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【12才】夢のような幸せ

 来週は僕の12才の誕生日なんだ。


 この一年は、信じられないほどに幸せだった。

 お腹いっぱいに、幸せだった。


 あれ以来、今は僕の甥っ子のユーニスは、片時も僕から離れない。


 夜は時々、枕を持って僕の寝室にやって来る。

 ユーニスが来るのが分かっているから、扉はいつも少し開けておく。

 古い屋敷の扉は、小さなユーニスには、開けにくいから。


 ユーニスがおねしょをしないように、夜中に起こしてトイレに連れて行くのも、

 叔父さん“にいに”僕の役目だよ。


 呆れたように、チー兄が、


『こういうの、動物園にいたよな?

 ベッタリ、くっついている奴。』


 僕とユーニスは、飛び上がった。


『動物園?どこにあるの?行ってみたーい!』


 僕達は前の人生での日本の東京でも“動物園”なんて1度も行った事がない。


 うっかり言ってしまった、チー兄が次の週末に、

 王都の動物園に、僕とユーニスを引率していく事になりました。


 それからは時々、兄様達がわざとのように口にしてくれる、

 《うっかり》がちょくちょく起こって、

 僕達は色んなところに遊びに連れて行ってもらえた。


 春夏秋冬、領地の庭をユーニスとふたりで走り回って、

 美味しいご飯をお腹いっぱい食べて。


 ふたりで、『楽しいねー。』『美味しいねー。』『嬉しいねー。』


 前の人生の『楽しくない嬉しくない』分を、充分以上に取り返した気持ち。


 神様、本当にありがとうございます。


 僕は、毎日寝る前に感謝をしています。


 僕は、遊んでばっかりではなくて、ちゃんと勉強もしているよ。

 剣術や体術、馬に乗る訓練も。

 何をやっても、いつも楽しい。


 屋敷にある図書室の本も、ひとりでも読める本も多くなってきた。


 この一年で急に世界が広くなって、

 毎朝、目が覚めるのが楽しい。


『今日は、どんな楽しい事が起こるんだろう?』

 いつも、布団をはね除けてそう思いながら起きるんだ。


 僕が勉強をしている時は、

 ユーニスは横で絵本を広げて、ずっと“いい子”にしている。


 ユーニスに少しずつ文字を教えているんだよ、この僕が!


 前の“にいに”だった時には、新聞がろくに読めなかった僕が、

 弟じゃなかった!甥っ子に“文字”を教えるなんて。


 もう、信じられない幸せ。


 ユーニスは、前に2人で生きていた時の『ゆうと』の、

 《夢の記憶》を詳しくは持っていなかった。


 僕とは違って。


 それなのにどうして僕を見つけられたのかを不思議で聞いてみた。

 “ゆうと”に、ううん違う。今はもうユーニスだね。


 ユーニスが覚えていたのは、ほんの少し、

 最後の頃に『寒くて、暗くて、喉がからから』だったこと。


 “にいに”を探さないと、また『寒くて、暗い』ところへ落ちてしまいそうで。


 だからいつも、“にいに”を探していたんだって。


 ユーニスが、片言の話をするようになった時から、

 時々ユーニスがグズる時に、

『にいにー、にいにー』と泣くので。


 兄上も、姉上も、兄上の家の使用人も、

 ユーニスの“にいに”探しをしたそうなんだよ。


 《牛乳》が、口が回らないで『にゅーにゅー』になっているのかなとか?


 猫に興味があるのかもしれない、『にーにー』鳴くからと、

 ぬいぐるみや本物の“子猫”を抱かしてみたり。


 お気に入りの‘絵本’‘毛布’‘おもちゃ’色々と出してみたら、

 しばらくはそれで気がすんで泣き止んだそう。


 それで、ユーニスの『にいにー』は、眠くてグズる時の、

 お決まりの言葉だろうってことに落ち着いたみたい。


 去年のあの日、ユーニスが領地にやって来た日は、

 姉上と離されるし、眠いしでぐずぐずだったから。


『年の近いレンリーを見つけて、お気に入りに加えたんだろう。』

 という事に落ち着いたみたい。


 僕の方も、同じような扱いで、

『父上に泣かされてぐずぐずしていたところに、

 同じような子供が現れて、興奮したんだろう。』

 と父上や家の者にはなったらしい。


 でも僕は、3人の兄達には誤魔化せないような気がする。


 ずっと僕を見つめて、過保護に守ってくれている兄達は、

 “甘えん坊”の僕だからこそ、

 普段は感情を高ぶらせないのを知っている。


『おっとり四男』ってみんなに言われているのは、

 兄様達が僕に何でも先手を打って守ってくれているから。


『おっとり』していても、ボーッとしていても何も不自由はないんだもん。


 僕が必要なものは、何も言わなくても差し出されているし。


 転びそうな石は、どけておいてくれるし。


 家庭教師の先生達がみんなで、

『あまりにレンリー様を過保護にすると、自立ができない大人になる!』

 と兄様達に談判をしてからは、

 少しはましになったんだよ、これでも。


 王都と領地に離れていても、

 僕はいつも兄様達に守られているのを感じている。


 きっと、王都の学校に僕が行っても、

 僕を虐める人はすぐにいなくなると思うよ。


 僕を虐めたら兄様達が、ぼっこぼこにしちゃうもん。


 チー兄が言うには、


『お前の家庭教師の水準は、この国の王子と同じようなもんだぞ。

 おまけにお前は、王子のように“嫌な事”を見聞きしないですんでいるから。


 レンリーは、この国いちの教育環境で勉強ができている。』



「チー兄は、違ったの?」


『俺が、お前くらいになった時は世間のちょっかいが(わずらわし)くて、

 勉強に集中が出来なかったからな。


 “大人の勉強”を教えたがる、女教師や男教師も多かったから。』



「“大人の勉強”? 僕も色んな事を知りたいなあ。」


 ぱしっ!


『お前はいいの。』


 チー兄は、すぐにぶつんだから。

 あんまり痛くは無かったからいいけれど。


 それに、僕はユーニスが家に来てから、泣き虫は卒業しているんだ。


 “泣き虫にいに”は、恥ずかしいもんね。


 本当に僕は兄達達に《王子様レベル》で、守ってもらっているのかも。

 3人の兄様、そしてこちらの世界の神様ありがとうございます。


 前にイアニス兄様に、教えてもらった事があるんだ。

 《夢の記憶》を持つ人の、

例証(れいしょう)』を集めた研究の本があるんだって。


『“れいしょう”ってなあに?』とイアニス兄様に聞いてみたら。

 《夢の記憶》を持って産まれた子供の話す“言葉”を集めたものなんだって。


『本当かどうか分からないものも、いっぱい混じっているけれどねぇ。』って。


 王都に行ったら、大きな図書館なら見られるかな‘その本’、

 ちょっと読んでみたいなあ。


 僕は、こっちではちゃんと本が読めるし、計算だってできる。


 父上の“()らない”末っ子でも、

 兄様達と同じように教育を受けさせもらっている。


 この国では、最高の“家庭教師”の先生を集めてもらっている。


 今年の12才からは、


 アルフレド兄上の先生だった“剣術の先生”のおじいさんにも、

 イアニス兄様の“世界をとらえる学問”の先生にも教えて貰える事になっているんだ。

 少し楽しみ。


 ***************


 2週間の“誕生日休暇”で、領地の家庭教師の先生の勉強もお休みにしてもらって、僕は今は王都に来ていまーす。


 僕は王都で、父上のいる屋敷ではなくて、

 アルフレド兄上のお家でユーニスと一緒に過ごしています。


 普通にとっても楽しいです。


 チー兄やイアニス兄様が父上のいる屋敷に帰る時は、

 しょうがないので僕も帰るんだけれど。


 ユーニスが寂しがるというのが理由でアルフレド兄上の家にいるのは、

 嘘ではないけれど。


 本当は家中のみんなが分かっている。


 僕は父上と2人っきりになるのが嫌なんだもん。


 今日はアルフレド兄上が、

 ユーニスをユーニスのお母様の元姉上に会わせる約束になっているんだって。


 いつもユーニスは僕にベッタリで、トイレに行くのにもついて来る。


 でも、今日だけは僕がついて行くわけにはいかないから。


 ユーニスはアルフレド兄上と一緒に、出掛けて行った。


 玄関口で、半べそをかきながら


『どこにも行かないでね、にいにー。

 ブランコの前にいるおじさんに、連れていかれないでね。

 帰って来るまで、いなくならないでねー。』


 と、叫んで出掛けて行ったよ。


 あれ?ユーニスには、

 もう完全に《夢の記憶》はないと思っていたんだけれど。


 何だか、変な事を言っていたみたい?気のせいかな?


 ブランコがある公園って、“はってん場”の公園だけじゃないしね。

 こっちにもブランコはあるから。


 まさか、“ゆうと”だった時に、

 僕が変なおじさんに連れて行かれそうになって、

 必死で逃げたのを覚えていて言っているんじゃないよね?


 うん、僕の考えすぎだね。


 楽しい事を考えようっと。


 今日は、チー兄が、僕に王都を案内してくれるんだよ。

 待ち合わせは、王都の中央公園の噴水の前。


 迷子にならないように、

 少し早く兄上の家を出て、

 時間が余っちゃったら図書館にでも行こうかな。


 ********


 おかしなぁ。本当に迷子になっちゃった。

 さっきまで、目印の中央公園の時計塔が見えていたのに、

 途中から大きな建物がいっぱいで、時計塔が見えなくなっちゃった。


 王宮はわかるんだけれど、こっち側にある綺麗な白い建物は何だろう?


 あれが図書館かも知れないな?

 よし、行って見ようか。


 うわー素敵だ。鐘がリンゴンって鳴っているんだ。

 綺麗な建物だなあ。


 おじいさんとおばあさんが建物から出てきた。

 悪い人では無さそうだし、聞いてみよう。


「坊や、王都は初めてなのかい?

 ここは、この国で1番大きな中央教会だよ。

 外から王都見物に来た人間は、

 この教会の内装と、王宮を外から眺めて故郷への土産話にするんだよ。


 坊やも見てみるといいよ。

 中にはいると、美しい彫刻や絵画を見る事もできるんだよ。


 休みには、音楽を聞くこともできるのさ。

 残念ながら、今日は聖歌隊はいなかったなあ。

 なあ、ばあさん。」


「ええ、そうですね。

 坊や、一人なのかい?

 おうちの人は?」


「兄と待ち合わせをしているんです。

 少し早くついてしまったので。」


「ほうほう、だったらこの中にいる方が安全かも知らんなあ。」


「ええ、そうですね。おじいさん。

 神様の家でしたら坊やに悪さをするような人はいないでしょう。


 お兄さんに会えるまで、ここで休ませてもらうといいわ。

 ここは、皆が自由に心を休める場所なのよ。


 坊やは、身なりも良いから、いいおうちの子供なのでしょう?

 都会には、悪い大人もいるのよ。

 一人では、滅多な場所に行ってはダメよ。」


 僕は、王都は初めてじゃないんだけれどなあ。


 でも、行くところを決めていなかったから、

 チー兄との待ち合わせまで、ここで暇潰しをしてみよう。


 ********


 教会の天井に見事な絵がいっぱいで。

 口を開けて見上げていた。


 彫刻や壁の絵画には、大人の人がいっぱいで近付けなかったから。


 首が痛くなるほど見上げて歩いていたら、

 人にぶつかって尻餅をついちゃった。


「ごめんなさい。不注意でした。」


 ぶつかった人は、転ばなかったみたいで良かった。

 手を伸ばして、僕を引っ張り上げてくれた。


 その男の人は、白い僧籍のお召し物を着ていた。


 とても綺麗な男の人。

 アルフレド兄上くらいの年かなあ。


「坊や、教会は初めてかな?神様に会いに来たのかな?

 ひとりで来たのかな?」


「神様に会えるんですか?

 だったら、僕、神様にお礼を言わなくちゃ。」


 クスクス笑って、その綺麗な人は僕を祭壇まで案内をしてくれた。


 見えなかった彫刻を、裏からそっと近くで見せてくれた。


 僕は歩いている途中で、この男の人に聞かれるままに正直に、

 始めはここが教会だとは知らなかった事を話していた。


 チー兄と待ち合わせの時間までの暇潰しで、

 教会にノコノコ入って来た事も打ち明けた。


 なぜだか、教会のなかでは嘘をついてはいけないような気がしてしまって。


 祭壇の前には、順番にお祈りをする人の列が長くできていた。


 お祈りをするまで、ずいぶんと時間がかかりそう。

 チー兄との待ち合わせに、間に合うかなあ。


 そうしたら、さっきの綺麗な男の人が。


「こっちにいらっしゃい。」


 子供用の、お祈りの場所だよって。

 みんながお祈りをしている横の、

 小さな扉の奥に連れて行ってくれた。


 こっち側からは、お祈りをしている人達が見えて、

 向こう側からは、見えないみたい。


 みんなの反対側から僕が眺める神様の像は、《女神様》の後ろ姿だった。


 うちは、あんまり教会とご縁がないから知らなかった。

 この国を守って下さっているのは“女神様”だったんだね。


 正式なお祈りのやり方は知らなかったけれど、

 向こう側に透けて見えるお祈りをしている人の真似をして、

 両膝をついて、一生懸命お祈りをした。


 僕のお祈りは全部、


『ありがとうございます。ありがとうございました。』


 を心で繰り返した。


 ありがとうを言いたい事を、数えて思い出しているうちに、

 ずいぶん長くお祈りをしていた。


 向こう側の大人の人が、お祈りの後で箱にお金を入れていたので、

 僕はこちら側の女神様の足元の近くに、

 そっと一枚のお札を丁寧に置いた。


 アルフレド兄上が、何かあった時のためにって、

 僕にお金を少し持たせてくれてあったんだ。


 良かった。


 僕が、自分でお金を何かに使ったのはこっちの世界では初めてだった。


 初めて使ったお金が、女神様にで本当に良かった。


 だいぶ遅くなったので、あわててチー兄と約束をした噴水に向かった。


 綺麗な男人が、帰りに僕に“教典”を渡してくれたんだ。


『良かったら物語を読むつもりで、目を通してごらん。』


 優しい綺麗な男の人は、チー兄とは違った感じの綺麗な人だった。


 羽をつけたら、天使みたいに飛んで行きそうな感じがしたよ。



 ************



 走って中央公園の噴水の前に行くと、チー兄が怒っちゃてて。


「どこに行っていたんだ!心配するだろう。」


「ごめんなさい。早めに出たのに迷子になっちゃった。」


「はー。アルフレド兄上の家まで迎えに行けば良かったか。

 しょうがないなあ。レンリーは。」


 チー兄が僕に、どこに行きたいかを聞いてくれたので。


 王宮の“入り口の正門”と、正門から入って直ぐの“伝説の大砲の跡”がみたいと言ったら、呆れられてしまった。


「何を今さら。

 お前を王宮の中に連れて行ってやったこともあっただろう。」


 だって、教会に来ていた王都観光の人が、みんな見たって言っていたんだもん。


 チー兄は、ぶつぶつ言いながらも連れて行ってくれた。


 “伝説の大砲の跡”の見物をしていたら、立派な《先生》2人に会ったんだよ。


 チー兄が、びっくりして


「なぜこのようなところに。」って言っていた。


 その先生達が僕に、聞いてくれたんだよ。


「私は、何をする者だと思うかい?坊や。」


 僕は。


「先生でしょう。偉い勉強の先生と剣術の先生。」


 と言ったら。


「ほほう、分かってしまったか。

 坊やお利口だね。」


 頭を撫で撫でしてもらった。

 ぼく、ちょっと得意げなお顔。


 チー兄が、


「お(たわむ)れを。へ……」


 と言ったら、偉い先生が。


「余計なことを申すな。」


 きっとチー兄は学校で先生に叱られていたのかな?


 剣術の先生はお顔に傷があって、迫力があってかっこ良かった。


 アルフレド兄上よりも、強いのかな?


 剣術の先生は僕を見てニコニコ笑っていたから、

 迫力はあるけれど、優しい先生なのかも知れないね。


 帰りの馬車でチー兄に、今日もらった“教典”を自慢して見せた。


 チー兄が、パラパラってめくって、

 教典の後ろの方に何かを書いてあるのを見つけて、

 僕から教典を取り上げてしまった。


 ひどいよ、チー兄。

 僕がもらったのに。


 泣きそうになったけれど、僕はもう泣かない事にしているので我慢をした。


 チー兄が、


「必ず後で返すからちょっと貸しときな。

 兄上達にも見せたいから。」


 そんなに、珍しい“教典”だったのかな?


 僕、もらっちゃって良かったのかな?


 少し心配になった。


 *******


 明日は、父上の屋敷で3人の兄様とユーニスで、僕の誕生会をしてくれるんだよ。


 凄く楽しみ。


 あれ、父上もいるのかな?

 ちょっと、残念でだいぶ心配。


 兄様達がいれば、きっと色々と大丈夫だよね。



 *********************



 何か大きな問題が起こっているのかな?


 僕の誕生会は、家族に祝って貰ってとっても楽しい1日だった。


 父上も今回は僕に“意地悪”な事も言わないでくれて。


 大きなケーキに、ユーニスとかぶりついて、夢のように嬉しかった。


 だって、日本での僕達兄弟は、

 ケーキなんてガラスの向こうでしか見たことがなかったんだもん。

 それを思い出したら、本当に夢みたい。


 時々、怖くなるよ。

 目が覚めたら本当に夢だったらどうしようって。


 ***************


 ここ何日も、父上と兄上3人で、

 夜になると集まって怖い顔で言い合いになっているんだ。


 僕とユーニスは、


「子供はあっちに行っていろ!」

 って言われているからしょうがないけれど。


 いったい何が起こっているのかな?


 このフェザリンド伯爵家に何か大変な事が起こったのかな?


 あっちに行っていろと言われても、気になるよね。


 僕はそっと、扉に近付いて、ユーニスにも


『シー。静かにするんだよ。』

『うんうん。わかった。』


 2人で耳を澄ましていたら、父上が怒鳴っている声が聞こえた。



「四男なのだから、どうせどこかに出すしかないだろう。

 それをなんだ!お前達は揃いも揃って私だけを悪者にするつもりか?」


 ええ?四男って僕だよね?僕が何かをしたのかな?


 どうしたんだろう。どうしよう。


 ユーニスが扉のそばで、大きなくしゃみをしちゃった。

 かわいいくしゃみだけれど。


 アルフレド兄上が扉を開けて、


「こら!ダメだと言っただろう。」


 でも、僕は心配でしょうがない。


「アルフレド兄上、僕の事なの?

 僕のせいでフェザリンド伯爵家が潰れそうなの?

 僕、どうしよう?ごめんなさい。」


 もう泣かないつもりだったのに、目から涙が溢れてそうになっちゃった。


 僕も、中に入れてもらえた。


 ユーニスは、動物園で見た、

 “抱っこリスウサギ”のように僕から離れない。



 ************



 アルフレド兄上が最初に。


「レンリー、お前は悪いことなど何もしてはいない。

 このフェザリンド伯爵家の存亡に関わる事でもないから、

 心配する必要はない。」



 チー兄が、


「お前が、12になった途端に、急に世間に“もてだした!”ってだけ。」


「僕が?どうして?何の事?」



 イアニス兄様が、


「レンリーが12歳になるの待っていたように、

 お前を養子として引き取りたいとの申し込みが、

 我が家に山のように殺到しているんだよ。」



 父上が、


「家を継ぐ必要のないレンリーは、

 いずれこの伯爵家を出て、一人立ちをするしかない。


 だったら、条件を選べるうちに手を打つのが、そんなに悪い事か?

 まだ早いの一点張りをするつもりか?お前達は。」



「父上ごめんなさい。

 僕、何にも知らないで、毎日お腹いっぱいご飯を食べて。」



 ?


 ?


 ?


「ん?」



「フェザリンド伯爵家のお金が無くなっちゃったんだね。


 いいよ僕、今まで充分過ぎるくらいに幸せだったから。

 どうぞ、1番高く売れるところに僕を売って下さい。


 僕、新しいところで一生懸命働きます。

 家にも送金が出来るように、新しいご主人に頼んでみます。」



「ああー?」


「ぷぷぷぷ、バカかよ。」


「ふーっ」



「バカにするな!

 このフェザリンド伯爵家第17代当主、

 《ガンダルフ·フェザリンド》。

 何で、金のために息子を売らねばならん!


 フェザリンド伯爵家は、ますます隆盛。

 そのような、落ちぶれ方などはしておらん!

 ふざけるな!」



 イアニス兄様が、


「いったいどこでそんな話を聞いてきたんだい?」



 チー兄が


「こいつ、この頃だいぶ本も読めるようになってきて。

 屋敷の図書室にも出入りをしてるだろう?


 おおかた、

 “父上”の隠している“大人の本”でも見つけ出したんじゃないのか?

 だから、父上にそういうのは、そろそろ卒業して、

 始末したらと言っておいたのに。」


 あれれ、図書室にある女の人の裸の挿し絵の本は、

 父上の本だったんだ?


 でも、その本のせいじゃないよ。


 僕の前世?では、時々“人の売り買い”のように、

 お金で縛られて楽しくない仕事をさせられるのを見聞きしていたから。


 前世で僕が売られないでいたのは、10才のやせっぽちだったせい。


 こっちの世界に産まれてから、

 ご飯もたくさん食べられて体もしっかりして来たから。


 12才になったら、もう“売り物”になれるだろうと思ったんだ。


 なんか間違っちゃったのかな僕。

 みんなが呆れて怒っているみたいだし。


 ************


「やれやれ困ったね。どこから説明をしたら良いかな?

 レンリーは、本当に面白い事を言うんだねえ⁉️」


 イアニス兄様が、ゆっくり丁寧に説明をしてくれるのを、

 僕はじっと静かに聞いていた。


 ******


 僕のような、爵位を継げない貴族の息子の道は、3つあるんだって。


 ⑴どこかの跡継ぎのいない“貴族家”の養子になって、その家を継ぐ事。


 ⑵跡継ぎの男子に恵まれない“貴族家”の娘と結婚をして、

 息子が産まれるように努力をする事。

 場合によっては、中継ぎで爵位の継承もあり得るんだと。


 ⑶騎士として国に使えたり、役人や宮廷の官仕として働いたり、

 自分で商売を始めたり、教師としての道を見つけて生きる事。


 うちでは、アルフレド兄上も、チー兄も、

 イアニス兄様以外は、今は⑶の道を歩んでいるんだよね。


 だから、兄様達は、

 僕も⑶で何が悪いのかって言っているんだって。


 チー兄は僕に、

 “家つきワガママ娘”の顔色を見る人生なんか、

 送らせたくはないって言ってくれているし。


 イアニス兄様が、僕を養子に欲しがって急いで手を上げて来た家は、

 どうもキナ臭い家が多いって。


 兄様達との縁故に僕を利用したいのが、見え隠れしていて。

 不幸な板挟みに、僕をさせるつもりはないって。


 いつも優しいイアニス兄様が珍しく怒っているんだよ。

 僕のためにありがとう。


 そういう候補を、どんどん外していった後に、

 断り辛い話が3件も残っちゃったんだって。


 一つは、亡くなったダフネ母上の実家の『タイベル家』からで。

 この国と南の国境を挟んで直ぐの隣国《メルリンド王国》の、

 大きな勢力の貴族家で。


 ダフネ母上よりもずっと年上のお兄さんには、

 女の子が産まれたのだけれど、男の子が産まれなくて。


 その女の子に婿養子を迎えても、子供が出来なかったんだって。


 だから、僕にとっては年がだいぶ上の従姉妹(いとこ)の子供として、

 養子に入って欲しいんだって。


 イアニス兄様は、何度か母上の実家に行ったことがあって。

 亡くなった僕達の母上の実家のタイベル家の人達は、

 みんな話好きで、明るくて、気持ちの良い人達だったと話してくれた。


 母上のお母様、僕たちのおばあ様が健在でいらして、

『ダフネの残した末息子に命のあるうちに是非会ってみたい。』

 って言っているんだって。



 2つ目は、兄様達が話にならない!って怒っちゃっているけれど、

 相手が相手だから断るにしても上手にやらないと困った事になるって。


 この国の最大派閥の国教会の本家本元の、

 次期大司教と言われている、

『セレーノ主座司教』が僕を引き取って育てたいんだって。


 誰それ?と思ったら、

 この間の“教典”をくれた綺麗な男の人の事だったんだ。


 あの人は、僕が思ったよりも年が上で、

 アルフレド兄上よりも父上の方にお年が近いくらいなんだって。

 びっくり。


 チー兄が


「今の大司教のじいさんの、“御秘蔵様”だった奴だろう?

 今度はそいつの“御秘蔵”にレンリーをされるのなんて。

 冗談じゃない。」


 “御秘蔵様”ってなんだ?良く分かんないなあ僕。



 3つ目が、大物で。

 西側の辺境侯爵スターク家から養子の申し込み。


 辺境って言っても王都から遠いだけで、

 スターク侯爵家は、この国の最大勢力と富を持っている侯爵家なんだって。


『オベリン·スターク』侯爵は、独身で子供がいなくて、

 国王陛下の従兄弟で陛下とは大親友なんだって。


 この国の西側は海に面していて、

 他の国との貿易も盛んで豊かな侯爵家の財力は、

 国王陛下に匹敵するほどのものなんだって。


 そんな侯爵がなんで僕を?


 不思議でしょうがない。



 チー兄が


「国王陛下の“親友”ではなくて“念友”だったって噂だぞ。

 そんな奴の餌食に、

 この無知な素人の坊主を喰わせる訳に行くかよ!」


 何か、色々またわかんない。


「よく分かんない。

 でも、どうしてそんなにすごい侯爵様が、

 僕を知っているのかな?

 僕はまだこっちの学校にも入ってないし。

 知り合いもいないのに。」



 チー兄が


「お前、一度は会ってはいるだろう?」



「ううん。1度もないよ。」



「この間、王宮の壁を眺めていた時に、

 お忍びで国王陛下が散歩をなさっていただろうが?

 あの時陛下と一緒にいらっしゃったのが、

 その辺境侯爵オベリン·スターク閣下だよ。」



「??  ああ、あの時のチー兄の先生達?

 ええええ! 先生じゃなかったの?


 国王陛下と侯爵閣下?

 うそー。僕どうしよう。」



「レンリー、お前自身は将来はどうしたいと思うんだ?」



 アルフレド兄上が、僕を真っ直ぐに見て聞いてくれる。



「うーん。僕。

 逃げられる事からは、出来るだけ逃げまくって。

 もしかしたら、

 逃げているうちに状況が変わるかも知れないし。


 それでも、どうしょうもなかったら、

 その時にまた考えたらどうかなあ?」



「父上、

 図書室の本をクランチに本格的に整理をさせた方がよくはないですか?

 うちの“赤ん坊”が、

 もっと、とんでもないことを言い出さないうちに。」


 だから、チー兄ってば。図書室じゃないよ。


 これは、前の日本の“母”だったような人の、

 お店のお兄ちゃんが言っていた“口癖”なんだってば!


 その後も、僕以外のみんなで相談していた。


 それで、教会は丁寧にお断りする事に。


 僕の母上の実家タイベル家には、“養子”の話に関係がなく、

 おばあ様のお見舞いに行っておいでって言われたよ。

 なるべく近いうちに。


 辺境侯爵スターク家の件は、とりあえず“(とぼ)けて”いようって事になったんだ。


 僕は座って、寝てしまったユーニスを抱いてよしよしをしながら、みんなの話を聞いていた。


 話しあいは勝手に進んでいったんだけれど。


 なーんだ、結局僕が言っていた“逃げまくって”作戦じゃないかあ!



目に入れて下さった方が、どう思って下さったのだろう?ドキドキ

今日の暇潰しや気分転換になってたりしたら嬉しいなあと思っております。


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