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騎士ってのは大変だ。~虚空の英雄~  作者: 豚肉の加工品
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花の騎士 2

「…………まずやるべきことは、クレーの生活からだね」


 クレーが晴れて〝花の騎士〟になってから数分後、深いため息と共にミザリーが口を開いた。


「…………?」


「〝花の騎士〟としての役目なんかよりも、まずはあなたがどうやって生活してきたのか教えてちょうだい? 私はあなたのことまだ何も知らないわ」


 〝花の騎士〟としては十分な条件が揃うクレーには、あまりにも不可解なことが多すぎた。

 いや、この数分間だけで何となく分かってしまった……。


「まず、あなたは強いのよね? メルビィを信用していないわけではないけど、私にはイマイチ分からないのよ。どんなのと戦ってきたの?」


「……人、剣を持った」


「何人くらいと戦ってきたの?」


「俺……数えられない。でもいっぱい」


 先程から紅茶をチビチビと飲んでいるクレーの言葉に驚愕した。


「クレー……まずここがどこか知ってる?」


「…………知らない」


 まず一つ目、クレーには誰しもが頭に入ってる一般的な常識がない。


「ここは〈大都市ラワーレス〉っていうの。冒険者も商人もどこの都市よりも盛んな都市、みんな優しいし強い心を持っているわ。クレーの強さを知っておきたいから、後で冒険者ギルドに行って依頼を受けに行きましょうか。魔獣くらいなら余裕でしょ?」


「……斬れるなら。俺、人以外を斬ったことない」


 二つ目、偏りがある戦闘知識。


「それなら闘技場にする? 殺し以外なら何でもあるの強い人たちが集まる場所よ」


「…………ミザリーが戦えって言うなら戦う」


 そして、最後は恐ろしいと感じてしまうほどの従順さ。

 ただ単にこれまで誰かと関わってきたことがないからだろうか、それともクレーが言った数えきれないほどの戦いがそうさせたのかは定かではないが、初めて会った人に着いていく、初めて会った人の言葉に頷くなど――――素直(・・)という言葉では片付けられない。


「いや、別に戦えってわけじゃないけど……どのくらい強いのかなって」


「……一番強い人、いる?」


「この都市の? あぁ……確か冒険者ギルドにいるよ。二つ名を持った冒険者が」


「……それを斬れば、ミザリー納得する?」


 冒険者に限らず、二つ名(・・・)を持つ存在は総じて常軌を逸している。

 強さに限った話しで言えば、この〈大都市ラワーレス〉を守る精鋭部隊などよりもよっぽど強いだろうという話しで酒場が盛り上がるほどだ。

 彼ら彼女らは、武器に頼らずとも一般人とはかけ離れた力を持っている上に魔獣の素材から作られた〝魔剣〟と呼ばれる武器を身に着けている。その〝魔剣〟には様々な能力が付与されているためクレーのようなただの黒い剣一本で勝てるような存在ではないのだ。


「納得はするけど……武器がそれだけのクレーが戦いになるのか分からないわ。明日にはメルビィがここに来て、あなた専用――――というか〝花の騎士〟専用の魔剣を持ってくるはずだから、それまで待ちましょう?」


「…………ん」


 短く返事をしたクレーは抱えていた黒い剣を放した。

 装飾もなにも施されていない漆黒の鞘に、未だ姿を見せない刀身。ミザリーはふと気になった。


「クレーが持つそれって?」


「……たぶん、俺の」


「そうなの? メルビィに渡されたんじゃないの?」


「渡された。けど俺の」


「そうなんだ。それなら抜いてみてよ、それ。実は私こうやつまじまじと見たことないんだよね」


「…………分かった」


 クレーが頷いたと同時に、刀身は姿を現していた。

 薄紫にも見えるような赤色の刀身。見たことがある剣とはまた違った形をしているのが印象に残る。

 近くで見ると刀身に自分の顔が映るほどで、ミザリーは「何だか切れ味すごそう」と呟いた。

 だが、どうしてか少しも怖さを感じない。なんと言えばいいのか、ただの木の枝を見ているような感覚と言えばいいのか……


「なんだか……普通だね」


「…………うん」


「なんかもっと怖いのかと思ってたけどそうでもないのね。私が農民育ちだから分からないだけかもしれないけどさ」


「……怖くない?」


「うん。全然」


「そう……ならいい」


「あ、それじゃクレーがどうやってこの剣使うのか少し見せてよ。せっかくこんな広いし、外でちょっとやるだけでいいから」


 もう間もなく陽が落ちようとしていた空は赤みを帯びていた。あまり眩しくないのは、太陽に覆いかぶさる雲のおかげだろう。

 この大聖堂フローラルの敷地は広い。聖女であるミザリーは一人でここに住んでいるが、一体何人の人間がここに収まるだろうかと考えながら時間を過ごしたこともあるくらいだ。

 周囲には家はなく、人の影もない。

 それは〝花の聖女〟であることが理由だが、衣食住には困っていないし聖女の役目として受け入れているからミザリーは気にしたことはなかった。


「よしっ、ここなら人も家もないからやり放題だよ! 思いっきりやっちゃっていいからね!」


「……分かった」


 クレーが剣の柄を握ると、突然周りが静かになる。

 いや、世界が止まっているのだろうか? ミザリーは、あまりにも逸脱した雰囲気に困惑した。


「(あれ? 少し暗くなった? さっきまで聞こえてきた風の音も、ここの植物(・・)たちも静かになったし……)」


 風が吹くことも。

 植物が育つことも。

 太陽が昇って沈むことも。

 太陽が沈んで月が昇ってくることも。


 この世界で当然なことだろう。


 でも、今はどうだ?

 まるで、私を殺さないでくださいと懇願しているようにも見える。

 この誰も抗うことの出来ない世界の構造が、たった一人に対して怯えているように見える。


「……あれ、届くかな」


 一体、どこに視線に向けているのだろうか……

 クレーの視線が捕らえているのは――――空に漂う深紅の綿雲だ。

 静かに、クレーを見守るミザリー。


――――刹那、かちゃんと金属がぶつかったような音がした。


「ごめん…………届かなかった(・・・・・・)


「はぇ?」


 まるで、何事もなかったかのようにこちらに振り返ったクレーから発せられた一言が謝罪であることに困惑した。


「……あれ、届かない」


 クレーが指を差したのは空だった。

 もう日が暮れて夜を迎える、一日の終わりを表している空。ゆったりとした風が吹いて草木がさざめくと、ふとミザリーの顔を強い光が照らした。


「うっ……眩し――――え?」


「ごめん。あの赤い丸(・・・)に届かなくて」


 今まで……いや、人生でこんな瞬間を見る時が来るとは思っていなかった。


「うわぁ……――――綺麗」


 紅蓮に燃える太陽を隠すように漂っていた雲海が真っ二つに割れ、その隙間から指す真っ赤な光が視界を埋め尽くす。そんな幻想的で美しい光景にミザリーは釘付けになってしまった。

 釘付けになること数十秒、照らしている光がやけに熱いと感じた肌で呆けていた意識が戻ってくるとクレーが返事待つように見つめていることに気が付く。


「すごいね、クレー」


 数秒待たせてようやく出せた返事は、誰からの口からも出るような言葉。


「…………?」


「え!? これでもまだ何か不満なの?」


「……俺、あの赤い丸斬れてない。失敗した」


「……ぷっ! あははは!」


 ミザリーが思わず吹き出すと、クレーはまた首を傾げた。


「なーに言ってんのクレー。あれに届くわけないでしょ?」


 だってあれは私たちが考えられないほど遠い場所にあるものなんだから。

 かつて、神様が人類を照らし続けるために造った永遠に消えることのない灯りなのだ。それに届かせようとするなど人間でいる間は無理なことだろう。

 彼に一般的な教養がないことは知っている。それでも、アレに届かせようなどと考えられるか? しかし、彼はアレに届くと思い剣を振ったのだろう。


「(あぁ……響く)」


 この純粋で素直な、真っ白な心。

 自らの立場が引き寄せる人間の邪悪な部分をいつくも見て来たミザリーは、熱をもった息を吐き出してクレーを見つめた。

 どこで何をやっていたのかも、どんなことを経験してこの力を手に入れたのかも、彼の詳細なんてこれっぽっちも知りやしない。

 だけど〝花の聖女〟として、私は〝花の騎士〟に心を動かされてしまっている。

 ――――いや、これまで〝花の聖女〟として生きて来た私自身の心が動かされているのだろうか?

 目の前には今は全貌が見えない少年が真っ赤な空を見上げている。

 本当に悔しかったのだろう。既に沈み切っても空を赤く染め上げる太陽に向かって、視線を切れていない。


「(うん……いいね)」


 こっち驚くほどの世間知らず。

 私の言う事ならば何でも聞いてしまいかねない従順さ。

 服も着ることが出来ず、呼びかけないと反応ない幼稚な姿も、私からしたら全てが可愛らしいものに感じてしまう。


「クレー」


「……?」


「これから私が色んなことを教えてあげる。だから、私を守護(まも)ってね?」


「……ん」


 私は、この割れた空の景色を忘れることはないだろう。

 〝花の聖女〟になってから当然のように訪れた小さな不幸と不運の積み重ねなど、吹き飛んでいった。

 なんだろう……誰かに「もう安心していいよ」と言われているみたいな、心の緩み。

 明日のことを考えて何にも怯える…………そんな必要がなくなった解放感が、頬を吊り上げる。


「さっ! 夜ご飯の準備しよ、クレー!」


「……明日はギルドに行きたい。強い奴に勝つ」


「もういいのっ! 私にはあなたしかいないみたいだから!」


「…………?」


 ミザリーが「早く!」と手招きすると、クレーは小さく頷いて後を追った。

 その夜――――大聖堂フローラルの外周一面には深紅のバラが咲き誇った。





 〈大都市ラワーレス〉――――ギルド総括室にて、男女三人が向かい合って座っていた。

 冒険者ギルドをまとめるギルド長、エドガー。

 商人ギルドをとりしまるギルド長、ラヴァーズ。

 時には他の都市にも力を貸す〈大都市ラワーレス〉の犯罪や暴動を取り締まる精鋭部隊を率いている総督、ガンダス。

 この三人が勤める役職を持つ者がいることによって、〈大都市〉と呼ばれる存在は循環していくと言っても過言ではない。

 そして、今はまさに〝花の騎士〟が見つかったという議題を取り上げている最中であった。


「うちのメルビィに聞いた感じ、見た目は普通の少年らしいぜ?」


 口に咥えた煙草の紫煙を噴き出しながら、テーブルに置かれている酒瓶を喉を鳴らして飲み干す大男は目の前にいる二人の男女にそう言った。


「でも、メルビィちゃんは少しおかしいでしょう? 普通の少年が〝花の騎士〟になれるわけないもの。一体……どこからそんな少年を連れてきたのかしらねぇ」


 三人の中で、あまりにも雰囲気が違い過ぎる女性はわざとらしい笑みを浮かべながら呟いた。


「……私も早々に会ってみたいものだ」


 三人の中で最年長のガンダスは、いつも腰に携えている剣の手入れをしながらにやりと口角を上げる。

 この国を正式に守る部隊の隊長であり、この世界でも最高峰の剣士であるガンダスには最早クレーの剣術と戦闘能力に関して以外は興味が無い様子だ。


「まぁ、すぐに会えることに会えることにはなるだろ。明日はライラスのとこに顔出すことになるだろうし、俺らもそこに行くんだからよ」


「かなり張り切ってたわよねー。私たち(商人)にかなりの発注があったもの、何だか色んなことを用意してるみたいよ? あの王様は」


「……楽しいことが好きなんだ。この〈ラワーレス〉の王となったお方だぞ」


 平和な国あり、誰しもが豊かな生活をしている〈大都市ラワーレス〉の王。

 その近くにいる三人は苦笑しながらも、これからのことを楽しみにしているようだった。


「あっ、あともう一つ報告しておくことがあってよ。武器商と精鋭の耳には入れておきたい」


「何かしら?」


「…………」


「まぁ、ガンダスは聞いてるかもしれねえがな。結構な大事でよ――――〈虚ろな森〉の魔剣(・・)が姿を消した」


「……は?」


 魔獣の棲み処であり『特級危険域』の〈虚ろな森〉は、どれだけ屈強な戦士であろうと足を止めるような場所だ。冒険者ギルドにも、商人ギルドにも滅多に依頼が来ない。

 当然、依頼があれば向かうのはこの国の最高戦力であるエドガーたちくらいなものだ。


「驚くのも無理はない。メルビィに聞いて大急ぎで俺も向かって確かめてきた」


「冗談じゃないわ……。あの魔剣が姿を消したなんて、どこまでふざけた悪夢なのよ……」


「大昔……皮肉にもこの国を造り上げ、世界に魔素を生み出した元凶。あんなものが世に出てくることを考えると、流石に悠長は出来んな。このことは王に伝えたのか?」


「いや、次いでだから明日でいいと思ってな」


「そこは悠長にしてちゃダメじゃない。サプライズにも程があるわよ? 驚き過ぎて死んじゃうんじゃないかしら」


「だがな……ようやく各都市の〝騎士〟が揃ったんだ。俺らだってゆっくりしたいだろ」


 夕暮れ時に酒瓶を何本も空にしてる男の言う事かとラヴァーズとガンダスは視線が交わった。

 だが、エドガーの言葉も間違いではない。

 これまで〈大都市ラワーレス〉以外の三つの都市の聖女は既に騎士を発見していたことで、戦力に大きな偏りがあったのだ。現に、クレーが見つかるまではここから二十キロ以上も離れた〈大都市レアーレス〉に助力してもらいながら都市を守り続けていた。

 特に、この三人は働き過ぎと言って過言ではない。

 冒険者の管理と連絡はエドガーが毎日行い、食料や衣類と言った生活の全てはラヴァーズが都市中の管理しており、ガンダス率いる精鋭部隊は冒険者たちでは補い切れない長距離遠征を行っていた。


「確かに……少しくらいは気を抜きたいわね」


「私もゆっくりと素振りをしたいものだ」


 三人の口からは何とも言い難い笑みが零れたように見える。

 その姿は、窓の隙間から指した紅の逆光が隠したが三人共、思うことは同じだろう。


――――その瞬間だった。


「「「…………ッッ!!?」」」


 背筋が縮まるような恐怖が、体を通り抜けて行った。


「な、なんだ!!」


 エドガーが叫ぶように声を上げると窓の外へと顔を出す。

 すると、そこに広がっていたのは…………


「空が……」


 沈む直前の空には、綺麗な星々が浮かび上がっていた。

 だが、それでもおかしいと気が付けた。

 何故なら――――雲が空の端々に広げられているという異様な光景が目の前に広がっていたのだから。


「……方角的には大聖堂かしら」


「は、ははっ、まさかな……。空を切り裂くなんざ、聖剣を持ったガンダスにだって出来やしねぇ。ましてや俺にも出来ねぇことだ」


 この都市最高の戦闘力を誇る二人が驚愕している姿を見たラヴァーズは、遠くに見える〈大聖堂フローラル〉を見つめた。


「――――これは、明日が益々楽しみになってきたわね」


 その小さな呟きは、夜の帳に溶けてった。




 




 

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