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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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94 3つ目のダンジョンの住人

 俺は、棺だと思われる長方体の木箱に手を伸ばそうとするシルフを抱きとめた。


「ソウジ!」


 一階から、アリスの声が聞こえた。

 俺は、目の前の木箱には吸血鬼が入っているのだろうと想像している。

 アリスの悲鳴の意味を推測した。

 魔法の石版を取り出し、シルフを抱きかかえて持ち上げた。

 部屋を出る。


「アリス、ウー、合流しろ!」


 危険があることは想像していた。だが、想定以上だ。

 俺は階段を駆け下りた。途中で、真っ白い毛玉とぶつかった。

 アリスだ。


「アリス、ウーは?」

「下で、食い止めています」

「わかった」


 シルフを抱えていた腕にアリスも押し込め、階段を降りる。

 小さな桃色の後頭部が見えた。ウーが杖をかかげている。

 魔法で結界のようなものを作っているのだ。

 ウーの背中越しに、青白い顔の女が飛びかかってくるのが見えた。


「ウー、どうした?」

「見ての通りです。地下室らしい扉を開けたら、あの人が飛び出して来たんです」


 ウーは油断なく青白い顔の女から視線を外さず、指差していた。もっとも、ウーに指はなく、二股に別れた蹄である。


「アリス、あいつは?」

「心臓は動いていませんね」


 俺が聞きたいことを、アリスは珍しく的確に教えてくれた。


「わかった。ウー、魔法を消せ。俺がやる」

「どうぞ」


 ウーの結界により女が退いたタイミングで、ウーが下がった。

 俺はシルフとアリスを階段に残し、残りの階段を降り切った。

 長方体の木箱がある部屋に戻り、魔法の石版をタップする。

 死霊魔法レベル2だ。


「従え」


 レベルが上がった死霊魔法なら、アンデッド系の魔物を従えられるのではないかと期待した。

 魔法の発動を感じて命令したが、青白い顔が怪訝な表情を浮かべた。


「お前、誰だ?」


 俺の呼びかけに、言葉で答えた。従えるのは無理でも、話をするぐらいはできるらしい。


「俺は、異世界の魔法士だ。この世界のことについて聞きたい」

「ふうん。とりあえず、美味そうだな。血をくれ」

「あんた、吸血鬼なんだろう? 俺まで吸血鬼になる」

「この世界の者は、全て血を吸って生きる。なんら問題はない」


 女はがちがちと歯を鳴らした。


「俺にとっては問題だ。俺は、この世界から元の世界に戻る。吸血鬼になるわけにはいかない」

「それは無理だろう」


 俺は、話をしながら魔法の石版を後ろ手に持った。

 アリスとシルフが触れるのを感じた。

 魔法の石版に触れるというのは、つまり収納されるということだ。


「無理とは、どういう意味だ?」

「この世界には、私たちの眷属しかいない。ここ最近……何百年もこの世界には生き血がない。世界中が渇望している。お前の生き血を、世界中が求めている」

「ウー」

「なんです?」


 俺はウーに呼びかけ、振り向いた鼻先に魔法の石版を押し当てた。

 ウーが消える。


「……消えたな。どうやった?」

「俺は、あんたの仲間だ。生き血なんかない」


 俺は、再び死霊魔法をタップした。

 女の顔が迷うように歪んだが、しばらくしてうなずいた。


「そうか……それもそうだな」


 今度は、死霊魔法が効果を表したのだ。アンデッド系の魔物に、誤解させるくらいのことはできるらしい。


 ※ 


 女の姿をした者は、自らを吸血鬼だと名乗り、ニキヤが名前だと教えてくれた。俺のことを同じ吸血鬼だと理解している。

 それは、俺が死霊魔法を使用し続けているからだ。


 俺がこの世界のことを尋ねると、ニキヤは不思議そうに首を傾げながらも、答えてくれた。

 居住まいを正して答えたわけではない。

 本来ならまだ寝ている時間に、なぜか美味いものがあるような気がして飛び起きたのだと言う。

 美味いものがあるなら地下だと思って飛び込んだが、何もなかったので戻ってきたところで、ウーと遭遇したようだ。


 その美味いものが、俺の生き血であろうことは予測がついたが、あえて言わなかった。

 俺が勇気を出して開けようとしていた木箱は、結局空だったのだ。中身が飛び出した後だったのだから。

 ニキヤは再び寝直すために長方体の箱を直しながら、俺の問いに答えた。


「この世界は、吸血鬼のものだ。そんなこと、常識だろう? 最後の人間の生き血が飲み干された時、吸血鬼の世界は永遠の餓えと渇きの世界になった。別に、昼間だって活動できる。でも、昼間は余計に渇くんだ。夜は渇きがましになる。だから、活動する時は夜が多い。もっとも、世界に生き血はどこにもないし、私たちは生きていない。活動する用があるなんてことは、ほぼないんだけどね」


 蓋を開けて中を覗き、中に敷いた布を寝心地がいいように整えながら、ニキヤは言った。

 黒髪に真っ白い肌をしている。大きな目と厚くぷっくりした真っ赤な唇が印象的だ。

 これで、死霊魔法が切れれば俺に飛びかかってくるのでなければ、もっとよかったのだが。


「じゃあ、することのない夜はどうしているんだ?」

「することがなければ、寝ているさ。そうして、寝続けている奴も多いよ。起きてこないからって、寝たままではないだろうけどね」


 吸血鬼は新陳代謝をしない。生き血を飲まなければ渇きは癒されない。

 喉がいくら乾いたところで、何も飲まなくても死にはしないのだ。

 すでに人間が滅んだ後では、吸血鬼は何もすることがなくなるようだ。


「寝るのか?」


 もぞもぞと箱の中に入っていくニキヤに尋ねた。


「ああ。喉も渇くしね。あんたも寝たほうがいい。寝床はどこだい?」

「いや……寝床はない」

「そうか。それは難儀だね。でも、水瓶がある部屋から地下室に入れる。ちょうどいい寝床が見つかるまで、昼間は地下室に入っているといいだろう。寝床ほどじゃないけど、地下の方が渇きは酷くない。夜になったら、寝床にする箱を探すといい。私としては……やるとこがある奴が羨ましいよ」


 ニキヤはしみじみと言った。俺は、蓋を閉じようとするニキヤに尋ねた。


「あんた、何年生きている?」

「忘れたよ。数えていない。まだ200年は経たないんじゃないかな」


 言いながら、長方体の箱の蓋を閉めた。

 俺は、ニキヤの部屋から出て地下室を探すことにした。

 この世界の吸血鬼がどのぐらいの強さか確認したかったが、昼間吸血鬼が活動しないのは、この世界では獲物が全滅し、渇きが酷いからだという。


 つまり、昼間だからといって眠っているというわけではない。

 大きな物音がすれば起き出すかもしれない。

 俺が会ったのがニキヤだけだからといって、この家に、さらにこの村に、どれだけの吸血鬼がいるのかわからないのだ。


 俺は、一階に降りてからシルフを外に出した。

 長い耳をもったエルフ族を名乗る少女は、あたりを見回して鼻をひくつかせた。


「さっきの家だな」

「ああ。やはり、この家には地下室があるらしい。どうやら……地下室で大きな研究施設がある可能性はなさそうだけど、夜になる前に、隠れる場所を見つけておきたい。さっき会った吸血鬼が、地下室のことを教えてくれた。探してみよう。水瓶がある部屋だそうだ」

「水瓶のことは知らないけど、水があるのはこっちだな」


 アリスほどではないだろうが、シルフも十分野生の感覚を身につけている。


 俺には全く感じられない近くの水の匂いを嗅ぎ分け、大きな水瓶がある部屋に迷わずに案内してくれた。

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