


 私はまだ重い身体を引きずってベッドの山口に向かって床を這って行った。


 ルシファーが闇に消えてから、徐々に私の身体に力が戻って来た。


 私は膝を付き、非常に苦労して立ち上がるとベッドの山口の所まで行った。


 ベッドに座り、山口の頬を叩くと、彼女の瞼が微かに震えた。


 山口が目を開き、私を見上げた。


「…ルシファーは?」


「消えたよ」


「そう…契約…」


「大丈夫…奴は俺達全員を守ると言った」


 山口が微笑んだ。


「そう…良かった」


 私は安堵して小夜子の顔に頬を押し付けた。


「小夜子は度胸あるな」


 山口が私の首に腕を回して口付けをした。


「…怖かった…でも、一歩前進ね」


 ベッドの上で私と山口はきつく抱き締めあった。


「ねえ、孝正…」


「何?」


「もう一回しよ」


 山口が微笑みながら私の股間に手を伸ばした。


 その時に、セルゲイエフ・センサーのアラームが再びなった。


 私と山口は顔を見合わせた。


 山口がテーブルのセンサーに手を伸ばして覗き込んだ。


「ルシファーか?」


「違う…アンノウンよ…U放射、今550を越えたわ…待って!…待ってよ!」


 山口がセンサーを手に持ち、ゆっくり回して、私に向けたまま止まった。


「何?どうした?」


「孝正……放射が…クルニコフ放射が…あなたから…出てる」


 山口が震える声で言った。



融合



「…これは…何かの間違いよ」


 山口はかすれた声で呟き、セルゲイエフ・センサーの電源を切り、再起動した。


 センサーの液晶画面はアンノウンのクルニコフ放射が発生している事を示し、数値は600を超えた所で安定していた。


 山口がセンサーを横に振ると数値が下がり、また、私に向けると数値が上がった。


「これはきっと…ルシファーが現れた時に壊れてしまったんだわ…」


 山口が再びセルゲイエフ・センサーの電源を切り、再起動を掛けた。


 山口の震える手の中のセンサーは依然として、アンノウンのクルニコフ放射600を表示していた。


「…これは…ルシファーの強力な放射できっと…」


 センサーの液晶画面に山口の涙が落ちた。


 山口が再びセンサーの電源を切り、再起動を掛けた。


「…これはきっと…これはきっと…」


 再びアンノウンのクルニコフ放射が発生している事を、セルゲイエフ・センサーが示していた。


「これはきっと…これは…」


 山口が再びセンサーの電源を切り、再起動を掛けた。


 私は山口の手を掴み、セルゲイエフ・センサーの液晶画面を手で隠した。


「これはきっと…」


 山口がセンサーを床に投げ捨てて私に抱きついた。


「センサーが壊れたの!

ねぇ!そうでしょ!壊れたのよ!

孝正!そうでしょ!そうだよね!

お願い!

そうだと言ってよ!」


 私はしがみつく山口を抱き締めた。


「…見た所…正常に機能していたようだ…」


「わああああああ!嘘よ!嘘よ!

 ああああああ!

 嘘よ!」


 山口が私にしがみつき、子供の様に大声を上げて泣いた。


「ああああああ!

 孝正!孝正!

 嘘よぉ!嘘よぉ!

 ああああああ!」


 山口がベッドに崩れ落ちた。


 私は山口を抱き、子供をあやす様に髪の毛を撫でた。


 あまりの事に私は言葉を失い、ただ、泣きじゃくる山口を抱き締める事しか出来なかった。


 山口は私の腕の中で泣き続けた。


 やがて、山口が顔を上げて、私の目を見つめた。


 泣きはらして赤くなった山口の目は、じっと私を見つめていた。


「コマンダーとして命令します。

 この事は極秘です。絶対に誰にも言ってはいけません!」


「…」


「絶対に、絶対に誰にも…研究所の人達にも言われない限り…」


 山口の顔が歪み、再び目から涙がこぼれた。


「孝正!」


 山口が私の胸に顔を埋め、再び激しく泣いた。


 カーテンの隙間から夜明けを告げる、頼りない朝日が部屋の中に射し込んでいた。


 私は自分の身体からクルニコフ放射が発生した事実よりも、山口の異様な取り乱し方にショックを受けた。


 私は泣きじゃくる小夜子の肩を掴んだ。


「小夜子…小夜子!教えてくれ!

 そんなに酷い事なのか?

 今、俺の身体に起きている事は…そんなにヤバイ事なのか?」


 山口が激しく顔を横に振った。


「融合…融合のケースになるかも知れない」


「融合…どういう事だ?

 どういう意味だ?

 小夜子!

 落ち着いて話してくれ!」


 山口の身体から力が抜け、虚ろな目を私に向けた。


「…兄の様に…孝正は私の兄の様になるかも知れないわ」


「小夜子の兄さん…ファーストダイバーの、あの兄さんか?」


 山口がこっくりと頷いた。


「君の兄さんは佐伯邸の調査で自殺したんだろう?」


 山口がじっと私を見つめた。


「………」


「…小夜子」


 山口が奇妙な笑顔を浮かべた。


「…孝正…兄は…兄は生きているの」


「…え?」


「兄は…生きています…いや…兄の死亡は確認されていないわ」


「・・・死亡が確認されてない・・・一体どういう事なんだ?

 君や教授から兄さんは佐伯邸で首を吊って・・・いや、自殺したと聞いた」


「のどが渇きました。

 孝正さんも何か飲みましょう」


 山口がのろのろと身を起こし、リビングへ行った。


 私も山口を追ってリビングに行き、冷蔵庫から出したミネラルウォータを飲んだ。


 そして裸のままテーブルについてタバコを吸った。


「兄は・・・あの佐伯邸の調査中にアンノウンによって体と精神を乗っ取られそうになったの・・・強制的な融合をされそうになって・・・」


「・・・」


「精神と体を乗っ取られそうになった兄は自ら首を括ることによってその呪縛から逃れようとした・・・変わり果てた姿になってね」


「どんな姿に・・・なったんだ?」


「孝正が卒倒しそうな姿よ。

 話さない方が良いわ。

 ぶら下がった兄を急いでおろして桜田さんがバイタルを確認しようとしたけど・・・誰の目にも兄は死んでいるように見えた。

 だって・・・体の半分から・・・あのおぞましい生き物が突き刺さるように埋め込まれいたし・・・桜田さんが首が異常な角度に曲がった兄の胸に聴診器を当てた途端に、兄の腕が桜田さんの喉を掴んだわ。

 恐ろしいほどの力で・・・そして・・・濁った目を開けて・・・叫んだ」


 山口がタバコの煙を吐いて遠くを見つめる目つきになった。


「今まで聴いた事が無いような・・・恐ろしい声を上げた。

 他のスタッフが必死に桜田さんののどを掴んだ腕を引きはがすと・・・兄は四つん這いになって・・・いや、そのときには脇腹からもう一対の足・・・というか、手というか何かが突き出ていた」


 私は身震いをしてタバコに火をつけた。

 山口がうつろな目で私を見ていた。


「兄は・・・変わり果てた姿で壁を這い上って天井を走り抜け、窓を突き破って姿を消したの・・・」


「そのときにスタッフが持っていた携帯用のセルゲイエフセンサー、今のようにあんな小さな物でなくて、肩掛け式で重さが4キロもあったけど、センサーは兄の体から出るクルニコフ放射を感知し続けた・・・」


「兄さんは?

 その後兄さんはどうなった?」


 山口は首を振った。


「・・・未だに行方不明・・・極秘の内に米軍の情報部まで捜査に乗り出したけど・・・未だに見つかっていないの」


 私は椅子にもたれた。


「・・・俺も・・・兄さんの様になるのか?」


「判らない・・・前例が一つしかないから・・・どんなパターンの融合が起きたのか判らないわ・・・しかし、佐伯邸の調査の後で真田さんの血液サンプルやCTやMRI、MRAのデータから何も融合の兆候は見られなかった…」


「必ずしも融合が起きた訳じゃないだろう?」


 私はすがるように言った。


「そうね、そうよ、体からクルニコフ放射が出たから融合が始まった訳じゃないわよ」


 山口が自分に言い聞かすようにつぶやいた。


 そして、私の手を掴んで握りしめた。


「必ずしもそうとは言えない・・・シャワーを浴びましょう」


 山口が私をバスルームに追い立てた。


 そして私の体を隅から隅まで念入りに洗った。


「おいおい、そんなところまで・・・」


 山口が身をかがめて私の尻まで洗い出したので慌てて止めたが、山口は真剣な顔つきで洗い続けた。


「孝正の体に身体的変化は無いわ・・・どこも変わっていなかった・・・この件は私に任せて。

 孝正、何か変化を感じたらどんな些細なことでも、いつでも私に連絡してね何時でも構わないから」


 山口が私の体をタオルで拭きながら真剣な顔つきで言った。


 私が頷くと山口は後ろから私の体を抱きしめた。


「本当にいつでも、何かあったら何時でもどこでも・・・必ず連絡して!

 私、本当にいつでも、どこでも駆けつけるわ」


 山口はいつまでも私の体を離さなかった。





続く

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