78話 魔王城の中に居たもの
俺が目覚めた時、周囲は暗闇に包まれていた。
横になった時は夕方だった。腹も減っていたが、とにかく疲れて俺は眠ってしまったのだ。
周囲の見張りはウーたちに任せたつもりだったが、俺が目覚めた時、3人とも穏やかな寝息を立てていた。
俺は自分の体の上から、アリスとシルフを下ろす。
ウーは寝相が悪いらしく、遠くに転がっていた。
俺はいち早く目が覚めてしまった。
眠れそうもない。
俺は、暗い中で周囲を探った。
星々が、城の形に消えている。
魔王城がある場所だ。
周囲は草場であり、岩がむき出しになっている。
要は、荒地だ。
風が冷たい。
俺は洞窟に入り、深く地下に潜り、さらに非常に高い壁を登った。
ここは高台の上なのだろう。
俺がよじ登った壁を超えなければ、魔王城には近づけないに違いない。
俺は、自分の苦労が無駄ではなかったのだと自分に言い聞かせた。
俺たちがいる場所から魔王城のある場所まで、傾斜ができている。魔王城の周囲に堀のような跡があり、魔王城そのものは、もっとも高い位置にある。
俺は、魔法の石版を取り出した。
あたりは暗いが、石版の画面は見ることができる。ただ、その明かりは周囲を照らすことはない。
オーブの位置を確認する。魔王城にあるのは間違いない。
俺は、魔法画面を呼び出した。
生命魔法レベル2をタップする。
意識を目に集中させた。
遠くを見るためではない。瞳孔を開き、暗闇を見通すためだ。
魔王城の周囲の闇が揺らいだ。
俺には、そう感じられた。
「ソウジ、何か来るぞ」
すやすやと寝ていたと思ったシルフが頭をあげた。
シルフの耳は、頭頂部まで上に伸びるほど長い。耳の良さはアリスと張り合えるほどだ。
アリスは夢でも見ているのか、口元をもぐもぐと動かしている。
「なんだ?」
「わからない。上だ」
シルフが睨みつけたのは、まさに魔王城の方向だ。
俺は、まだ眼球に込めた魔力が失われていないことを知った。
見える。
魔王城の方向から、人型の塊が飛んで来るのが見えた。
ちょうど、俺がいる場所だ。
俺は、再び生命魔法をタップした。
手を伸ばす。
俺が差し出した両腕に、重いものがのしかかった。
「勇者コミュレ?」
「死んでいるのか?」
俺は、魔王城から飛んできたのが勇者コミュレであることを確認した。
魔王城の手前までは同行した。
だが、長い壁登りで基礎体力の差が出たのか、置いていかれ、俺が壁を登りきった時には、姿はなかった。
シルフが、心配してというより、期待を込めて尋ねたのは、そもそも人間が好きではないのに起因しているのだろう。
「死んではいない。でも、ひどい怪我だ」
「あんな場所から飛ばされて、よく死なないな」
シルフが魔王城を見た。魔王城の方向を見たが、シルフに城が見えているのかどうかはわからない。
俺は言った。
「飛ばされたかどうかはわからない。怪我をしているが……魔王城で勝てない相手に遭遇して、逃げてきたのかもしれない」
「それで……ソウジはそいつをどうする?」
「決まっている。ウーを起こしてくれ。ああ、そっちに転がっている」
ウーは寝相が悪い。俺に膝枕をしていたはずなのに、かなり遠くまで転がっていた。
「……嫌がるだろう」
「オーブを誰がどんな具合にもっているのかがわからない。オーブを壊すためだといえば、反対はしないさ」
俺は言いながら、三度生命魔法をタップした。
勇者コミュレは、胸当てが破壊されていた。胸当てが破壊された部分から、肉と血がべったりとにじみ出ていた。
切り傷なのか、別のなにかかはわからない。
俺はコミュレの傷口に手を当て、生命魔法の力を流し込んだ。
※
俺とウーが二人ともぐったりと疲れ、アリスが腹一杯になり、シルフが退屈しだした頃、雷の勇者コミュレが目覚めた。
「……うっ……俺は……」
「怪我をして、あの城から飛び出してきた。俺が受け止めなければ、5回ぐらい死んでいたところだ」
「ソウジ、死ねるのは1回だけですよ」
聞きとがめたウーが訂正する。勇者コミュレには、俺が言いたいことは伝わったようだ。
「ああ。確かに、5回ぐらい死ぬほどのダメージだっただろうな。傷もふさがっている……お前たちが?」
俺と、杖を掲げていたウーを見た。
「俺たちは、もともと魔王城に用があったんだ。魔王城に入るのは、1人でも多い方がいい」
「つまり、お前は魔王の仲間ではないということか? 人間だから当然なのかもしれないが……魔物と親しい人間は少ない」
「俺は、魔王城にある丸い玉に用がある。その玉がどんな状況かによって、魔王が敵かどうか決まる。それがはっきりしないうちは、勇者には生きていてもらったほうが、都合がいいんだ」
俺が言うと、勇者コミュレは口元を歪めて笑った。
「はっきり言う奴だ。魔王の味方なら、俺はこの場でお前たちを皆殺しにするんだがな」
「仮にも命の恩人を、勇者が殺すのか?」
「確かにな。だが、魔王の味方だとわかれば殺す」
「ああ。その時には教えるよ」
俺が言うと、勇者コミュレは再び笑った。
側で聞いていたシルフが口を挟んだ。
「どうして、あんな遠い場所から飛んできたんだ?」
勇者コミュレは、高台にある城を指差した。
だいぶ近づいたとはいえ、実際には100メートルぐらいの距離があるだろう。
人間が飛ばされる距離ではない。その衝撃で潰れなかったのは、さすが勇者だというところだろうか。
「……城の中にドラゴンがいた。俺は、どんな魔物にも負けない自信はある。魔王にだって負けない。だが……でっかい相手には、攻撃手段が少ないんだ」
「……闇大王トカゲにも、苦戦したもんな」
「ああ。俺の剣で切れない物はない。電撃を流せば大抵は無力化できる。だが、剣の長さよりも脂肪が厚い相手は、軍隊に任せるのが普通だ。どの勇者もそうしているはずだ」
「そうなのか?」
俺がウーに聴くと、ウーは豚の頭部を横に振った。
「ドラゴンの鱗が剣でなんか切れるはずがないです」
「ああ……聞く相手が悪かった」
ウーは、オーブを壊して元の世界に貢献することを使命と感じている。それは、世界の支配者であるドラゴン族に絶対の忠誠を抱いているということだ。
別の世界のことであれ、ドラゴンが倒されることなど望まないはずだ。
俺がシルフを見ると、シルフはアリスに尋ねた。
「でっかいドラゴンっていうと、竜兵かな?」
「そうでしょうね」
アリスは珍しく満腹し、前歯を磨いていた。
「ソウジは会っているだろう。あたしたちは、恐れ多くて会えないけどな」
シルフとアリスは、竜兵を非常に恐れていた。どうも、恐怖心というより敬っていたらしい。
「確かに……竜兵に戦いを挑めば、俺でも飛ばされるな。でも、竜兵なら話せばわかるだろう」
「……そういえば、お前はリザードマンと話していたな。ドラゴンとも話せるのか?」
「……話したことはある」
実際には、この世界のドラゴンとは話したことはない。言葉が違うだろうか。
だが、俺の大元の現代社会では、スマートフォンはもはや翻訳機の機能も持っていた。
ドラゴン族が渡してくれた魔法の石版の機能が劣るとは思えなかった。
「本当か?」
「ああ。俺はドラゴンに、金貨500枚を集めるよう命じられている」
「……ド、ドラゴンは金銀財宝が好きだという噂だからな。ま、まあ……魔王の味方でなければ問題ない。お前が狙っている丸い玉ってのも、ドラゴンに言われたのか?」
「まさに、そうだな」
「なるほど……なら、ドラゴンはお前に任せる。その間に、俺は魔王を目指す。丸い玉があったら、取っておいてやる」
「わかった」
勇者コミュレが手を伸ばした。俺はその手を握る。協定が締結された。
「では、行こう」
「待て。休憩が先だ」
俺とウーは魔力を使い切っていたのだ。




