真田は今一度山口と共にルシファーに対峙する事に決めた…そして、ルシファーがやって来た。
絆
私は今まで無意識に気構えていたのだろう。
1人でルシファーと向き合っていたのだろう。
山口達を守りきろうと気負っていたのだろう。
そして、いつか孤独にルシファーへ魂を差し出す羽目になるのだろうと思っていた。
しかし、それは違った。
山口が共にルシファーと向き合っていた。
山口も私を守ろうと奮闘していた。
山口小夜子が私のすぐ横に立って私と同じ決意をもってルシファーと向き合っていた。
最悪、山口が犠牲になれば、山口で無くとも、誰かが死ねば、ルシファーに魂を差し出す事は無いんだと、自らの考えに嫌悪感を覚えながらも同じ決意を持った同士がすぐ横にいると言う細やかな安堵が、私と同じくらいに事態を重く見た上で共に立つ存在に細やかな希望が生まれ、孤独では無かった事を知った私の心の中の防壁が崩れて、様々な感情が溢れ出てきた。
私は山口にしがみつき、子供の様に泣きじゃくった。
「孝正さん、可哀想に…もう、独りで闘う事は無いのよ」
山口が亡くなった母親の様に私の頭を撫でながら、顎を私の頭に乗せた。
「俺…泣いちまって…カッコ悪いな…」
「ううん、あなたは私のヒーローよ。
それに…私だけにカッコ悪い姿を見せてくれて…嬉しいです」
山口が私の顔を覗きこんだ。
私はゴシゴシと顔の涙を拭った。
「孝正…愛してる。
心の底から、愛してる」
山口が私に顔を近付け、口付けをした。
「私は、この世の何よりも、どんな軍隊よりも、どんな権力よりも、どんな欲望よりも、愛が強いと思いたい。
たとえ、相手がこの世ならぬ強大な存在でも、人が人を愛する力に打ち勝つ事は出来ないと信じたい。
きっと…私達は打ち勝つ…そう信じてる」
「小夜子…」
私は言葉が出なかった。
そのかわりに、涙がまた、目から溢れた。
山口が手を伸ばして、私の涙を優しく拭ってくれた。
私達はまた口付けを交わし、きつく抱き合った。
山口が私のシャツに手を差し入れて私の背中の肌を撫で回した。
「孝正さん、食欲が戻ったら…別の欲望が復活しました」
山口が私のおでこに自分のおでこを押し付けて、微笑んだ。
私も山口に微笑み返した。
「小夜子…俺もずっと我慢してたんだ…知ってたかい?」
山口は私の股間に手を伸ばし、硬くなっている私をズボンの布地の上から優しく掴んだ。
「知ってたよ…ずっと前から知ってた。
嬉しい」
私と山口は再び口付けを交わしながら、互いの服の中に手を滑り込ませて、お互いの火照った素肌を貪る様に撫で回した。
山口は慈母から、愛する女に、私が何を差し出しても惜しくない、最愛の女になった。
私と山口は椅子の下に崩れ落ちながら、リビングの床で口付けを交わし、互いの体を愛撫しながら服を脱がせあった。
ゆっくりと時間をかけて、互いの肌の温もりを確かめるように指や舌を這わせて、果実の皮をむくように服を体から脱がせていった。
前回のセックスのような慌ただしい空気は無く、目をつぶり、指を絡め、舌を絡めながら裸になっていった。
ゆっくりとした動作で、鳥の羽で作った精巧で華奢な飾り物を注意深く触るように互いの体に触れ合った。
私ははち切れんばかりに固くなり、山口の乳首がピンと尖り、私をいつでも受け入れる事が出来るように濡れていたが、息を荒げるでもなく、恋人同士のセックスと言うよりも、互いの体を知り尽くした夫婦の営みのように時間をかけて愛撫した。
今夜の私たちは決して急がなかった。
全裸になった私たちは、リビングの床で延々と愛撫をしあった。
「・・・ベッドにゆく?」
私がかすれた声で山口の耳元に囁くと、彼女は微笑んで頷き、私の首に腕を回し、私の腰に足を絡めた。
「このまま連れて行って・・・私のヒーローさん」
私はしがみついた山口を落とさないように注意しながら立ち上がり、ベッドルームへ入っていった。
山口をゆっくりと仰向けにベッドの上におろした。
山口の長い黒髪がベッドのシーツに広がった。
私はゆっくりと山口に体を合わせ、また、お互いに時間をかけて愛撫しあった。
「・・・俺が死んだらどうする?」
「私も死ぬわ・・・私が死んだら・・・どうする?」
山口がかすれた声で囁いた。
「俺も後を追うよ・・・すぐに」
山口が微笑みながら私の首筋にキスをして囁いた。
「もし・・・二人の邪魔をするものが現れたら?」
「そいつをぶっ殺して逃げるよ・・・ついてくるかい?」
私が山口の乳房にキスを返しながら囁いた。
「ええ、どこまでも、地の果てまでもついて行くわ・・・2人を邪魔するものを消しながら、2人の足跡を消しながら、どこまでもついて行く」
山口が手を伸ばして私を握り、固くなっているのを確かめるように緩やかにしごき始めた。
「俺から離れないでくれ」
「あなたから離れないわ」
「愛してる・・・ずっとずっと」
「嬉しい・・・」
私の手が山口に触れた。
山口を刺激する私の手に指を絡めた。
「私も愛してる・・・愛してる・・・ずっとよ」
山口が私を山口にあてがった。
私は静かに腰を動かした。
私の先端が山口を擦りあげた。
山口がびくっと体を動かした。
「感じる・・・孝正のあれを感じるよ」
山口が再び唇を求めてきた。
私はそれに答えながら私ををあてがって山口の秘所を刺激した。
「ゾウガメは20時間以上掛けてセックスするそうだ」
「私たちも・・・急がずに楽しみましょう・・・ゾウガメに負けずに」
山口がクスクスしながら私の背中にかすかに爪を立てた。
私は山口の首筋や耳たぶを口で愛しながら、山口の秘所を擦りあげていた。
山口の腰がうねり、吸い込まれるように私が入っていった。
私の先端が入る時に山口が一瞬眉を寄せて切なげな表情を浮かべた。
山口はいつも私を中に迎え入れる時のその表情を浮かべる。
私はその顔が大好きだった。
山口が腰をくねらせて、私はうねうねと中に入っていったが、私も山口も腰を振らなかった。
私たちは挿入したまま、口づけを交わし、下を絡め、指を絡めた。
時間が経つ内にどこまでが私なのかどこからが山口なのか判らなくなってきた。
一体挿入してからどれくらいの時間が経ったのかも・・・判らない。
「波の音が聞こえるよ・・・」
私は山口の耳に囁いた。
私の耳には潮騒が聞こえていた。
夜の海岸線の穏やかな波の音が、私の耳に。
「ほら、こんな風に・・・ザザーン、ザザーンって・・・」
私は波の音に合わせて指の先を山口の腕の肌に走らせた。
「本当だ・・・私にも聞こえるよ」
山口が頷いて、波の音にあわせて腰をうねらせた。
「俺たち繋がっているね・・・」
私は山口のうねりに合せて腰を動かした。
「うん・・・ずっとずっと何百年も前から・・・一つの生き物みたいに・・・」
「何千年も前から・・・俺たち・・・繋がってた・・・昔々…男と女は一つの生き物だと誰かが言ってた…」
「そうよきっと・・・・・・・あああああ!はじけそうだよ・・・孝正!はじけちゃう!」
山口の腰の動きが速くなった。
「俺もだ!小夜子!」
「ひぃ!ああ!あああああああ!孝正!」
「小夜子!愛してる!」
「一緒に!一緒・・・ひぃ!あああああああ!」
「俺も!俺もだ!うううう!」
いきなり、突然に、急激に頂点が近づいた。
私と山口は互いの体に爪を立てながら腰を打ち付けあった。
私は山口の中に射精をしながら、山口は私を締め付けながら、これ以上ないくらいに互いの体を押しつけあった。
「小夜子!」
「孝正!」
私たちは頂点の快楽に打ち震えながら、互いの指をきつく握りしめながら激しく口づけをした。
気が遠くなるほどの長い口づけをしながら私たちは同時に果てた。
果てながら舌を絡めている間にしっかりと閉じた私の目の奥で星雲がはじけ飛んだ。
一瞬か…暫くか…私は気を失っていた。
目を開くと、山口のけだるげな笑顔が目の前にあった。
「俺…寝てた?それとも…気絶してた?」
山口の目が笑みで細くなった。
「判んない…私もさっき気が付いたから…」
私は体をずらし、山口と並んで横たわった。
「気が付いてから…何してたの?」
山口は半身を起こして片肘になると顎を手で支えて私を見下ろした。
「孝正の顔を見てた」
山口は笑顔で言うと、私の顔の先に手を伸ばしてベッド横のテーブルにある、タバコとライター、灰皿を取った。
私の目の前で山口の小振りな乳房が揺れた。
山口が元の場所に戻ると枕の上の灰皿を置いてタバコに火を点けた。
「孝正の顔を見てた」
「ふ~ん…」
「セックスの後、自分の胸で寝ている男の顔を見るのは、女の特権なのよ」
私はタバコに手を伸ばして一本取ると火を点けた。
「知ってた?」
山口が尋ねた。
私はタバコの煙を吹き出した。
「何となく判る」
「ふふふ、孝正、大好き」
山口が顔を近付けて私の口のタバコを抜き取ると長い口付けをした。
そして、顔を離すとまた、私の口にタバコをくわえさせた。
「…さっきの話…ルシファーと新しく契約を結ぶ話…やっぱり駄目だよ…」
「なんで?」
「小夜子が死に急ぐから」
「…」
「さっき言っただろう?
小夜子が死んだら…俺も死ぬよ」
「…」
「本気だぜ…」
じっと私の顔を見下ろす山口の顔がほころんだ。
「…いざとなったら俺の身代わりになるつもりだろう?…駄目だ、そんなの…」
山口はニヤニヤしながら、タバコを吸い、私の顔を見ていた。
「…何とか言えよ、真剣な話だよ」
ニヤニヤしながら私を見下ろす山口の目から涙が一筋流れた。
「孝正…愛してる」
山口が私に顔を近付け、私の口からタバコを抜き取り、自分のタバコと一緒に灰皿に揉み消して、口付けをした。
「約束する。
私、絶対に死に急がない。
あれはあくまでも時間稼ぎ、時間稼ぎの策略よ。
私はギリギリまで希望を捨てない…だから、孝正も絶対に諦めないで」
山口が私の目を覗き込みながら言った。
「判った。
俺も絶対に最後まで諦めないよ」
「うん、頑張ろう、コマンダーとダイバーは…」
「一蓮托生」
私が答えた時、ベッド横のテーブルからアラームが聞こえた。
「何の音?」
「…クルニコフ放射…来たわ」
山口の顔が緊張し、押し殺した声で言った。
山口が手を伸ばしてテーブルの引き出しを開けると、セルゲイエフ・センサーを手にとった。
パイロットランプが激しく点滅し、やがて点灯した。
液晶画面に表示された数値は既に1000を越え、なおも狂った様に上昇していた。
ボタンを押してアラームを止めた山口が液晶画面を覗き込んで囁いた。
「L放射…ルシファーよ…1000を…越えたわ」
山口はセルゲイエフ・センサーを置き、再びテーブルの引き出しに手を伸ばすと、ギリシャ正教会様式の装飾が施された、古びた大振りの十字架を取り出して胸の前に捧げ持った。
私はベッドから出て、慎重にベランダに歩み寄った。
「孝正、気を付けて!」
山口が小声で言った。
私は山口に振り向いて頷いた。
何か手に持つ物が欲しかった。
(何でもいい、何かぶん殴ったり刺したりする物が…)
私はそう思いながらベッドルームを見回した。
部屋の隅の丸テーブルの上にドライフラワが差してある、長さ50センチ程の厚いガラス製の花瓶を見た。
花瓶を指差して山口を見た。
山口が十字架を胸に抱えて、無言で頷いた。
私はドライフラワーを引き抜いて花瓶を手に取った。
どっしりと重みがある花瓶を握り締めた私は、太古の人間が武器となる頑丈な骨を手に入れた様な安心感を感じると共に、ルシファーに花瓶で立ち向かうバカさ加減に苦笑した。
(これでルシファーをぶん殴る?奴は痛がるのかな?)
私は花瓶で頭を殴られ、頭を抱えてしゃがみこむルシファーを想像して笑いそうになった。
こんな時に何で?と山口が目を見開いて、私の笑顔をまじまじと見つめた。
私は花瓶を右手に握り締めて、そっとカーテンに左手を伸ばした。
カーテンに触れる直前に、いきなりカーテンが開いた。
ベランダにはルシファーが立っていた。
ルシファーの背後のベランダの手すりには、夥しい数のカラスが鈴なりにとまっていた。
私は一瞬怯んだが、気を取り直して花瓶を両手に握って身構えた。
ルシファーは彼女独特の、一種卑猥な、切ない笑顔を浮かべて私を見た。
私が握り締めた花瓶が熱くなった。
花瓶はあっと言う間に手に持っていられない程に熱くなり、我慢出来ずに投げ棄てた。
「孝正!」
山口が怯えた声で叫んだ。
私は熱くなった手を振りながら後退った。
ルシファーは、そこに厚い針金入りの強化ガラスなど無いかの様に前に進み、ガラスを突き抜けて部屋に入って来た。
「ルシファー!
貴様!」
私は山口の前に立った。
ルシファーがちらりと私を見た途端に、私の体が見えない力で壁まで弾き飛ばされた。
物凄い力で壁に押し付けられた私は力を振り絞ってルシファーに向かい、手を伸ばした。
「それ以上動くな」
ルシファーが横目で私を睨み、右手を顔の高さまで上げた。
しなやかな女の手が見る見る変容し、凶悪な爪を持つ猛禽類のそれになった。
私の手は再び、目に見えないものすごい力で壁に貼り付けられた。
「あまりジタバタすると、お前の目の前でこの小娘をバラバラに解体してやるぞ」
ルシファーが鋼鉄の輝きを持つ爪をカチカチと鳴らした。
ルシファーは私が静かになるとベッドの山口を見た。
「フフフ、小娘の小賢しい工夫に私が怖じ気づいたとでも思ったか…」
ルシファーは窓際の枯れた薔薇をひとつ摘まむと口に入れた。
クチャクチャと薔薇を噛みながら床に書かれた古代文字を見下ろした。
「フフフ、懐かしい…昔々に見た覚えがある…」
山口が手に持った十字架をルシファーに突き付けた。
「神の権威により、汝に命ずる!
闇の世界に帰れ!」
山口が震える声で叫ぶと、ルシファーが苦しげに身を捩らせた。
「ウギャアアアア!何故お前がそれを!」
ルシファーは両目を覆って膝を付いた。
そして、暫く肩を震わせたが、ニヤニヤしながら立ち上がった。
「な~んてな」
ルシファーが手を伸ばすと、山口が握り締めた十字架が宙を飛び、ルシファーの手に収まった。
しげしげと十字架を見たルシファーがニヤリとした。
「フム、中々良い仕事をしているが…これは14世紀に作られた贋作だ…もっとも本物を突き付けた偉そうな司祭も瞬時に破滅させたがな…フフフお前らの暦で西暦728年の初夏の事だが」
ルシファーが十字架を床に落とした。
「ルシファー!
頼む!小夜子に手を出さないでくれ!
頼む!お願いだ!」
ルシファーが私を見て笑った。
「フフフ、どうしようかな…フフフ」
ルシファーがベッドの上で凍り付いた様に動かない山口に近付き、ベッドの上に四つん這いになって、山口の顔を覗き込んだ。
ルシファーの目が怪しく金色に光り、裂けた口から肉食獣の様な牙を覗かせた。
「フフフ、小娘、随分愛し合った様だな」
「ルシファー!
頼む!お願いだ!
ルシファー!」
私が声の限りに叫ぶと、ルシファーがこちらを向いた。
「お前、煩いぞ、黙れ」
ルシファーの口からは、夥しい涎が何本もの糸を引きながらベッドの上に滴り落ちた。
続く