83話 ドラゴンたち
アリスとシルフは、ドラゴン族を恐れて魔法の石板に戻すよう俺に懇願した。
ウーは少し悩んだ後、やはりドラゴン族と直接会うのは恐れ多いと、石版に消えた。
俺は、すぐに洞窟から出て行く気になれず、その場でぐずぐすしていた。
ダンジョンと言う名の異世界で過ごした時間が、そのままこの世界に反映されるなら、もはやヒナはいない。
ドラゴンに聴くのが一番早くて確実だ。
ヒナはどうなったのか。人間一人のことなど、ドラゴンは関知していないかもしれない。
俺は迷った。このままドラゴンと会わず、この世界の様子を探った方がいいのではないかと思ったのだ。
洞窟の外で、話し声がしていた。俺は、魔法の石板の生命魔法をタップし、耳に意識を集中させた。
これまで到達したことのない、レベル3となった生命魔法の効果は抜群だった。
外の声が明瞭に聞こえた。
「この辺りのダンジョンが消滅した反応があったのだがな……魂の結晶を与えた魔法士はどこだ?」
「まだ出てこないのでしょう」
「……ふむ。1万年かけて、ようやく二つ目のダンジョン攻略か。このペースでは、竜王の再臨まで億年はかかろうぞ」
「数万年であればむしろ短いともいえますが……億年となると長く感じますな」
「うむ。一つ目のダンジョン破壊から二つ目の破壊までの間に、キリシアンはドラゴンソルジャーからドラゴンナイトに上がってしまったからな」
ドラゴンは長く生きるのだろう。数万年が短く感じる程度には長く生きる。数億年すら生きるのかもしれない。
俺は、耳に意識を集中したまま、聞き知った名前が出てきたことに気がついていた。
『キリシアン』とは、俺が世話になった孤児の集落からヒナを購入し、長い食道の中に収納していた巨大なドラゴンの名前だ。
ドラゴン達の会話が続く。
「キリシアン、お前が契約した魔法士しか、このダンジョンに入っていない。その魔法士がダンジョンを破壊したのだろう?」
「はい。ですが……あの魔法士がこのダンジョンに挑んだのは、千年前のことです。我らにとっては短い時間ですが……ダンジョンの中で人間が千年も生きられますでしょうか?」
「では、ダンジョンが自然と壊れたか?」
「それならば、ほかのダンジョンも壊れているはずです。魔法士が一度も挑んでいないダンジョンが滅んだのであれば、そう考えられますが……」
ドラゴンたちの声が止まった。考えているのだろう。俺は、出て行くことに決めた。
俺と契約した竜兵キリシアンがいるらしい。それなら、ヒナのことも知っているはずだ。
現在の状況を聞き出すのに、これ以上の相手はいない。
「ふむ……出てこないな。近頃勇者たちが力をつけ、移動要塞とかいうものを作成したという報告がある。あまりこんな場所に長居はしたくない。てっとり早く見つけるとするか」
「どうします?」
「吹き飛ばす」
俺は、慌てて駆け出した。
「待った!」
深い洞窟ではない。俺は数歩で外に飛び出した。
俺が外に出ると、ダンジョンの内部で見かけた巨大なドラゴンの三倍ほどの大きさのドラゴンに、ふた回りほど小さなドラゴン、もう一人、牛ほどの小さなドラゴンがいるのを見つけた。
口を開けていたのは、一番小さなドラゴンだ。口を開け、口の奥に、炎が出現していた。
「……魔法士か?」
小さなドラゴンか口を閉ざす。俺は頷いた。
「竜兵のキリシアンと契約したソウジです」
俺がはっきりと告げると、ドラゴンたちが顔を見かわした。その動作が、あまりにも人間臭く、俺はおかしくなった。
どうやら、ドラゴンは体が小さいほど位が高いらしい。この中で最も大きなドラゴンが、俺が契約したキリシアンのようだ。俺と出会った時は、現在の10倍以上あったような印象を受ける。
「千年、ダンジョンの中で何をしていた?」
最も巨大な、ドラゴンナイトと呼ばれたキリシアンが尋ねた。
「ダンジョンの中の異世界で、魔王に壁に塗り込められていた。魔王があの世界の勇者に討伐されるまで千年かかった。オーブは魔王の力の源だったらしく、魔王が死ぬと、俺の目の前に転がってきた。魔王が死んで、俺は壁の中から解放されたから、オーブを壊したんだ」
俺が答えると、ドラゴンたちは再び見かわした。最も小さなドラゴンが口を開く。
「ダンジョンの中は異世界になっているのか。そうか……わしらには知られんことだ」
「知っていて、送り込んだのではないのか?」
俺がやや強い口調で尋ねる。ドラゴンは俺を睨みながら答えた。ただ、ドラゴン自身に睨んでいるつもりはないのだろう。もともと視線が鋭く、顔つきが凶悪なのだ。
「魔法士の能力は、ダンジョンの中でしか上がることはない。ダンジョンの中には竜王の魂のかけらであるオーブがあり、オーブを破壊すればダンジョンは消滅する。破壊されたオーブに封印されていた魂のかけらは、竜王本体に戻る。わしらの知っていることは、それだけだ」
「……俺は、ヒナという女を買い戻すため、キリシアンと金貨500枚を集めてくる契約をした。ダンジョンの中にあるはずだったんだろう? ダンジョンには全てがある。キリシアンはそう言ったぞ」
二頭のドラゴンがキリシアンを振り返る。最も巨大なドラゴンが、視線を避けながら口を開く。
「……金貨がダンジョンにあると思っていたわけではない。魔法士の力は、ダンジョンの中でしか上昇しない仕様なのだ。金属を探し、加工する方法を身につければ、作ることも可能だろう」
つまり、深く考えず、俺をダンジョンに送り出したのだ。
俺はため息をつき、本題に入った。
「俺は、ヒナという人間の女を買い戻すためにダンジョンを攻略した。ヒナはどうしている?」
キリシアンと呼ばれた巨大なドラゴンは、俺の記憶よりはるかに小さな体で首を捻った。
「我がドラゴンソルジャーからドラゴンナイトに脱皮したのは、300年前だ。人間の寿命は数十年だろう。その間に、我は数千の人間を扱った。人間の違いは見てもわからん。ただ、契約を交わした魔法士は別だがな」
キリシアンは悪びれもせずに答えた。つまり、覚えていないということだ。
「……なら、自分で探す」
「魔法士よ。お前が探そうとしているのは人間だろう。ならば、およそ1000年前に死んでいる。見つかるはずがあるまい」
最も小さなドラゴンが尋ねた。ドラゴンは、小さいほど位が上がるらしい。
俺は言った。
「……見つからなくてもいい。本当に、あの時から1000年が経ってしまったのか、確認するだけだ」
「もし、本当に1000年が経過していたら、どうするつもりだ?」
ドラゴンたちの視線が、俺に集まっていた。もし、ヒナがこの世界にいないのなら、俺は目的を完全に失うことになる。
金貨を集める意味も、ダンジョンに潜る必要もなくなる。それは、ドラゴンたちは望まないだろう。
ドラゴンたちは、異世界からさらってきた人間をダンジョンに送り込み、オーブを壊させたいのだ。そのために、力を与えているのだ。
「むしろ……俺が聴きたい。俺が、もうダンジョンに入らないと言ったら、どうする?」
「いや……お前さんはダンジョンに潜るさ」
最も小さなドラゴンが、自信ありげに言った。その根拠はわからない。
俺には、ダンジョンに入る目的があるとは思えない。
「……どうしてそう言い切れる?」
「いずれわかる。だが、すぐに次のダンジョンに潜るつもりはないのだろう。結構だ。わしらも、急ぐことではないのでな。この世界のことをより広く知りたいというのなら、好きな場所まで送ってやろう」
「親切だな」
「この1万年間で、ようやく解放された竜王の魂は二つだけ。その功労者に報いるには、少なすぎる報酬だろう」
「なるほど」
確かにこの世界の人間は少ないが、それでも集落を作っている。
ダンジョンにどれだけの魔法士が挑んでいるのかはわからないが、ドラゴンの試みが成果を出したのは、俺だけなのだ。
俺の前に、キリシアンが背中を見せた。
非常に小さくなった代わりに、光沢がまし、より丈夫になったように見える。
小さくなったとはいえ、その背中は十分に広い。俺は、遠慮なく、やや力を込めてキリシアンの背中を踏みしめた。
「どこを目指す?」
「孤児の集落……にはヒナの手がかりも何もないだろう。マーレシアという貴族が縄張りにしていた集落の周辺で、俺とキリシアンという竜兵が契約した近くだ」
「ああ。覚えている。では、掴まれ」
ドラゴンナイトとなったキリシアンが、地面を蹴って飛び上がった。
翼をはためかせ、空中に浮かぶ。
眼下に、緑一色の世界が広がった。
キリシアンが飛ぶ。俺は、ただ黙ってしがみついた。
この世界で千年前、貴族を名乗るマーレシアから魔法をだまし取られた場所に、俺は戻って来た。
区切りがいいのと、執筆のストック切れのため、しばらくお休みします。
来週から、同時進行で書いていた別のお話を掲載します。そちらを応援していただけたら有り難いです。
再開まで、しばらくお待ちください。




