第1話 俺としての始まりの日
初投稿です。温かい目で見ていただけると幸いです。
「はぁ、はぁっ.....」
口から、「コヒュー、コヒュー」と息が漏れる。
「ブルモゥッッ!」
背後からは、イノシシのような獣の鳴き声と獣の足音が聞こえてくる。
いくら走っても、その音が遠ざかる気配は無い。前だけを見て走っていると、不意に体が浮き軽くなった。ぼく...いや、俺の足は木の根に躓きもつれて、体と共に横たわっていた。一体何故こんなことになってしまったのだろう。
始まりはいつも通りの朝のことだった。朝早くに起きて、日課となっている畑と花壇の様子を見てから、剣の素振りをして型の練習をする。そうしている間に家の住人が動き始めた。
「ふわぁ.....おはよう、レイ」
「おはよう、ミアさん。寝癖ついたままだよ」
最初に起きてきたのは、亜麻色の長い髪をもつ美しい女性だった。ミアさんは、僕がお世話になっている家の持ち主だ。
「クリムはまだ起きてないの?」
「うん。今日も起きてくるのは昼前くらいじゃないかな」
「ったく、あのバカは...」
「るっせぇな。俺はバカじゃねぇし起きてるわ」
後ろから聞き慣れた男の声が聞こえる。振り返ると、声の主は金髪の精悍な顔つきの男だった。
「おはよう、クリムさん」
「おう、おはようレイ。今日も朝から剣の練習か」
「どんどん上達していくのが楽しくて...」
「楽しいのは分かるが無理はすんなよ」
「はーい。あっ、ミアさん。今日ちょっと村の方行ってくるね。欲しい物があって...」
「それはいいけど。もしかして、エルちゃんの誕生日プレゼント?」
「うん」
エルは近くの村に住む一つ下の年の幼馴染だ。淡い水色の髪の可愛らしい女の子で、よく遊んでいて会う度に僕に抱きついてくる。
エルの誕生日が三日後に迫っていて、そのために欲しい物があった。
「それにしても本当に仲が良いわよね、あなたとエルちゃん」
「まぁ、僕にとっての妹みたいなものだからね」
「エルちゃんの方は、大人になったらレイと結婚するって言ってるけどな」
そんな話をしながら、ミアさんの作った朝ごはんを食べて村へ出掛ける準備をする。
「じゃあ、行ってくるね」
「気をつけてね」
「暗くなる前に帰ってこいよ」
家を出て森を歩く。僕の住む家は村から少し離れた所にあって、村へ行くには少し歩く必要がある。ミアさんたちは有名な冒険者だそうで、村の人に頼まれて森にいる魔物を狩ったり追い払ったりしていた。村の人達には、二人の二つ名の、ミアさんは<<魔帝>>、クリムさんは<<千剣>>と呼ばれていた。
しばらく歩いていると村に着いた。お目当ての物を買うために、村の中心へと向かうと、そこには少し変わった服を着た白髪の背の高い男が露店を開いていた。彼の着ている服は和服と呼ばれるらしく、大陸の東の方にある"倭の国"という大国の服なんだそうだ。
「久しぶり、ノインさん。前に頼んでいた物はある?」
「ああ、レイくん、久しぶり。お望みの物はこれだよ。入手するの大変だったんだよ、朝早くから王都の有名店に並んで人混みに揉まれて」
「ごめんって。でも、エルに喜んでもらいたくてさ」
彼の名前はノイン・ルーカスと言って、ルーカス商会という商会を経営しているそうで、なんでも王都でも有名な商会らしい。いろんな地域を回っていて、この村にも二ヶ月毎ぐらいに訪れる。彼の手には、綺麗な真珠をあしらった白い髪留めがあった。それは、二ヶ月前にノインさんから噂を聞いた僕が頼んだ物だった。
「はい、代金」
「お金は要らないよ、これは君へのプレゼントってことで。その代わりアミアさんたちによろしく言っておいて。エルシアちゃんにも」
「ありがとう」
髪留めを包装してもらって受け取り、その場を離れ知り合いのおばさんの営む花屋へと向かう。
「こんにちは、リサおばさん」
「こんにちは、レイ。どうしたの?」
「実は、エルの誕生日に花を渡したくて、何かいい花はないかな?」
「ごめんなさいね。ちょうど花が品薄で、一週間後に届くんだけど。でも、この時期なら森に咲いている花があったはずよ」
「ほんとに⁉︎じゃあ、ちょっと行ってくる」
「ええ、そうするといいわ。でも気をつけなさいね」
おばさんの言葉を聞くなり、店から飛び出して森へ走っていく。急いで森の中を走り、少し深い所まで行くと、開けた所に黄色の可愛らしい花が咲いていた。花を慎重に採ってバッグにしまうと、村に帰ろうと来た道を逆に歩いていく。目当ての物を手に入れて浮かれていた。そんな中、一匹の魔物と遭遇してしまった。
「あれは、ファングボア?」
初めて魔物を見た。ファングボアはEランクの牙が特徴的なイノシシの魔物で僕でも狩れるような魔物だ。
イノシシなんて久々に見たな。昔おじいちゃん家に行った時以来だ。
ん?久々に?僕はこの魔物を初めて見た筈なのに、どうして久々だなんて思ったんだ?しかも僕におじいちゃんなんていないのに。
唐突に頭に痛みが走った。
「あがっっ、ぐっっ、ぃだぃ」
頭が割れるように痛い。知らない記憶が流れ込んでくる。
日本?地球?高校生?なんだそれは。そんなもの知らない。だが、頭は当然のものとして認識している。とてつもない違和感がある。気持ち悪い。
やがて痛みが治まる頃には、俺の違和感は消えていた。痛みが治まったことにホッとしていて、その場にいたもう一つの存在を忘れていた。何かの足音が迫ってくる。それに気づいた途端、俺は跳ねるように走り出した。
そして走る途中、木の根に躓き転んでいた。ファングボアがゆっくりと近づいて来る。その口が開けられた瞬間、俺は咄嗟に護身用に持っていた鋼の剣を振り抜いた。ファングボアの口が深く斬り付けられる。
「ブルッッ、グァァァァ」
俺は立ち上がり、ファングボアを何度も斬り付ける。やがてその体が沈黙した。
その場へとへたり込む。まだ息が整わない。少し落ち着いてから、死体を炎魔術で焼却し、魔石を採取して家への帰路を歩いた。