☁︎︎⋆。˚✩☁︎︎ - - - ネガティブの場合 - - - ☁︎︎⋆。˚✩ ☁︎︎
「俺は今日、命日なんだ」
私――栗花落華の幼馴染、天方冬羽がか細い声で呟いた。私立の中高一貫高校に通う私と彼は家が近所のため一緒に帰ることが多い。今日もたまたま前を歩く彼を見つけ、今に至る。
彼は隣でぶつぶつ念仏を唱え始めた。黒いカジュアルショートの前髪を指先で摘まむ癖は昔から変わらない。
冬羽は上下濃紺の背広型ブレザーに白シャツ、紺のネクタイとベスト、をきっちり崩さず着用している。高二の制服と思えない新品さだ。
私は最近薄ピンクのロングヘアーに髪型を変え、紺の襟なしブレザーにチェック柄のスカート、白無地のシャツで、好きに着崩していた。
制服のアレンジ、バイトや髪のカラーリング等が基本自由な学校なのに、彼は絶滅危惧種並みの生真面目でネガティブな性格故にすべてが入学当時のままだ。
私は取り敢えず彼の話を聞いてみる。
「なにがあったの?」
「……学級委員になった」
死刑宣告であった。切れ長の二重瞼を閉じる冬羽の纏う空気は重い。
「田所君は?」
B組の学級委員は確か眼鏡が印象的な田所君だ。
「長期入院が決まった」
「……病気抱えてたんだね、田所君」
「ああ、俺も知らなかった」
「立候補したの?」
「いや」
冬羽は短く否定する。私は何となく察しがついた。
「学級委員になりたい人が誰もいなくて、推薦とか?」
「ああ。高校の学級委員は雑用が主だ。みんな俺を推薦したんだ。俺にリーダーシップはない、無理だと言ったら相沢君に死ねと言われた。死ぬしかない、今日が俺の命日だ」
案の定の流れだ。文化祭、修学旅行、大きなイベントに加え、高校は独自の活動もあって学級委員になりたがる人は少ない。
「相沢君は皆に死ねって言ってるよ。思い出して、ね」
「……思い出した。頻繁に言っていたな、中川さんが卍固めでノックアウトさせていた」
「さすが久美ちゃん……、恐ろしい子」
プロレスの関節技が得意な女子だ。相沢君に申し訳ないが、心中で中川久美ちゃんを褒めておいた。今度お礼も兼ねて何か差し入れしよう。
刹那、自分の視界が揺らいだ。
「――わ、っと」
「華ッ、だだ、大丈夫か!?」
「平気平気、危なかった~」
会話に夢中で私は足元の石に気づかず躓いてしまった。危うく転びかけたが大事に至っていない。心配でこちらを覗き込む冬羽に笑ってみせる。
けれど、時すでに遅しだった。
「……全部、俺のせいだ。俺の不幸が華に移った……、すまない。腹を切って詫びる」
「死に対して潔すぎ! っていやいや冬羽、私が余所見してたせいだよ!?」
「華に万一があったら俺は後を追う覚悟だ」
「勝手に殺さないでよ!!」
石ころ如きで飛躍しすぎだ。つい語調を荒げてしまい、冬羽がシュンとする。
「……ごめん、死なないでくれ」
「そっち? 死ぬ予定ないよ」
謝罪の方向が斜め上で苦笑した。先程の「万一があったら後を追う」も格好良い台詞だ、中々16歳で使わない。
「学級委員、俺に務まるだろうか」
冬羽が本題に戻り、溜息交じりの不安を漏らす。私は肯定の意見を告げた。
「もちろん、何事にも真っ直ぐ取り組む冬羽の姿勢をみんな評価したんだよ。私は冬羽を応援する、幼馴染として誇りだな」
弱虫で引っ込み思案な幼馴染は、他人に優しく誠実で自慢な存在だ。彼を恥に思った過去は一度もない。
「……やっぱり今日が命日だ」
「素直に喜んでよ」
ニヤつく口元を隠す冬羽の仕草は不審者だ。引くところは私も遠慮なく引く。
「すまない。過大評価とわかっているが嬉しい」
「明日も生きれる?」
「ああ。華の期待を裏切らないよう頑張って生きる」
「よかった。はい飴あげる」
大袈裟に捉えられたものの彼の熱意を削ぐ返しはしない。正直、後々が面倒だ。
私が渡した飴の可愛い包み紙で冬羽が味を言い当てる。
「ありがとう、イチゴか」
「御名答~、それ期間限定なの」
私のお気に入りの飴だ。徐々に蕩け出すミルクが至極たまらない。
「後生大切に保管」
「しなくていいよ、食べてね」
彼の語尾を奪い、私は強めに言葉を重ねた。
「……食べる」
「うん」
冬羽は私に押され気味に頷き、飴玉を口内に放り込んだ。からころ舌で回す音がする。
「感想は?」
「感想、感想……」
「うん、どう?」
「……大宇宙の神秘さだ」
一言、「美味い」で構わなかった。捻りは求めていない。
「企業の方もびっくりだね、とんでもない飴玉開発しちゃって」
「すまない華……、ただのイチゴ味だ」
「ん……」
催促した私が全面的に悪いのだ。無言で彼の背中を撫でた。
――今日も今日とて、私と彼の日常はとても平和である。
おはこんばんは、白师万游です(*•ᗜ•ฅ*)
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