77話 魔王城を望む
俺を敵、もしくは獲物と認識した獣が数十匹、ほぼ垂直の岩壁を、昆虫のように走って向かってくる。
「ウー、壁に張り付く魔法はないか?」
「そんな便利なものはありませんけど、二つのものをくっつける魔法はあります。粘着の魔法です」
このままだと、落ちるか食われるかだ。いずれにしても、助からない。
「それでいい。俺と岩をくっつけてくれ」
「それでどうやって登るんです?」
「登るためじゃない。両手を使えるようにしないと、あいつらに食われる。俺より美味しそうな奴がいるって、あいつらに教えてやろうか?」
ウーは、壁に立つ獣たちに気づいていなかったらしい。
俺の視線の先を見て、悲鳴をあげた。
「ソウジ、くっつけました」
「よし」
明りはなくなった。だが、両手は自由だ。俺は、魔法の石版を手にした。
魔法の石版は、以前の世界のスマホのように画面が光っているわけではない。だが、所有者には見えるようだ。
ライトの代わりにはならないが、魔法を正確にタップできる。
周囲は闇だ。鋭い爪が岩を掻くチャッチャッという音だけが聞こえる。
俺は、爆発魔法レベル1をタップした。
この暗闇では、拳銃では目標をさだめられない。ダイナマイトでは、自分が吹き飛びかねない。
俺は、あまり使ったことのない爆発魔法を使用する。
前方で、なにかが悲鳴をあげた。
俺の頭に、毛深い体が落ちてきた。
獣の一匹が気絶したようだ。毛と肉の塊をちょうどいい盾にして、俺は爆発魔法を連打する。
爆発魔法レベル1では、光も音も伴わない。静かな爆発だった。
一体なにが爆発しているのかは、俺にもわからない。
ただ、魔法を一度使用すると、複数もしくは1匹の悲鳴が上がり、俺の体を掠めるか、直撃して落ちていく。
「そ、ソウジ、なにが起きているんですか?」
「爆発魔法を使用している。なにが起きているかは、俺にもわからない」
「そんな……光を灯していいですか?」
「俺の体はどうなる?」
「壁にしがみついてください」
「それができないから、粘着の魔法を使っているんだろう。落ちるときは一緒だぞ」
「……そうでした」
ウーが黙ってしばらくして、あたりは静まり返った。
俺は、爆発魔法を生命魔法に切り替え、壁にしがみついた。
「ウー、明かりを」
「あっ、はい」
ウーが周囲を照らすと、目の前にはただの岩壁が続いていた。
俺は、なんとか壁登りを再開する。
少し登ると、小さな横穴の凹みが見つかった。
俺を襲ってきた獣たちの巣だろう。
ほかに動くものはいない。
俺は横穴の窪みに体を入れると、久しぶりにウーを背中から下ろして体を休めた。
※
保存食をかじって休憩してから、俺はウーを背負い直した。
壁登りを再開し、何度か似たような獣たちに襲われながら、俺は洞窟にさし入る光にたどり着いた。
最後は斜めになった狭い穴で、俺の背中に括り付けられたウーは、頭をごりごりと擦られたとぼやいていた。
外に出る。
勇者コミュレはいない。
俺は、魔法の石版でオーブの位置を確認した。
「間違いないな。あの城の中だ」
「……魔王城ってかんじですね」
「うん。そのままだろうな」
洞窟を抜けると、巨大でまがまがしい城が、やや離れた丘の上に出現していたのだ。
「ウー、この周りに、他に魔物がいないかどうかわかるか?」
「敵意探知の魔法があります」
ウーは、魔法の杖を持ち上げて示した。
「それはいい」
「敵意がある魔物や人間が近づくと光ります。ただ、それ以外には明かりもつけられませんけど」
ウーは様々な魔法を使用できる。だが、魔法の杖を使わなければならず、その効果範囲も、杖に施された水晶に接している必要がある。
いくつもの効果を求めることはできない。
「アリスとシルフを出すか」
「そうしてください」
「ああ……出でよ、シモベたちよ」
俺は言いながら、魔物の画面を表示してアリスとシルフをタップした。
その他にも、リザードマンの動く死体がかつてはあったが、リザードマンたちから逃げるために使い切ってしまっている。
「今の掛け声はなんです?」
気分で口にした言葉に、ウーが食いついてきた。
「ただの気分だ。意味はない」
「私を呼ぶ時にも、ああ言うんですか?」
「いや」
「なんだ……残念。格好良かったのに」
「そうか?」
「はい。私もぜひ、ああやって呼んでほしいですね」
「そ、そうか……うん。次からはそうしよう」
「お願いします」
ウーがペコリと頭を下げた。
呼び出されたアリスとシルフは、あちこちを眺め回した。
俺とウーが話している間に、なんらかの結論に達したようだ。
「まだオーブを壊していないんだな」
シルフが、魔王城を見上げて言った。
「わかるか?」
「美味しそうな匂いがしませんから」
アリスが鼻をひくつかせる。アリフの耳をもふもふしながら、シルフが魔王城を指差した。
「あたしたちの世界では、人間は木でしか建物を作らない。あの大きさだと、ドラゴンたちだ。ドラゴンは……建物は宝石でしか作らない」
つまり、俺たちが見上げている魔王城は、岩や泥で作られているから、ここはまだ異世界のはずだという意味だろう。
元の世界であれば、どこにいても必ず美味しい草があるはずだというアリスは置いておき、俺はシルフに言った。
「オーブはあの城の中にある。あの城は、この世界のリザードマンたちは、魔王城だと言っていた。ここまで案内してくれたのは、リザードマンたちじゃなくてそのゴーストだが……死霊魔法を使う余裕がなくて、今は俺にも見えていない。ここまでは、この世界の勇者コミュレと一緒に来た」
「ふうん。その勇者はどこに行ったんだ?」
勇者と聞いただけで、ウーは歯ぎしりをする。シルフはそこまで拒絶はしなかったが、素っ気なく尋ねた。
「わからない。俺とウーは、あの穴から出てきたばかりだ。暗い中で、魔物を追い払いながら壁を登って来たから、とても疲れているんだ。俺たちは少し休む。コミュレは、俺たちより早く登って行ったから、もう魔王城の中かもしれない。アリスとシルフは、俺たちが休んでいる間、俺たちを殺そうとする魔物や勇者がこないように気をつけていてくれ」
「ソウジは行かないんですか?」
アリスが、長い耳をぱたぱたと揺らした。顔の向きで表現する。魔王城に行かないのかと聞いている。
「行きますとも。でも、休憩も必要です」
答えたのはウーだった。ウーは暗闇で、俺と行動を共にした。俺が疲れていることを知っているのだ。
「もうここまで来たんだ。まだ金貨は手に入れていないけど、オーブを壊しに行くさ。ほかに、この世界で金を稼げる方法が見つかるっていうのなら別だけど……そのためにも、魔王城に入る必要がある。でも……ちょっと疲れた」
俺は横になった。
アリスを抱き、シルフに椅子にされ、ウーに膝枕をしてもらいながら、俺は眠りに落ちた。




