80話 異世界の魔王 ☆
勇者コミュレが激しく暴れたようだ。
魔王城の中は、魔物たちの残骸が随所に転がっていた。
俺は、死霊魔法をタップした。
倒れた魔物の体から、抜け出た何かの痕跡が見えた。
全て、一方向に繋がっているようだ。
魂の痕跡だろうか。
誰かに尋ねたかったが、ウーは気絶したまま収納した。
俺は魔物のアイコンをタップして、シルフを呼び出した。
「おお……ここは、どこだ?」
魔物の死骸が点在する通路を眺めて、シルフが首を捻った。
「魔王城の中だよ。シルフも外からは見ただろう?」
「ああ……思い出した。まだ、こんなところなのか」
「ウーが気絶した。交代だ」
「そんなところだと思ったよ」
シルフが何故か、言いながら俺の足を蹴った。
「オーブを探す。敵対する魔物がこっちにこないか、注意してくれ」
「わかった」
シルフは、頭頂部まで突き出た長い耳を撫でた。
「でも……こんな入り組んだ建物の中で、オーブの場所がわかるのか?」
シルフは、俺の魔法の石版の画面でオーブを見たことがあった。
現在位置とオーブの位置が示されているだけの、マップというより方位磁石と呼んだ方が相応しいものだ。
大体の場所はわかるが、建物内にあればどうたどり着くのかは、建物の構造によるのだ。
「……大丈夫だと思う。俺には……死んだ魔物の魂が見える」
「ゴーストかい? 信じられるのか?」
「俺を騙そうとするほど、具体的な魂じゃない」
俺は、リザードマンの魂に導かれてここまで来た。
リザードマンのゴーストたちが、本当に親切だったのか、あるいは俺を罠にかけようとしていたのかは、もはやわからない。
だが、現在俺が見ている魂は、死んだ体から抜け出た魂の残滓だ。
俺を意図して騙すことはないだろう。
全ての魂が同じ方向に向かっている。
死霊魔法の効果が続く限り、俺の目には行くべき方向がわかる。
俺は、その方向に魔王がいることを疑っていなかった。
魔王がいる場所に、オーブがある。
実際に根拠はと問われれば、俺には何もない。
だが、オーブの位置が確実に近くなっていく。
俺は、シルフと共に魔王城の内部を進んだ。
魔物たちが作ったとは思えない石積みの壁と床であり、天井も高い。
天井が高いのは、巨大な魔物もいるからだろう。
俺とシルフが3階まで登った時、魔物の死体がなくなった。
魔物の死体はない。だが、魔物から抜け出た魂の残滓は、ずっと続いている。
「ソウジ、あっちにまだ死んだ魔物がいる」
シルフは、俺が進もうとしていた通路とは逆を指差した。
「……ほかに、何か聞こえるか?」
「戦っているのかな?」
「では、コミュレは向こうだ。おそらく……魔王はこっちだ。シルフ、どうしたい?」
「……魔王がいい奴かどうかわからないよな。あたしたちの知らない世界だし。でも……あたしも勇者は嫌いだ」
「わかった。まずは、オーブがある場所を突き止めよう」
「うん。それがいい」
俺とシルフは、魂の残滓が導く通路を進んだ。
※
勇者コミュレが露払いした通路からは外れたが、物音を敏感に拾うシルフのお陰で、魔物には遭遇せずにすんだ。
俺も生命魔法をタップし、5感に意識を集中させた。
4階に達し、5階に登る階段を見つけた時、シルフが言った。
「ソウジ、ここから先には行けないよ。どう進んでも、魔物に遭遇しちまうよ」
「……そうみたいだな。しかし、あまり時間もかけられない。魂の残滓が薄くなっている。もうすぐ見えなくなる」
俺は死霊魔法と生命魔法を繰り返し使用していた。
死んだ魔物の魂が通った痕が、次第に見えにくくなっていた。
「この先に居る魔物を、別の場所に誘導したらどうだい? ソウジ、便利な魔法とかないのか?」
「魔法はそんな便利じゃないけど……あれを使うか」
俺は、隠れる場所を探した。
人間の城とは違い、装飾品などはない。
検討した結果、俺とシルフは5階に登る階段の影に隠れ、ダイナマイトを取り出した。
ライターで火をつけ、通路に投げる。
導火線が燃える焦げ臭い臭いに誘われたのか、二足歩行の牛の魔物が顔を出した。
ダイナマイトが爆発し、魔物が消し飛んだ。
俺はすぐ、死霊魔法をタップした。
思った通りだ。
牛型の魔物の魂が階段を登って行く。その痕が通過した場所に残った。
「ソウジ、来るぞ」
「ああ」
階段を、多数の足音が降りて来る。
階段の影にぴったりと張り付いて、俺は次々と降りて来る禍々しい鎧の魔物たちを見ていた。
「まだ来るか?」
「いや……動いているのは、他にいない」
「よし」
俺は、シルフを抱きかかえた。生命魔法をタップし、脚に意識を集中させる。
魔王城の階段は、手すりしかない分、幅が広い。
横から張り付いて、飛び上がって階段をよじ登るのは簡単だ。
俺は脚に力を入れた。
床を蹴りつけ、飛び上がる。
階段に飛び上がった。
上には誰もいない。俺は振り向かなかった。
急いで階段を駆け上がる。
階段の上に、巨大な扉が開け放たれたままになっていた。
俺は、扉に飛び込んだ。
「ソウジ、ダメだ」
俺には、シルフがなにを『ダメだ』と言っていたのか、理解できなかった。
俺は開いたままの扉に飛び込んだ。
俺が飛び込んだ瞬間、背後で扉の閉まる音がした。
「……勇者か?」
俺が飛び込んだ部屋は広かった。
壁際にさまざまな装飾品があるが、まるで円形のホールだった。
その最も深い場所に、扉から正面の位置に、巨大な椅子が据え付けられていた。
巨大な椅子の中央に、うら若い女性と思われるなにかが腰掛けていた。
「勇者ではない」
俺は答えた。俺の目は、扉から入った微かな痕跡が、女性の持つ丸い玉に向かって伸びているのを見ていた。
「ならば……私に仕えるのを希望する者か?」
「……いや」
「ならば死ね」
女性から何か巨大な力が飛んでくるのを感じた。
俺はシルフを抱きかかえ、手にしていた魔法の石版を押し付けた。
俺自身は体が固まるのを感じた。
石にされる。
俺はそう思った。
しかし、遅い。
すでに体は動かない。
意識すら保てず、俺の意識は暗闇に閉ざされた。




