89 襲撃をする者、される者 ☆
俺は同化魔法を駆使して、誰にも見つかることなく基地内部を移動した。
未来人の女性トロディロに誘われていたが、すでに生殖機能が退化しているなら、性別に意味はないことになる。
そもそも俺の目からは、未来人は欲望の対象にし難い形に変化してしまっていた。
俺は移動し、基地の中央にある出入り口にたどり着いた。
基地は、山型をしているらしい。火山であれば噴火口に当たる部分に出入り口があり、司令室と思われる場所から円筒形の透明なエレベーターで外に出ることができる仕組みのようだ。
俺は壁と同化して司令室に佇みながら、外に出る機会を伺った。その過程で、基地全体の運営方法も学ぶことになった。
装置であれば、俺には操作できない。使い方もわからないが、そもそも使えない可能性がとても高い。
未来人が『リティカー』と呼ぶ、体内から表示板を空中に投影する機能が埋め込まれていないと、基地内の殆どの機能は使用できないようだ。
司令室で同化している間に、俺の部屋をまた誰かが訪れてくるとも限らない。
俺はすぐに外に出ることを諦め、まずは未来人たちの信用を得るために行動することにした。
※
俺は、与えられた自室で無為に過ごした。
基地にとって役に立たなくても、未来人たちは同じ人間種である俺を傷つけようとはしなかった。
定員が増えれば優先的に追い出されるのだ。慌てる必要はないはずだ。
トロディロの誘いに乗らなかったことで、俺も生殖機能が退化しているのだと認識され、それ以降のお誘いはなくなった。
食事も壁から自動で提供されるようになり、未来人と接触する機会もない。
時々部屋から出たが、同化魔法を使うまでもなく、人に出会うことはかなり少なかった。
それぞれの作業に没頭しているのかもしれない。高度に進化した文明を持つ人々は、共同作業を必要としないのかもしれない。
俺が無為に部屋で過ごすようになって10日ほども経っただろうか。あまりにも何もしていなかったので、時間の感覚も曖昧になった頃、突然基地が揺れた。
「どうした?」
「魔物の襲撃だ」
俺が扉から顔を出すと、未来人たちが騒ぎながら走り回っていた。
走り方もぎこちない。
杖をついた老人が、ものすごく早く足を動かしているかのような走り方だ。
人間は、千年で確かに進化したのだろう。ただし、あまりにも文明が便利になり、肉体を鍛えるという方向には進化しなかったらしい。
誰も、未開の原始人だと思われている俺に意識を向けなかった。
何が起きているのか、俺は知りたくなった。
緊急事態への対処を見れば、文明の限界がわかる。
俺は、生命魔法をタップして耳に意識を集中させて、自分の部屋から抜け出した。
別に、部屋から出ることは禁じられていない。
この数日で、俺はすっかり無害な存在だと思われていた。
それでも見咎められるのは面倒だと考え、俺は人が少ない通路を選んで移動した。結果として、潜り込んだのは基地の中央ルームだ。以前潜り込み、同化魔法でしばらく眺めていた場所である。
360度ぐるりと囲むモニターは、外の様子を映し出している。
この基地に向かって、恐竜のような巨大な爬虫類が体当たりをしているのが見えた。
ぶつかり、揺れる。
「あれはなんだ?」
「この世界の固有種だろう。基地を外敵だと思っているのか?」
俺が尋ねると、俺をこの基地に連れてきたソルト教授が、モニターを睨んだまま答えた。
「いや、この世界の固有種はドラゴンだけだろう」
モニターを睨んでいたソルト教授が、俺に視線を向けた。
「……ソウジか。『血の池』の民がなにを知っているというんだ?」
ソルト教授は、俺を見下して口元をへの字に曲げた。
俺は、この基地に住んでいる人間たちの能力を知った。この基地のことを知り、基地の限界を知った。
後、俺が知りたいのは一つだけだ。
「ソルト教授、あなたたちは、時間旅行ができるのか?」
そんなことを聞いている場合ではないだろう。叱責されるのを覚悟で、俺は尋ねた。それさえ聞ければ、俺がこの基地にいる理由もなくなるからだ。
「『血の池』の民は、まだそんな夢を見ているのか。時間の流れは世界の理そのものだ。先に進むことも、戻ることもできないよ」
俺の知りたいことは、全て知った。
「この世界の動物は、全てドラゴンたちが俺たちの世界からさらってきた生物で、魔物はドラゴンたちが創り出したものだ。この世界に、固有種はドラゴンしかいない。当たり前のことだと思っていたがな」
「ソウジ、貴様、何を知っている?」
ソルト教授が、指先を俺に向けた。指から発射される光線で、空を飛ぶ巨大な魔物を撃ち落としていた。
俺は、魔物のアイコンをタップした。
「……痛てっ。あれ? ここは……どこですか?」
突然呼び出されたピンクオークのウーが、逆さまに飛び出して床に頭を打った。
「なっ! 獣? 不浄な!」
中央ルームにいたのは、俺とソルト教授だけではない。
基地に住んでいる未来人の多くが集まっていた。
俺の言うことなど、誰も聞いていなかった。ソルト教授が、付き合いが良かっただけだ。
だが、ウーが飛び出したことで、未来人たちは一斉に浮き足立った。
「ちょっと、ソウジ、どういうことです?」
「ウー、光れ!」
「な、なんだか分りませんけど」
言いながら、ウーは常に手放さない杖の先端にある水晶を光らせた。
俺は生命魔法をタップし、ソルト教授を殴りつけた。
ウーに魔法の石版を押し付け、石版の中に再び押し込む。
俺は、同化魔法をタップした。
未来人たちは俺を見失い、殴り倒されたソルト教授を助け起こしていた。
外の巨大な爬虫類に、基地が揺すられる。
俺は同化魔法を維持したまま、モニター越しに爬虫類を見ていた。
俺は、巨大な爬虫類の背に、小さな白い姿がまたがっているのを見つけていたのだ。
※画像にしてみると、想像したよりシュールだなって思いました。




