85 未来人たち ☆
巨大な木々をかいくぐって進むと、人型で俺よりもふた回りほど体の大きな、銀色の影を見つけた。
あれは人間かと誰かに問われれば、俺は否定するだろう。
全身が銀色の集団がいた。数は5つほどだろう。
宇宙人だろうか。俺はとっさに思った。だが、ここは異世界だ。宇宙人というものが存在するのかどうかもわからない。
「シルフ、『変な奴』っていうのは、あいつらか?」
「うん。人間だろう?」
「いや……そうか?」
「ほら、手に鳥を持っています」
「いや……うん。まあ、鳥か?」
銀色の影は6人いた。中の1人が、巨大なマンタほどもある、毛のない翼を持つ動物を両手で持ち上げていたのだ。
俺には、空を飛ぶ恐竜に見える。
「……鳥か?」
「ワイバーンかもしれないな」
「ワイバーンってのは、なんだ?」
俺がシルフに尋ねた時、前を歩いていた銀色の影が止まった。
動いていた集団が突然止まったことで、俺は緊張した。
俺は生命魔法をタップし、耳に意識を集中しながら、前方を注視した。
「何か聞こえたか?」
「ああ。後ろからだな」
前方の銀色の影は、俺に理解できる言葉を発していた。
俺は、不思議にこの世界の魔物と話すことができる。色々な言語を、身に覚えなく習得している。
本当に俺の知っている言語で話しているとは限らない。だが、銀色の集団の言葉を、俺は理解できた。
「ソウジ、逃げた方がいいぞ」
「そうですよ。ワイバーンを倒すような連中です。きっと、食べられちゃいます」
シルフとアリスは、俺の背後の木の影に隠れている。
「二人は、そこから動くなよ」
「わかった。ソウジ、死ぬなよ」
「もっと、美味しい草があるダンジョンに行くんですから」
アリスがダンジョンに何を求めているのか理解できたところで、俺は前に進んだ。
言葉が理解できた。俺は、俺の言うことも伝わるだろうと、根拠なく安心していた。
会話が可能だとわかった途端に、安心してしまうのは悪い癖かもしれない。
だが、俺には、銀色の集団に対する警戒を、言葉が通じるというだけで解いたのは間違いない。
「あんた達、その光っているのは服なのか?」
俺は、隠れずに前に出た。
この世界の男たちに、俺はいい思い出はない。銀色の集団の性別もわからない。俺は前に出ると決めた時に、覚悟は決めている。
銀色の集団が、一斉に振り向いた。体の向きが変わったことで、俺はそれを知った。
次の瞬間、俺は銀色の集団が人間だと断定した。
銀色の体に、顔の部分だけ透明な覆いが被さり、その奥に、俺がなじんだ人間の顔が浮かんでいたのだ。
「お前、どこの基地の者だ?」
ワイバーンを持ち上げていた銀色の人間が、ワイバーンを捨てた。6人の集団の中で、見えた顔が最も年老いている、肌の黒い1人が尋ねた。
「基地? この世界に、基地があるのか?」
「逆だな。基地しかないんだ。人間が集団で暮らせば、ドラゴンたちがやってきて破壊する。私たちが身を守り、生き延びるには、基地を作るしかなかった」
「教授、この男、この世界の人間ではなさそうです」
年老いた男に、別の若々しく、白い肌の人間が告げた。囁きではない。銀色をしているのが服だとすると、服が大きすぎて互いに近づくことができない。大きな声を出さないと、会話できないのだ。
「それは、我々も同じだろう。だが、確かに奇妙だな。我々の世界からこの世界に転移してきたのなら、この世界の空気は汚染されて毒そのもののはずだ。だが、この世界で生まれた者にしては、言葉に訛りがなさすぎる」
この世界は、毒されてしまったのだろうか。俺は、不思議に感じた。
ダンジョンから戻ってから、なんら異常を感じてはいないのだ。
「俺は、地球から来た。国の名は日本だ。あんたたち……別の異世界から来たのか?」
俺は尋ねた。もしかしたら、別の異世界から来た者たちかもしれないとは、俺がダンジョンで複数の異世界があることを実地で知っているから出た発想だ。
ダンジョンに潜っていなかったら、この世界には俺が元々住んでいた世界とこの世界の二つしかないと思い込むところだ。
「いや。私たちも、地球からきた。というより、連れてこられた。地球からは、毎年10000人以上が連れ去られている。連れ去っているのがこの世界のドラゴンたちだとわかり、調査に乗り出したのだ」
6人の中で、教授と呼ばれた年配の男が言った。
「異世界に移動する方法を見つけたのか?」
「いや。その技術はいまだ、ドラゴンたちの専売特許だ。当時の地球で、この世界に連れ去られやすい者の特徴を研究し、特定の者が連れ去られるよう誘導したのだ。それが私たちだな。他にもいるが……いくつかの組織がそれを行なっている。他国の民とは、同じ基地には住めないものだ。意識の統一が難しい。残念ながら、私は日本という国は知らない」
俺は、自分が1000年間壁に埋まっていたことを思い出した。
地球でも、千年が経過しているのだ。
その間、地球の文明は進歩し、ドラゴンに連れ去られる人間の特徴を研究し、日本が地図から消えたらしい。
「あんた達が話している言葉はなんだ?」
「ヘブライ語だ。現在の地球の公用語だ」
ヘブライ語という言葉があることは、俺も知っていた。地球の言語だ。だが、地球の公用語ではなかった。むしろ、地球のほとんどで英語が支配的だったと思っていた。
「俺は、ヘブライ語は話せない」
「……ふむ。地球人でヘブライ語が話せないというのは、よほどの田舎者しかいないはずだが……」
「俺は、日本語しか話せない」
教授と呼ばれた男が首を傾げた。
「私たちの知らない言語で話しているのに、会話が成立しているのか。その日本語というのは、ヘブライ語に近いに違いない」
「いや。残念だが、そうじゃないはずだ。俺は、この世界の現地の人間たちや魔物たちとも話ができた。俺は日本語で話していたが、魔物たちが日本語を知っているはずがない。この世界の人間たちが、どんな言葉で話していたのかはわからない」
「……言葉を理解する魔物が、ドラゴン以外にいるとは考えられないな。魔物は、全てドラゴン族が作り出しているというのが私たちの結論だ。それに、この世界に固有の人間はいない。人間は、全てドラゴンにさらわれた人間か、その子孫たちだけだ」
教授と呼ばれた男は、立ち止まったまま話を続けていた。
「教授、一か所に留まるとドラゴンに発見されます。基地に急いだほうがいいのでは?」
精悍な顔つきの男が話しかけた。教授と呼ばれる男は首を振った。
「では、この得体のしれない男を基地に案内するのかね? それとも、念のために殺すか? 人間である以上ドラゴンは共通の敵だが、基地に招き入れるのはあまりにも危険だと思うがね。基地と通信して、迎えを出させてくれ。連絡艇がここに着くまで、この男を尋問するとしよう。もし、その時までに結論がでなければ、その時は決を採ろう」
「了解です」
居並んでいた銀色の服に覆われた人間たちが、同意の意思を示した。
※
教授と呼ばれた男は、ドクターソルトと名乗った。その他の銀色の人間たちは、俺とソルト博士に背中を向けた。周囲を警戒しているようだ。一人が通信機と思われる装置を耳にあてていた。
俺が知らない便利な道具で、ソルト博士は椅子を二つ作り出した。
「凄い装置ですね」
ソルト博士は、ゲームのコントローラーのような道具で椅子を作り上げた。俺は、一瞬俺が持っている魔法の石版、ドラゴンたちが魂の結晶と呼ぶものかと思ったが、あまりにも形状や操作法が異なるため、俺はあえて口にしなかった。
作り出された椅子は半透明で、ソルト博士が先に座ったのでなければ、俺は椅子だと思わなかっただろう。
材質は柔らかく、何も触れていないかのようでありながら、しっかりと俺の体重を支えていた。
俺が落ち着くのを待ち、ソルト教授が話し始める。
「この世界に拉致される時に持ち込めるものは、その時に身につけている一部のものだけだということは、地球の連中は知らない。この世界に拉致される者を意図的に選別するようになり、地球の技術者が次々に送り込まれた。万全ではないがね。私の知っている地球では、機械の設計も製作も、人工知能が行っている。もはや、地球の技術を別の場所で再現するのに、人工知能は不可欠だよ。君がどこから来たのかはわからないが、その程度のことを知らないということもあるまいがな」
「いえ、知りません」
「ふむ……私たちの調査結果が、既に君はこの世界で産れ育った生物ではないと告げている。それなのに、君はこの世界の毒された空気に平然と抵抗している。さて、地球にそんな汚染された場所があっただろうか?」
俺は、自分の名前がソウジであることは告げてある。ソルト教授は、俺を名前で呼ぶのを避けているかのようだった。
「俺の産まれた場所が汚染されているという認識はありませんが、俺の国では公用語は日本語で、俺たちの国でしか使われていない言語でした。そのため、俺はこの世界に来た時に、様々な人や魔物と話ができるのにとても驚いたんです。この世界に来るときに、不思議な力を授かります。言語もその一つだと思っていました」
「そうなのかもしれないな。私たちは、ヘブライ語がわかる相手としか話していないから気づかなかったのかもしれない。君の言う『不思議な力』というのは……主にこれのことだな?」
ソルト博士は、何もない空間に右手をかざした。右手の下に、半透明のパネルが発生した。
どうやら、ドラゴンが魔法士に授ける力も、1000年間で変わってしまったらしい。
※ちょっと余計な人影もありますが、未来の地球人のイメージです。




