72話 勇者登場
勇者コミュレの一撃に、リザードマンのお頭が吹き飛んだ。
飾りの多い、実用品とは思えないような剣で切り掛かられ、太い槍の得で受けたリザードマンが飛んでいったのだ。
「おおっ! さすがは勇者コミュレ! 雷の勇者様!」
村長が雄叫びのように絶叫した。
勇者コミュレは剣を振り下ろしたままの形で止まっていた。その剣の切っ先を、俺に向けた。
「……それで、君は?」
勇者コミュレと名乗ったのは、まだ若い、逆立つ黄色い髪をした男だった。
まとっているのは全身を覆う重装備の鎧でありながら、青く目立つ装飾に、宝石があしらわれている。
「たまたまこの村に来た旅の者だ。リザードマンの言葉がわかるから……通訳として雇われた」
「魔物と話せるだって? 人間が魔物と話せるはずがないだろう。あんたが村長か? この者の言っていることは本当なのか?」
勇者は村長に尋ねた。村長は首を振る。
「本人はそう言っているし、交渉を依頼したが……本当に話ができるかどうかの証明はない」
「本当です。ソウジは、リザードマンと話せます」
「いま、喋ったのは豚か? その豚……ひょっとして、オークか?」
ウーは口を塞いだ。話をしなければ、たまたま立ち上がった服を着た豚でごまかせるのがウーなのだ。
「オークとは、話せるのかい?」
俺が尋ねると、コミュレは剣先を持ち上げて断言した。
「人間と話ができる魔物などいない。この世界の神が決めたことだ」
「なるほど……勇者とは、神々に認められて力を授かった存在ですな。ということは……神々と話をされたのですか?」
やや丁寧な口調で、村長が尋ねる。コミュレの返事は短かった。
「当然だ」
「ならば……初めから、魔物との交渉など考えるべきではなかった」
村長は床を叩いた。傍らで少女カンパリが死んでいるが、一切言及しない。本当に、ただ生贄にするために育てていたらしい。
吹き飛ばされたリザードマンが、俺の後方で立ち上がる。
「ソウジ、どっちにつく?」
シルフが俺に尋ねた。
「どっちについても、俺について来てくれるのか?」
「仕方ありませんね。ソウジです」
俺の腕から飛び降り、アリスがシルフの頭の上に乗った。これから、戦いが起きることを想定しているのだ。
「世界によって、勇者と神さまとの関係ってのは違うらしいな」
「つまり……あんたは、この世界の人間じゃないのか?」
俺のつぶやきに、勇者が反応する。俺は魔法の石版から拳銃を取り出し、画面をスライドさせて魔法画面を呼び出した。
「そういうことだ」
「だから、魔物と話せるか……そっちのオークと小人の言葉もわかるのか?」
俺は、小人と言われて指さされたシルフを見た。頭にアリスを乗せているが、ウサギのアリスを小人とは呼ばないだろう。
「話はできるな。この子は小人じゃない。エルフだ」
「エルフ族はこんなにちんちくりんじゃないぞ。小さい子どももいるだろうが……もっとすらっとして、とても美しい種族だ。ただの小人だろう」
「……ソウジ……なんか悔しいな」
シルフは、勇者の言葉は理解している。異世界で本当にシルフがエルフ族だという確認はしていない。元の異世界に、エルフ族がいるかどうかもわからない。
世界が違うのだから、同じ種族でも違って当然だ。だが、比較されてちんちくりんだと言われれば、腹が立つのも当然だろう。
「ああ……勇者というのは、仲間はいないのか?」
「神の託宣を受け、魔術師の協力を得て必要な場所に転移するんだ。仲間を連れて歩けるほど、転移の魔術は簡単じゃない。どこに行っても、人間がいれば協力者がいる。大抵は、仲間はその場で調達する」
「つまり……絶えず一人か」
「使命を果たせるだけの強さがあれば、問題ない」
「なるほど……つまらない存在だな」
『人間! 退け!』
俺の背後から、リザードマンのお頭が怒号をあげた。
俺が話している間に、意識をはっきりとさせたのだろう。
俺がウーとシルフを抱いて横に伏せる。
リザードマンのお頭が突進し、勇者コミュレに槍を突き出した。
巨大な槍の先端が、勇者コミュレの鎧に打ち込まれる。
勇者コミュレは踏みとどまり、剣を振り上げた。リザードマンの渾身の槍先に、勇者の鎧が歪む。
だが、貫けない。
リザードマンの動きが止まった。勇者の剣が振り下ろされる。
俺は、手にしていた拳銃の引き金を引いていた。
鉛の弾丸が、勇者の腕を貫く。
勇者の腕から血がほとばしり、勇者の剣は力なくリザードマンの頭部を打った。
勇者が俺を睨む。
俺は、シルフとウーを置いて距離を詰めた。
体を寄せ、拳銃の銃口を鎧に押し付ける。
「リザードマン、この村の人間はどれだけ残っている?」
『ここにいる奴らで全部だ』
リザードマンの言葉は、勇者には届かない。俺は代弁した。
「この村はもう終わりだ。年寄りが5人生き残っても、村は復興できない。助けに来るのが遅かったんだ」
「俺は……この村を助けにきたのではない。この村を拠点に、魔王城に挑むために来たのだ」
「魔王城に?」
「そうだ」
俺は拳銃を勇者に突きつけたまま、リザードマンに視線を向けた。
「リザードマンのお頭、俺は約束を果たしたな? あんたたちの同族を殺した人間たちに復讐した」
『……そうだな。人間たちもよく食糧になった。群れを立て直す。その人間は危険だが』
リザードマンは、勇者コミュレを睨んでいた。
「こいつは、俺が従える。それより、魔王城には案内してくれるんだな?」
『……いいだろう。その人間、本当に従えられるのか?』
「ああ。おい、勇者、俺に従うなら、魔王城まで案内してやる。どうせ、仲間は現地調達なんだろう? 俺がその仲間になる」
「……本当か?」
勇者が俺をみつめる。俺は、小さく頷いた。
「もし断るなら、この場で殺す」
「……その武器でか?」
勇者は、自分の破壊された腕を見下ろした。血が流れ、手甲に穴が空いている。
「仲間がいなければ、一人で魔王城に挑むつもりだったんだろう?」
「この村に、上級冒険者パーティーが滞在していることは確認済みだ」
「死んだよ」
「……お前が殺したのか?」
「さあね。そこは、重要じゃないだろう」
「お前は……魔王を殺したいのか? 異世界の人間だろう?」
「別に殺したくはない。だが……魔王城には用がある」
「魔王城までの共闘か……いいだろう」
「決まりだな」
俺は、勇者の体をつきとばすように押して、距離をとった。
拳銃を納め、魔法の石版を手にする。
勇者は、怪我をした腕をおさえていた。
俺はリザードマンに言った。
「魔王城までの案内を頼みたい。そいつも一緒だ」
『……本当に従っているのか?』
リザードマンのお頭は勇者を睨んでいる。たしかに、従っているという態度ではない。
「問題ない。逆らえば俺が殺す。それに……魔王城に行ったところで、あれに何ができるわけでもないだろう」
俺はリザードマンを乗せるために、あえて勇者を見下した物言いをした。リザードマンのお頭は、本気にしたらしい。自分の槍を見つめ、呟いた。
『まあ……そうだな』
渾身の一撃で貫けなかった鎧を持つ勇者を、殺す方法を考えているのかもしれない。
村の長老たちの悲鳴が上がる。
壁を壊して侵入してきたリザードマンの戦士たちに、血祭りにあげられていた。




