92 3つ目のダンジョン ☆
俺は、温かい日光が降り注ぐ、立ち枯れた不景気な森にいた。
ダンジョンに入ったのだ。
俺が魔法の石版で確認すると、オーブの方向だけはわかったが、距離まではわからなかった。かなり遠いようだ。
俺の出た場所は周囲から少し高くなっているようで、見下ろすことができた方向に、数件の建物が並んでいるのがわかった。
このダンジョンの中がどんな世界なのかわからないが、最初のダンジョンと極端に違わない世界のはずだ。
俺が見ているのは民家の可能性が高い。
民家が数件あれば、集落だ。
俺が来た元の世界では、見たことがないほどの集落だ。
村といっていい。
人間が集まっただけで、抵抗もできない巨大な生物が破壊しにくる世界とは違うのだ。
そう考えると、ドラゴンたちのやり方は人間に対して酷すぎるのではないかと思わなくもない。
余計なことを考えるのはやめよう。
この世界が、最初に入ったダンジョンと同じぐらいの文明を持っているなら、あの頃から千年が経過しているのだ。
地球とは違って、時間を超えられる機械も発明しているかもしれない。
俺は念のため、魔法の石版からエルフのシルフを呼び出した。
「ここはどこだ?」
相変わらず、長い耳を振ってシルフが見回した。
「ダンジョンの中だよ。シルフは耳がいいだろう。注意してくれ」
「へぇ。やっぱりダンジョンに入ったんだな。いいよ。でも、あたしよりアリスの方が耳はいいし、ソウジも魔法を使えば、あたしよりも遠くの音が聞こえるだろう?」
「アリスは、草を探しに行ってしまいかねない。それに、来たばかりのダンジョンだ。できるだけ、魔法をいつでも使えるようにしておきたい。耳にだけ意識を集中させるよりね」
「わかった」
俺は、自分でも勝手なことを言っている自覚はあったが、シルフは文句も言わずに短い足でとてとてと俺の前を行った。
シルフは人型だが、体つきは幼女である。
頭部が大きく、手足が短い。
植物の育成には不思議な力を持つが、急速に成長させられるわけではなく、快適に暮らせる木を育てることができるだけだ。
俺が知る限り、それ以外に特別な力はない。ただし、上に突き出た耳に象徴されるように、耳がいい。
「なんでもいいから、近づいて来る奴がいたら教えてくれ」
「なら、ソウジ、あれを貸してくれ」
寂しい丘を下りながら、シルフが振り向いて手を伸ばした。
俺は、シルフが何を求めているのか理解した。
前のダンジョンで、オーブを破壊したのは俺ではなくシルフだ。
シルフには、俺のアイテムの拳銃を貸したのだ。
「……いや。あれは、相手によっては逆効果だ。よほど当たりどころか良くないと、相手を怒らせるだけだ。かえって危険だ」
「そうか。ソウジがそう言うなら、そうなんだろう。靴って……相手を怒らせるんだな」
「えっ? 靴か? ごめん、勘違いした。そうだな。この辺りの地面は硬い。裸足じゃ怪我をするな」
俺は、裸足で歩いていたシルフを抱きかかえ、生命魔法をタップした。
草でシルフの靴を作るのも久しぶりだ。
民家が見えるので、文化的な人間たちがいると考えていいだろう。
シルフにはいつかきちんとした靴を用意してやろうと思いながら、シルフを抱いて俺は丘を下った。
※
集落を構成していたのは、木材と石で作られた家に近い建物だった。
「奇妙な家だな。やっばり、ダンジョンの中は変わっている」
シルフは、まだ新しいように見える木の柱を珍しそうに撫でていた。
「そんなに奇妙かい?」
「うん。どうやれば、こんな形に木が育つんだろう」
シルフの感想は、俺とは少し違った。シルフは、エルフ族の魔法で意図した形に木を育てることができる。
一本の木を住居の形に育てるのは大変な時間がかかる。
「似たような家は、元の世界にもあっただろう。いや……あれは1000年前か」
俺は、ドラゴン族と敵対するマーレシアという貴族のことを思い出した。
「そうか。あの時は気にしなかったけど、こういう形に育てたんじゃないのか……木を削ったのかな? どうしてそんなことをするんだろう?」
「その方が、効率的なんだろう。シルフ……周りには誰もいないのか?」
俺は尋ねながら、生命魔法で成長させたつる植物を編んでいた。
「小さな動物の足音は聞こえるな。でも、他にはいない」
「出かけているのかもしれないな。全部の家が留守になっているわけじゃないだろう。少し、調べてみよう」
俺は言いながら、編み上がったつる性植物の靴をシルフに渡した。
シルフは、嬉しそうに靴に足をはめた。
「どの家にも、人間はいなそうだぞ。誰も動いていないし、息もしていない」
シルフに言われ、俺は集落の建物を見つめた。
現在は集落の外縁部だ。
いくつかの建物が見える。シルフは、集落全体に誰もいないと断言した。
「少し、探ってみよう」
俺はシルフを肩車して集落の中に進んだ。
魔法の石版をタップし、生命魔法を発動する。
耳に意識を集中させた。
何も聞こえない。
耳の機能だけであれば、生命魔法を使用することでシルフに引けはとらない。
だが、耳に入ってくる音が何を意味するかを判断するのは、結局経験である。
「シルフ、人間がもしいたら、鼓動も聞こえるか?」
「近ければ聞こえるけど……建物の中じゃ無理かな。でも、誰もいないと思うぞ」
「そうかもしれないが……何か理由があるはずだ。どこかに出かけているとか。地上の集落はダミーで、実際には地下に街があるかもしれない」
「ソウジは変なことを考えるな。どうして、地下に住むんだ?」
「理由はわからないが……この世界でも、地上にドラゴンが出るかもしれないだろう。ダンジョンの中だ。何があっても不思議じゃない」
「それもそうか」
シルフが納得したところで、俺は続けた。
「ドラゴンナイトのキリシアンが、俺たちが最初に入ったダンジョンに近い匂いがするって言って連れてきたダンジョンだ。機械技術が発達しているはずだ。1000年前に、あのゾンビだらけのダンジョンと同じ水準にあったなら、時間を遡る装置ぐらいあるかもしれない」
俺は言いながら、集落の中央にたどり着く。
扉には鍵がなく、扉は静かに開いた。
シルフは、誰もいないと明言した。
俺は、未知の科学技術を求めて、民家と思われる建物に侵入した。




