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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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87 基地 ☆

 俺は円盤の中に転がされていたので、円盤がどういう経路を通って移動したのかはわからない。

 俺が知る限り、この世界は森に覆われている。地形の変化はあっても、基本的に森しかないので、道順を覚えることもできないだろう。


 俺はただ、荷物のように運ばれる前に使用した死霊魔法で作ったネズミのスケルトンが、上手くアリスとシルフを導いてくれることを祈った。

 正直に言って、アリスもシルフも、いなくなってもそれほど困らない。生命魔法のレベルが上がったので、現在では聴力も二人と遜色ないほどに上げることができる。


 ただ、二人には俺がドラゴンと契約する前、死にかけていたところを助けてもらった恩がある。できれば、別れたくはない。

 円盤は基地から呼んだと言っていた。円盤はその基地に向かうのだろう。

 俺がじっと成り行きを見守っていると、銀色の服を着た人間たちのうちの一人が話し出した。


「こちら、О―30、ソルト教授たちを回収した。着艦する」

『了解。ハッチを開ける』


 通信機を持っている様子はなかった。俺は転がされているので視界が限定されているが、その人間が何も持たずに会話をしていることはわかった。

 円盤が下降するのを感じた。

 円盤の天井が開き、銀色の防護服を着ていない人間が覗き込むのがわかった。


 つまり、既に『基地』と呼ばれる人間たちの拠点の中にいるのだ。

 空いた天井の穴にロープが降ろされ、銀色の人間たちが獲得した荷物である、巨大な鳥の魔物の死骸を縛った。ロープが吊り上げられる。


 ところどころ妙に原始的に見えるのは、この世界では使える技術が限定されるのか、千年後の世界でも実用できていない技術があるのか、俺に判断する材料はなかった。

 銀色の防護服を着た人間たちが次々にロープに吊られて外に出され、最後に俺がいかにも荷物であるかのように吊り上げられた。


 ロープを吊っているのは金属製のアームであり、俺の知る重機に似ていた。

 吊り上げられ、移動され、床に下ろされる。


「ソルト教授、お疲れ様です。これはなんですか?」


 俺は目を疑った。人間だと思われる、防護服を着ていない男が、俺を見下ろしていた。

 目を疑ったのは、その男の風貌が異様だったからだ。

 肌がたるみ、背中と腰が曲がり、指が長く、首も長い。腹部が膨らみ、尻が付き出ている。


 地球人だとわかる。性別も解る。だが、俺の感覚では普通の人間には見えなかった。

 防護服をはじめから着ていない段階で、俺と外で会った人間たちの中に居なかったのだとわかる。では、防護服を着た人間たちは、どんな姿なのだろうか。


「ああ。外で拾った。我々は、地球の『血の池』出身者だろうと判断している。きわめて原始的な体の特徴を有している。言う事も興味深いが、生体としても貴重なサンプルだよ」


 言ったのはソルト教授だ。教授は言いながら、銀色の防護服を脱ぎ始めた。

 周囲の人間たちも同様だ。

 銀色の防護服からは、透明なシールド越しの顔しか見ることはできなかった。


 ソルト教授は黒人だと思っていた。俺が知る、黒人の特徴を多く持っていると思っていた。

 シールドを通さないで見る顔は、俺の知るどんな人種にも属していなかった。

 肌の色は模様を描いたようにまだらで、顔のパーツだけを見ると俺と大差ないが、配置が微妙にずれているような印象を受ける。

 特に目が、眼球に瞳孔が複数あるように見えた。


 ※


 俺は、未来の地球人に『基地』での滞在を許された。

 未来の人間たちは、俺のことを、同時代の人間で、恵まれない地域で生まれ育ったために原始的な姿のままの可哀想な人間だと理解していた。


 俺が転移して来た1000年前の時点では、この世界で生きることは人間には難しく、魔物から守るための小さな拠点はあっても、村という規模で集落をつくることができなかった。

 1000年後、より進化した人間が転移してくるようになると、魔物の脅威から身を守るため、拠点を基地化したのだ。


 より安全性は増したが、基地化しないと生存できない程度には、危険な世界のままだった。

 俺は原始的な地球人の貴重なサンプルとして扱われたが、積極的に研究されたわけではない。

 原始の地球人をどれだけ調べたところで、調査結果を発表するには元の世界に戻らなければならず、その方法はまだ見つかっていないのだ。


 放置された実験動物というのが、現在の俺の立場である。

 俺が聞いた限りでは、1000年後の世界では、産れると同時に外科的手術を施され、コンピューターと接続されるらしい。

 俺はスマートフォンを便利だと思っていたが、さらに進歩した世界では、より高機能な装置を体の内側から空間に表示させるようだ。


 『基地』の大きさについては、外側を見ていないために何とも言えないが、居住している全員分の個室があり、研究室や操縦室、外部活動をするための格納庫があるのを考えると、ちょっとした工場ぐらいの広さだろう。

 個室が余っていたらしく、俺にもあてがわれた。ただし、俺には両手と両足に枷をはめられた。非常に軽く、枷そのものに鎖やロープで結び付けられているということはなかったため、行動の制限もない。


 だが、俺が不審な行動をとれば、枷はソルト教授らの操作で、俺の手足を引きちぎることもできるそうだ。

 俺は説明を受けても、恐ろしいとは思わなかった。全く知らない、形状も違う存在である俺を受け入れるのなら、その程度の縛りは必要だろうと想像していた。


 個室は四畳間ほどで、折り畳み式のベッドを広げると、何もできない。だが、俺としては有り難かった。個室で安心して横になれるというのがいつ以来なのか、覚えてもいなかった。

 個室を与えられた日は、俺は一人で過ごそうと思った。実験動物の立場としては、『基地』の人間たちが俺に興味がなくなるまでは、魔法の石版からウーを出すのは辞めた方がいいだろう。


 それに、シルフやアリスを迎えに行くのに、まだ待った方がいいだろうと考えた。

 俺は、俺の知らない鉱物の板で覆われた窓もない空間で、横になった。

 特にやることもない。数日は経過を見るつもりだった。


 だが、俺が個室を与えられた初日に、俺は訪問を受けた。

 ソルト教授ではない。女性だ。俺の基準では、魅力的とは言い難い。

 俺の知る人間より、首が長く、手足が曲がり、腹部が不自然に突き出ている。

 これが、未来人の標準的な体形なのは理解しているが、だからといって魅力的に映るものではない。


「どうした? 俺に用かい?」

「あんた、『血の池』出身だって、本当かい?」

「俺たちは、自分の住んでいる場所を『血の池』って呼び方はしていない」

「そりゃそうか。飯を持ってきたよ」


 女は木の器に入れられた、ゼリー状の塊を俺に渡した。女が腰を下ろす。

 どうやら世間話をしに来たのだろうと、俺は歓迎した。

 何よりの情報源だ。


挿絵(By みてみん)

※基地、中央部のイメージです

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