79話 魔王城のトカゲ ☆
一眠りして起きると、俺はアリスとシルフ、ウーを魔法の石版に収納した。
休憩して体力が回復したら、魔法の石版に収納して、出番がくるまで安全な状態にしておくことにした。事前に打ち合わせてあったことだ。
すでに勇者コミュレは目覚めており、俺と勇者コミュレの2人で魔王城に向かった。
魔王城までは魔物も出なかった。門番もいたはずだが、一度勇者コミュレが討伐して魔王城に乗り込んでいる。
代わりの門番は配置されていなかった。
魔王城は、正面に巨大な扉が備えられていた。堀のようなものはない。ここまでの道のりが、堀の代わりの防衛線なのだろう。
「大きな扉だな。コミュレが会ったドラゴンが出入りするためか?」
「いや……魔王城には大量の魔王軍が住んでいる。魔王軍として出発するために扉が大きいんだろう。だから、まさか中にドラゴンがいるとは思わなかった」
「開けるぞ」
「ああ」
俺は扉に手を当てて、魔法の石版を取り出した。生命魔法をタップし、足と腕に意識を集中させる。
ゆっくりと扉が開く。勇者コミュレが手伝わないのは、俺の背後で剣を抜き、突撃の準備をしているからだ。
扉の向こうは、吹き抜けの大きなホールとなっていた。
魔王軍を集める場所なのだろうか。
現在では、中央にドラゴンがいる。
ホールがあまりにも巨大な為にドラゴンが小さく見えるが、俺が知る地上最大の生物である象の、3倍ほどの体躯がある。
「寝ているようだな。放っておけばいいじゃないか」
「階段があそこだ。ほかに上の階に行く方法がない」
ドラゴンが寝ている背後に、広い階段があった。
「しかし、寝ているのなら……」
「近づけば起きるぞ。ドラゴンの五感は鋭い」
「……そうか。予定通り、俺がドラゴンを引き付ける。コミュレは隙をついて階段を登れ」
「悪いな。だが……お前はドラゴンを倒す方法があるのか?」
「闇大王トカゲを倒したのが、信じられないか?」
「……本当にお前が倒したのか? てっきり、トカゲの方が勝手にどこかに消えたのかと思っていた」
闇大王トカゲを爆死させた時、勇者コミュレは気絶していた。死体は魔法の石版に収納してある。俺が倒したのだとは思わなかったようだ。
「まあ……ドラゴンと戦う必要があるかどうかもわからない」
俺は、眠りこけているドラゴンに近づいた。
ドラゴンの大きないびきが止まる。
閉ざされていたドラゴンのまぶたが、静かに開いた。
「やあ。起こしてすまない。この階段を登らせて欲しいんだ」
俺が声をかける。言葉が通じるかもしれない。勇者コミュレは、尻尾で弾かれて、壁を破壊して飛んで来たらしい。
確かに、魔王城に人型の穴があるのが外からでも確認できた。
ドラゴンはゆっくりと頭を持ち上げる。蛇がかま首を持ち上げるような動きだ。
両目が、俺を見据えた。
口が開く。
炎が灯った。
俺は、爆発魔法をタップした。
ドラゴンの口の中で、炎の塊が破裂した。
ドラゴンが咆哮する。単に怒らせたのだ。
俺は、魔法の石版をタップした。
床の上に、桃色の肌をしたオークの魔法使いが転がり出る。
「ウー、起きろ。ドラゴンがいる」
「えっ? オーブを破壊したんですか?」
ウーが振り返る。俺と、俺の背後のドラゴンを見た。
「ちょっ……なんですか? あれ!」
背後でうなり声と風の音が聞こえた。俺は、生命魔法をタップしながら前方に飛ぶ。
ウーを抱きかかえ、床の上に転がった。
俺がいた場所の床を、ドラゴンの頭部が破壊する。
俺は、階段を駈け上がる勇者コミュレを見ていた。
「ソウジ、どういうつもりです? 私に餌になれと言うのですか?」
「そうじゃない。ドラゴンなら、ウーの方が詳しいだろう。意見をききたかったんだ。言葉が通じない。どうすればいい?」
「言葉が通じないドラゴンなんていませんよ。それじゃ、翼のあるトカゲです」
「殺していいのか?」
「殺してください」
俺が再び転がる。床が壊れた。
「ソウジ、私をしまってください」
「だめだ。引き付けろ」
「ひえぇぇぇ」
ウーは悲鳴をあげながら、杖を振りかざした。
ウーを食べようとするところを殴りつけようと思っていたが、ドラゴンは明確に俺を食おうとした。
ドラゴンの目には、俺もウーも、同様に美味そうに見えるらしい。
近くにいたので狙われたのだ。直立する豚だからといって、特別美味しそうに見えるわけではないのだ。
俺は伏せた。
頭上で、ドラゴンの口が激しく音を立てた。
一口で体の半分がなくなるだろう。頭部だけで、俺の身長と同サイズがある。
俺は、生命魔法をタップした。
俺を食おうとして通りすぎた、下顎を蹴り上げた。
ドラゴンの皮は少し揺れたが、痛痒を感じた様子はない。
俺が横に転がり出ると、ドラゴンがウーに向かって走り出したのが見えた。
「ひ、ひえーっ! ソウジ、助けて!」
ウーは杖を構え、杖をなぜか七色に光らせ、助けを求めた。
ドラゴンの口が開く。
走りながら、首が伸びる。
俺は、ウーに向かって爆発魔法を使用した。離れた場所でも爆発させることができるのは、先程検証済みだ。
ウーの真横の空間が爆発し、ピンクのオークが床に転がる。
再びドラゴンの口が何もない空間で派手な音を立てた。
ドラゴンがゆっくりと頭をあげる。
うまそうに咀嚼している。ドラゴンは、気づいていない。何も口に入れていないことをわかっていないのだ。
俺は生命魔法を再びタップし、転がったウーを抱き上げた。
「……ソウジ、ひどいです……」
俺を責め、意識を失った。
俺は、ウーに魔法の石版を押し当てた。
ウーが魔法の石版に消える。
俺は急いでその場所を離れた。頭上で、生臭い息を嗅いだ。
ドラゴンが俺を見ていた。
急いで移動していなければ、俺は食われていたはずだ。
首をもたげ、後ろ足で立ち上がり、二本の前足と両の翼で体を起こした。
立ち上がったまま、口を開けた。口の中に火が灯った。
ダイナマイトは魔法の石版の中だ。投げるには間に合わない。
巨大な炎が、俺の目の前に迫った。
まずは焼き殺し、その後に食うつもりなのだろう。
さっきから、一つはっきりとわかったことがある。
このドラゴンは、腹ペコだ。
俺は、魔法の石版に収納した、もっとも大きなものをタップした。
俺の目の前に、暗い洞窟の底で倒した、闇大王トカゲの死骸が出現した。
勇者コミュレには、闇大王トカゲがどこかに消えたと言った。ダイナマイトで殺したといえば、ダイナマイトをどうやった調達したのか根掘り葉掘り聞かれると思い、誤魔化したのだ。
実際には勇者コミュレが気絶していた間にダイナマイトで殺し、死体を魔法の石版に収納していた。
食料になると思ったし、せっかく倒したのだから記念に持ち帰ろうと思ったのだ。
出現した巨大な死体は、ドラゴンの炎で美味しそうな匂いをあげた。
俺は床に伏せた。
炎は巨大な死体の裏側にまでは及ばなかった。
俺は魔法の石版から一本のダイナマイトを取り出し、横に伸びた炎で導火線に火をつけた。
丸焼きになった闇大王トカゲの影から、ダイナマイトを投げる。
習慣だろうか。ドラゴンがばくりとダイナマイトを食べたのがわかった。
喉が動く。
派手な音とともに、ドラゴンの喉元が膨らんだ。
一瞬だけ膨らみ、元のサイズにしぼむ。
闇大王トカゲを屠ったダイナマイトを、食べてしまった。
ドラゴンは何事もなかったかのように、凄まじい勢いで首を伸ばし、闇大王トカゲの死骸に食らいついた。
単に腹が減っていたのだ。
階段を守るつもりなどなかったのだろう。
俺は、闇大王トカゲの死骸に食らいつくドラゴンを尻目に、長い階段を駆け上がった。
勇者コミュレは、すでに階段の向こうに消えている。同じ階段だ。
ドラゴンは俺には見向きもしない。
俺は階段を登りきり、ドラゴンを振り返り、見下ろした。
黒い死骸に首を突っ込み、俺のことなどまるで関心がなさそうだ。
一つはっきりしたことがある。
仮にこの魔王城で俺が求める金貨を得られなくても、オーブを壊さなくてはならないだろう。
魔王城から脱出するために、再びあのドラゴンに遭遇し、再び腹をすかせていたら、俺にはもう対抗する手段がないのだ。




