71話 長老たち
爆発の混乱が収まり、静まった村に、リザードマンの戦士が襲いかかる。
誰一人生かすつもりのない、復讐の殺戮だ。
リザードマン一人で、一つの民家を襲う。
瞬く間に、村は逃げ惑う人間たちが目につくようになった。
「酷いな」
「何がです?」
血まみれの人間たちが逃げ惑う。逃げ惑う人間たちに、容赦なくリザードマンが槍を突き立てる。
俺のつぶやきに、ウーが首を傾げた。
「それよりソウジ、村長のところにいかなくていいのか?」
シルフが俺のズボンを引っ張った。
「村長のところに行って、何をする? リザードマンとの交渉は失敗しましたと言うのか? こうなったのは、俺の責任じゃない……こともないか。冒険者たちが健在なら、村が全滅することはなかっただろうからな」
「いや、そうじゃなくて……金があるとすれば、村長の家だろう」
「それもそうか。さすがシルフだ」
すっかり人間が嫌いになっていたシルフが火事場泥棒を提案したとは、俺も思わなかった。
俺が走り出すと、シルフとウーがついてくる。アリスはずっと腕に抱いている。
魔法で体を強化しなければ、俺が全力で走っても、シルフとウーは当たり前のように付いてくる。
これは、俺の体力がもともと低水準だということなのだろう。
俺が近くを通り、リザードマンが何度か槍をかまえた。
だが、すぐに俺の足元で杖を持つウーに視線が行き、リザードマンに尋ねられることになった。
「味方か?」
「そうだ」
リザードマンの言葉を理解できる人間が村にいないため、俺が冒険者を排除した人間であることを疑うリザードマンはいなかった。
俺が味方だと確認したリザードマンは、すぐに背中を向け、次の人間を殺すために向かっていく。
俺は堂々と村の中を走り抜け、村長の家に入った。すぐ近くの離れの小屋がダイナマイトで吹き飛んでいるので、村長の家も半壊している。
「酷いですね。なにがあったんでしょう」
半壊した村長宅を見上げ、ウーが言った。
「ドラゴンにでも襲われたのか?」
「ソウジがやったんです」
ずっと俺が抱いていたアリスが裏切った。石版の中にいたため俺がダイナマイトを放り込んだことはウーとシルフは知らないのだ。
「さすが魔法士……魔法ですか?」
「異世界のアイテムだよ。まあ……魔法士でなければ、使えない方法だとはいえるな」
「ソウジはやる奴だ」
珍しく、シルフに褒められた。俺がなにをしたのか、どうして離れを爆破することになったのかの経緯は知らないはずだが、俺が破壊力のある何かで人間の住まいを吹き飛ばしたのが愉快なのだ。
俺は、玄関から村長の家に入った。村長の家には、まだリザードマンが来ていなかった。
玄関から入ると、目の前に少女カンパリがいた。
「あ……あんた、探しにいくところだったんだ」
「俺を?」
リザードマンを手引きし、冒険者を吹き飛ばしたことが知られてしまったのかと、俺は警戒した。
「村がリザードマンに襲われている。冒険者が失敗したんだ。ちゃんと皆殺しにしなかったから、報復されたんだって長老たちが言っている。このままじゃ、私も殺される。あんたなら、なんとかできるだろう? 村の、長老たちが集まっている。すぐに来て」
「あ、ああ……」
カンパリが俺の手を引いた。
「人間って、意外とわかっていないな」
シルフがウーに囁いた。
「まあ、所詮人間ですよ」
ウーが杖を振り回す。
「あ……美味しそう」
アリスが、飾られた花に前足を伸ばそうとしていたので、俺が千切って与えた。
俺は、村長の家の奥の部屋に案内された。そこで、5人の年寄りが待ち受けていた。
全員が年寄りという歳でもない。中の一人は村長で、老人と呼ぶ年齢ではないはずだ。
そのはずなのに、暗闇では年老いた人間たちに見えた。それほど、深く、険しい空気に満ちていた。
「来たか……待っていた」
5人のもっとも奥、上座に座る村長が口を開いた。
「ふむ。魔物を連れた勇者と聞いたが……本当だとはな」
俺は、腕にアリスを抱き、シルフとウーが足元に隠れている。
魔物を連れているのは間違いではない。だが、正しくもない。
「俺は勇者じゃない」
「勇者でなければなんだというのだ? リザードマンと話し、諫めることができると聞いた。リザードマンの集落からも無傷で戻ったのだろう。冒険者たちは全滅だ。2人は生きているかもしれないが、しばらく役には立たないだろう。魔物を連れ、村に舞い戻ったお前は……勇者でなければ疫病神か?」
「どちらかというと、疫病神だな」
「間違っても、勇者じゃありませんよ」
答えたのは、俺の両足にしがみ付いてる魔物の本人たちだ。
「シルフ、ウー、黙っていてくれ。話がややこしくなる」
「そうですよ……」
2人を見下ろして注意しようとしたアリスの口を塞いだ。
俺は人間たちに尋ねた。
「リザードマンたちは単純だ。仲間を人間に殺されたから、人間を殺そうとしている。もう仲裁もできない。殺されたくなければ、逃げるか戦うかだろう。あんたたちなら……逃げるしかないだろう」
「……やはり、勇者ではないか」
村長が長く息を吐いた。
「勇者か……村の入り口でも聞いたな。この世界には、勇者がいるのか?」
「まるで、この世界の者ではないような言いぶりだな。勇者はいる。人間という種族を生きながらえさせるために、神々に祝福され、魔を討つ使命を帯びた者だ」
「ソウジじゃないな」
「違いますとも」
シルフとウーが俺の足元で納得していた。
「村長、長老様たち、リザードマンが……」
「大事な話の最中だが……手遅れか」
村長が声を絞り出す。
けたたましく扉を開けたカンパリが、口から血を流した。
腹から、槍先が突き出ていた。
背中から貫かれている。
カンパリの体が崩れた。
俺は、生命魔法をタップしようとした。生命魔法は、傷を癒すことにも使える。 他人の傷も直せるのだ。
『お前は、ああ……知っているぞ』
リザードマンのお頭と呼ばれた大柄な戦士が現れた。カンパリの体を踏みつけ、槍を俺に向け、俺の足元のウーを見て誰か気付いたのだ。
「少しだけ、この人間たちと話をしたい」
『……いいだろう』
リザードマンのお頭は、その場で立ち止まった。
俺は村長と長老たちに向き直る。
「俺たちの言葉はわかったか?」
「リザードマン語など、誰もわからんよ」
村長が答えた。俺は頷く。
「話をする時間ぐらいは待ってくれるそうだ。俺に、何か用があるのか? 俺を待っていたのだろう?」
俺が問いただすと、村長が首を振った。
「お前が、あるいは勇者ではないのかと思い、期待をかけただけだ。勇者でないのなら、この期に及んで用などはない。村は皆殺しにされる。それを止める方法はなかろう」
「勇者が近くにいる、というのは間違いないのか?」
「噂だけはな。いつ、どこに出現してもおかしくない。そう言われている。だから……そこで死んでいる愚かな娘も、勇者が現れるのをずっと待っていた」
「勇者の噂とはどんなものなんだ?」
「この世界で、もっとも困っている者たちの前に現れ、世界に破滅をもたらす魔を討つだろう。そう言われている。リザードマンの集落に滅ぼされるぐらいでは、『この世界でもっとも困っている』うちには入らないのだろう」
「……そうか」
俺は、リザードマンに振り返った。
『話は終わったか?』
「ああ。村の生き残りはいるのか?」
『ここの人間で全てだ』
「そうか」
俺は、人間たちに向けて言った言葉を繰り返し、リザードマンに場所を空けた。
年老いた人間たちが、命乞いを始めた声をきいた。
長く生きていても、まだ死にたくないらしい。
俺が外に出ようとした時、突如、破壊音が轟いた。
村長宅の屋根が吹き飛び、輪を作って座っていた老人たちの中央に、鎧姿の若者が出現していたのだ。
「僕は勇者コミュレ……討つべきは、そこのリザードマンでいいのかな?」
若者に、老人たちがすがりついた。




