ねじ込み式電球と骨格標本
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
僕の通う堺市立榎元東小学校では、清掃活動の時間には班毎に割り振られた担当場所を清掃する事になっていて、その担当場所は週一で変わるんだ。
あの事件があった週の僕達の班は、理科室の掃除を担当していたんだけど、この班のメンバー構成も事件の一因だったのかも知れないね…
「理科室って全然汚れてねえから、掃除も楽ちんで助かるぜ!」
塵取りで集めた埃をゴミ箱に捨てた大柄な男の子が、ゴリラみたいに厳つい顔を緩ませてゲラゲラと豪快に笑っている。
屈強な巨体と抜群の運動神経に恵まれている鰐淵君は、榎元東小校区内ではガキ大将として君臨しているんだ。
「お前もそう思うだろ、黄金野?」
「ほんと、ほんと!鰐淵君の言う通り!」
豪快なガラガラ声に呼び掛けられた小柄な少年が、すぐさまクルッと振り返って媚びるような微笑を浮かべる。
お父さんが会社を経営している黄金野桂馬君は、クラス一番のお金持ち。
だけどガキ大将の鰐淵君には頭が上がらなくて、いつも腰巾着みたいに付き従っているんだ。
「何しろ特別教室だからね。みんな授業が終わればサッサと帰っちゃうから、普通の教室に比べたら汚れにくいんだよ。」
とはいえ、そこは資産家のお坊ちゃん。
何不自由無い恵まれた家庭環境がそうさせるのか、一挙手一投足が無闇に気取っているんだ。
「それもあるかも知れないけど、私はきっと、みんなが大事に使っているからだと思うわ。私達だって、四年一組の教室はつい汚しちゃうけど、他の学年の人達も使う特別教室だと、身が引き締まるのよね。」
そんなガキ大将とお坊ちゃんの遣り取りの後を受けたのは、濃い目の茶髪を短いツインテールに結った、赤いジャンスカ姿の女の子だった。
僕達の班の紅一点である小倉メグリちゃんは、四年一組のマドンナとして名高い美人の優等生なんだ。
「だからこそ、来た時よりも綺麗にしてあげないと。何しろ、この理科室は私達以外の人達も使うんだから。」
だけど最大の長所は、他人の気持ちを考えられる優しさと思い遣りを備えている所だね。
そんな優しいメグリちゃんは、男子からも女子からも人気があるんだよ。
「そういう訳だから、次に使うクラスの人達のためにも丁寧に拭いてあげましょうね、枚方君。」
「うん!勿論だよ、メグリちゃん…」
かく言う僕だって、メグリちゃんに憧れている一人なんだ。
こうして面と向かって呼び掛けられると、つい頬が緩んじゃうよ。
だけど僕達の遣り取りは、黄金野君には面白くないようだった。
「何だよ、修久ったら。メグリちゃんに話し掛けられてデレデレしちゃって!情けなくて見ちゃいられないよ。」
「黄金野の言う通りだぜ、修久!俺様達がお前に、抹茶ミルクの何たるかを教えてやるぜ!」
如何にも嫌味ったらしく肩を竦める黄金野君に同調したのは、その親分に当たる鰐淵君だ。
唐突に「抹茶ミルク」と言い出した事に驚く人もいるかも知れないけど、国語の成績が芳しくない鰐淵君には言い間違いが多いんだよ。
「それを言うならマッチョイズムだよ、鰐淵君!」
この黄金野君の訂正が無かったら、鰐淵君の真意を把握するのは大変だろうな。
とはいえ当時の僕には、そんな呑気な事を考える余裕なんて無かったんだけど。
「や…止めてよ、乱暴は嫌いだよ…」
こんな風に、焼きを入れられるのを恐れてガタガタ震えるのが関の山だったよ。
「止しなさいよ、二人とも!弱い者いじめなんて卑怯者のやる事よ!」
そこをいくと、メグリちゃんは本当に頼もしかったね。
鰐淵君と黄金野君の前に立ち塞がり、両手をサッと広げて僕を庇ってくれたんだから。
しかしながら、鰐淵君もただでは引かなかったね。
「勘違いしないでくれよな、メグリちゃん。俺も黄金野も、修久をどうこうする積もりなんてねえんだ。俺達の方が修久よりも肝っ玉が据わっている。そこの所を、軽〜く証明するだけだからよ。」
そう言って黄金野君を伴い、黒板の脇に飾られている骨格標本の両脇に回り込んだんだ。
「準備は良いな、黄金野?俺はお前が乗ってくれると信じてたぜ!」
「何時でもOKだよ、鰐淵君!僕、一度やってみたかったんだ!」
ニヤニヤと笑い合う二人が、勿体付けながらポケットから取り出した品物。
それは至って平凡な日用品だけれど、このタイミングで取り出した理由がイマイチよく分からない代物だったんだ。
「電球?そんな物、一体何に使うんだよ?」
トイレの灯りにでも使われていそうな電球を持つ二人の意図が、僕には全く分からなかった。
それはメグリちゃんも同じだったようで、細い栗色の眉をキュッと寄せて怪訝そうに首を傾げていたんだ。
「見りゃ分かるっつーの、修久!行くぜ、黄金野!」
「よし来た!任せてよ、鰐淵君!」
不敵な笑顔を浮かべるガキ大将に、腰巾着のお坊ちゃんは気障ったらしく微笑んで応じた。
そして手にした電球を高々と掲げ、骨格標本の眼窩にあてがったんだ。
「さあさあ、お立ち合い!これが僕達二人の…」
「男と男の共同作業だぜ!」
芝居がかった割り台詞と共に、二人はネジ状の口金を強引に捩じ込んでいく。
ゴリゴリと嫌な音が聞こえるけど、大丈夫かなぁ…
そうしてついに、骨格標本の眼窩に電球を固定してしまったんだ。
「どうだ、修久?下級生達が薄気味悪がっている骸骨に、よく光る目玉を移植してやったんだ。」
「勇気と男気のある僕達にかかれば、ざっとこんなもんさ!修久みたいな弱虫じゃ、こんな真似は逆立ちしたって出来ないけどね。」
得意気な笑顔を浮かべる鰐淵君と黄金野君の後ろには、眼窩から電球をニョッキリと生やした骨格標本が静かに佇んでいる。
棒立ちの直立姿勢もグッと食い縛った白い歯も、二人が悪戯する前と何も変わっていない。
だけど僕には、おかしな異物を強引に捩じ込まれた悲しみと苦痛を懸命に堪えているように見えたんだ。
「こんな悪ふざけ、勇気なんかじゃないわ!学校の備品に何て事をするのよ!」
「そうだよ!これじゃ標本の骸骨が可哀想だよ…」
メグリちゃんと僕の抗議を、あの二人は全く意に介なかった。
「そうムキになるなよ、二人とも。別に俺達、骸骨を壊した訳じゃないんだし。単なるウェットティッシュのジョークだって!」
「それを言うなら『ウイットに富んだジョーク』でしょ、鰐淵君?後で元通りにすれば良いんだから、御堅い事は言いっこなし!」
こんな具合に、まるで柳に風だったんだ。
誰かに暴力を振るった訳でも無ければ、備品を破壊した訳でも無い。
こんな言い分があるからか、鰐淵君も黄金野君も全く悪びれなかった。
だけど次の瞬間、有頂天だった二人の身に恐ろしい事が降り掛かったんだ…
「いっ、痛え!痛えよぉ…」
屈強な巨体をビクッと震わせ、ガクッと膝を折って蹲る鰐淵君。
その右目は真っ赤に染まり、大量の血液が涙みたいに頬を伝っていたんだ。
「ど…どうしたの、鰐淵君…?ギャァァッ!」
次に悲鳴を上げたのは、ガキ大将に駆け寄った黄金野君だった。
「痛い…助けてよ、ママ…」
鰐淵君の逞しい背中に寄りかかる姿勢になり、ビクビクと痙攣する黄金野君。
ハンカチで押さえられた彼の左目からも、やはり赤黒い血涙がドクドクと流れ落ちていたんだ。
「ど…どうしたの!?鰐淵君!黄金野君!」
苦しそうに呻く友人二人の姿に、僕はすっかり恐ろしくなってしまった。
だって二人の出血箇所は、悪戯で電球を捩じ込んだ骸骨の眼窩と同じ方の目だったんだもの。
こんなの、単なる偶然とは思えないよ。
「枚方君、二人についていてあげて!」
僕達男子生徒とは対照的に、メグリちゃんは至って冷静だった。
鰐淵君と黄金野君の介抱を僕に任せると、黒板の隣で佇立する骨格標本に駆け寄り、頭蓋骨の眼窩を真っ直ぐに見据えたんだ。
「もう許してあげて、あの二人も反省してるから…」
そうして静かに力を入れると、二つの電球は眼窩からゆっくりと抜けていった。
捩じ込んだ時には鳴らなかったはずの、妙に湿った音を立てながらね。
「うっ!?」
「はっ?!」
その次の瞬間、先程まで瀕死の重症患者みたいな呻き声を上げていた二人が、ビクッと身体を硬直させて起き上がったんだ。
「はぁぁ、痛かった…まるで目玉に電球を捻じ込まれるような心持ちだったぜ…」
「えっ、鰐淵君もなの?僕も同じような感じだったよ。」
頬や顎は血塗れだけど、二人とも元気そうだね。
さっきまで真っ赤に染まっていた目も、ちゃんと見えているみたいだし。
「でも、助かって良かったよ。このまま痛みが脳天にまで捩じ込まれて、死んじゃうかと思っちゃった…」
「良かったじゃないわよ、黄金野君。」
安堵の溜め息を漏らす黄金野君の背筋を凍らせたのは、への字に口を結んだメグリちゃんの冷たい視線と、怒気を含んだ静かな声だった。
「二人とも御覧なさいよ、自分達の悪ふざけで何が起きたのかを。」
ムスッとしたメグリちゃんが突き出した電球を見た僕達は、仲良く腰を抜かす破目になった。
さっきまで綺麗な銀色だったはずのネジ状の口金は、血糊みたいな赤黒い液体で汚れていたんだ…
後に古株の先生に聞いてみて分かった事なんだけど、理科室の骨格標本は本物の人骨なんだって。
今では骨格標本も模型が主流だけど、昔の医学校では解剖用の献体で骨格標本を作る事があったんだ。
医学の発展や学校教育のために自分の遺体を寄贈したのに、眼窩に電球を捩じ込まれたんじゃたまらないよね。
悪ふざけの報いで恐ろしい目に遭ったあの二人は、特に後遺症もなく元気にやっているよ。
「良いか、お前ら!理科室の骸骨は本物だから、迂闊に扱うと化けて出てくるんだからな!」
「目から血を出して苦しんでも、僕達知らないからね!」
あの一件で少しは懲りたかと思ったんだけど、相変わらず悪ふざけばっかり。
それどころか、自分達の体験した怪現象を脚色して、面白おかしく吹聴して回っているんだから。
考えようによっては、痛い目に遭っても全く懲りない無鉄砲な人間の方が、怪現象よりも怖いのかも知れないなぁ…