【15才】初めての苦悩
「レンリー、他人に“嘘”をつくのは全然いいんだよ。
つきとおせる能力がある奴は、いくらだって嘘をつけばいい。
でもな、絶対に“自分には”嘘をついたらダメなんだ。
自分を誤魔化して、自分に嘘をついていると、
必ず自分が病気になるんだ。」
長椅子にうつ伏せになっている僕に、チー兄が話をしている。
ミルカ姉上が、横で心配そうにしている。
申し訳ないです。
学校を早退して、アルフレド兄上の家に逃げ帰ってしまった。
王都のフェザリンド伯爵邸は、イアニス兄様がお嫁さんを迎えたばかり。
新婚家庭のお邪魔をしたくはなかったし。
イアニス兄様の結婚を機会に、チー兄も家を出ていた。
チー兄の新しい家の場所をよく知らなかったし、
今回はチー兄には、愚痴を言いたくはなかったんだ。
アルフレド兄上と結婚をしたミルカ姉上のお腹には今、
ユーニスの弟か妹が宿っている。
面倒をかけてはいけないと思っていたんだけれど、
行くところが思い付かなくて結局ここに来てしまった。
スターク家には、兄上の家から知らせを届けてもらった。
きっと、スターク家の迎えの馬車が、
僕が学校にいなくて騒いでいると思う。
チー兄のお説教が続いている。
すごい情報網!
僕がアルフレド兄上の家にいるって、
チー兄はどこから聞いたんだろう?
「本人には言えない相手に腹がたったら、
陰で『バカやろう!』って言えばいいんだよ。
それを、自分で自分に嘘をついて
“平気ではない事を平気だと思い込もうとしたり”
それをしていると、必ず自分を損ねるんだ。」
「いっそな、
『これは自分は“大嫌い”だが、しょうがないから我慢している!』
と、心の中で叫んでいるのなら、まだましなんだよ。
でもな、嫌いな人や物事を、
“自分はすきです”と自分に嘘をついたら、
壊れるんだよ。自分が。」
「おい、レンリー聞いているのか?
お前、学校で会うたびに痩せているし。
聞いても、
『大丈夫、元気で幸せ』しか言わないし。
どうした?言ってみろ。」
言えない。チー兄。
******************
「ユーニスは眠ったわ。
久しぶりにレンリーに会えて興奮をしていたものね。
気持ちが楽になる薬草茶を入れましょうね。
蜂蜜を入れると美味しいのよ。」
「姉上、ごめんなさい。
体は大丈夫ですか?」
「全然大丈夫よ。
安定期に入ったから。少し動いた方がいいのよ。」
******
「姉上の薬膳料理、とても美味しかった。
ご馳走様でした。
久しぶりに、味がある食べ物を食べた気がした。」
「ん?」
兄上と姉上が顔を合わせてしまった。
余計な事を言っちゃったかなぁ?
「味が無かったのか?スターク家の料理は。」
「ううん。あのね、兄上。
前に、僕がフェザリンドの家を出る時に話をした、
《夢の記憶》の事を覚えている?」
「ああ。」
「レンリー、あのね私も旦那様にお話をしたのよ。
自分の《夢の記憶》を。」
ああ、そうなんだ。
兄上なら姉上の《夢の記憶》も受け止めてくれたね、きっと。
姉上、良かったね。
「だから、僕は、……
別に、食事に虫やゴミや釘が入っていたって、
全然気になんかならないんだ。
ゴミ箱をあさって、ご飯を食べていたんだから、前世では。
そういうのは、全然大丈夫なんだよ。
でもね。」
「平気でいいわけがない。
侯爵家の跡取り息子に、異物入りの食事を出すのは、
侯爵自身と家に対する冒涜だろう。
レンリー、お前だけの話ではないぞ。」
「私は、席を外しましょうか?」
「ううん。姉上にもいて欲しい。」
「姉上、あの家の下働きの人達はね、
全部ではないんだろうけれど。
ほとんどね、……」
「ほとんど?どうした、レンリー。」
「オベリン様が、過去にその……関係が
あった人達みたいなんだ。」
「わあ、元彼女?元彼?」
「どっちも両方。」
「どうしてわかったの?
侯爵様、寝台に連れ込んでいた?」
「ううん、そんな事はなさってはいない。
侯爵様の寝室は、僕の寝室の隣だから。
そういうのは、きっと気がつくもん。」
「僕が学校から帰った時に、入り口に男の人が立っていて。
チー兄くらいの年の人が。
その人が、侯爵様に取り次いで欲しいって。
『《薔薇の館》の年期が開けたから。
スターク侯爵様は、
ねんごろになった相手に無下にはなさらないと評判だし。
スターク侯爵家の屋敷に行けば、
みんな雇ってもらっているはずだ。』
と聞いている。って」
「その人を見つけた屋敷の下働きの人達が、
集まって肩を叩きあって。
何だか、アルフレド兄上の剣術の試合の後に、
健闘を称えている部隊みたいに盛り上がっていた。」
「僕ね、ちゃんとオベリン様に気を使って頂いている。
大事に育てて頂いているのはよく分かっているし。
ありがたいし、本当に感謝をしているし。
僕は、自分の立場はちゃんと分かっているんだ。
自分がどうすれば良いのかも。」
「でも、どうしょうもなく、胸がざわざわするんだ。
自分が我儘が過ぎるのも、
立場をわきまえていないのも全部分かってはいるのに。
どうしても、気持ちが悪いのが止められなくて。」
「亡くなったダフネ母上は、
チー兄も兄上もイアニス兄様と変わらずに、
愛情を注いで育てたと父上も仰っていた。
僕は、オベリン様の何者でもない。
母上のような立場でさえない。
今は仕事を手伝ってもいない“ただ飯を喰らっている”養い子。
僕って、顔は母上に似ていても中身は正反対の恩知らずだよね。
全部僕は分かっているのに。
家の者が僕を見て笑っているだけで、
視線が絡み付いて体が締め上げられているみたいになって。
苦しくって息ができない。」
「レンリー、お前の言っている事は我儘でも、なんでもないぞ。
当たり前の感覚だろう。
お前は、むしろスターク侯爵閣下に怒って抗議をするべきだ。
私も、とても腹立たしく思う。
レンリー、お前はその事をスターク侯爵様にお話はしたのか?
お前が話をしづらいのであったら、私が侯爵様に申し上げて 」
「ううん。やめて兄上。
もし、僕がオベリン様に申し上げたら、
侯爵様は下働きを解雇してしまうかもしれない。
そうしたら、みんなが路頭に迷ってしまう。
そんな事を僕は望んでいる訳ではないし。
天国の母上だって、この国の守護の女神様だって、
僕がそんな事を望むのをあさましく思われるに決まっている。」
「オベリン様は、心がお優しい方で情をかけた人間を……
助けて……あげようと気高い心で……。」
「それなのに、僕は。
僕は、僕がどんどん大嫌いになるんだ。
あそこに、いると。
いったい、どうしたらいいんだろう。
考えても、考えてても分からない。
自分が自分で思うようにならなくて、とても恥ずかしい。」
「レンリー、あなたは怒って良いのよ。
侯爵様は、あなたに対して“筋を通して”いらっしゃらない。
侯爵様のなさりようは、仁義を欠いている事だわ。
レンリー、あなたはとんでもない“外れの台”を引かせられたのよ。
ちゃんと、“釘”の調節をしないで、はまり台を打ち続けてはダメよ。
台を変えないと、“おけら”になってしまうわ。」
ミルカ姉上の突破してしまった興奮を見て、
僕は逆に少し冷静になった。
でも、どうしたらいいんだろう。
兄上には、もう少し様子をみるから何もしないでとお願いをして。
夜遅くに、スターク侯爵家の王都屋敷に送って貰った。
この頃僕は、夜はあまり上手く眠られない。
朝までが、とても長い。
学校に行っても常に頭がぼんやりしているし。
周りの人に話かけられても、
何を話されているのか内容が頭に入ってこない。
***************
日々をやり過ごして、1日1日を過ごしていた。
学校が春の休みになったら、
オベリン様が西の領地に行こうと仰っていた。
あちらには、王都の屋敷の下働きの者がいないかもしれない。
とにかく、春まで頑張ろうと思ってはいたんだけれど。
******
フェザリンド伯爵家から知らせが届いた。
父上、ガンダルフ·フェザリンド伯爵が急死したと。
驚いた。
父上は、まだ55才になったばかりのはず。
僕は、父上が40才、母上が38才の時の子供だから。
この世界は、日本と違って寿命が短いのは知っていたけれど、
あまりにも早くはないだろうか。
父上は就寝前に心臓を押さえて、あっという間だったそうだ。
僕はまるで、水の中で泳いでいるように父上の葬儀に並んでいた。
誰かにいつの間にか着せられた、黒い服を着ていた事も、
兄弟で並んで父上を母上の隣に埋葬をした事も。
断片の夢のように頭には、残ってはいるのだけれど。
もともと父上と縁が濃い関係ではなかったので、
涙にくれた訳ではない。
それなのに、体に力が入らなかった。
何もする気が起こらないので、学校も休んでしまっていた。
僕より、家を継ぐイアニス兄様や、
それを助けているアルフレド兄上とチー兄の方がどんなにか大変だろう。
こんな時こそ何かの役に立たなければならないのに、
腑抜けの四男は本当にどうしようもないと、自分を軽蔑する。
************
フェザリンド伯爵家から、執事のクランチが弁護士を伴ってやって来た。
父上の遺産分割の話だという。
僕は、家を出た人間で、
もともと父上には“どうでもよい息子”だし。
相続放棄の書類にサインをすれば良いのだろうと、
スターク侯爵家の執事も同席をしてくれた。
本当にびっくりした。
フェザリンドの父上は遺言で、
アルフレド兄上とエドミュア兄さんチー兄と同じように、
僕にも財産分与をしてくれていた。
書類は、僕がスターク侯爵家に入った後に作成した日付になっていた。
もちろん、僕は直ぐに財産を放棄すると申し出た。
「お待ち下さい。レンリー様。
お父上からの書状がございます。
まず、これに目を通されてからお考え下さい。」
クランチから渡された父上からの書状の封を切って読んだ。
途中で、涙で手紙の文字が読めなくなってしまった。
父上が亡くなってから、
僕が涙を流したのはこれが初めてかもしれない。
ずいぶん酷い息子もいたものだ。
父上からの書状には、
僕が財産分与をちゃんと受け取るようにと説明がしてあった。
この先に、
僕が何らかの事情で“スターク侯爵家”を出る必要がある時に、
僕にどこにも行くところがなくて、
路頭に迷いはしないかと。
これは、その時のお前の生きる糧にするようにと。
最後に父上は、
『この世では“人の命”と“人の気持ち”ほどあてにならないものはない。
ダフネの残したお前に幸多からん事を祈っている。』
そう、結んであった。
僕がフェザリンド伯爵家を、スターク侯爵家からの迎えの馬車で出る朝に、
書斎にいる父上に挨拶をした。
父上は、書斎机から目も上げずに面倒臭そうに、
「ああ」
とだけ言った。
それが、僕が父上を見た最後だった。
父上が僕に残してくれた小さな家は、王都の隣街にあるらしい。
この家には、ダフネ母上に内緒で誰か女性を住まわせていた事があるらしい。
それも、父上らしくて笑ってしまうのだけれど。
僕がスターク侯爵家を出たとしても、
当面の仕事を得るまでの生活ができるお金も遺してくれていた。
僕は、ここからオベリン様に追い出されたとしても、
何とか生きては行けるらしい。
父上に貰った相続書類を握りしめて、
スターク侯爵家の執事に、
オベリン·スターク辺境侯爵様に大事なお話があると伝えて貰った。
僕は、少し目が据わってしまっていたかも。
ちょっと、様子が変だったかも知れない。
スターク侯爵家には、執事が3人もいる。
家の規模が、フェザリンド伯爵家とは違うので下働き以外も数が多い。
執事が年の順に、僕に尋ねた。
「レンリー様、旦那様にどのような御用件で。
お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「レンリー様、何か不都合がありましたのなら?」
「坊っちゃま、まさかこの家を出ていらっしゃるとお考えとは?」
「こら、何という事を。
滅多な事を口にするのではない!」
一番の執事に、若手執事が怒られちゃった。
僕は、まだ出て行こうとは思ってはいないよ。
でも、いざとなったら出て行ってもかまわない気合いで、
オベリン様とお話をさせて貰うつもりなんだよ。
目に入れて下さった方が、どう思って下さったのだろう?ドキドキ
今日の暇潰しや気分転換になってたりしたら嬉しいなあと思っております。
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