70話 復讐の代理
リザードマンのゴーストの導きに従い、俺はティアルの村に戻った。
死霊魔法を使用しなければ、俺はゴーストを見ることができない。ゴーストといっても精神体の魔物ではなく、単純に幽霊だ。
死霊魔法を使用し続けていることになる。このダンジョンが終わった時には、死霊魔法のレベルも上がっているのだろう。
冒険者たちは、リザードマンの生き残りはいないと考えているのだろう。真っ直ぐ村に戻ったようだ。
俺は、生き残った10匹程のリザードマンに、村を襲うことで復讐とするよう説得した。
村に恩はないが、魔物が人間を殺す手引きをすることになる。気分はよくない。
村長は、俺がリザードマンに人間を生贄に指定するのをやめるよう話をつけに行ったと思っている。
だが、行き違いに、もともと依頼されていた冒険者たちが動き出した。
村長が、俺の交渉結果を期待しているとは思えなかった。
死んだか、諦めたと思っているのに違いない。
俺は俺で、自分がやるべきことを果たすとしよう。
リザードマンたちの信用を得て、魔王城の場所を教えてもらうのだ。
村に到着したが、俺は中には入らなかった。
「ここからは、人間にみつからない方がいい。ウー、シルフ、石版に触れてくれ。アリスは俺と一緒だ」
「やっぱりソウジは、私がいないとダメみたいですね」
シルフとウーが石版に吸い込まれるのを見ながら、アリスが俺の腕の中に飛び込んだ。
「ああ。人間が近くに来たら教えてくれ」
リザードマンのゴーストたちは、真っ直ぐに村に入って行き、俺がついてこないために戻ってきた。
俺の周囲をぐるぐると回っているのは、ウーの臭いを辿っているのかもしれない。
「アリス、見えているか?」
「もちろんです。このあたりの草は、美味しそうですね」
俺に抱えられたまま、アリスは首を伸ばして鼻をひくつかせていた。
村の門のある場所は知っている。俺は、あえて門から遠ざかる場所から村に近づいた。
しっかりとした柵が村を囲っている。獣避けだけではなく、魔物への警戒もあるのだろう。
だが、俺がいた異世界では、集落の周りを丸太が囲っていた。中の様子を一切見られないほどの囲い方だ。
この世界のほうが、魔物の出る頻度も魔物の強さも低いのだろうと感じた。
「人間はいそうかい?」
「木で囲われた、大きな箱の中にはいますよ」
アリスの言う大きな箱が、家か小屋だろうと俺は判断した。
「箱から出てきたら教えてくれ」
「はい。それなら……そっちの草を取ってください」
俺はアリスの要望に答えるため、足元の草を毟って白いウサギの顔に押し付けた。
※
ゴーストたちは、俺を真っ直ぐに冒険者たちの場所に連れて行こうとする。
俺自身は建物で直進できないこともおかまいなしに、木の板を素通りしていく。
とても真似はできないので、アリスの耳を頼りに、俺は柵を潜って村に侵入した。
村にいるとわかれば、居場所に想定はできる。俺は、目立たない場所を選びながら、村長の家を目指した。
村長の家の、離れの小屋を目にした。半透明のリザードマンたちが包囲している。
冒険者たちは戻っているし、リザードマンの集落を焼き討ちしたのは、冒険者たちで間違いなさそうだ。
村長宅の離れの壁に取り付く。二階建てだが、作りは大きくない。
俺は、生命魔法をタップした。
足に意識を集中させ、地面を蹴る。
屋根の上までは届かない。だが、二階の屋根近くに手がかりを見つけた。
板で壁を補強したのか、一枚余計に貼り付けてある。
指先に意識を集中させる。
手を伸ばした。
壁の出っ張りに指がかかる。
俺は、片腕に抱えたままのアリスを屋根に投げ上げ、自分の体を引き上げた。
屋根の庇を掴み、登りあがる。
幸いにも、音は立てずに済んだ。
屋根の上には煙突があった。
侵入するには好都合だ。
「アリス、この箱に何人いるかわかるか?」
「……5人ですね」
俺が足元を指さしながら尋ねると、アリスは耳をぱたぱたさせながら言った。全員が冒険者なら、この小屋に揃っていることになる。
リザードマンのゴーストたちがいない。
見えないだけだろうか。俺は、再び死霊魔法をタップした。
リザードマンのゴーストたちが再び見える。やはり、ただの魔法の効果切れだ。リザードマンのゴーストたちは、屋根の上の煙突の周りに固まっていた。
俺に入れと言っているのは間違いなかった。
俺は、煙突の外壁に張り付き、アリスを押し付けた。
「どうだ?」
「下の階に3人……上の階では、冒険者を増やそうとしていますね」
「なに?」
俺は、アリスが何を言ったのか理解できずに問い返した。アリスは頷く。ウサギの顔なので表情はわからないが、多分真顔だ。
「交尾をしているのは、同族を増やそうとしているのでしょう?」
「そうかもしれないな」
俺は答えながら、元の異世界での出来事を思い出した。
俺も、綺麗な体ではない。女たちに買われたこともある。
だが、それだけに苛立った。
石版からアイテムを取り出す。ゾンビだらけの世界で手に入れた、ダイナマイトとライターだ。
俺は、ダイナマイトの導火線に火を付け、煙突から落とした。
アリスを抱き、生命魔法を発動して足に力を込め、屋根の上を走って、庇から飛んだ。
直後、爆音が背後から聞こえた。
爆風で吹き飛ばされる。
熱風が体を打った。
体を丸め、地面に転がる。
振り返ると、村長の家の離れの建物は、全壊していた。
一階部分が吹き飛び、崩れそうだった二階部分を支える柱が折れて、二階が落下する。
「……さすがソウジですね。冒険者が憎いんですね」
アリスはこくこくと頷いていた。
「ああ……そうだろうな」
正直言って、冒険者はべつに憎くはない。交尾の最中だと聞かされて苛立ちはしたが、殺したいほど恨みはない。
だが、リザードマンたちとの約束がある。
殺さなくてはならない相手だ。ならば、ダイナマイトを放り込むというのは、実に理にかなったやり方なのだ。
「アリス、生きている奴がいそうか?」
アリスは耳をぱたぱたと動かした。
「二階にいた2人は、生きてはいるようです」
つまり、交尾中だった2人だ。
俺は頷き、村長の家の陰に隠れた。轟音と爆発に、村人たちが集まりだしていたからだ。
俺はアリスを抱えたまま、助け出される2人の人間を目で追った。
1人は大柄な男で、もう1人は見事な肢体をした女だ。2人とも、服を着ていない。
爆発で吹き飛んだでなければ、初めから着ていなかったのだろう。
俺は2人の様子を確認してから、再びアリスを抱いてその場を離れた。
アリスがいれば、人の足音を聞き逃すことはない。ウサギが狩られるのは、大抵が餌に夢中になって警戒が疎かになった時か、敵が来るとわかっていても能力の違いから逃げようがないときだ。
「あの人間は、殺しに行かないんですか?」
「動けなければ同じことだ」
2人を運んでいるところに、もう一度ダイナマイトを投げつければ、確実に殺せるだろう。
だが、村人たちも巻き込んでしまう。
その役目は、リザードマンに譲るべきだ。
俺は村を抜け、草原に戻ると、リザードマンたちに合図を送った。
単にリザードマン語で怒鳴っただけだが、生命魔法を喉に集中させることで、恐竜並みの吠え声になったのではないかと思う。
しばらくして、草むらを搔きわける鱗に覆われた鼻面が覗いた。
「人間……ソウジか?」
「そうだ」
並び出た鼻面から、次々と全身が現れる。
10人程度のリザードマンとなった。試しに死霊魔法を使用すると、リザードマンのゴーストたちが俺を祝福しているのがわかった。
「リザードマンの集落を焼き討ちにした人間たちは5人組だが、そのうちの3人は殺した。2人は生きているが、気絶したままだ。しばらくは動けないはずだ」
「……さっきの、ドラゴンの咆哮のような音か?」
体の大きなリザードマンが尋ねた。
「ああ」
「ふむ……人間というのは、恐ろしい力を持つ者もいるのだな。あの力を振るわれたら、リザードマンは皆殺しになっていただろう。ソウジよ……恩にきる」
リザードマンは静かに言うと、人間の村に向かって歩きだした。
リザードマンの生き残りは10人ほどだ。だが、村人も100人はいない。
リザードマンの全員が戦士であることを考えると、人間の村が壊滅することは間違いないだろう。
俺は、シルフとウーをアイコンから出した。
「まだ、オーブは壊していないんだな」
シルフがリザードマンの背中を見つけて言った。
「リザードマンたちに、魔王城を案内してもらうことになっている」
「それはいいですね。さすかソウジです」
ウーが膝を叩いた。
俺は3人の魔物を連れて、リザードマンを追った。




