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【11才】生きていられた感激

 昨日でとうとう、僕は11歳になれた。


 僕が、前に死んだ時は10歳だったから。


 無事にここまでこれた幸せを噛み締めて、感激している。


 昨日は、僕レンリーの11歳の誕生日を3人の兄様達に祝ってもらえた。


 僕の感激が、兄様達には異常に見えたみたい。


 僕が、涙でべろべろの顔で、


「兄様、ちいにいさま。ありがとう。

 僕、生きてこの年を迎えられて。

 ………本当に本当に嬉しいですぅーー。

 今日まで、ありがとうございました。」


 僕が大泣きをしているのを、兄様達は呆れた顔で見ていた。


 家の使用人達もみんなびっくりしている。


 それでも、この家の末っ子の僕には、

 何をしてもみんなが“激甘”で笑ってくれる。


 兄様はすぐに、僕の額に手を当てて熱を測る。


 僕の4つ上の兄のエドミュア兄さんが、

 僕の乾杯のグラスをとって、一口飲んだ。


「うん、間違って酒は入っていないよな。」


 僕はこの年の近い兄の事を気がついたら『チー』って呼んでいた。

 《小さい兄さん》の、『チー』だよ。


 この国の法律で、《お酒は15歳から》。

 チーは、もうお酒も飲めるんだ。


 この国?この世界は、僕が前に生きていた日本よりもずっと寿命が短い。

 平均寿命は、60歳くらい。

 70、80まで生きたら、“長老”って言われるらしい。


 だから、日本よりも急いで大人になるのかな?

 お酒を飲めるようになる年齢も、とても早い


 この世界では、“前の記憶”を持って産まれて来る事が、

 珍しいことではないみたい。


 こっちでは、それを《夢の記憶》って言うんだ。


 《夢の記憶》は、幼児期が過ぎると綺麗に忘れてしまうんだって。


 だからこの世界では、前の記憶を使った発展はほとんどみられない。


 車も電車も走っていないし、高層ビルもない。

 そのかわり、核戦争もないけれどね。


 医学の知識の《夢の記憶》がある人が、そのままで大人になってくれていたら。

 この世界の寿命はもっと長くなっていたかもしれないね。


 もしそうだったら、僕の母上も長生きをしてくれたかもしれないのに。


 11歳になったのに、僕の《夢の記憶》はまだ残っている。


 僕の《夢の記憶》は、3畳間のアパートの部屋で途切れている。

 日本の東京の新大久保というところ。

 新宿の隣の歓楽街の端っこ。


 僕は学校にも行ってなかったから、たぶん戸籍が無かったんじゃないかな。


 暖房のない部屋で、電気、ガスは止まって。

 最後に水道まで止まってしまった。


 公園や公衆便所に、水を汲みに行く力がなくなった後は、

 ただ寒かった。


 僕の膝の上には、固くなって動かない4歳の弟の体が丸まっていた。

 弟が、息をしなくなってしまってから、何日が経ったのかわからない。


 僕たちの、‘母’のような人は、店に借金を残したまま居なくなったそうだ。

 アパートにやって来た、怖い顔の男の人がそう言っていたから。


 たぶん、僕たちはまた捨てられたんだろう。

 初めての事でもないし。


 また、あの人が気まぐれに帰って来るまで我慢をしよう。


 近所の食べ物屋のお店のゴミ箱をあさって、

 弟と食い繋ごうと諦めていた。


 それなのに、

 いつものゴミ箱が空っぽで、

 夜になっても歓楽街に酔っぱらいもいなくって。


 宇宙人でも攻めて来たのかと思った。


 うちのテレビはとっくに映らないし、

 新聞を拾っても僕は難しい文字は読めないし。


 ぶっきらぼうな、焼き肉屋さんのおじいさんが教えてくれた。


 国から『きんきゅうじたいはつどう』というものが出ていて、

 誰もお店に食べに来なくなったんだと。


 この冬は世界中で悪い“風邪”が流行って、

 誰も家から出てはいけない決まりになったんだって。


 いくら待っても、‘母’の人は帰って来なかった。


 アパートの扉をガンガン蹴る音が聞こえていた。

 借金取りか、家賃の催促かな。


 アパートの壁に寄りかかった僕の体の、

 足の先から『死んできた』のが分かった。


 へえ、人間って下から死ぬんだ?と思った時に。


 ふっと思った。


『今度産まれて来られるなら、

 可愛がってもらえる子供になりたいなあ。』



 ************************************




 僕は、ここに産まれた瞬間から、びっくりする程に可愛がられて育った。


 3人の兄達には!


 もう1回言っちゃうね。兄“には”ですよ。


 僕はこの世界では、3人の兄がいる男4人兄弟の末っ子としてフェザリンド伯爵家に産まれて来た。


 しかも僕の産まれたフェザリンド伯爵家は、

 伯爵家の中でも恵まれている“領地持ち”の伯爵家なんだ。


 王様や王子様がお住まいの宮殿『王宮』のある王都にも、

 そこそこ立派な屋敷があるし。


 領地の場所も、王都の端から馬車で1日、

 早馬を飛ばせば半日の距離だし。


 領地持ちの他の貴族家の中には、

 一月もかかって自分の領地と王都を行き来している場所もあるんだって。


 だから、うちはずいぶんと恵まれているらしい。


 この領地の屋敷は、王都の屋敷よりも古いけれども立派で、

 僕が走り回っても簡単には回りきれない大きさ。


 僕は、産まれてからのほとんどの時間をこの領地の屋敷で過ごして来た。


 兄様達が王都の学校に上がって、

 仕事に就いてからはみんな王都に行ってしまって、

 寂しくなってしまったけれども。


 父上も、あまり領地には帰って来なくなったので、

 僕はのびのびと暮らしている。


 週末には、誰かしら兄様が帰って来てくれる事が多いし。

 僕も、家の馬車で送ってもらって王都にも遊びに行く事もあるから。


 領地が、王都に距離が近いって本当にありがたい事なんだね。


 父上が治めているこの領地は、

 温暖な気候に恵まれていて作物も多くとれるし。


 近くに争い事に巻き込もうとするご近所さんもいない。


 うちの領地が“国の要塞”としての防衛の期待をされているわけでもない。


 領地の領民も、みんなニコニコと幸せそうに暮らしているんだ。


 ******


 父上は僕が産まれた時に、母上に抱かれた僕を見て。


『なんだ、また男か!』


 と言ったそう。


 もともと、僕には興味がないみたい。


 特に母上が僕を高齢出産した後に、

 体調が戻らなくて早くに亡くなってから、僕は父上に嫌われている。


 酔っ払った父上が


『だから、無理をしてお前を産むことはなかったのだ。

 私は、流せと言ったのに。』


 と、言っていたから。


 よくは分からなかったけれど、

 始めから僕が父上に歓迎されていない事は分かったよ。


 それでも、《夢の記憶》と比べたら、天国にいるようだ。


 虐待をされている訳でもないしね。


 暖かい寝床とご飯をお腹いっぱいにもらって、

 普通に幸せな伯爵家の末っ子。


 僕は兄達と家で世話をしてくれる使用人に、

 めいっぱい甘やかされて幸せに暮らしている。


 僕と同じ母上から産まれたのは、二番目のイアニス兄様だけ。


 僕とイアニス兄様と亡くなった母上は、母上の南の貴族の血をひいた黒髪。


 一番上のアルフレド兄上は、父上が結婚前に産まれた子供なんだって。

 兄上が産まれてすぐに兄上のお母様は亡くなったんだそう。

 兄上のお母様は、とても若い出産だったそうなんだよ。


 アルフレド兄上は、アルフレド兄上のお母様と父上と同じブラウンの髪と目。


 父上と、ダフネ母上が正式に結婚した時に、

 アルフレド兄上は兄上を産んだお母様の実家から正式に引き取られて、

 このフェザリンド家で一緒に暮らすようになったんだって。


 その後にダフネ母上から2番目のイアニス兄様が産まれた。


 3番目のエドミュア兄様、略して“チー(にい)”は、

 父上と女優さんとの間にできた子供なんだって。


 チー兄のお母様は、国中で評判の“絶世の美女”という噂です。

 機会があったらお目にかかりたいなあ。


 チー兄は、時々“絶世の美女”のお母様に会いに行っているみたい。


 僕が連れて行ってと言っても、いつもチー兄は。


『また今度な、お前にはまだ早い!』


 って言うんだよ。変なの。


 チー兄のお母様は、チー兄が産まれた時には、

 父上にはすでに、僕とイニアス兄様を産んだダフネ母上が正妻としていたから。


 チー兄のお母様は、チー兄を僕たちの母上に託した後で、

 大金持ちの商会の御曹司と結婚をしたんだって。


 チー兄は見事な金色の髪で。

『絶世の美女の息子はやっぱり絶世の美貌』ってみんなが言っているって自分で言っている。


 子供の時から僕の一番近くで一緒に遊んでいた“チー兄”の顔立ちが、

 いいのか悪いのかなんて考えた事もなかったよ。


 僕は、一番上の兄上が王様の親衛隊の軍服を着て、

 馬に乗っている姿の方がカッコいいと思ったけれど。


 二番目のイアニス兄様が、キリっとしたお顔で王宮で書類を抱えて、

 偉そうな大人のおじさんと話をしているのもカッコよかった。


 どっちも、チー兄に王宮に連れて行ってもらって覗き見をしてきたんだよ。


 後で、兄様達に、こってり叱られた。


 チー兄は、王宮で『美貌の小悪魔』って言われる事があるんだってさ。


 どうして“天使”じゃなくて“悪魔”なのかな?

 僕には、よくわからない。


 チー兄は、僕よりも4つ上なだけなのに、もう王宮で仕事をしている。


 凄いんだ。僕の兄3人は、みんな凄くてカッコいいんだよ。


 チー兄は、去年から王宮で王様の《ちょうどう?》という仕事と、

 第二王子様の御学友を勤めている。


 僕がチー兄に、


「《ちょうどう》って、何をするの?

 楽しい?僕もできる?」


 って聞いたら、

 いきなりゴツンって頭を殴られちゃって凄く痛かった。


「お前は、いいの!」


 変なの。


 チー兄が僕を殴った事は、兄様達に言いつけてやった。

 チー兄は、兄様と兄上に怒られていた。


 わーい。ざまあみろ。


 子供の僕が、こんなに大人の事情をよく分かっているのは、

 みんなが隠す必要がないから、普通に僕にも話が聞こえてくるんだ。


 たぶんこの世界の“モラル”や常識が、前に生きていた日本とはだいぶ違うせい。


 この世界、この国だけなのかもしれないけれど。


 ここでは《性》にたいして、

 ものすごくおおらかっていうのか、開放的って言うのかな?


 結婚制度は、家の存続としてちゃんとあるんだけれど。


 うーんと?なんて言うのかな?


『なんでもあり?』って言う感じで。


 でも、目茶苦茶な訳でもなくて。

 ちゃんと大人のお約束があるんだって。


 ******


 一番大切なのは、


 《産みっぱなし、産まれさせっぱなしは絶対ダメ》な事。


 国の法律でも、子供の放棄は罰せられるし。


 もっと怖いのは、社会的にも、制裁をされてしまう事なんだって。


 自分の子供に責任を取らない奴は、

 “昼間は道を歩けない”

 ようになるんだって。


 貴族社会では、子供に責任を取らないのは、

 “国を売るのに匹敵する”

 ような恥ずかしい事だそうだし。


 庶民の間では、

『子供を産ませて責任を取らない男には、上手い酒は一生飲めない』

 事になるんだって。


 だから子供がどこで誰から産まれたかは、誰もあまり気にはしない。


 それよりも、産まれた子供がちゃんと居場所があって元気にしていれば、

 子供の親は、誰にも後ろ指を刺されないんだ。


 子供にちゃんと責任を取った大人は、

 異性、同性、連れ合う組み合わせは何でもありだし。


 どういう組み合わせでも差別はされない。

 組み合わせの人数も何人でもいいみたい。


 この間、チー兄がお前もそろそろ知っておいても良いかもな。

 そう言って、僕に教えてくれたんだけれど。


 大人として絶対に恥になる事は、子供の事だけではなくって。


 《しゅうちゃくとしっと》で、相手を害すること。

 と

 《おわった相手とはきれいに分かれて、あった事は忘れる》が出来ない人も恥

 と

 《他人に相手の“枕”を語るのは舌を切られるほどの恥と知れ》

 なんだって。


 なんだか、いっぱいいっぱい“恥”があるんだね?


 僕がチー兄に。


「うん。恥がいっぱいなのは分かったよ。

 でも何を言っているのか全然わからない。」


 と言ったら、チー兄が。


「ほんとかよ、俺がお前の年には……。

 まあ、お前は、まだまだゆっくりで良いかもね。」


 と、言われてしまった。


 でも僕は、

 会ったことはない神様が、

 僕をこの世界に送ってくれた理由が分かったような気がした。


『神様ありがとうございました。』


 心で、感謝をしたよ。


 この世界は、

 産まれた子供がちゃんと可愛がられて生きやすい世界なんだね。


 僕は、ここに産まれさせてもらってとても幸せで、

 とうとう前に生きていた時よりも、

 こっちの方でいっぱい生きています。


 だけど、自分ばっかりで少し後ろめたいです。


 僕よりも先に神様の元に行った弟の『ゆうと』は、

 どこかで幸せになっているんでしょうか。


 神様、どうか弟も、

 暖かい布団とお腹いっぱいの食べ物があるところへ送って下さい。



 **************************


 今日は珍しく父上が、領地のこの屋敷にいるんだよ。


 普段、父上は王都の屋敷にいる事が多い。

 父上はイアニス兄様とが一緒に王都と領地を行ったり来たりしている。


 イアニス兄様が有能過ぎるから、王宮で宰相様が離してくれないんだよ。

 今日もイアニス兄様は、チー兄と一緒に、

 後からこの領地の屋敷にやって来る事になっている。


 だから今は、領地のこの家には先に戻っている父上の他には、

 僕の他は誰もいない。


 父上と2人っきりの昼食は、とても気まずい。

 誰でもいいから、

 兄様達の誰かがここにいてくれたら良かったのに。


 今日の夕方には、兄弟がみんな揃うはず。


 全員が集合するのは珍しいけれども、

 お祝い事があるんではないんだよ。


 1番上のアルフレド兄上の“離婚”が成立したので、

 夜になる前には、

 アルフレド兄上が3歳になった息子と領地の家に帰ってくる。


 僕の甥だね。僕は叔父さん。すごいな。


 この家で、僕よりも小さい子供と暮らすのは初めて。

 どんな子かなあ?


 アルフレド兄上に似ているのかな?


 僕は今日、甥っ子と初めて会うんだよ。

 楽しみだなあ。


 フェザリンド伯爵家は、

 正妻の息子の二番目のイアニス兄様が跡を継ぐことになっている。


 イアニス兄様が、王宮で宰相様の仕事を手伝っているのは、そのせいかなあ。


 アルフレド兄上は、20歳で結婚をしたので、

 それから王宮の近くに家を持って独立していた。


 アルフレド兄上の家で、子供がひとりで使用人と留守宅にいると、

 兄上が安心して王宮で仕事ができないから、

 父上の領地でアルフレド兄上の子供を預かるんだって。


 父上がアルフレド兄上に、

『領地で子供を育てるのは、ひとりもふたりも一緒だろう。』

 って言ったんだって。


 アルフレド兄上の子供はひとりだよね。

『ひとりもふたりも』のもうひとりって、僕?

 僕は兄上の子供よりも8才年上だよ。

 一緒にされちゃうのかなぁ。

 まあ、いいけど。


 これからは、僕が1番長い時間を甥っ子ちゃんと一緒に暮らすんだね。

 ドキドキするなあ。


 うちの兄は、年齢が上から24、21、15、そして僕が11歳で。

 僕は順番に、兄上、兄様、チー兄って呼んでいる。


 この国では日本とは違って、みんなが急いで大人になる。

 3人の兄達はもう立派に働きだしている。


 今は僕だけが、父上の領地でのんびりと暮らしている。


 僕はまだ王都の学校に行く年ではないし。


 兄様達が僕に色々と教えてくれていたせいか、

 勉強は遅れてはいないみたい。


 家庭教師には


『レンリー様もエドミュア様のように飛び級で入学をなさっても、

 王都の学校でも充分にやって行けますよ。』


 と、言ってもらって少しワクワクしていたんだ。


 学校はともかく、

 王都の屋敷で暮らしたら、

 3人の兄様にも会える機会が増えるだろうから。


 父上には、あっさりと却下をされちゃった。


「末のレンリーは、エドミュアほどに聡いとは思われん。

 これは、ゆっくりでいい。」


 そうだろうね。

 父上からの、僕の評価が低いのは分かっていたから。

 でも、ちょっと切なかった。



 アルフレド兄上の離婚の理由を聞いても、

 僕は分かったような分からないような。

 やっぱりこの世界は、前とは違うんだと改めて思った。


 兄上の結婚した姉上は、優しく聡明な人で。

 僕は初めて会った時から大好きだった。


 うちの兄上だって、優しくて(たくま)しくて頭がよくて。


 兄上は、結婚する前から王都の若い女性にすごーく人気があった。

 それを僕は知っているし。


 父上のように、あっちこっちの女の人に手を出したりしないだろうし。

 どうしてだろう?


 イニアス兄様に聞いてみたら。


「大人には、いろんな事情があるんだよ。」


 チー兄は、


「男が嫌だって言われたら、どうしょうもないだろう?」


 また、兄様達は訳がわかんない事を言ってくる。


 どうしても不思議だったので、

 婆やのロイズと執事のクランチに聞いてみたら。


 2人とも困ったような顔をして。


「レンリー坊っちゃんは、

 男性が男性と連れ合う方がいらっしゃる事は御存じですか?」


「うん。チー兄に聞いた。」


 ******


 そんなの、前世から知っているよ。


 僕らが死んだアパートのちょっと先には、

『はってんば』という公園があって。


 弟を公園のブランコで遊ばせていて夜遅くになると、

 急に男の人がたくさん公園に増えてきて。


 どうしてだろうと、“母”だった人に聞いてみた事がある。


「あら、あんたも興味があるの?そりゃいいわ。

 もう少ししたら、あんたも稼げるようになるんじゃないの?

 そうしてくれたら、あんた達の飯代が要らなくなって大助かりよ。」


 と、言われた。


 詳しくは分からなかったけれど、

 “母”の人が男の相手をしてお金をもらうように。


 男の子が男の相手をしても、お金をもらえるらしいという事は、

 なんとなく分かった。


 ******


「レンリー坊っちゃま、女の人も、

 たまに女同士で連れ合いたいと思われる方がいらっしゃるのですよ。」


「ふーん。どうして?」


「坊っちゃま、これにはどうしてという理由はないのですよ。」


「そうですねえ。レンリー様。

 そういう風に神様がお作りになった方もいらっしゃるのですよ。」


「ふーん。神様がそういう風に作ったんなら……

 仕方がないよね。

 姉上は、女の人が好きだったんだ。

 でも、それならアルフレド兄上を巻き込まないでくれたら良かったのに。

 ひどいや。」


 ロイズ婆やと、執事のクランチが、やれやれという顔で仕事に戻って行った。



 ************



「レンリー」


 父上の声に僕はビクッとしてしまった。


「わざとらしく怯えるな。」


 別にわざとじゃないよ。本当にびっくりしたんだもん。

 下を向いたら、涙が零れちゃった。


 また余計に、父上に嫌われてしまう。

 どうしよう。


「お前は、年々ダフネに似てきたな。

 お前に、泣かれるとダフネに責められているようでかなわん。」


 父上が言っている事も分からない。


「お前は母を覚えてはおらんだろう。

 亡くなったのは2歳になる前か?

 母がいなくて寂しく思うか?」


「いいえ。もともと覚えていないので。

 それに、3人の兄様達がいつも面倒をみて下さっていたので。


 家の者もみんなが優しくしてくれて。

 僕は、ずっと幸せです。」



「………。

 そうか。ダフネの遺言は叶えられているのだな。」


 遺言?



「お前を産んだダフネ、

 あれは聖母のようなと世間が言う通りの女だった。

 お前の兄達を、自分が腹を痛めようとそうでなかろうと、

 おざなりではない真の愛情を注いで育てた。


 それを、息子達も良く理解をしているのだろう。

 ダフネのお陰で、私の息子は誰ひとりも曲がる事も欠ける事もなく育った。」



 ちょっと僕が寂しいのは、母上を知らないからじゃなくて、

 父上の自慢の息子達に、僕は入っていないからだろうなあ。


 僕は、母上に育てられた“息子”じゃないもん。



「ダフネが臨終の間際に、私は呼ばれはしなかった。


 息子達3人を集めて言ったのだ。

 レンリー、お前を頼むとな。


 おかしいであろう?父の私にではなく、息子達にだぞ。」


 しょうがないんじゃないかなあ。


 だって父上に言ったって僕には興味がないんでしょう?。

 母上だって良く分かっていたんだよ。きっと。



「お前を高齢で授かった時に、

 私は“流せ”とダフネに懇願したのだ。」



 父上、もう聞きたくないです。その話。

 僕はどうしたらいいんですか?今さら。


 また、涙が溢れてしまった。


「泣くな!」


「世間では、聖母のようだと言われたダフネも、普通の女であったのだな。


 お前を産むと言い張るダフネは、


『あなたの子供を“2人”産んだ女はおりませんでしょう?

 私以外には。』そう言ったのだ。


 お前に言っても、まだ意味は分からんか?」


 分からない。父上は僕に何が言いたいんだろう。

 父上に好かれていないのは分かっているから。



「父上、僕が父上に嫌われているのはよく分かりました。

 でも、僕は《母上を僕が殺してしまった事》の償いの仕方が分かりません。」


 僕が父上に言い返した事は、今までなかったから、

 父上がぽかんと口を開けている。


 僕は、涙が溢れて止まらない。



 執事のクランチがイニアス兄様とチーが、

 王宮から揃って帰って来た事を知らせに扉を開けた。


 僕は、我慢ができなくなってクランチの横をすり抜けて、

 自分の部屋に戻った。


 ベッドにうつ伏せても、あとからあとから涙が溢れて止まらない。


 チー兄が、僕の部屋の扉を何度も叩いている。


「レンリー、ここを開けろよ。」


 どうしても、開けたくない。


 少しすると、チー兄がため息を大きくついて扉の前からいなくなった。

 僕はそのまま、少し眠ってしまった。


 そろそろ、アルフレド兄上が帰って来るかもしれない。

 このまま僕が部屋にこもっていたら、変だよね。


 あわてて、顔をよく洗った。


 鏡をみたら、何だか目が腫れぼったくて泣いたのが分かってしまう。

 どうしよう。


 でも、みんなのところへ行かないと、

 僕が拗ねているみたいでみっともないよね。


 そっと足を忍ばせて、兄様達が集まっている家族用の居間の扉の前に来てみた。


 中から、ぎゃんぎゃん声がする。


 チー兄かなあ?


 父上が兄様達に怒られているみたい。

 どうしてだろう?


「レンリー坊っちゃま。」


 僕が、扉の外に立っているのを見つけたロイズ婆やの声が大きく響いた。


 部屋の中の兄様達にロイズ婆やの声が届いてしまったみたい。


 扉を内側から、イニアス兄様が開けてしまった。

 僕がいるのが分かっちゃった。


「お入り。レンリー。」


 チー兄の前で、父上が顔をしかめて座っている。


 嫌だなあ。

 僕、自分の部屋に帰りたいなあ。


 イアニス兄様が僕に向かって、


「レンリー、

 父上は生前の母上に、ずっと甘えきっていたんだよ。

 母上が父上をどんな時でも許して、包んで下さっていたから。


 この頃は、お前の面差しがだんだんと母上に似てきているから。

 お前と母上を間違えたのかもしれないね。

 お前は、僕よりももっと母上に似ているよ。」


 よくわからない。変なの。


 チー兄も言ってくる。


「いくら、似ているからって。

 まだ11の“赤ん坊”みたいなレンリーを、

 母上と間違うってそういうことだよ。

 父上の寂しさを子供にぶつけて、泣かす大人がどこにいるんだよ。」


 チー兄、いつもと違って皮肉っぽくておっかないや。

 王宮では、こうなのかなあ?



「どこが似ている?

 ダフネは、私の前でべしょべしょ泣いたことなどない!」



「はあー?」


「信じられないわ!」


 イニアス兄様と、チー兄が揃って、大げさにため息をついた。



 クランチが、知らせに入ってきた。


「アルフレド様がお戻りになられました。」



 **************



 アルフレド兄上の馬車が、屋敷の馬寄せに停まっていた。


 少し離れた玄関口の先の広くなっている場所で、

 家族がみんな集まって待っていた。


 兄上が馬車から降りて来て、

 小さい男の子をだっこして降ろしている。


 眠いのかな?猫をだっこしているみたいだよ。

 ぐにゃぐにゃしている。


 兄上が男の子を地面に立たせて、

 腰を屈めて目の高さを合わせて何かを言っている。


 男の子は、眠そうに目を擦りながら、

 うん、うんって頷いている。


 兄上に手を繋がれて、

 時々転びそうになりながら歩いて来る男の子。


 暗くなってきて、はっきり顔が見えない。


 だいぶ近くまで来た時に、その男の子と僕は目があった。


 男の子が、一瞬ビクッとした。


 おしっこかな?

 馬車が長くて、我慢が大変だったのかな?


 いきなり、男の子が兄上の手を振り切って走り出した。


 さっきまでのぐにゃぐにゃが嘘みたいだ。

 おしっこか?おしっこ漏れちゃいそうなのかな?

 かわいそうだったなあ。


 男の子が、僕をみて真っ直ぐに走って来る。

 すぐに、トイレに連れて行ってあげないと!


 ???


 違う?違うんだ!


 僕は、いきなり鳥肌がたった。

 言葉にしなくても、なぜか全部が分かった。


 髪の毛の色も、目の色も違うけれど。


 あれは、あれは!


 僕も走り出した。


 もう、何が何だか分からなくても分かるんだ。


『“ゆうと”だ、あれは向こうで先に死んだ“弟のゆうと”だ。』


 走っている様子も、泣き顔も全部ゆうとだ。


「にいにー!にいにー!」


 思いっきり、ゆうとを抱き締めた。


「ゆうと? ゆうとだよな?」


「うん、うん。そう。にいに。」


「ゆうと。ゆうと。良かった。ゆうと。会いたかった。」


「にいに、にいに。ゆうも。ゆうも会いたい会いたいって。

 にいにどこって。ゆうも。」


 うわー。そうだよ。


 ゆうとはまだ“僕”って言えなかった。

 僕の事を“にいに”って呼んでいたんだ。


 途中で“ゆうと”はおしっこを漏らしちゃって、びちょびちょ。

 僕も涙でぐちょぐちょ。


 家族はみんな、びっくりしてぽかんとしている。


 神様、ありがとうございました。


 こんな事って、こんな事って。


 もう、後の事はどうでもいい。

 父上に嫌われているのなんて何でもない。

 全部、全部どうでもいい。


 “ゆうと”と抱き合って、2人で猛獣のように吠えあって抱き合っていた。


 暫くして、兄上とチー兄が、僕と“ゆうと”を引きはなした。

 みんなが、珍しい動物を見たような顔をしている。


「とにかく、この2匹を風呂に入れるか。」


「そうだな。」


 兄上と、チー兄が疲れたような声を出している。


「わけがわかんないなぁ。こいつら。」


目に入れて下さった方が、どう思って下さったのだろう?ドキドキ

今日の暇潰しや気分転換になってたりしたら嬉しいなあと思っております。


少しでも気になりましたら、ブックマーク、評価をお願いいたします。

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