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騎士ってのは大変だ。~虚空の英雄~  作者: 豚肉の加工品
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花の騎士 3

 〈大都市ラワーレス〉――――それは訪れた者に幸福と幸運が巡ってくると言われた都市。

 街並みを見渡しても花びらが待っているようなことはなく、何も考えずに訪れれば「え、花?」なんて困惑してしまうような人だっているだろう。

 華やかではあるが、街を歩いていても、どこを見渡せど〝花の聖女〟に関するものなどは置いていない。

 〝花の聖女〟が住まう場所は都市の外側。目を凝らしてようやく見えるほどに小さくなっている〈大聖堂フローラル〉と呼ばれている場所だった。


「ちょっと! 聞いた!?」


 それは、とある夫婦の朝の会話。


「なんだよ……もう少し寝かせてよ……」


 朝から元気が良いな、なんてことを言われながら妻は寝ている夫が大事そうに握っている布団を引っぺがした。瞼を開かずに唸るような声で返答した夫に対しての正当な手段だと言えるだろう。


「〝花の聖女〟様が、〝花の騎士〟を見つけたんだって!」


「え…………」


 その返事の数秒後、夫は飛び跳ねるようにベットから起き上がた。


「そいつは寝てる場合じゃねぇな――――今日は祭りだ!」


「早く支度しな! 二人には良いもん食わしてやんだからさ!」


 そう言って、二人は静かに目を閉じて(てのひら)を合わせ編んだ。

 この都市では聖女に関するものを目に見える場所に置いておいてはいけない。彼女は民と都市に幸福と幸運を巡らせてくれるが、彼女自身はその分の代償(不幸)を払い続けている。迷信ではあるものの、念には念を重ねて彼女に関するものは目に見える場所には置かない決まり事を作った。

――――そんなことを〝花の聖女〟である彼女自身が言った。

 民は忘れないだろう。

 あんなに民に献身的な聖女を。

 だからこそ、年に一回あるかないかの聖女の訪れに、民は全力で応えるのだ。

 美味い物をたらふく食って行って欲しい。

 必要なものはいくらでも持って行って欲しい。

 だから、今日は歴史的な一日にしなくてはならない。

 〝花の聖女〟の代償から全てを守る〝花の騎士〟がやってくる日なのだから。





「はぁ~ぁ……、よいしょっ」


 日差しが昇り、暖かな光が部屋に差し込む。

 元は農民だったミザリーの朝は非常に早いものだ。本来なら、これから仕事に取り掛かるのだが聖女になってからは特に何もない。

 だが、この癖が抜けないのが嫌なわけではなかった。

 たった一人で住んでいる〈大聖堂フローラル〉の一室で行動が完結するミザリーの寝起き最初の行動はキッチンに行き紅茶を作ること。これは朝のルーティーンとなっているので、このリズムは崩れない。


「今日もありがとう」


 まるで意思があるのような植物たちは、ミザリーが紅茶を作ろうとする時に何種類かの花を置いて行く。初めは驚いたものの〝花の聖女〟であることを自覚した時にはもう慣れたことだった。


「あ、そうだ」


 何かを思いついたのか、大広間へと向かうミザリー。

 部屋を出て目の前にある階段を下って行けば、そこには鮮やかな色彩を放つ窓細工で象られた数々の花たちが太陽の光に照らされていて、神々しさを醸している。

 そんな場所に漆黒の剣を抱き寄せるように眠る一人の少年。


「……全く、隣で寝なさいって言ったのにもうっ――――クレー!」


 長い白髪がふわりと揺れると、クレーはゆっくりと顔を上げた。


「…………」


 薄紫の瞳(・・・・)がミザリーの黄金の瞳と交わると、クレーは立ち上がる。


「おはよう、クレー」


「……ん」


「ん……じゃないでしょ? おはようって言いなさい」


「おはよう」


 昨日の晩にミザリーが表情だけでも見えるようにと切り整えた髪。

 多少の違和感があるのか、少しだけ気にしている様子で短く挨拶を済ませたクレーの手を取って自室に連れて行ったミザリーは朝食の支度を始めた。


「今日は忙しくなるからね。後でメルビィが迎えに来て説明してくれると思うけど、王様に会うのと〝花の騎士〟の専用武具の贈呈があるの。一日中〈ラワーレス〉にいることになるわ」


「……分かった」


「前は行けなかったけど……あなたのおかげで私も行けるようになったから、一緒に街を楽しもうね。あとお母さんたちにも挨拶しに行かないといけないや」


 ミザリーとしても、かなり久しぶりに〈ラワーレス〉の街に行くことになる。

 きっと様々なことを楽しみにしているのだろう。朝食を作っている表情は笑みを浮かべている。

 ただ、クレーは無表情のまま剣を抱いていた。


「…………守る」


 誰にも聞こえないように呟いた言葉は、自分の心を温かくしていく。

 不思議と違和感がない「守る」という言葉に首を傾げるも、目の前に運ばれてきた料理に意識を奪われていく。


「何を考えてたの?」


「……分からない」


 言葉に出来るならしている。だけど、クレーは言語を学んだことは一度もない。

 自分にとっての普通の暮らしというのは常に死と隣り合わせなものだった。嗅覚を意識すれば刺激臭が混じる鉄の匂いが漂っていて、体に触れれば生暖かい血がいたるとこから噴き出していた。外はこんなに明るくなかったし、温かいとも寒いとも思わなかった。


「ふふっ、そっか」


 ミザリーは笑いながら隣に座る。


「それじゃ、今日は色んなことを楽しもうね」


 まだまだフォークの使い方がままならないクレーに朝食を食べさせてあげ、ゆっくりとメルビィが来るのを待った。





 〈大都市ラワーレス〉の中央にそびえ立つ時計塔が朝の八時を指した時、人々は大きく動き出した。

 街中は大量の花々で彩られより華やかになり、『ようこそ!』と書かれた大きな看板を街の入り口に飾った。今日は全員が歓迎のために動いている〈ラワーレス〉の都民は、朝から楽しみにしていた。


「おい! そろそろ来るぞ!」


 誰かがそんなことを言った頃、時計塔の足元に魔方陣が浮かび上がった。

 ふわりと甘い蜜の香りが鼻腔を抜けると三人の影が魔方陣の上に立った。


「あれが……」


「〝花の騎士〟か」


「ねぇねぇ! 聖女様ってスゴイ綺麗なのね!」


「すっごい美人さんだぁ……」


 純白の修道服、黄金に輝く美しい瞳、靡いた茶髪からはうっとりとしてしまうような香りが漂う。

 ミザリー・フラワティア――――第十二代〝花の聖女〟

 その隣に立つのは、一人の少年。

 聖女が着る修道服に負けず劣らずの透明感がある白い髪、宝石のような薄紫の瞳、黒を基調とした服装に黒い剣を腰に携えた姿。


「名前……なんていうのかな?」


「後で発表されるんじゃねぇか? まだ王様のとこに行ってねぇだろ、焦るなよ」


「だよな……今は、聖女様たちの凱旋を祝おう」


 〈大都市ラワーレス〉では知らない人がいないほどの魔法師であり、どんな病でも治すことの出来ると謳われた医師でもある彼女――――《賢者》メルビィが先頭に立って二人を王城まで案内をする。

 その間、都民は静かに祈りと感謝をミザリーに向けた。



「どう? 久しぶりの街は」


 都民に背中を眺められる最中に、メルビィは優しい声音でミザリーに問いかけた。

 年齢にして七歳……精神が成熟する前から〝花の聖女〟としての力に目覚めてしまったミザリーは、〈大都市ラワーレス〉の外に住むことになってしまった。

 たった一人、家族と友人たちから離れて住むにしては孤独を強く感じる場所だっただろう。

 四大都市の中では一番小さな〈大聖堂フローラル〉は、まだ幼いミザリーにとっては広すぎた。


――――あれから、十年の月日が経った。


「……相変わらず、綺麗な街で安心したわ」


「ふふっ、でしょ?」


「でも、やっぱり慣れないわね。私はただの農家の娘だから、こんな綺麗な服を着るのことも皆に祈られるのも緊張する。〝花の聖女〟になっても私は人のままでいるから」


 神聖視されることは当然で、祈られるのも当然で、感謝されるのも当然。

 〝花の聖女〟になってしまった時からそれが当たり前になったような感覚が今でも恐ろしい。

 だから、そんな考えが一瞬でも浮かんでしまった自分を否定するように普通の生活を続けている。


「でもね、私からしても……皆からしても〝花の聖女〟はこの都市の神様に等しいものなんだよ。〝花の聖女〟という存在がいなければ、私も含めた今を生きている皆がここにはいなかったんだもん。この感謝は誰に捧げるでもなく〝花の聖女〟という存在に捧げないといけないのさ。そうじゃないと笑顔で生きていけないからね」


「…………偉大なのは私じゃないもの」


「それでも、だよ。ミザリーがいなければ結局は終わっていたかもしれないんだから、胸を張りなよ」


 王城までもう少しだと分かる石畳で造られた道に辿り着く。


「さて……私は先に行くよ。私もこう見えて長女だからね! もの凄く綺麗になってからまた会おうね!」


 そう言ったメルビィは得意な空間魔法で瞬く間に姿を消した。

 もう今頃は王城で侍女たちに小言の一つや二つ言われていることだろう。冒険者ギルドの最高戦力としての活動もあれば、この大都市で一番腕の立つ医師としても活動している。時間がなくて滅多に王城(ここ)には帰れていないだろう。

 〈大都市ラワーレス〉の第一王女――――メルビィ・ラワーレス。

 それが彼女の本来の肩書なのだから。


「――――さぁ、クレー。行くよ」


「…………」


 シリアスな心を切り替えて、後ろにピッタリと着いて来ていたクレーに声をかけると返事がなかった。

 いつも通り静かに短く返って来ると思っていた応答がないクレーの方に振り返ると、漆黒の剣を抜刀している姿が視界を埋めた。


「なに……しているの?」


 あの時(・・・)も思ったことだったが、クレーは剣を抜くと雰囲気が変わる。

 何も感じることはなく、何も考えることなどない。まるで、そこに最初からいないような……元々その場所には何もなかったかのような錯覚に陥る。

 殺意のない殺意というべきなのか、急に目の前に現れたように見える背筋が凍り付くような獰猛さ。

 そんな意識の隙間を無理矢理作られてしまっていることに、体が無意識に硬直しかける。


「……見られてる」


「え? どこから?」


「ここの三……いや、二階。一番左の窓から三人」


 クレーに言われるがまま王城の二階を見てみると、豪華に着飾った姿の女性が目を見開いてこちらを見下ろしていた。

 ミザリーは見たことあるような気がしていたが、一応クレーに確認をした。


「それは悪い人? 私を狙っているように感じる?」


「…………違う。狙いは俺」


 それなら〝花の騎士〟がどういう人間なのか気になっただけなのだろう。

 今日と言いう祭典のために〈大都市ラワーレス〉の各分野の頂点に君臨するような人物たちがこの王城に来ているのだから、視線を感じることは当然とも言える。


「あんまり気にしない方がいいんじゃない? 危険じゃないなら」


「……ん」


 短い返事をしたクレーはそのままミザリーの後を追う。

 王城の門を潜り、大きな敷地に入った。


「相変わらず綺麗ね、ここは」


 平らに整備された芝生の上に石一つも転がることのない石畳の道。

 所々視点を動かせば、赤や青といった珍しい花が咲き誇る花壇が造られている。

 花の香りを運ぶ風が心身ともに安らぎを与えてくれているような感覚になる場所は、ミザリーにとっても希少な場所だろう。この都市には〈大聖堂フローラル〉とこの場所しかない。


「さ、もうすぐよ。緊張とかしてない?」


「……ん」


 王城入り口に到着し、案内人を待つように外で待つ二人。

 だが、数分待てども人の気配がないことにミザリーは違和感を覚え始めていていた。


「そう言えば、メルビィと別れてから人らしい人は見てないわね……」


 あまり人と関われない時期が続いたことで意識もしていなかったことだが、他者の気配がしない。

 さっき都民たちと出会ったことで久しぶりに誰かがいるという感覚を思い出したミザリーは、人が一人もいないことに気味の悪さを感じた。

 いつもなら誰かいるのだろう。ここまで丁寧に整備された庭園がその証拠だ。

 近くの花壇を見てみれば、しっかりと水やりを行われている形跡もある。()の調子は最高とも言える状態で保っている。


「いる……はずよね?」


 精鋭部隊の者たち、庭師、執事や侍女。

 少なくとも……メルビィはいるはず。


 ――――そんな考えをし始めた時、クレーの背中が視界に入った。


 すると、王城の扉を貫通しながら純白とも言える輝きを放った剣が飛来した。


「……ッ!!」


 クレーはその存在にいち早く気が付き、漆黒の剣で弾き返す。



「やるではないか。流石は〝花の騎士〟と言ったところか」



 ミザリーは、その声を聞いて目を見開いた。

 過去に三度会ったことのある人物――――


「《聖剣》ガンダス……?」


 一度目は、この〈ラワーレス〉の王と邂逅したときのことだった。

 二度目は、〝花の騎士〟と偽る変質者から守ってくれたときだった。

 三度目は、クレーと出会う数日前にメルビィの護衛として共に現れたときだ。


 その時、メルビィは言っていた。

「この人がいるから〝花の聖女〟と〝花の王〟を同時に守れるのさ。凄い、とにかく強くて凄いの……だた生粋の武器収集家でね? 魔剣の手入れを毎日やっていたら魔剣そのものを変化させちゃったていう変態なんだ」

 名は、ガンダス・ソーレス。

 武具に愛され、剣に見初めらた選ばれし剣士。

 その白き輝きを放つ剣を持つことから、いつからこう呼ばれ始めた……。


 〝王の騎士〟《聖剣》ガンダス――――


「〝花の騎士〟よ。私の問いに応えてくれ……昨日の夕刻、()を切り裂いたのはお前か?」


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