74話 魔王城へ ☆
地下洞窟は魔物の巣となっていた。
元の世界のゴブリンに似た緑の小鬼や、犬の頭を持つコボルト、酸を吐く巨大なトカゲ、三つ首の大蛇など、次々に遭遇し、勇者コミュレの奮闘により退けた。
マップを確認すると、自分が真っ直ぐにオーブに向かっていることが確認できた。
オーブを何者が持っているのかはわからない。
地下洞窟は、なだらかに下方向に傾斜している。
随分長く下った。
オーブもその分近づいてきた。
ただ、俺が死霊魔術を駆使しても、リザードマンのゴーストは見ることができなかった。俺をこの洞窟に案内した時点で、役目を果たしたということなのだろうか。
人間が立って歩くのに十分な広さを持った洞窟が続き、連戦が続く勇者コミュレが、疲れた声で俺に尋ねた。
「どっちだ?」
「『どっち』とは?」
あえて尋ねた。聞かなくてもわかっていた。
洞窟のいく手が、左右に分かれていたのだ。
「どっちが魔王城だ?」
勇者コミュレは、辛抱強く聴き直した。俺は、別に怠けて勇者に戦闘を任せたのではない。
俺は、この世界にとっては異物だ。望まれて召喚されたわけでもない。
この世界の魔王を倒すという重大事は、やはりこの世界の勇者に任せるべきだと考えてのことだ。
「……わからない」
「どうした? これまで、迷わず案内してきたじゃないか。俺には見えないが、なにかが見えているんだろう?」
「迷わずといっても、この洞窟までだよ。洞窟に入ってからはずっと一本道だっただろう。この洞窟までは、リザードマンのゴーストに導かれてきた。理由はわからないが……今は見ることができない」
「……つまり、リザードマンのゴーストに騙されたんじゃないか? 魔物のゴーストなんか信じるからだ。元々、この洞窟に置き去りにするつもりだったんじゃないか?」
「……そうだろうか……魔物は正直だ。そりゃ、欲望には忠実だけど、基本的に単純だ。そのゴーストが、人を騙すなんて器用な真似ができるとは思えないんだが……」
俺は反論する。今にも、岩の中からゴーストが迎えに来ないだろうかと思ったが、なにも現れない。
「そうは言っても……まあ、この先になにが待ち構えていようと、魔王城より危険だということはないだろう。もし罠であったとしても、打ち破るだけだ」
さすがは勇者だ。単純で羨ましい。
「……わかった。じゃあ、道は二つあるんだ。二手に分かれるか?」
「そこまでリスクを負う必要はないだろう?」
やはり、勇者も一人では心細いらしい。
※
俺は右の道を選び、勇者コミュレが先導した。
二手に別れた道は、20メートルほど先で再び合流していた。どちらの道を選んでも同じだったのだ。
さらにしばらく進み、俺と勇者コミュレは、はるか高い位置に太陽の光を臨む、深い穴の手前に立っていた。
マップを確認する。
太陽の光が俺たちを照らすその光点の先に、オーブを持つ何者かがいる。
問題は、ずっと傾斜を降ってきた俺たちにとっては、その場所は切り立った断崖絶壁であり、絶壁の手前には、暗く深い穴が口をあけていることだ。
「……この下に、魔王城があるのか?」
勇者コミュレは、まっ暗い穴を見下ろしていた。
「俺としては、魔王城はあっちだと思うな」
俺は、上方の光を指差した。
「もしそうだとしても、どうやって行くんだ? 何もない空中を移動できるのか?」
悔しいが、勇者コミュレの言うことは正論だ。
「なんとかして、向こう側の壁にたどり着き、壁をよじ登る」
「その『なんとか』ってのが重要なんだ」
「なら、コミュレならどうする?」
「一度下りて、登る」
勇者コミュレは、何事もないかのように足元に空いた巨大な穴を指差す。
「どれだけの深さがあるのかわからないんだぞ」
「ほかに方法があるか?」
「……ないな」
今のところ、俺にも空中を移動する方法はない。
「そういうことだ」
「……仕方……わあぁぁぁぁ!」
俺は叫んでいた。背後から強い衝撃を受けたと思った瞬間、足元の感覚が消えた。
穴に落ちた。いや、落とされたのだ。
深い穴だった。
背後の壁は垂直に切り立ち、なんの手がかりも得られないまま、俺は穴の底に落ちていった。
一人ではない。
俺のすぐ隣で、自ら飛び込んだのか、勇者コミュレが落ちていく。
落下中に、俺は急いで魔法の石版を取り出し、生命魔法をタップした。
連続してタップする。
全身に意識を集中し、硬く、頑丈な体をイメージした。
上下の感覚もない。
肩が地面に触れた。その感触は一瞬だ。
肩から頭に感覚が移る。
首の骨が折れなすまま、頭部が地面にめり込んだ。
生命魔法のお陰だ。
誰かが俺の足を掴んだ。
引き抜かれる。
俺は、逆さまの状態で、勇者コミュレを下から見上げた。
放り出される。
「お前、凄いな。高いところから落ちて、本当に頭から刺さる奴は初めて見た」
コミュレは体から埃を払うように手を動かしていた。
「突然落とすから、暗いし、上下もわからなかったんだ。俺を殺す気か?」
勇者は飛び降りたのだろう。俺が落下したのと同じ高さを、躊躇なく跳んだのを俺は知っている。
「殺そうとは思っていない。だが、死んでも構わない。お前だってそうだろう?」
勇者コミュレは容赦がない。もともとの性格か、俺が人間の味方ではないためかはわからない。
「まあ……そうだな。向こうの壁まで行って登るとしても、少し休憩したいところだな」
「ああ。賛成だ。だが、その前にもう一仕事が必要だな」
勇者コミュレが、腰の剣を抜いた。
「もう一仕事?」
「ああ。雷よ、道を示せ」
勇者コミュレが闇に突き出した剣の先端から、青白い糸が伸びた。放電だ。
雷の勇者の二つ名は伊達ではないということなのだろう。
だが俺は、輝く電気に照らされ、一瞬で浮かび上がった影に目を疑った。
まっ暗い地中で、闇そのもののような暗い巨大な影が存在していた。
「今の……なんだ?」
「あの大きさといい、この環境から考えると……闇大王トカゲだろうな。来るぞ」
コミュレの言葉が合図だったかのように、闇の中に突然赤い光が生まれた。
炎の塊だと理解する前に、俺は横に飛んだ。
勇者コミュレはかわしながら剣を叩きつけている。
空中で炎の塊が飛散し、周囲を照らした。
地面に伏せた俺にも、巨大な闇大王トカゲの全貌が見えた。
かつての世界で象の三倍はあろうかという巨体で、大きさの割に胴体は短い。
手足ががっしりとしていて、顎も大きく、陸生のワニをさらに逞しくしたような印象を受ける。
表皮は真っ黒だ。
「援護しろ!」
勇者コミュレは、魔法の呪文を唱えながら、闇大王トカゲに突っ込んでいった。
援護しろと言われて、俺は魔法の石版をタップした。
暗い地面に、ピンク色の豚が落ちる。
出てきたばかりのウーは、すぐに周囲を見回し、目と口を大きく開いた。主に目が釘付けになっているのは、巨大な暗いトカゲだ。
「ソウジ! ソウジ! なにをしてくれているんです! 私を殺す気ですか!」
「そんなわけがあるか。ウーなら、なんとかできるかもしれないと思ったんだ」
俺とウーが言い合っている間に、勇者コミュレは氷の魔法を発動させ、闇大王トカゲに叩きつけ、その隙に突進したところだった。
「なんともなりませんよ。どうそればいいんです? あんなもの!」
「あれは、ドラゴンじゃないのか?」
「違います。あんな大きさで、知性のないドラゴンはいません。もし……ダンジョン内の異世界でドラゴンに会ったとしても、私がお仕えするドラゴン族とは無関係です。殺してください」
「わかった」
勇者コミュレが、太い前足の一撃を避けきれずに張り飛ばされた。
俺は、魔法の石版から拳銃を取り出していた。




