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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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88 基地の人々

 女は、トロディレと名乗った。


「俺はソウジだ。ここの人たちの名前は、番号じゃなかったのかい? 〇―30とか」

「それは、通信機の番号だ。名前じゃないよ。ソウジは、いつからここにいるんだい?」


 トロディレは自分も食べ物が入った器を持ち、スプーンですくって口に運んだ。

 俺は器の中身を見たが、半透明のゼリーが固まって張り付いている。


「ここって……この世界かい?」

「ああ。森とドラゴンのこの世界さ」

「千年前だ」

「嘘だろう?」

「ああ。二か月ぐらい前かな」


 あまり長く居ると不自然に思われるかと思い、俺は短めに言った。器のゼリーをスプーンですくってみたが、あまり食欲が沸かない。


「二か月か。この世界で良く生きていたね。これまで、他の基地にいたのかい?」

「いや。基地はここが初めてだ。木の上や洞穴で過ごしていた。この世界は……基地以外にも人間が住んでいる場所があるのかい?」


「ないね。基地を作るようになったのは、この世界でも100年以上前からだそうだよ。それ以前はどうしていたのか、記録もろくに残っていない。転移して、すぐにドラゴンたちに食い殺されたんじゃないかね」

「……そうかもな」


 この世界に転移すると、魔法の石版と魔法の能力を与えられる。それは、俺が召喚された時代のことだ。現在も同じはずだが、未来の地球人たち本人の認識は、俺にはわからない。

 俺は生き延びることができたが、転移した人間のほとんどが転移直後に魔物の餌になっていたとしても、不思議ではない。それほど危険な世界だ。


「食べないのかい? 味はしないけど、栄養は豊富だよ」

「味はしないのか……」


 俺は、スプーンを口に運んだ。トロディレはほぼ完食している。食事が終わっても出て行かないのは、食事より俺についての情報収集が主な目的だからだろう。


「基地以外では、人間は生きられないんだろうな」

「当然さ。この世界は汚染されている。基地から出たらひとたまりもないよ。あんたみたいに、元々汚染された地域の出身なら別なのかもしれないけどね」


 確かに、俺が生きていた地球では、環境の悪化が叫ばれていた。

 千年後の地球は違うのだろう。綺麗な環境で育った人間たちは、この世界の、俺には感じられない何かの成分に毒されてしまうのだろう。


「100年前から基地を作っているってことは……人間の数はかなり増えたんだろうな」

「地球から拉致されてきた人間は、大部分保護しているはずだよ。それ以外に、増えることはないさ」


 俺が知る世界とは違うようだ。この世界の千年前は、転移して来た人間と、その子孫しか人間がいなかった。


「増えるだろう。転移して来た人間の子孫はどうした? 基地の中で安心して生活できるなら、基地がいくつあっても足りないぐらいには増えるだろう。子どもはどうした?」

「いくらドラゴンたちが悪者でも、子どもまでは転移させないよ。地球の科学者たちがそう言っている」

「……赤ん坊は産れないのか?」


 トロディレが誤魔化しているのか、本当に解らないのか、自主的に人間を増やすことはしないのだろうか。


「赤ん坊……昔はいたらしいね。『血の池』じゃ、まだ産れるのかい?」

「地球の普通の地域では、産れないのか?」

「そりゃそうだろ。生殖能力なんてものがあるから、犯罪が減らないんだ。人間は全部、試験管の中で培養されて生まれるものさ。まさか『血の池』じゃ、去勢手術をしないのかい?」

「いや。冗談だ」


 俺がまだ去勢手術を受けていないと知られると、強制的に受けさせられるかもしれない。

 大家族を目指しているわけではない。だが、性欲を失った後を想定すると、とてもヒナを探しに行く気力が残るとは思えなかった。


「なんだ、驚いたよ。もしあれができる男がいたなんてことになったら、奪い合いになるところだ。もし、できるなら……男どもには感づかれちゃいけない。すぐに手術室に連れ込まれる。私以外の女に知られたら、ベッドに連れ込まれるよ。みんな、子どもはできないし、性欲はないけど、試してみたいって思っているからさ」


「わかった。トロディロは違うんだな」

「違うなら、真っ先にあんたの部屋に来るはずがないだろう。様子見と、忠告に来たのさ。もし、本当に……できるなら、私の部屋は220だ」


 部屋には、全て数字が掲げられている。俺は頷く。


「どちらとも言えないな」

「用心深いんだね。その方がいい」


 トロディロは俺の頬を叩き、俺が半分しか食べていない味のしない完全栄養食のゼリーを持って出て行った。

 俺が『どちらとも言えない』と言ったのは、実は性欲を隠そうとしたのではない。俺の感覚からは奇妙に歪んだ体の未来人を相手に、俺の意識が前向きに反応するという自信がなかったのだ。


 トロディロが出て行ってしばらくしてから、俺は別の人物の訪問を受けた。

 奇妙にねじれた体ながら、がっしりとしているのがわかる。浅黒い男だった。

 男は、基地の管理者デゴスと名乗った。

 デゴスは俺の部屋を訪れ、体から発行体を空間に表示させながら言った。


「外での活動が可能らしいな。体調に変化はあるか?」


 デゴスは名前と身分を俺に告げ、唐突に質問に入った。


「この基地に入ってからか? 特にないが」

「部屋が空いていたから受け入れたが、『血の池』出身者を人間と認めることに抵抗がある者もいる。あまり、部屋から出ないほうが良い」

「デゴスのそれ、産れつき出せるのか?」


 基地の管理人デゴスは、表示させた光る物質を操作している。記録を残しているようでもある。メモを取る機能があるなら便利だろう。


「産れた時に体内に埋め込められる。普通の人間ならな。『血の池』ではそうではないのだろう。その意味では産まれつきとも言えるが、本来の意味では違うだろうな」

「どんな機能があるんだい?」


 俺が尋ねると、ずっと表示画面を見ていたデゴスが、視線だけを俺に向けた。


「驚いたな。それすらも知らないか。生きて来た記録だよ。どんな機能があるのか、人生経験によって変わる。体調の管理が優先されることもあるし、技術の習得や、必要な知識が呼び出しやすいようになっている奴もいる。全員に共通しているのは、犯罪の履歴が残ることかな」

「この世界に来た時に、不思議な力を与えられた。その力で使うのか?」


 脳内に機械でも埋め込むのだろうか。俺は、あまりいい印象は持たなかった。俺が魔法の石版と呼ぶ道具で呼び出す力は、今の人間にも与えられるはずだと、俺は質問してみた。


「ああ。この表示の一部が変化した。全員同じだ。お前はどうなんだ? リティカ―の表示ができないんだろう」


 体から空間に照射されるシステムが、『リティカ―』と呼ばれるらしい。俺は、手の中に魔法の石版を表示させた。


「この世界に来て、出せるようになった」

「……ほう。便利そうだな」

「あんたたちのリティカ―ほどじゃない」

「まあ、そうだな」


 俺を未開の地出身だと思っているデゴスは、俺より劣っているなどとは考えないだろう。俺が言うと、大きく頷いた。


「しばらくは、基地にいてもいい。さっきも言ったが、あまり部屋から出ないことだ。『血の池』の者に基地のことは理解できないだろう。ソウジだったか……防護服なしで外の活動が可能だというのなら、それを依頼するかもしれないが、外から有害な物質を無意識に持ち込んでしまう可能性もある。よほど切羽詰まらなければ、ソウジに頼むことはないだろう」


「わかった。外でずっと緊張していたんだ。少し、のんびりさせてもらう」

「それがいい。まあ、他に人が見つかって、部屋がなくなったら出て行ってもらうかもしれない。『血の池』の者しか、外では生活できないからな」


 俺を『人』とは思っていないようだ。


「そんなに頻繁に、こっちに人は来るのか?」

「全体でいえばそうだな。年に1万人はこっちに拉致されていると考えている。だが、この世界も広い。運よく見つけられればいいが、この世界に転移したばかりの時は防護服も着ていない。転移から24時間以内に見つけられなければ、その人間は助からない」

「……そうか」


 それでも、基地を作り上げてある程度文明的な生活ができるようにしているのだ。千年後の人間は優秀だし、リティカ―という機能は奴に立つのだろう。


「生命力の強化をしてもダメなのか?」


 俺は、この世界に来た時に精神魔法と生命魔法、火炎魔法を覚えていた。生命魔法は、体を癒しも強化もしてくれる。俺が尋ねると、デゴスは首を振った。


「リティカ―に突然表示されたものに、気づくかどうか怪しいものだ。それに、使ってみようと思う方が少ない。現在では、体を強化してくれることはわかっているが……原理がわからない。誰も積極的に使おうとはしていないし、この世界に転移したばかりで経験の浅い者が、利用するはずがない」


 進化した人間も、良いことばかりではないようだ。


「この世界で産れた人間も多いんだろう? リティカ―はどうする?」

「人間は産れない。この世界では、まだ育種機器を作成できていない。育種機器を作れても、リティカ―の製造ができないと使えないしな」

「……産まれないって……子どもはできるだろう?」


 先ほど、トロディロと話したことと同じことをあえて尋ねた。男の立場から何と答えるのかを確認したかった。


「『血の池』ではそうなのか? 動物のような交尾をする器官は、もう200年前に退化した。現在では、ゲノム情報から細胞を培養して人間にする。だから、『血の池』の人間は進化できないのだな」

「ああ……そうだな。退化したのは……男だけではないのか?」


「いや。そうではないはずだ。ソウジのことはわかった。単にのんびりしたいというのであれば、基地にいて構わない。人間が少ないからといっても無理に働かせはしない」

「俺のことは、そこまで信用できないからな。リティカ―もないし」

「そういう事だ」


 デゴスは言うと、部屋から出て行った。俺を警戒して警告を与えに来たようだ。

 俺は、魔法の石版を見つめた。

 新しく覚えた同化魔法をタップする。


 俺は、壁の一部に変化した。しばらく待つと、人間の体に戻る。

 俺は理解した。同化魔法は、俺が触れている物と同化する魔法だ。どこまでできるのかわからないが、壁に同化できるのは間違いない。


 俺は魔法の石版を握りしめ、与えられた部屋の扉を開けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 世界観や描写・作り込みが独特で面白いです
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