90 新しい仲間
巨大な爬虫類の背に、白兎の魔物アリスが乗っている。
俺はそう確信した。
「どうして見つかった? この基地は、迷彩塗装と異臭発生装置をつけているんだぞ」
誰かが叫んでいる。迷彩塗装は見当がついた。異臭発生装置というのは想像できなかったが、名前から効果は推測できる。
「超音波で追い払えないのか?」
俺は、全員が背中を向けているのを確認して一瞬だけ同化魔法を解除し、声を張り上げて、再び床に同化した。
「対ドラゴンの超音波発生装置はあるが、あの魔物に通用するかどうかはわからない」
この基地の管理者であるデゴスが答えたが、振り向いてから怪訝な顔をした。
答えたはずの相手がどこにもいないのだから無理もない。
超音波でドラゴンに対抗する装置はあるらしい。
どうやら、千年経っても地球の害獣に対する防衛方法というのは、根本的には変わらないようだ。
時間を逆行できる装置が開発されていないというのも、本当のことなのだろう。
時間を遡る方法がないのであれば、俺にとってこの世界の人間の文明は意味がない。
「主砲用意」
「了解。主砲用意」
デゴスが命じ、俺の知らない未来人が応ずる。
基地から機械音が上がり、一部の外壁から砲台のようなものが突き出したのがわかった。
俺は、同化魔法が解除される危険を犯し、別の魔法をタップした。
中央室の真上に、基地から出るハッチがある。
俺は、レベル2に進化した爆発魔法を真上に放った。
「なんだ? 別の敵か?」
全員がどよめく。だが、頭上のハッチが弾け飛んだ周囲には何もいない。
空が見えた。
「全員、防護服を用意しろ」
外と繋がった。外の空気は、未来人たちには毒なのだ。
俺は生命魔法をタップし、足に意識を集中させた。
飛び上がり、頭上の出口に飛びつく。
こんなことをしなくても、普通に出るなら重力装置で上がれるとは、ソルト教授から聞いたことがある。だが、俺には操作できないのだ。
俺は、吹き飛んだハッチから頭を出した。
基地から顔を出すと、ピラミッドほどもある巨大な盛り上がりが、周囲の景色を写して迷彩柄となっていることがわかった。
ハッチから飛び出す。その方向に、巨大な爬虫類がいた。
突き出した砲塔に噛み付いていた。主砲を用意したまま、未来人たちは防護服を取りに行ったのだ。
「アリス!」
俺が叫ぶと、爬虫類の背にいた白いウサギが前足を振った。
基地の外壁は、なだらかな斜面となっている。俺は、巨大な爬虫類に向かって斜面を降った。
「砲塔から離れろ! 吹き飛ばされるぞ!」
「ソウジ、無事だったんですね」
アリスは巨大な爬虫類の頭部を走り、滑り降りた俺の腹に乗った。
「アリス、あのでかいのは?」
「友達です。昨日知り合いました」
「あいつが噛み付いているのは、人間の武器だ。離れないと死ぬぞ」
「えっ? そうなんですか?」
アリスが振り向いた。その途端、巨大な爬虫類の体が吹き飛んだ。
未来人の兵器の力だ。巨大な恐竜を吹き飛ばした。弾丸が貫通するよりはダメージは小さいだろうが、巨大な爬虫類は、地面を転がって森の中に消えた。
頭を振りながら、爬虫類が立ち上がる。どうやら、死んではいないようだ。
指先から出る光線で空飛ぶ魔物を撃ち殺すような未来人の主砲にしては、威力が弱いようにも見える。
だが、地球の科学技術で施してある技術を持って転移してきた体内の武器と、この世界で再現したものとでは、威力も違うのだろう。
「アリス、シルフは?」
「この辺り、臭くて近づけないって言っていました」
「なるほど。シルフには効果があったんだな」
俺は妙に納得し、基地を滑り降りて巨大な爬虫類が吹き飛んだ方向に走った。
未来人は、俺を探さないだろう。
たまたま森の中で拾ったから助けてやった原始人というのが、俺の扱いだ。
俺がいなくても困らないし、俺は未来人にとって重要人物というわけではない。
俺はアリスを抱えて、巨大な爬虫類が吹き飛ばされた森の中に逃げ込んだ。
ちょうど吹き飛んだ爬虫類が、ぶるぶると頭を振りながら起き上がったところだった。
サイズは育ちきった水牛ほどあり、抜け目なさそうな目つきに、大きな頭部、鋭い歯をしている。
どうやら、俺の知る限りでは恐竜というのが最も近い。
恐竜のなかでは小柄なのだろうが、大きいほど強いというわけでもないのだと、俺は元の世界の映画で見たことがあった。
「大丈夫ですか?」
「ああ。酷い目にあった」
アリスが問いかけると、恐竜が流暢に受け答えした。
「喋るのか?」
俺は、未来人のところで見たあらゆるものより、恐竜が話したことに驚いていた。
「当たり前じゃないですか」
「以前に言っていた……魔法士を導くための魔物か?」
かつて、アリスとシルフは俺に説明したことがある。
この世界の全ての魔物は、世界の支配者であるドラゴン族が作ったものである。
魔物には二種類あり、一種類はアリスやシルフ、またウーのように、魔法士を導き、ダンジョンの攻略に協力する魔物だ。
もう一種類は、ダンジョンの攻略に協力せず、ドラゴンたちに抵抗する魔法士たちを排除するための魔物だ。この場合、魔法士は勇者と呼ばれる。
見た目はただのウサギであるアリスが話すのだから、恐竜が話をしても、驚くにはあたらないのだろう。
「いや。そんな区分は、もうないぞ」
「辞めたのか?」
理性的に話す爬虫類に違和感を持ちながら、俺は尋ねた。
「魔法士を導く魔物が弱い必要がない。というより、強い魔物に導かせた方が簡単じゃないかという結論になったと聞いた。ただ……ダンジョンを攻略するって魔法士が増えないのは変わらないけどな」
「ドラゴンたちは気が長すぎるんだろう」
「そうだな」
恐竜が笑いながら、鋭い鉤爪で自分の顔を掻いた。
「じゃあ、この世界の魔物は、全部話せるのか?」
「いや。俺たちが飢え死にしないように、簡単に殺せる魔物がたくさん放たれている。大部分はそいつらだ。話は通じないし、もともと俺たちが食うための連中だから、殺して食べるといい」
「結局、魔物が二種類いるってことは変わらないんだな」
「ああ。俺は、あんたが1000年前からダンジョンを経由してこの世界に来たって聞いた。1000年前のことは知らないが、この世界の餌でしかない魔物も、それなりに強い。知恵のある魔物は、勇者も殺せる。千年前より、魔法士にとってはやりやすいだろうな」
俺は、足元に来た白ウサギを抱え上げた。
「あんたは、あいつらを殺すのが役目なのか?」
俺は、周囲に溶け込んで隠れている未来人の基地を指差した。
「ああ。だが、あそこにあることがわかれば、俺が壊さなくてもいい。仲間を呼ぶこともできるし、ドラゴンを呼んでもいい。それに、俺たち知恵のある魔物にとって、勇者を殺すことより、魔法士がダンジョンを攻略するのを助ける方がより重要だ」
「つまり……俺と来たいのか?」
「俺も、名前が欲しい」
「よし、ハンヘドだ」
俺は、恐竜の固そうな頭部から、ハンマーを連想した。ハンマーヘッド、略してハンヘドと名付けた。
恐竜は大口を釣り上げて笑い、俺に手を伸ばした。
俺が魔法の石版を向けると、巨大な恐竜が魔法の石版に吸い込まれ、ウーの隣でアイコンに変化した。




