82話 ダンジョン攻略 二つ目
生命魔法をタップし続け、丸めた全身に意識を行き渡らせる。
俺がいた5階部分が崩れ、足元がなくなった。上からも壁に叩かれ、俺はパチンコ台の玉のようにあちこちを強打した。
最終的に、地面に突き立った壁と地面を覆う瓦礫の間に挟まって止まった。
生命魔法がなければ、10回は死んでいる。
現在でも、上下が逆転して俺の頭が瓦礫に挟まっているのだ。俺の頭が瓦礫の山を支えている。
魔法の効果が切れたら死ぬ。
俺にはそれがわかっていた。
だが、タップし続けなければ魔法が切れるというわけではない。
それでも、俺は生命魔法のアイコンをタップし続けた。
魔法の効果が切れることを想像したら、恐ろしくてほかのことができなかった。
逆に、魔法を永遠に使い続けられるわけでもない。
魔力がなくなることもあるのだろう。以前は、魔法を使いすぎて非常に疲れたこともあった。
俺は、魔法の石版を睨みつけ、周囲の瓦礫による騒音がなくなった時、俺の体の周囲には、いくばくかの隙間があることに気づいた。
俺は、緊張しながら魔物を呼び出すページに移動し、あるアイコンをタップした。
すぐに魔法の表示画面に戻り、生命魔法をタップする。
成功だ。俺の頭が、瓦礫の重さで潰れなかったのだから成功だ。
「……痛てっ……なんだここ? ソウジがやったのか?」
ごく狭い隙間に押し込められる形で召喚されたシルフが、瓦礫を押して、諦めた。シルフの力で動くような瓦礫ではなかったのだ。
「俺じゃない。シルフ……オーブを手に入れたぞ」
「やったな。その結果がこれかい?」
シルフは、逆さまになった俺を見て、挟まれている頭部を見て、流石に不憫に思ったらしい。
俺の頭を圧迫している瓦礫を再び押したが、やはりびくとも動かない。
「俺の懐にオーブが入っている。シルフ、出してくれるか?」
「壊すのかい?」
シルフが俺の懐に手を入れた。俺自身が体を丸めているので、俺の腹をまさぐることになった。
「壊さずに生きてここから出られれば、そうしたいところだが……」
「無理そうだなぁ」
シルフは、俺の懐からオーブを取り出した。
とても高価なものを持ったかのように、手が震えている。
「シルフ、壊せるか?」
「やってみる」
瓦礫の隙間は狭い。体の小さなシルフでも、動ける場所は限られている。
シルフはオーブを押さえつけ、石の破片で殴りつけた。
「無理だなぁ」
シルフは、傷一つないオーブを持ち上げた。
「シルフ……ちょっと待ってくれ」
「どうする?」
俺は、再び魔法画面から、今度はアイテム画面を呼び出した。
拳銃をタップする。
以前訪れた異世界で、俺は拳銃でオーブを破壊したことがある。
俺の手の中に、拳銃が出現した。
「シルフ……オーブを抑えていてくれるか?」
「ソウジ、そんな体制で狙いが定まるのか?」
シルフが心配そうに尋ねた。心配なのは、狙いがそれてシルフに当たることだろう。
俺は言った。
「無理でもやるしか……シルフ、やってみるか?」
やるしかないと言いかけて、拳銃なら誰にでも使えるはずだし、だからこそ凶悪な武器なのだと思いだした。
「どうすればいい?」
「簡単だ。この横にある突起が安全装置だ。それをスライドさせて、銃口を向けて引き金を引くだけだ。オーブにぴったり銃口をつければ、外れっこない」
「……やってみる」
シルフが銃口をオーブに押し当て、引き金を引いた。
乾いた音とともに、オーブに亀裂が入る。
「シルフ、入れ」
「うん」
俺が示した魔法の石版の画面に、シルフが飛びこんだ。
シルフが消えると同時に、破壊されたオーブから白い光が溢れ、俺の視界を染めた。
何も見えない。
だが、俺の頭を圧迫していた壁の一部が消滅したことだけはわかった。
消滅したのは瓦礫ではなく、俺の方であることを疑わなかった。
※
俺を包む白い光が収まると、俺は崩れそうな洞穴の中にいた。
ダンジョンの入り口は、洞窟の中にあったはずだ。戻ってきたのだ。
だが、木の根が天井から突き出、石の壁が崩れかけているような印象はなかった。
俺は、突然怖くなった。
俺はダンジョンの中で、体感で1000年を過ごした。もちろん、壁に埋め込まれての体感であり、ずっと数を数えていたわけでもない。
だが、それだけ長い間ダンジョンにいた。
この世界とダンジョンの時間の流れは、どうなっているのか。
はじめてのダンジョンでは、2日とはいなかった。
この世界で、ダンジョンで過ごしたのと同じだけの時間が経過していたら、ヒナが生きているはずがない。
俺は、すぐに魔法の石板を取り出した。
魔法画面が光っていた。
レベルが上がっている。
生命魔法レベル3、精神魔法レベル2、死霊魔法レベル2、爆発魔法レベル1、同化魔法レベル1、それが現在使用できる魔法だった。
見たことのない魔法があった。『同化魔法』というのはなんだろうと思い、俺は、すぐに自分が壁に埋め込まれていたことを思い出した。
だが、それどころではない。
ダンジョンとこの世界での時間の流れを確認しなければならない。
俺は、魔物画面にスライドした。
呼べるだけの魔物を呼び出す。
地面に、ウサギのアリス、エルフのシルフ、オークのウーが転げ出る。
アリスは首を巡らせ、シルフは拳銃を握りしめたままであり、ウーは気絶していた。
魔法の石板の中では本当に時間が停止するのだと、俺はウーを見て思った。
「ソウジ、帰ってきたのか?」
「そうに違いありません。美味しそうな匂いがします」
シルフの問いに、アリスが答える。アリスはお腹が一杯で石板に入ったが、まだ食べ足りないらしい。
「ああ。帰ってきた……と思う」
「オーブを壊したんだ。戻ってきたさ。そうだろう? あたし、壊したよな?」
「シルフが壊したんだですか? どうしてです?」
シルフがアリスに拳銃を見せ、俺に差し出した。俺はシルフから拳銃を受け取り、石板に収納する。
「それより、教えてくれ。俺は……お前たちは知らないだろうが、あのダンジョンに1000年ぐらいいた」
「はっ?」
「どうして、そんなことになったんです?」
「あのダンジョンの中にいた魔王にやられ、何もできずに壁に埋め込まれたんだ。俺が死ななかったのは、あの世界にとって異世界人だったからだと思う。その魔王が勇者たちに倒されるまで、1000年かかったんだ」
俺が言うと、シルフとアリスは顔を見かわした。
「まあ……1000年経っても、外は森だよ。森しかないしな。あたしの作ったナワバリは別の奴に取られているかもしれないけど、また作ればいい」
「1000年前より、もっと美味しい草が増えているかもしれませんよ」
二人が常識として語ることに、俺は絶望した。
「じゃあ……ダンジョンで過ごした時間だけ、この世界では時間が経過するのか?」
「それはそうだろう。どうして、外では時間が進まないと思ったんだ?」
この世界の住人たちにとっては、ダンジョンも世界の一部という認識なのかもしれない。だから、現在の世界のことを、ダンジョンと比較して『外』と呼ぶのだ。
「確認したい。自分の目で見ないと、諦めきれない」
「1000年前の世界に、用でもあるのか?」
「美味しい草を隠してあるんですね」
シルフが尋ね、アリスが納得した。俺は首を振り、ウーに対して生命魔法と精神魔法を施した。
ウーが首を振りながら、ゆっくりと目を開ける。
「あっ、ここは……ソウジ、やりましたね」
快哉を叫ぼうとしたウーの口を、シルフが塞いだ。俺の気持ちを、少しは察してくれたようだ。
「俺は、ヒナを助けるため、金貨500枚を集めようとして、ダンジョンに挑んでいたんだ。もし、もうヒナが死んでいるなら、ダンジョンに挑む意味はない。ウー……俺は、さっきのダンジョンで1000年を過ごした。この世界でも、1000年が経過しているのか?」
「ダンジョンで1000年過ごしたというのが驚きですが……まあ、当然そうですね」
「……そうか」
俺が知る限り、ウーはこの世界の常識を最も備えている。だが、俺は諦めきれなかった。
「俺たちは、このダンジョンまでドラゴンに連れてこられた。貴族のマーレシアだったか……あいつのいた集落の場所は、シルフはわかるか?」
「1000年経っていたら無理だよ」
シルフが首を振る。アリスも同じ動きをしていた。
「ソウジ、お迎えです」
ウーが告げる。シルフとアリスが悲鳴をあげた。
俺は、ダンジョンを攻略した。そのことを知り、ドラゴンが迎えにきたのだと、俺は理解した。




