Report 6 悪魔のかくれんぼ
翌朝。
着替えを済ましつつ扉の隙間から廊下を伺う。敵影なし。昨晩のノックの犯人が待ち伏せしていたりはしないみたいだ。
そこで食堂に行こうと思うとアオがちょうどよく通りすがった。
「アオ? 女神様の護衛は?」
「今はアカがいる。私はあなたの様子を見に来た」
アオは僕の全身を念入りに凝視している。なんだか恥ずかしいな、女の子の服には慣れていないから感覚が分からない。
アオは頷いて言った。
「大丈夫みたい」
「どういうこと?」
「なんでもない。さあ、朝ごはん食べに行こう」
アオとは一緒にご飯を食べて以来ずっと近くで食べている。そうしたら僕が先に食べていても隣に来るようになった。
「ところでさ」
「何?」
「昨晩のノックはなんだったのかな?」
・・・・・
アオ曰く、ノックには応えるなとのことだ。誰が来ても夜は開けるなと言われた。
食事が終わると女神に声を掛けられた。
「ヨウカさん、今日の遊戯は九時からです。くれぐれも不参加なさらないよう」
「今日も鬼ごっこですか?」
「いいえ、かくれんぼです」
かくれんぼ。
この狭い地下でする遊びではないだろう。最終的には鬼ごっこと同じ状態になる。見つかっても逃げきればいい。触れられなければ勝ちだ。自然区画に入ればなかなか見つけるのは難しそうだ。
鬼ごっこと違うのは、捕まらずに終われるということ。一泡吹かせて見せようじゃないか。
かくれんぼまで一時間はある。
今日は娯楽室にアオがついてきた。
「アオはどんな本読むの?」
「私はあんまり字を読むのは好きじゃない。どちらかというと、」
アオはそう言って『七匹の子ヤギ』を取り出した。
もちろん童話のだ。そういうタイトルのラブコメとかありそうだがあいにくそんなものは娯楽室にはない。
絵本を読み耽るアオの側にそっと小説を添えたら、『七匹の子ヤギ』の下敷きにされてしまった。
やっぱり紙袋では周りが見えていないんじゃなかろうか。
公園区画に集合した。
今日の僕は逃げる側。周囲の逃げ仲間を見るが誰も彼も覇気がない。僕以外の全員が押せばいけるみたいな雰囲気を持っている。
とりあえず隣の子に話しかけてみた。
「頑張って逃げようね」
「えっ、いや、私は……」
始まってもいないのに彼女は足が震えている。
「名前は?」
「コジカと……」
小鹿。オオカミに狩られそうな名前だ。いや、食べられたからその名前になったのかもしれない。
由来は訊かないでおこう。
女神が合図を出す。
「では、逃走を始めてください。制限時間は一時間です」
鬼ごっこもかくれんぼも集団が強い。
数人でまとまっていれば見つかるリスクと捕まるリスクの両方を減らせる。
「意味ないですよ……」
と、口を挟んできたのはコジカ。
始まる前から諦めとはいい度胸だ。丸裸にしてオオカミの前に投げられたいのか。そういうプレイはあまりオススメしないが。
「アカが来たらみんな捕まります……」
確かにね。オリンピック選手並みとでもいうのか。でも今回はかくれんぼだ!
「つまらないですね。まだ十五分ですよ? あと一人、ヨウカさんだけが残りましたか」
今、一棟の横の草むらの中で隠れている。女神の言う通り、残っているのは僕だけ。
なぜ? かくれんぼなのに!?
アカが女神へ答える。
「最近はみんな飽きがきてんな。そろそろ新しい遊びが必要な頃だ」
「そうね、ヨウカさんが頑張っている間に考えておきましょう」
アオがその時反応した。
「ヨウカの立場的にまずいのでは? レネの怒りを買いますよ」
「どうしたの? あなた最近はあの子に御執心ね。自分のものにしたいの? それなら構いませんけど」
「……」
「実は、レネからは『ヨウカを壊さないでね』としか言われていないのですよ。ですから、多少は問題にもなりません」
えっ、そうなの?
レネのやつ、事実上のゴーサインを出したってこと? 安全保障とか最初からなかったのか……。
女神はアオとアカが話し合っている隙に一人を呼んだ。
目がハートマークのヤバい人だ。
「ヴァンパイア、ぜひヨウカさんを探してください」
「えー、めんどくさいからやだ。それより、捕まえた子一人自然区画に連れて行ってもいい?」
「また発情しているのですか? あれだけ朝ごはんを食べておいてもよくもまぁ」
「えへへ、本能には抗えないからね!」
自然区画?不埒者はあの子か!
なんなら、昨日のノックの犯人かもしれない。
女神はしばし悩んだ後、ヴァンパイアに耳打ちをした。
すると、ヴァンパイアの目がみるみる輝いていく。舌舐めずりをして待ちきれないという感じだ。
っ!?
いまヴァンパイアと目が合った!
草むらの中のこちらを確かに見ていた!
「どうかしましたか?」
「う~ん、なんにも」
息を殺して潜む。
気づかれていませんように。
「自然区画探してくるね」
人影が遠ざかっていく。
助かった!
このゲームには必勝法がある。
それは、自室に籠って鍵をかけることだ。
いやー、なんで気づかなかったんだろう。一時間部屋で寝てれば解決するじゃないか。かくれんぼなんて見つからなければ後でどうとでも言い訳がきく。
と、ノックがする。
「……」
ちなみに今は終了五分前だ。
かくれんぼが終わるまで僕は部屋を出る気はない。
「私、アオ」
アオが尋ねてきたらしい。それにしてもよくここが分かったものだ。
「話がある。開けて」
やけにカタコトだ。
まあ、アオにばれた以上はあとでルール違反と言われても困るし、あと五分のんびりお話でもしようかな。
ドアノブに手をかけた。
「みーつけた!」
「はっ?」
扉を開けた途端、誰かに突進されてベッドに押し倒された。
目がハートマークの子。
手には録音装置。騙したのか。
震えが止まらない。
暗い部屋でハートの目が怪しく光る。
「捕まえたら好きにしていいってことだから、頑張るしかないよね~」
「待って!」
「待たない~。せっかくのご馳走だよ?」
口に何かを突っ込まれる。
錠剤だ。凄まじい異物感に吐き出そうとするが口を押さえらて体も身動きとれず為す術がない。
耳元で「気持ちよくなるだけだから」と囁かれ、なんとか抵抗するがヴァンパイアの力のほうが圧倒的に強い。女の子同士だよ? こんなに力の差があるのは絶対おかしい!
「いただきまーす!」
最後の記憶はヴァンパイアが僕の服に手をかけるところだった。